story 3

やるな、オオミネ君

エミイは美しい顔をしていた。
遠目でもひと目でそれとわかる顔立ち。瞳はひたむきに台を見据え、形の整った鼻梁の下で固く唇を噛みしめリーチを見守っていた。きちんと揃えられたショートカットヘアが肩に触れるとつややかに輝いた。
彼女はほとんど毎日スールへ通っていた。エミイの存在に気づくと、僕はスールへくるたびに彼女を捜さないではいられなかった。彼女は遅くとも昼までにはやって来た。彼女が打っているのを見つけると、僕はどこか気持ちが華やいだ。

スールの2階にCR花満開があった頃、僕の背中でエミイが打っていたことがあった。僕は苦しんでいたが、彼女の台はえらく連チャンし始めた。僕はあきらめて立ち上がり、彼女に「凄く出てるね」と声を掛けると、しなやかに僕を見上げて「もう25連チャンだよ〜」と困ったように言った。その時彼女の声を初めて聞くことができた。少し鼻腔に漏れるような声は高くも低くもなく、フルートのような音色がした。僕は負けたくせに得した気分で店を後にした。

気をつけていると、彼女は誰とでも区別なくよく口をきいていた。ほんの少し訛っているけどそれを隠そうともせず、朴訥な感じのする話し方をした。あれ以来僕は言葉を交わすこともなかったので、彼女が知らない男とふつうに話しているのを見かけるだけで、僕は何か妬ける思いを抱くのだった。それでも声を掛けることのできなかった僕は自分で言うのも何だが、とてもシャイなのだ。


ツッチャンの古くからの仲間にオオミネ君がいる。
めがねを掛けた土猿のような風貌をしており、いつも台にしがみつくようにして打っている。そのままの格好で一日中びくとも動かない。後ろから声を掛けても目だけ後ろにやって応えるのだった。人はいい感じで、閉店していつもの居酒屋大海原で一緒に飲んだりする時にはにこにこしながら話をしていた。
僕と特に仲のいいパチプロにイズミダ君がいるが、オオミネ君は以前イズミダ君に台を盗られたことがあったらしい。そのイズミダ君と僕の仲がいいもんだから、オオミネ君は今でも僕のことまでよく思ってないようだ。一緒に飲んでいると時折そのことを持ち出してイズミダ君に対する恨みを僕に言い募るのだった。

その日もスールの閉店後いつものようにツッチャンと僕らは居酒屋大海原へ繰り出した。

大海原は本来日本料理を専門に出す店だったこともあり、刺身や鍋がうまい店だった。でも僕らが注文するのは揚げ物やチャーハンなんかが多かった。
店に入るとカウンター席が手前から奥に7,8席並んでいて、ワイシャツ姿の客がよくそこでテレビを見ながら刺身をつついたりしてる。その背中、入り口からみて左には2人掛けテーブルが二つある。カップルはここを利用することが多い。カウンター席を右に見てまっすぐ奥へ進むと右手にちょっと大きな水槽があり、刺身にする魚やエビが中で泳いでいる。左はトイレと倉庫。さらにまっすぐその奥へ進むと突き当たりに二つに仕切られた10畳ほどの座敷がある。そこが僕らのいつもの予約席だった。

座敷のふすまを開けて驚いた。
部屋の中央には大きなテーブルがあるのだが、その正面の席にエミイが座っていたからだ。ツッチャンも嬉しそうに笑って「おっ、おっ」などとわけのわからない声を出しながら奥へ進んでいく。僕は突然大きな喜びを感じ、むしろ蒼白な顔をしたいてかもしれない。ツッチャンがテーブルの右を通りエミイの右隣に座った。僕はさらにその右の席に座る。その時初めて気づいたのだが、エミイの左隣、テーブルの右手にはオオミネ君がめがねの奥で小さな目をにこにこにさせながら座っていた。

「珍しいね」とツッチャンが言う。
「オオミネさんがここで飲もうと言うから」とエミイが応える。
「たまにはね」とオオミネ君が甲高い声で言い添える。
「なんだ、どうなってるの」とこれは僕。
「二人はつきあってるんですよ」一緒に来たタカカワ君が座りながらチラと僕を見て言った。

タカカワ君はエミイの正面の席に座って何でもなさそうにおしぼりで顔を拭いていた。次第に綺麗になっていくその顔を見ながら僕は大きな喪失感に襲われるのを感じた。

「知らなかったな」
ぽつりとそう呟いたが誰にも聞こえなかったかもしれない。
ゲラゲラ笑いながらツッチャンが
「ほんとエミイは綺麗な顔してるな」
と細い目でエミイの横顔を見ながら正直に言う。
「ほんとだよ。いつも話しかけたいと思ってた」
僕もほとんど独白のように言うことができた。

意外なことにエミイがそれに応えてきた。上半身を軽く前傾させ、ツッチャン越しに僕に視線を向けながら言った。くるんと髪が揺れる。
「でもエフタさんは声を掛けてくれなかった。オオミネさんはきちんと、飲みに行かないかと誘ってくれたのよ」
エフタというのは僕のことで、エミイが言ったことは本当のことだった。少なくとも前半部分は本当だった。決定的に本当のことってあるんだな。決定的に。そう思うのがやっとだった。何度も、何度も。

それからジャンボやカントウさんがやって来て、いつものようににぎやかになった。エミイは素晴らしい笑顔で彼らと話していた。だけど僕はしみじみするばっかりで何も感じなかった。


やるじゃないか、オオミネ君。
強がってそう言ってみてもむなしいだけだ。

エミイはやっぱり美しかった。

2003.6.19

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