story 6

愛しき三姉兄弟 割れた額

三回連続でお送りしてきた「愛しき三姉兄弟」シリーズも今回で終わりだ。
そのトリは三姉兄弟の末っ子、弟さんにとってもらおう。

弟さんは上の二人からは少し歳が離れているように見えた。でも若々しさがあったというわけではない。若々しいというより、甘えっ子のような幼さがどこか感じられた。弟さんは何でもやたら動きが大きく、そんな様子は三人の中でも際立っていた。わかりやすく言えば、彼の仕草は子供のように無邪気で個性的だった。

弟さんの頭部は小さく、首も短い上に少し猫背だったので、前から見ると肩のラインが耳のあたりにあった。目は細く、眉毛と一緒になって八の字を描いていた。頭をあかべこのように上下させながら話すのが癖で、そのせいか律儀に整えられた短い頭髪が印象に残るのだった。何も知らない人が弟さんと僕が話しているのを離れたところから見たなら、弟さんが僕に何度もお辞儀しているように見えるに違いなかった。
弟さんはいつもこれ以上ないほどの笑顔をこぼしており、まるで他人にへつらっているかのようだが、実はそれが彼の素顔なのだから彼自身にもどうしようもなかっただろう。そんな顔をしながら言うことは結構遠慮知らずだったことからもそれが分かるのだった。

弟さんはパチンコに対しても遺憾なくその個性を発揮していた。

例えばフィーバーパワフル3という機種があった。
それで7のリーチがかかって、惜しくも7が一コマ行き過ぎてはずれると、7の絵柄の上部がほんの少し見えるのだが、それを見て弟さんは

「これをよ、こんな風にピンセットでつまんで引きずり上げたいよなあ」

と、その仕草をしながら言ったものだ。言われてみると確かにそう思わないわけにいかなかった。ピンセットというのが通を泣かせるのだ。

弟さんは独特の感性でパチンコを楽しんでいた。

中でもリーチ絵柄を引き寄せるジェスチャーは、もはやひとつの芸と言っていいものだった。リーチがかかり、いったんはずれるが、そこから再度動き出して大当たりするリーチ演出というのはどの機種でもよく見られるものだが、弟さんの引き寄せジェスチャーはこれをねらったものだった。

上から下へ絵柄が動く機種の場合で、リーチがかかってはずれ絵柄で止まるとする。待ちかまえていた弟さんは、その瞬間、台の前で帯を手繰るようにリズミカルに両手をくるっくるっと動かす。最初に見た時は何をしているのかと思ったが、その意図が分かってみると、はずれ絵柄から台枠を超えて帯が延びており、その端が弟さんの両手にあるように見えてくる。そしてまるで漁師が網を手繰り寄せるように、弟さんはその帯を手元に手繰り寄せるのだった。
見えないものを見えるかのように錯覚させてくれるという意味では、弟さんはパントマイマーだと言ってもいいだろう。

