<初日-2002.8.7 P.M(2)

 ふるさと歴史館の駐車場に車を入れ、我再びこの地に立つ。
 これで、百日紅の木でもあったのなら、佐伯一郎ばりにひと塩の感慨深い思いに浸る小芝居くらいはしてみようかというところであるが、残念なことに、百日紅はなかった。
 確かめるまでもなく、この日は水曜だったので、開館していたのだが、やはり、実際に入ってみるまでは、「もしかして…」という不安もないではなかった。館内を訪問している観光客は私一人で、冷房のきいた館内を貸しきり状態で満喫することができた。展示されている文机なども、先に酒屋さんで聞いてきた話しなどと併せて見るとまた感慨深いものを感じざるを得ない。少なくとも壊れてしまったかもしれない携帯の状態だけは、忘れていられるくらいは浸ることができた。
 職員の方が、親切にもビデオで「横溝正史の生涯」といった内容の、どこかのテレビ番組用に製作されたらしい30分作品を掛けてくれる。
 まさか、こんなところで、30分もゆっくりとしている予定ではなかったのだが、好意からの親切は、余程のことが無い限り極力受け入れることを主義としているので、しっかりと30分拝見することにする。内容は、ほとんどが既刊のいろいろな本に書かれていることを集めてダイジェストに編集してあるものなので、取り立てて目新しいものとも思えず、せめて生前のインタビュ−とかの映像でも入っていれば、格段に良いものになったのにと思うと、ちょっと残念であった。
 しかしながら、30分、冷房の効いた室内にいた為か、気がついてみると携帯が復活していた。良かった良かった。…ホッと一安心である。
 一応、横溝コーナーだけでなく、真備町の歴史コーナーも一通り拝見し、帰り際に「名探偵金田一耕助ミステリーラリー」のパンフレットを貰ってスタンプをGetする。これで、やっとラリーが始められる。
 車を駐車場に置かせてもらったまま、歴史館を出て、山田池を見に行こうと、大池を通り過ぎて、疎開先住居方面へ。
 大池横で、前回の奇行記に書いた「発砲危険」の看板を見て、おぉ、まだちゃんとあったか。と思ったその瞬間、突如村中に響きわたるかのような銃声!…銃声?そんな阿呆な!いくらなんでもそんな効果音までなんて、やり過ぎだろ…。呆然とその場に立ち尽くしていると、矢継ぎ早にまたしても!…と、よくよく聞いてみると、どうやら銃声などではなく、田圃などにやってくる鳥脅しの音らしい。…なぁんだ…。それにしても、改めて、ここがあの真備町であったのだと思い知ることとなり、油断して歩いていられないのだな…と身の引き締まる思いがした。
 改めて歩き出すこと、わずか数歩。目の前に少女とその父親らしき男が蝉取りをしている。…いやな予感がする。
 恐る恐るその横を知らぬ顔で通り過ぎようとした瞬間、父親が娘に話した言葉が耳を射し貫いた。
父「蝉、何匹捕れたぁ〜?」

娘「五匹」

 

 五匹の蝉…?…五蝉(いつせみ?…空蝉ィ〜?!)
  …い、いくらなんでも、それは苦し過ぎはしないかぁ?…大林版「金田一耕助の冒険」でさえ、これほど苦しい台詞はなかっただろう。…ここの部分の台本は書き直しが必要なんじゃないの?。
 …しかし、30分歴史館に足留めをくらっていたのには、やはり、こういったエキストラの仕込みの準備に手間取ったからなのだろうか?
 イカン。またしても真備町の演出に踊らされつつある。…こんな調子じゃ、どれだけ時間が取られるかわかったもんじゃない。先を急ごう。
 大池を出てたところで、すれ違う怪しい人物登場。帽子はまだしも理解できるとして、顔の大部分を覆い隠しているそのマスクは一体何なのだっ!?この暑い中、長袖の上着まで着込んで、背中に背負ったリュックも何か不自然な感じがする。旅行者にも見えないし、村の住人にしてはどこか変。思わずカメラを向けて撮影しようかとも思ったが、見知らぬ他人をいきなり許可なく撮影するのも…と思い、断念。…でも、絶対あれは怪しい。

 気を取り直して、疎開先住居方面に歩いて行く途中、なんてことのない普通の排水路の中からポチャリとまるで生物でもうごめいたかのような音が聞こえても、これはきっと気のせいであって、べつにこんなところに山椒魚がいるわけではないのだから…と、自分に言い聞かせて歩を早める。
 改築工事中の疎開先住居の前を千光寺方面へ歩いて行き、千光寺を過ぎてから左手奥へ。
 ミステリー遊歩道のコース案内には入っていないので、ちょっと判りにくいが、村の奥へ入っていくイメージで歩いていくと、鬱蒼とした木立を抜けたとたんに、突然に視界が開け、目の前に池が現われる。
 前述したように、「横溝正史に捧ぐ新世紀からの手紙」の中の、“鬼首村は戦時下疎開していた岡田村を念頭に書かれていた”という一節があるからといって、この池を単純に人喰い沼のモデルと考えるのも浅ハカかもしれない。詳しく見て廻ったわけでもないので実際どうなのかは判らないが、山椒魚がいるようにも見えないし、沢桔梗だって目にすることはできなかった。でも、いいのである。気持ちの問題なのである。
 
 しばし、池の水面を渡って来る心地よい風にあたって休んでいよう…と思ったのだが、心地よい風など少しもありゃしない。ただ暑いだけである。また今度、涼しくなったら、池の廻りでも一回りできるだけの時間のゆとりを持って来ることにしよう…。
 さ、そうと決めたら、さっさと撤収、撤収!
 五月に来た時とはうって変わって緑の稲穂もまぶしいばかりの田圃の中を歩き、車を取りに歴史館へもどる。ホント、長閑な空気である。…と、思っているそばから、「パーン」と鳴り響く鳥脅しの音。…判りましたって…。
 ともあれ、この後、笠岡あたりで宿泊先を見つけなければならないこともあり、 今回の真備町散策はこれにてひとまず終了である。
 今回もまた、十分楽しませてくれて、ありがとう。
注)一応今回もお断りしておきますが、以上の文はあくまでも私の主観であり、実際に真備町でこのような“横溝ファン向け演出サービス”を実施しているかは確かなところではありません。
 車に乗り込み、真備町を後にして、井原線沿いに笠岡方面へ向かう。
 笠岡に行く前にミステリーラリーのスタンプ欲しさに駅廻りさっ!
 ところで、井原線のHPを見たら、「ほのぼのフリーキップ」というのが発売されているらしい。各駅ごとのデザインがあって、10月に発売される川辺宿駅のモノは金田一耕助のイラストになるのだとか…。この秋にミステリーラリー参加の為岡山に来る人には絶好のアイテムなんだろうなぁ…。う〜む。時期を早まったか…?
 ともあれ、矢掛・井原の駅でスタンプをGet。
 あとは宿の確保に笠岡へ向かうだけである。

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