story 5

愛しき三姉兄弟 血を噴く拳

今回はお兄さんの話。

どういうわけだかお兄さんは三姉兄弟の中で一番の知性派で通っていた。物腰がおっとりしていて、いつもにこやかだからだろうか。笑うと銀歯が輝く。お兄さんの頭髪はテカテカに薄く、その頭部はボーリングの球のようにまん丸だ。おきまりのスタイルはクリーム色の半袖シャツの上に薄いベージュ色のカーディガンを羽織ってズボンと靴も白というもので、だからその歩く姿を遠くから見ると短いマッチ棒のように見えた。

その日、お兄さんはトイレそばのコーナーの角の台に座っており、僕はその左隣で打っていた。お兄さんはのっけから順調に大当たりを引き続け、その時には足下に玉箱を重ねていた。

「姉貴も馬鹿だよな。鍵穴押さえたって当たるわけないだろうが。なあ」

「はは。お姉さん、どうしてるんですか」

「ふて腐れて寝てるんじゃないかあ」

頭を上下に振りながらしゃべるのがお兄さんの癖だ。

「姉貴の悪口を言うと調子がいいな」

といいながらお兄さんはまた何回目かの大当たりを引いた。だがこれがお兄さんの悲劇を呼ぶことになる。

タッタカタ〜と景気よく大当たり動作が始まった。と同時にお兄さんが盤面ガラスをひとつ叩いた。見ると、お兄さんの台のアタッカーと内側のガラスの間に玉がひとつ挟まってアタッカーが開ききらないでいる。これでは玉を拾わない。

ここで少し説明を。
今でもそうだが、アタッカーの内部にはVゾーンと呼ばれるセンサーがあり、アタッカーが拾う9個ないし10個の玉のうち少なくとも1個がVゾーンを通過しないと次のラウンドへ進まない仕組みになっている。そこで大当たり動作が終わってしまうのだ。これをパンクというのだが、そうなると残りのラウンド分だけ出玉が少なくなってしまうことになる。
当時は機種によって時々だがパンクをすることがあった。アタッカーが10個玉を拾ってもその全部がVゾーンをはずれてしまうのだ。こうなると打ち手にはどうしようもない。
時には今日のお兄さんの場合のように玉がアタッカーの開くのを邪魔することもあった。この場合店員が近くにいれば呼んで玉を入れてもらえばいい。ただしアタッカーの開いている時間はせいぜい28秒ぐらいなので、その間にVゾーンに入れないとやはりパンクしてしまう。だから近くに店員がいればいいが、そうでない時はランプを点けて店員を呼んでも間に合わない可能性がある。
こういった場合慣れた客は自分で台を軽く叩いてやってその振動で挟まっている玉を落としてやる。たいがいこれで間に合うのだ。台を叩くことは店が禁止していたが、この場合は大目に見てもらえた。
それによしんば運悪くパンクしてしまっても正当な理由があるならアケド・スールは出玉保証をしてくれていた。少なくなった分だけ店員が手でアタッカーに玉を入れることで玉を出してくれるのだ。その場合店員がその様子を目撃している必要があったが、常連ならたいがい無条件で入れてくれた。

その作法に則り、お兄さんは盤面を軽くこづいたのだった。
だが一度では玉は落ちなかった。お兄さんは続けざまに二三度叩いた。早くしないとパンクしてしまう。しかもこれは最初のラウンドだからそうなると大きな痛手だ。といってもこの事情を店員に話せば出玉を保証してくれるはずだ。にもかかわらずお兄さんはまだ台を叩いていた。

かなり強く叩いているのだが、不思議なことに挟まった玉はびくともしなかった。

お兄さんを見ると、まじめな顔になっている。アル中が何かの拍子に一瞬素面に戻ったような顔だった。その眼差しは亡霊か何かに魅入られたようにただ一点、アタッカーとガラスの間に挟まった銀色の玉に注がれていた。

思い詰めたような表情がその横顔をよぎったかと思った直後、お兄さんは銀歯を光らせて歯を食いしばり、大きな指輪が嵌められた左拳に力を込めると最後の一撃を盤面ガラスに食らわせた。その瞬間鈍い音を立てて盤面ガラスが割れた。パチンコ台には二枚のガラスがはめられているのだが、その二枚とも粉々に割れたのだった。

やっと挟まっていた玉が落ちたのかアタッカーが開いたが、お兄さんは肩で息をしながら、無表情でそれを見つめているだけだった。僕もアタッカーが閉じるまでそこから目を離せなかった。

僕はランプを点けて店員を呼んであげた。
お兄さんはゆっくり左手を見る。左拳は出血していた。やがてにこりと笑うと血を噴く拳を見ながら、

「割っちゃった」

と呟いた。

フランケンと呼ばれる店員がやってきて、大丈夫ですか、と太い声で言うと、にこにこ笑っているお兄さんを抱きかかえるようにしてどこかへ連れて行った。
こういう場合、営業妨害やら何やらで三万はふんだくられるというのが僕らの間での了解事項だった。
ご愁傷様。

別の店員がやってきて慣れた手つきでガラスの破片を片づけ始めた。台まわりの片づけが終わると新しいガラスを二枚持ってきて枠にはめていく。調整中の札を掛けるのだろうと思っていたが、続けて打たせるようだ。

床や玉箱の中のガラスも片づけ終わった頃、お兄さんが帰ってきた。左手には白い包帯が巻いてある。

「どうでした?」僕は尋ねた。

「いやあ、店長は優しいな。包帯巻いてくれながら、気を付けて下さいね、って言うんだぜ」

「ふ〜ん。で、いくらとられました?」

「ガラス代が三千円いるんだって。それだけ」

「へえ〜。よかったですね」

「ほんと、店長は優しいよ」

そう言うと何もなかったようにそのままその台を打ち始めた。出玉保証はなかったが、この場合文句も言えないだろう。
僕はいささか拍子抜けしたが、まあよかったと思った。

アケド・スールはほんといい店なのだ。

2003.7.2

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