〜Phantom of Inferno〜


あらすじ

  俺が意識を取り戻した時、既にすべての記憶は奪い取られていた。自分が何者なのかも分からないまま課せられた使命は、暗殺者集団『インフェルノ』の一員になる事だった。数あるアメリカマフィアの若手幹部達が結成した『超マフィア組織』それが『インフェルノ』。そして一介の旅行者だった俺はその『インフェルノ』の仕事を目撃した為、殺される代わりに記憶を奪われ組織の人間になるよう命じられたのだ。抗う事すら許されない俺の前に教育係として現れたのは、『アイン』と呼ばれる無表情な東洋の少女であった。そして彼女はもう一つの名でも呼ばれていた。それは『ファントム』。インフェルノ最強のヒットマンに冠された、畏怖と恐怖の称号であった……。
 哀しい運命に翻弄される、初代ファントム『アイン』、二代目ファントム(主人公)『ツヴァイ』、三代目ファントム『ドライ』達とマフィアの、愛情と勇気、殺意と狂気、欲望と憎悪が巧みに織り成す、壮大な物語である。


 プレイしてみてください。そうとしか言いようの無いとにかく忠実かつリアルに書かれる『暗殺者達とマフィア』という非情の裏世界はとにかく圧巻の一言です。実は私、ハードボイルドものなんて『銃を格好よくぶっ放す主人公が大活躍するだけのお話でしょ〜? どれも一緒じゃない〜』とタカをくくっていた事、そしてその認識が余りに甘かったと現在考えを修正した事を、ここに正直に報告します。
 とにかくジェットコースターのように間断なく押し寄せる、陰謀、策略の数々。ストーリーを紹介しようにも、余りに入り組んだキャラクター達の関係と次々巻き起こる事件の為に、プレイヤーはあれよあれよと言う間に飲み込まれるばかりで、全ストーリーとキャラクターの相関図をここに出そうものなら、私の力が足りないことも手伝い、何スクロール分のテキストが要るか想像も出来ませんので、だいたいの感じのみでご容赦ください。
 さて、ファントム達が強いとは言え、所詮彼らは使い捨てのコマに過ぎず、雇い主のマフィア達から役立たずと判断されればあっさり捨てられる運命です。しかもマフィア達が結成した集合体と言ってもそこはそれ、誰も彼も自分のシマやショバが何より大事で、それどころか虎視眈々と他の分け前も狙っている有様ですから、まさに笑顔の影で裏切りあっているというややこしい世界が根底にあります。それら生々しいほど表現される裏世界のどす黒さのお陰で、そんな雇い主たちの都合に振り回されるファントム達の悲劇が、尚のこと際立って浮かび上がるのでしょう。またファントム達以外にも、裏社会を必死で生き抜こうとする者、征服しようとするもの、抜けようとする者、翻弄される者達の笑顔と慟哭が相まって、オーケストラのように壮大な流れが作られていくのです。
 シナリオを書かれた方は相当こういう世界がお好きなようで、その筆力たるやこれがギャルゲーであることをプレイヤーどころかシナリオ作成者ですら忘れているのではないだろうか、と思えるほどただでさえ無いに等しいHシーンやギャルの皆様以外が、微に入り細に入りこれでもかと描写されます。アインから受ける容赦ない訓練の数々、主人公が始めて人を殺した時、握り締めた銃の感触と流した涙、暗殺に適したビルを物色する視線、埠頭で町で学校で繰り広げられる銃撃戦等、気が付けば窓際に立つことに躊躇いを感じるほど細かい描写の連続は、プレイヤーを無味無臭のパソコンの世界から血と鉄の臭い漂う過酷な世界へとのめり込ませてくれるのです。普通ここまで山有り谷有りの話にしたら、少しは無理のある展開が出てくるんじゃないかと思えるのですが、すべてが淀みなく流れ、繋がっているので、リアルとエンターティメント両方の醍醐味を存分に味わうことが出来る傑作となっています。
 グラフィックも無闇やたらとロリ方向に特化した昨今の風潮に尻を向け、ひと昔前の暗めの劇画タッチで書かれるのも、ストイックかつ硬質な雰囲気によく合い、ますますストーリーの重さを感じさせてくれていると思います。
 ギャルより銃の描写が多いという今作において、それら皆様の中でやはり一番特筆すべきは初代ファントム・アイン。彼女も記憶を奪われそれどころか感情まで抜き取られた哀れな女の子なのですが、その子が主人公に命を助けられ名前をもらい、少しずつ心を開き、そして愛という感情に目覚め、自分の創造主が与えた『アイン』という名を捨てるシーンは、余りに美しく哀しすぎますので、やっぱりアインちゃんよりに話は進められる方がオススメです。
 一瞬たりとも油断の出来ない日常生活、誰が裏切り者で誰が味方か分からない人間関係、たった一発の銃弾ですべてを吹き飛ばす非情の掟。それらに浸りゲームが終わった瞬間、平和な日常というものが心底ありがたいと思えること請け合いです。ハードボイルドの世界と、自分の居る現実世界の凄さとありがたさの両方を噛み締められる稀有なゲーム、ファントムオブインフェルノ。安寧な日常を求め血を流す、ファントム達の悲しい仮面舞踏会(マスカレード)を、一度ご覧になってください。