そんな弟さんとその週の土曜日に隣り合わせに座った時、弟さんは笑いながら

「本当によ、姉貴が馬鹿なら、兄貴は大馬鹿だよなあ、大馬鹿」

そう言うと、うつむきかげんに頭を上下させながらこっちをチラと見た。

「それでよ、おまえいつもその隣にいたんだって?」

「あはは。お耳にされましたか」

「災難だったよなあ」

「いえ、滅多にお目にかかれないものを見せていただいて、こっちがお礼を言いたいくらいです」

僕がそう言ってペコリと頭を下げると、弟さんはさも嬉しそうににっこりして、頭をいっそう激しく上下させて見せてくれた。おそらく肯いていたのだろう。

それから僕らはいつものようにパチり始めた。

弟さんは今日は特に気分がいいみたいで、動きも大きく激しかった。元気いっぱいパチンコを楽しんでいた。その陽気さは周りの者にも伝わらないわけにはいかなかった。弟さんを真ん中にして弟さんの左隣のお客さんまで含め、僕ら三人は肩を組まんばかりにワッショイ、ワッショイと楽しくパチンコを打った。またその勢いが台にも伝染したかのように三人ともよく出した。弟さんが例の手繰り寄せを準備すると、両隣の僕らも打ち出しをストップし、一緒になってくるっくるっと手繰り寄せるジェスチャーをした。そんな僕らの様子は少し異様だったかも知れない。
弟さんは次第に絶好調になってゆき、その仕草はどこかしら物狂おしさを帯び始めた。なんだかよくわからない動きが多くなっていったのだ。

そうして三人一緒にくるっくるっをやり始めて何回めの時だったろう、弟さんのはずれ絵柄がとうとう本当に動いた。この瞬間の驚きとリアルさは今でも忘れることができない。一瞬声も出なかった。

だが、ヤッタ〜!と叫ぼうとした次の瞬間、弟さんは猛烈な勢いで頭を受け皿へ打ちつけた。
大きな衝撃音と共に受け皿の中の玉があたりに飛び散った。
弟さんはすぐさま「うおおっ」と唸りながら仰向けになり、両手で額を覆った。
わけがわからなかったが、大当たり動作が始まったので僕は弟さんの台のハンドルを持って打ち出してあげた。
弟さんは今度は俯きながら「ううう」と唸っている。額を押さえている弟さんの手の間から黒い血が噴き出してくるのが見えた。
僕は右手でハンドルを持ったまま左手でランプを点けて店員を呼んだ。
すぐにフランケンと呼ばれている店員がやってきた。
席で唸りながら俯いている弟さんを見ると、大丈夫ですか、と太い声で言いながら、どうしたんですか?と僕に尋ねてくる。よくわからんが、頭を台にぶつけて血が出ている、と教えた。
僕はそれより箱を探していた。下の受け皿がそろそろ一杯になってしまう。弟さんの台の前にはなぜか箱がないのだ。
見ると弟さんの足下に空箱が転がっていた。
フランケンは僕の言うことを聞くと、頼みますね、と僕に言い残して、すぐに弟さんを抱えるようにしてどこかへ連れて行った。
僕は箱を拾い上げ受け皿から玉を流しながら弟さんの席に移った。上の受け皿に少し血が付いていた。
大当たり動作がようやく終わりに近づいた頃、別の店員がやってきて辺りの清掃を始めた。こぼれた玉を磁石で拾い上げ、点々とした血痕を綺麗にふき取ってゆく。
僕は自分の席に戻りながらもう一人の隣の客とどうしたんだろうねと話してみるが、彼にもよく分からなかったらしい。
ともかくその後、僕らの勢いは急にしぼんだようになって、それからはあまり出なかった。

結局それから閉店になっても弟さんは戻ってこなかった。
あの後、フランケンにどうしたのか聞いてみると、弟さんの額の血が止まらないのですぐに救急車を呼んだという。
弟さんの席はずっとそのままにしてあったが、閉店前に店員がすべての玉を流していった。

それから数日すると、弟さんがやってきた。
僕を見つけると、ポケットから缶コーヒーを取り出し、それを僕に渡しながら言った。

「よう、この間は世話あ掛けたなあ」

「大丈夫ですか?」

「5針縫ってよ、安静にしてろって言われちゃったよ」

「会社もお休みですか」

「そうよ。今日はよ、この間の換金に来てよ」

「え、この間の玉取ってくれてたんですか?」

弟さんは数万円分の景品が入った袋を頭上に掲げ、少しそれを振って見せた。それからにこりと大きく微笑むと白い包帯が窮屈そうに巻いてある頭を何度も上下させ、軽く手を挙げると帰っていった。

まあ元気そうでよかった。
それにしてもアケド・スールはいい店だなあ。
おっと、何で頭をぶつけたのか聞き忘れたよ。
それもまあいいか。

2003.7.11

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