<初日-2002.12.7(1)

 またしても…というか、当然のように深夜の出発ということになるのだが、6日(金曜)の夜、仕事が終わるまで、本当にこの日出発できるのかどうか自分でも半信半疑であったのである。さすがに年末ともなってくるとここ数週間、週末の度夜遅くまでの残業を余儀無くされてきたので、この日も仕事で帰宅があまり遅くなるようなら、旅行そのものも見送ることも考えていないわけでもなかったのである。
 岡山は津山に拠点をおかれているHP『惨劇クロロホルム』管理人真珠さんに『西条柿ワイン』のことなども問い合わせさえていただいたりもして、「ここまでしてるんだから行かなきゃなるまい」と自分を追い立ててみてはいるものの、いかんせん、『旅行』といった気分を盛り上げるには、あまりにも気持ちにゆとりがない。
 それでも、この日は思いの他いつもより早く仕事が終わり、帰宅して旅行の準備をしていると、見るともなしにつけていたTVから岩井志麻子氏が「岡山、岡山」を連発している音声が耳に飛び込んできた。「はっはっは。わかりましたって。行きますよ…」
 で、出発。与えられた時間は48時間。ウォルター・ヒルの映画じゃないんだから…。あっ、でもいいかも。…というわけで、急遽、発売されていないので映画のビデオから大昔に自分で編集した自家版「48時間サントラカセットテープ」を埋もれていた箱の中から引っぱり出して来る。バスボーイズいいよなぁ…。と、気分は別の意味で次第に高まって来る。ま、いいでしょ。

 深夜の高速700Km。途中何度か休憩をとりながら、夜明け前には岡山の手前に到着。

 何度目かの休憩の際に、ようやく今回の旅行プランらしきものも煮詰まり、一番に『西条柿ワイン』を買ってから、あとはゆっくりと岡山を南下しようと決めたので、中国自動車道で真っ直ぐ津山まで行くことにしたので、前回、前々回よりも早くに岡山まで来てしまったのだが、いくらなんでもこんな早朝から酒屋さんがやっているはずもなく、ま、ここまで来たのだから…と、サービスエリアでちょっとだけ仮眠。
 ここまでは、何も問題なかったのである。

 8時前、ぼちぼち行こうか…と、サービスエリアを出て、岡山入り。津山で高速を降りると、事件は待ち受けていたのである。

 料金所へ向かい、減速しようとブレーキに足を置くと、突然に聞こえてきたザラザラという異音。
 何?この音!? ぎょっとしながらも料金所を出て、車を路肩に寄せようと更に減速していくとザラザラという音は増々大きくなってくる。
 うわっちゃ〜〜!!ブレーキ?!マジかよぉ〜〜!!何でェ〜〜?
 確かに旅行直前に細かく車の点検をして出たわけではなかったが、それにしても、ちょっと前に点検した時には、ブレーキもまだしばらくは問題はないであろうという状態であったはずなのである。もちろんここまで何度かの休憩をとるためにサービスエリアに立ち寄った時も問題はなかった。なのに…。どうして…?…それも、よりによって遥か岡山まで来て始めて異常を訴えるなんて…。
 思わずあのあまりにも有名なフレーズが脳裡をよぎったことは言うまでもない。
 第一の目的地が目的地なだけに、ちょっとぞくりとするものが背筋を駆け抜ける。
 “年齢はもう五十か、あるいはもっといっているのだろう。兎口のくちびるは三つに裂け、まくれあがって、その下から馬のような大きな、黄色い乱杭歯がのぞいている。私たちが近づくと尼は握りしめた両手を振りまわし、地団駄をふむような恰好でどなりつけた。「来るな、来るな、かえれ、かえれ。…”…と、いった一文は、もちろんこの旅行が終わって帰宅してから文庫を読み返して抜粋してみただけのことで、この時はこの文がすんなりと頭に浮かんだわけではない。しかしながら、あの尼の姿(松竹版)をようやく朝の陽射しもおちついてきた凍てつく空気のなかに見たような気がしたのは、たんなる幻にしてはあまりにもリアル過ぎていゃぁしないかい?…いやはや、なんとも熱烈歓迎もここまでくると遠慮したくなる(これは『歓迎』だったのか?)。
 ともあれ、このままここにこうして留まっていてもラチがあかない。連絡をとってここでじっとして救援を待つか、自分から進んで救援してくれるところまで進むかである。
 本当なら異変個所が個所なだけにじっとしているほうがいいのであろうが、あの尼のまぼろしを見てしまうと、じっとしていられないような気にさせられてしまう。否、そんな言葉にビクビクして尻込みなんかしていれられやしない。行かねば。それこそが自分に課せられた運命なのだ…と、変に気分が盛り上がってきてしまっい、おもわずニヤリと笑いすら唇の端に浮かんでしまう。
 しかしながら、ことはそう安易に決めていいものではなく、さすがにブレーキがきかない車で走るわけもいかないので、確かめてみると、異音こそすれ、運行はなんとかできる状態ではある。JAFに連絡とるにしろ、どこかの修理工場を探すにしろ、まだ時間が早すぎるだろうし、とりあえず『西条柿ワイン』を買ってからでもなんとかなるだろう…。加茂町くらいまでならエンジンブレーキとサイドブレーキでなんとかなるだろうし…。

