story 2

王の視線の先にあるものは

アケド・スールの王様を紹介しよう。
お客は誰でも王様だという言い方にならうなら、彼こそ王の中の王だ。

彼の名ははツヅキイチロウ。臣下にあたる仲間からは通称ツッチャンと呼ばれている。この店の常連で彼を知らない者はいないだろう。彼らからは黒シャツとか、ミミセンと呼ばれている。いずれも見たままからくる呼び名だが、それで十分通用する。

大学在学中からこの店に入り浸り、何とか卒業はしたらしいが、そのまま就職もせず、現在に至っている。年齢は31。身長は177ぐらいで痩せている。呼び名通り黒シャツを愛用しているが、たまに白シャツだったり、Tシャツのこともある。半身を右に傾けて打つのが彼のスタイルだ。全身をリズミカルに揺すっているのは調子のいい証拠。揺れがぎくしゃくしてたらおそらく調子が悪いのだ。スールで灰皿のえらく汚れている席があったら、それはツッチャンの台だ。たぶん箱が山積みになっているはず。自称「パチンコの天才」だが、それに異存のある者はいないだろうし、稼ぎがこの店でダントツであろうことも異議はあるまい。

だが彼が王として認められている理由はそういうことではないと思う。アケド・スールは出玉がいいので魅力ある店だが、もしここにツッチャンがいないなら、その魅力は半減するに違いない。ツッチャンは時々スールの目の前にある競合店ポルカドッツで打つことがあるが、そんな時はスールに西日が射し込んできたような淋しさが漂っているように見える。それだけ彼にカリスマがあるのだろう。

夜11時になってスールが閉店の時間を迎えると、僕ら王と臣下達はたいがい近くの行きつけの飲み屋に行く。そこで2,3時間ほど飲むと僕はそこで帰宅することが多いのだが、ツッチャンにとってはそれからが本当の一日の始まりだ。キャバクラに行ったり、お気に入りの女がいる店へ行ったりしてたらふく遊ぶ。それでいて翌朝の開店前にはちゃんと店の前に並んでいるのだからタフだ。

「夜飲みに行って金を使わないと勝てないよ」
よく彼は言い訳のようにそう言うが、彼が言うとそうかなと思えてしまう。
「夕方ぐらいには、死にそうに辛くなるけどね」
そりゃそうだろう。ほとんど寝てないはずだから。

彼はよく笑う。上半身を大きく上下させながら笑うが、あまり声は出さない。少し注意して見れば、顔は笑っているが、その眼は決して笑っていないことが分かるだろう。言ってみればそれは記号としての笑いなのだ。笑っているのではなく、笑って見せているだけだ。それに一度気づくと、実は彼は笑わない男だと知ることになる。決して笑わない。その眼は決して笑わない。笑わないその眼で、彼は何を見ているのか。

閉店後いつものように一緒に飲んでいる時、
「ツッチャンは虚無を見ているんだね」
と言ったことがある。彼は決して笑わない眼で笑って見せただけで何も言わなかったが、ツッチャンの隣に座っている女が、
「見てるのがキョムだろうと何だろうと、ツッチャンは素敵よ」
と僕を睨むようにして言った。
僕がその女を見るのはその時が初めてで、実はその後も再び見かけたことはないのだが、僕らが入ってきたら既にここにいたのだった。ダークスーツを着込んでいたが、たぶんツッチャンが昨日の夜にでも行った店の女なのだろうと踏んだ。今宵は同伴ということだろう。ともかく僕は彼女に好かれたわけではなさそうだった。

その後何を話したか忘れてしまったが、ツッチャンは自分が見ているのが、虚無だと言われてなんと思っただろう、と思う。考えてみれば失礼な話だ。視線の先は極めて個人的な領域だ。それは決して他人の介入を許さない。

だがツッチャンは王様なのだ。王の視線は臣下によって絶えず分解され解剖され吟味される。それは仕方ないだろう。それが王の務めなのだから。視線というベクトルこそが王のカリスマそのものなのだから。

な〜んてね。ツッチャンには内緒だよ。

2003.6.11

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