story 8

スカヤくんの爆弾

パチプロには二つのタイプがあると思う。
パチンコの遊技としての側面が好きなパチプロと、そうでもないパチプロと。それはプロになっていった過程に現れるかも知れない。前者はパチンコばかりやっているうちに、いつの間にかパチプロになっていたのだろうし、後者のタイプは金儲けの手段としてパチプロになっていった者が多いだろう。どちらのタイプにしろ、これ一本でプロを続ける以上は、身につけるべきものは同じ理屈だから、その点では同じパチプロなんだろうけど、どこかしらタイプとしての差が見て取れる気がする。

パチンコ好きのパチプロは、舐めるようにして台を見るせいか、釘読みは上手い場合が多い。しかし、パチンコを打っているだけで幸せなタイプだから、プロ意識がどうしても低くなりがちで、プロとしての経済感覚を後になって、ものまねするように身に付けているケースが多く、その深い理解に至っていないことがある。
逆に金儲けの手段としてなったパチプロは、プロ意識が高く、実際よく稼いでいるのだが、それは立ち回りに負っている場合がしばしばで、パチンコへの愛が足りないせいか、地道な釘読みなんかが下手くそな場合が多い。

前者は稼ぎは細くても、長く続くことが多い。後者はパチンコで稼げなくなったら、さっさと別の業種に種目替えするので、比較的その寿命は短い。

あなたはどちらのタイプだろう。

 

スカヤくんはパチプロだが、断然、金儲けの手段としてなったタイプだ。
将棋に喩えると、アケド・スールの王将がツッチャンなら、スカヤくんは角将といえるだろう。どこまでも見通しが利き、動きも俊敏で、切れ味があった。ただ融通が利かないところがあり、ときどき身動きが取れなくなることもあった。それでも格から言えばツッチャンと双璧を為していると言ってもいいのだが、やはりツッチャンは別格ということにしておこう。

スカヤくんは、肩から前方に突き出た首の前に頭部があるので、ずいぶん首の筋肉に負担がかかっているはずだった。つまり、普通の人では、肩から上の方へ首・頭部があるものだが、スカヤくんの場合、肩から前の方へ首・頭部が伸びていたのだ。そのせいか、スカヤくんを正面から見ると、映画のエイリアンが笑ったような顔に見えた。

その顔で、大きな顎をガクガクと動かしながら話すのだが、口がうまく閉じきらないせいか、いつも空気が漏れたような発音になっていて、すべての言葉をサ行で済まそうと挑戦している人のようだった。あるいは、いつも笑いながら話しているだけなのかも知れなかったが、いずれにしろ、スカヤくんの話し相手は想像力を駆使する必要があった。

スカヤくんの得意技は台のド突き、あるいは台の揺すりだ。
スカヤくんがのんびりとCR機を打っている場面は想像できなかった。いつも両手で台全体をつかみながら打っており、隙あらば、引っ張る、小突く、肘打ち、足蹴り、膝蹴りなどを繰り出して玉を有効穴に入れようとする。この間なんか、スールの真ん前にある競合店、ポルカ・ドッツにドライバーを持って入ろうとするので、どうしたのか聞いてみると、ドライバーを台枠下に突っ込み、台を枠ごと持ち上げて寝かせを変えるつもりだというので驚いたばかりだ。玉を有効穴に入れるためなら殺人以外なら何でもすると公言してはばからない、血気盛んなパチプロだ。

そんなスカヤくんと二人で、スールの閉店後、隣にある地下バーで飲んでいるとき、スカヤくんが僕に爆弾を放ったことがある。

「スールの二階にアシハラっていう娘がいるでしょ」

スカヤくんが、口の端から零れたアルコールを手で拭いながら言った。

「いるね。あの娘いつからいるんだろう。可愛い娘だよね」

アシハラさんはカウンターにいるので、スールの客なら誰でも知っているだろう。背は低いが、胸が大きくて、何とも魅力的な笑顔の娘だ。スールに来たのは比較的最近だと思う。その娘のことは、僕もかねてから憎からず思ってチェックしていただけに、その娘の名前が他人の口から出てきて、少し戸惑いを覚えた。しかも、まさかのスカヤくんからその名が聞けるとは、思ってもいなかった。

