story 9

開店プロ ヒリくん

今でも、新装開店と聞くと、どこかがピクンと脈打ってしまうのだが、それは開店を待ち望んでいるからではなく、むしろ、避けがたい悪弊の来襲に備えて緊張感が底走るからだろうと思う。もっとも、最近のように頻繁に開店があると、そんな神経も麻痺してしまうが、それは、最近の開店は単なる新台入れ替えに過ぎないからかもしれない。

開店が本当においしい開店であった頃、開店プロと称される一群のパチプロたちがいた。僕の場合、アケド・スールの開店を除けば、たまたま通りがかって見つけたような新装開店に並ぶことしかないのだが、そんな時、いつもどこかで見かけたような連中がドアの前に張り付いているから、否が応でも彼らの顔形を覚えさせられることになった。おほほ、新装開店だ、と思って、前から10番目ぐらいに並んでいても、その中に見たことのある顔が一人でもあると、新台を打てるかどうかは覚束ないものになる。彼ら開店プロは集団の利点を活かして活動するから、並んでいるのがたとえ一人だけでも、開店5分前になると、どこからかゾロゾロと仲間がやってきて、たちまち30人に増えたりするからだ。

いつもそんなふうだから、一般のお客さんはもちろん、僕らからみても、彼らは迷惑な存在だったのだ。

そんな開店プロのひとりに、ヒリくんがいる。
いつもあちこちの開店に飛び回っているから、昼間アケドで見かけることはほとんどないが、時折アケド・スールにやってきて、ツッチャンなんかと親しげに話したりしていた。家はアケドにあるとかで、そういえばヒリくんのお母さんはスールの常連のひとりだった。

ヒリくんはアケド・スールのその開闢の頃、すでに出禁、つまり出入り禁止を食らっているとかで、だからアケド・スールでパチることはない。それでも本人は平気な顔をしている。
もっともアケド・スール自体、イガ主任をはじめとして、強力な店員を備え、開店プロは一切プレイさせない方針を貫いていたし、開店プロの方でもそれを心得ているのか、彼らが並んでいるのを見たことはこれまで一度もなかった。だからそう言う意味でもヒリくんにとって、アケド・スールはパチンコ店としては認識されていないはずだった。

ヒリくんは長身で、アゴがやたら長いので、僕から見るとそのアゴに隠れて、ヒリくんの顔はよく見えなかった。いつもこんがりと日焼けしたような肌色をしていて、本人はゴルフ焼けだとか言っているが、本当は日焼けサロンで焼いているという噂だ。ヒリくんの話には、ホラ話のような壮大さがあり、僕はそれを聞くのを結構楽しみにしていた。

「このあいだ、9万個出したときなんか、店員の奴がオレのまわりに箱を壁のように並べやがって、それが立ち上がっても顔も出せないぐらいの高さだから、オレはションベンにも行けないわけよ。もちろん嫌がらせだろ。だから、オレが『玉箱にションベン出すぞ』って言ったら、『それは勘弁してください』なんて言いやがって、どっから持ってきたのか、積まれた玉箱の上から尿瓶を差し出してきて、『これにどうぞ』だってよ。信じられるか?もちろんそれに出したよ。ついでに缶コーヒーの残りを少し入れて渡したら、『お客さん、身体大丈夫ですか』だってよ。おまえは医者かっつうんだよ」

居酒屋大海原で酒を飲みながら、みんなでこんな話を聞くのは無上の喜びだった。

「ポルカ・ドッツの二階に裏口があるだろ。あそこが開店前で休みの日にひょいと見上げると、その二階の裏口が開いてるんだよ。一緒にいたスカヤくんと二人で階段上がって中を覗いてみると、スロットのコインが大きな箱にいっぱいあるんだよなあ。どうしたかって?もちろん二人で運び出したよ。全部で三箱だったかなあ。あれ一人じゃ持てないからな、スカヤくんがいて良かったよ。おう、三回往復したよ。重かったの何の。それが真っ昼間なのに誰にも見つからないっつうんだから不思議だよ。後でそのコインをすこしずつ持って行って、換金して帰ってきたなあ。全部なくなるのに、そうだなあ〜、二人で半年ぐらいかかったかな」

おいおい、こうなるともう犯罪だよ。
こんな本当とも取りかねるような話が多かった。


というわけで、滅多にアケドで打つことのないヒリくんだが、ある日、ポルカ・ドッツの片隅で一人でぽつんとCR機を打っていたことがあった。開店でもないのにどういうわけだろうと首を捻りながら声を掛けると、片手を上げて応えてくれたが、見ればまだ当たってもいない様子だ。しきりに玉を買っては打ち続けている。攻略かな、と思うことにしてそっとその場を離れた。

その頃はスールに良い台がなく、僕は干された格好であっちこっちをうろちょろしていたのだ。だから、 翌日もポルカ・ドッツを覗いてみたのだが、またもやヒリくんがCR機を打っているのを見かけた。 しかも今日も玉を持っていない。よほど回るのだろうか。でも出てないのがおかしい。どういうわけだろう。 さすがに疑問に思って、同じくポルカ・ドッツで権利ものを打っていたタカカワくんにその由を述べると、

「偽造カードですよ」

とコインをサンドに入れながら、少し顔を歪めて、吐き捨てるように言った。

「ここ、4円になったじゃないですか。当たったら即流して、また偽造カードで打ってるんです」

そこまで聞いて、思わず手を打ちたくなるほど合点がいった。とはいえ、それははっきりとした犯罪行為だ。

「ヤバイんじゃないの」

「ヤバイでしょう」

なにやらきな臭いことになってきたようだ。小心者の僕はそわそわしながらポルカ・ドッツを後にした。

2003.8.6

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