story 25

熱狂!アクダマン

梅雨が明けると、ギンラギンラと音が聞こえてくるような日差しが戻ってきた。
すべての生き物は日陰に避難し息を潜めているのか、日中のアケドの街角はひっそりとしていた。あたりには光と影と熱気にほだされ行き場を失った狂おしさだけが漂っていた。

 

先日スールの目の前のライバル店ポルカ・ドッツに新台が入ったが、最近はツッチャンをはじめとしてみんなその台の虜になっている。それはSANKYOのアクダマンSPという3回権利モノだった。

いつものスールのメンバーに、ヒリくんと並び称される渋谷系開店プロのオトツッチくん、いつどこから来たのか誰も知らない流れ者プロのケンジくん、糖尿病と闘う巨体の持ち主トンドウさんらを新たに加えた約10人ほどがこのところこの機種の常連になっていた。

 

ご存じない方のために アクダマンの仕組み を書いておこう。

スルーは盤面左にあり、そこを玉が通過すると役物内の2桁デジタルが回り始め、77(確率1/20)が出ると当たりで、役物左肩にある羽根が約5.5秒間開く。それに拾われた玉は役物の中のアクダマン人形の足下に最高1個貯留される。それと同時に役物上部にある大きめのドットデジタルが回転を始め、13種類の絵柄のどれかを表示する。その絵柄は貯留玉の貯留時間に対応していて、例えば絵柄が「7」なら貯留後約10秒で足下の玉は貯留を解かれ手前に転がり落ちてくる。その下では1カ所にVゾーンが刻まれた円盤が約10秒の周期で時計回りに回転しており、上から転がり落ちてきた玉がVゾーンにうまく捕らえられれば大当たりとなる。そうなれば右打ちで権利を消化すればいい。2,3回目はデジタル確率が10倍になっているのですぐ当たる。

ということは例えば、貯留された瞬間に回転体のVゾーンが真上つまり時計でいうところの12時の位置にあり、その後ドットデジタルに首尾よく「7」が出たならば貯留玉の解放とVゾーンが1周して真上に来るタイミングが一致し大当たりすることになる!
この事情はほかの絵柄でも全く同じで、デジタル絵柄と貯留した瞬間のVゾーンの位置とが大当たりタイミングとして正確に対応しているのだ。

そして面白いのは各絵柄の大当たりするための貯留時のVゾーンの位置が偏っていることで、13絵柄のうちの7絵柄はその位置が3時から6時までの間に集中しているのだ。つまり、Vゾーンが3時から6時までの間にあるうちに貯留することが出来れば7/13で大当たりすることになる!

そして役物の羽根は約5.5秒間も開いているのだから、Vゾーンの位置を見ながら玉の打ち出しを工夫することでかなりの程度貯留のタイミングを狙うことが出来たのだ。

これがアクダマンの最大の魅力であり、みんながあれほど熱狂したその理由だった。

 

逆に言うと、貯留時のVゾーンの位置とその時のデジタル絵柄から大当たりの判別が出来るということだ。

「三共」絵柄は11時が大当たりポイントで、大当たりがわかってから実際に大当たりするまでの時間が最長なのだが、ケンジくんが用もないのに席を立ってふらふらと歩いてきたら彼の台からは三共音頭が聞こえているはずだ。そしてケンジくんが喜びに顔面を蒼白に染め頭を垂れて「当たりだよ」とつぶやくとその数秒後、彼の台のアクダマンが歌い始めるだろう。

オレが爆発〜オレが爆発〜オレの頭が爆発〜♪

ケンジくんに始まる大当たりが確定したことを知らせるこのふらふら歩きは各自のヴァリエーションを含めみんなに伝染していった。

ふらふら歩きに続いてアクダマン打ちの常識となったのが「ツル待ち」だった。
羽根に拾われた玉はまず役物上部にある透明な床に落ち、そこを奥へ転がってその下にあるアクダマンの足下に貯留されるのだが、出来るだけ早く貯留したい場合がある。そういう時に盤面ガラスをトンッと軽く叩いてやると透明な床の上の玉は驚いたように即座に奥へ転がり落ちることを確かツッチャンが発見したのだった。それ以来全員が左手をツルの首のようにして構え、必要があれば指の先でトンッと役物前面を叩くようになった。その時の姿勢が「ツル待ち」だった。

以来ポルカ・ドッツのアクダマン・コーナーではそのデジタルが揃うと世にも珍しいツルたちがあちこちで首をもたげ始めるのだった。

 

ある日ツッチャンの台が朝から絶好調だった。短時間の間に次々と大当たりを引き、瞬く間に皆の羨望を台前に築いていった。それが昼過ぎあたりからとんと当たらなくなった。ドン、タカ、ドン、タカと景気よくリーチはかかるのだがなかなか当たらない。確率1/20とは思えないほど当たらない。それでもやはり80回転もすると当たるのだが、今度は役物が当たらなかった。何発入っても当たらないのだ。

それでもツッチャンは苦笑いしながら打ち続けた。しかし結局12万(!)までいれて当たらず、その日は終了。さすがのツッチャンもその夜はつらい酒になった。

翌日もちろん同じ台に座ると、打ち始める前にツッチャンが言った。

「19回りのこの台で、今日も負けたら笑ってくれ」

演歌のようなセリフが泣かせるが、その後の出しっぷりにはもっと泣かされた。けちょんけちょんに出すので僕は一緒に打っているのもイヤになってきた。いたたまれなくなって立ち上がると、その背中でツッチャンは肩をいつもの倍ぐらい揺らして笑っていた。勝者の笑いだった。

 

それからしばらくしたある日、どういうわけか僕が休んでいた日のことだが、その日アクダマンコーナーに神が舞い降りたという。

その翌日タカカワくんに会うと、

「ハクションが12時で当たりましたよ」

といって顔を歪めてイヤな感じで笑っている。ハクションの大当たりポイントは6時だから真反対で当たったことになる。そんなことあるわけがなかった。しかしタカカワくんだけではなく誰も彼もが本来当たるはずのない絵柄のタイミングで大当たりしたと言ってはニヤニヤ笑っていた。なぜなんだ?

「昼過ぎにニカリさんが来たんですよ。ほら、これ持って」

そう言いながらタカカワくんは右手に何かを掴んだ格好をしてそれを僕の顔面の前でゆっくりと動かして見せた。
ニカリさんは磁石の使い手で、一発台の残りを専門に凌いでいる中年のゴト師だった。

神にしてはえらく汚い神だがそれなら納得がいく。どんなタイミングだろうと役物に玉が入りさえすれば大当たりしただろう。ニカリさんはわずか10分ほどの間にそこにいた全員の台を大当たりさせるとひょいといなくなったという。それはお調子者のニカリさんらしい仕業だった。

このアクダマンはその後も、某集団の構成員すら打ちに来るほどの盛況ぶりだったが、程なくしてピッタリ締まってしまい、以来その釘はピクリとも動くことはなかった。

そうなるとあれほど結束して見えたオトツッチくんやケンジくんやトンドウさんたちもいつの間にか姿を見せなくなり、気づけば往来のあちこちには涼やかな風と共にどこか寂しげな影法師が目立ち始めるのだった。

 

狂おしい夏は終わろうとしていた。

2004.8.23

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