「内緒だけど、オレとあの娘、付き合ってるんだよ」

スカヤくんがそう言うのを聞いて、その意味をやっと理解したとき、ドッカーン!と、僕の中で何かが爆発した。

「呼んでみる?」

そう言うと、スカヤくんはその場で携帯をかけ始めた。ニタニタニタニタ笑いながら、しきりに口の端を拭い、

「うん。来ない?じゃあこれから駅で待ってるわ。うん。じゃあね」

甘い甘い調子でそう言い終わると、スカヤくんは僕の方を向いて、

「来るってよ。えへへへ」

デレデレと溶けそうになりながら、僕に見せつけるようにそう告げると、口を大きく開けて首をグルンと回転させた。

そう言われても、僕はまだ爆発の余韻の中にいて、熱湯を飲み込んだときのように、息もできないでいた。

 

何日かして、アケド駅裏にある行きつけの蕎麦屋で昼飯をすませ、プラプラと家路を歩いていると、まだ小さな子供の手を引いて、僕と同じ方向に歩いてるスカヤくんを見かけた。スカヤくんは背を少し屈め、子供の手を握っていたが、その子供はさらに小さな子供と手をつないでおり、そのさらに小さな子供も、またさらに小さな子供の手を引いていた。つまりスカヤくんを一番左手にして、その右側に子供が三人、連なって歩いていたのだ。

スカヤくんは時折立ち止まると、腰を折って、二番目の子供を何かあやすようにしながら、どこかを指さしたりしている。手を離されて自由になった一番大きな子供が、スカヤくんのそばを少し離れ、ぴょんぴょん跳ねながら、そばにあった鉢植えの花に触っている。おかっぱ髪が揺れた。スカヤくんは立ち上がり、その子の所まで来てその手を取ると、また最前と同じように歩き始めた。遠目ながら、子供は三人とも女の子のようだった。

ほどなくして追いついたので、声を掛けた。

「でへへへ。これ、おれの子供。家すぐそこなんだよ。寄ってく?」
「いいの?でへへ。ガキが三人もいるからね。稼がにゃならんのよ」
「あ、それと、このあいだのあの娘のこと、これ、ね。じゃあ」

ガシガシと音を立てて笑いながら、開けたままの口の前に、右手人差し指を一本立てて見せると、スカヤくんはまた三人の子供の手を引いて歩き始めた。

一番小さな子供が、歩きながら、右手の指を口に入れたまま、肩越しにしばらく僕の方を振り返って見ていた。僕もその子の顔をじっと見つめた。その子が前に向き直ると、僕も今来た道を戻り始めた。

「しかし、どの子もぶっさいくだったなあ」

ポンとつぶやいて、何か気が晴れた思いがした。

 

昼過ぎの時間にもかかわらず、スールはにぎわっていた。あちこちで常連と口をききながら、台を見て回ったが、めぼしい台もなし。店を出て、まぶしいほどの陽射しの中、ポルカ・ドッツの前に設置されている自動販売機で缶コーヒーを買って飲んでいると、スールからアシハラさんが一人で出てきた。

どういう風の吹き回しだ。幸運が目の前にやってくるのが見えたような気がした。

彼女はまっすぐに僕の方へやって来て、あいさつのように、にこっと微笑むと、何も言わずにそこの自動販売機で何本か缶ジュースを買い始めた。僕はその横で、缶コーヒーを口に当てたまま、彼女を盗むように横目で見ていた。買い終わって彼女が缶を取り出しているとき、胸、胸、胸、と心でリフレインするのを感じながら、僕は思わず口を開いた。

「アシハラさん、確か水曜日がお休みだね」

「そうだけど、・・・何か?」

「いや、なんでもない」

彼女は、ほんの一瞬僕の目を見つめたが、無表情のまま、クルリと僕に背を向けると、買った缶ジュースを胸に抱いて、歩き始めた。だが、二三歩も歩くと、彼女は立ち止まった。そして、

「誘ってくれるのかと思った」

そのままの姿勢で、静かに、そう言った。そう言ったと思った。

彼女はいつまでもそのまま佇んでいた。いつのまにか陽は陰り、建物の影が彼女に覆い被さっていった。風もないのに、彼女の長い髪が一本、一本ほつれていった。彼女の胸に抱かれたジュースの缶が音を立てた。

僕は凍りついたように、何も言えず、何もできなかった。

ゆっくりと音もなく、彼女は歩き去った。
遠ざかっていく彼女の背中を見ながら、僕は静かにため息をつくことしかできなかった。

2003.7.28

back

Copyright (C) taka All Rights Reserved.