 何といっても与えられた48時間のうちここまでですでに8時間以上が過ぎてしまっているのである。あと40時間も残されていない。 かくして、津山を出て加茂町へ。
←加茂町に入った早々この看板である。おいおい、いきなり『加藤あい』じゃないんだから…と、思いつつやっぱり撮影してしまった自分に、ブレーキ不調のショックからの立ち直りの早さを苦笑いしつつ、とりあえず教えていただいた町の普通の酒屋さんへ。
 話によると、『西条柿ワイン』というのは加茂町でしか扱っておらず、それも何軒かの酒屋さんで売っているだけという話なのである(鳥取県の方でも一部岡山県との県境の地方でつくられているらしいが、岡山県ではということらしい)。ま、普通の酒屋さんなら、朝も8時とかくらいならお店開けてるだろ…と行ってみると、どうやら開店は8時半かららしい。
 ……。
 …ふと我に返ってみると、これほど変な旅行もない…。マシントラブルを抱えた車で、遠路わざわざ岡山まで来て、朝一番でワインを買う為だけにお店が開くのをこの寒い中待っているというのだから、酔狂ここに極まれり…といったところか…。
 仮眠をとったとは言え、夜通し走ってきた“ハイ”な気分も戻ってきて、一人車の中で大笑いをしてしまった。どうも今回の旅行はどこかちぐはぐな感じである。
 お店が開くとすぐさま飛び込み、御主人が「何だこの客は?」と訝しむのを尻目に、さっさとワイン購入。お話を聞くとやはりこのワイン100%柿からつくられているのは間違いないらしい。…どうやってつくってるんだろ…。味は甘口で、普通の葡萄からつくられたワインとは口当たりがやっぱりちょっと違っていて、普通に『ワイン』というイメージで呑むと『あれ?』と思うような口当たりである。 確かに柿の香りが鼻の奥に残る。思っていた以上にスッキリとした仕上がりで、食前酒として楽しむには良いかもしれない。女性向けとの御案内通り、お土産に買って帰ったところ、結構評判よかったです。一般市場に出回るというほど大量生産しているというものではないらしく時季を過ぎると売り切れてしまい購入できないこともあるらしいので、御興味をもたれたかたは前もって確認した方がいいかもしれません。
 ところで、買って帰った後、瓶の裏に貼ってあるラベルにちょっと気になる文字を発見してしまった。…うぅ〜む。これはもしかしたらとんでもないことを私はしていたのか…。ま、これに関しては後日追加調査をしなければなるまい。
 さてと、なんにせよ、一つ目的は達成できた。次は車をなんとかしなければ…。
 加茂町を出て、途中給油の為に立ち寄ったガソリンスタンドで尋ねてみると、メーカーのサービス工場が津山駅からほど近いところにあると教えてもらえた。車で10分程度らしい。ラッキー!!9時半も廻っていることでもあるし、この時間なら工場もやってるかな…。
 こうしてディーラーのサービス工場になんとか車を乗り付け、見てもらうと、ブレーキパッドがすっかりなくなってしまっていた。…なんで?
 謎は謎として、なんとか対処せねば、この先の予定はもちろん、帰ることすらままならない。無理言って、なんとかならないかと頼み込んでみると「そうですねェ…お時間2時間とかあれば…」とのありがたいお言葉。「2時間、結構。とにかくお任せしますから、なんとか直して下さいませ」。
 と、いうわけで、車を預けることにする。
 さて、この2時間、どうしたものか…。当初の予定では岡山市内に入って吉備路文学館へ行き、古本屋をちょこっと廻ってみようかなと思っていたのだが、こうなるとジタバタしても始まらない。仕方ないので、津山観光でもしてみようかな…と思いながら、とりあえず津山駅まで徒歩で戻ってみると、あと数分で岡山駅へ向かう電車が出発するところだとわかる。そっか。電車で移動するという方法もあったんだ。
 あわてて切符を買って津山線ホームへ。
 ホームで今しも出発しようかという電車に飛び乗り、旅行は一転『世界の車窓から』気分になってしまう。
 「…そっか。こういう旅行もあったんだ…」と思わず感慨深いものを感じつつ、車窓からの眺めを楽しんでいた。
 折角の旅行だというのに、あれこれとしなければならないとタイムテーブルをつくって自分に課していたことも、なんとなく馬鹿馬鹿しくなるくらい、時間がゆっくりと過ぎていくような気がした。

襟裳屋 TOPへ戻る
放浪記扉へ戻る
前のページへ戻る
次のページへ進む