story 13

シマさんと遊ぼう 自然に誘われて

コネガイの駅を降りると、目の前に広大な廟が広がっていた。その向こうには小高い丘が面々と連なっている。その反対の駅の西側には差し渡しが20メートルほどの橋が架かっており、その下には石ころだらけの河原の中を細々と水が流れている。その向こうにはこんもりとした山が見えた。その橋のたもとには小さな駐車場があるのだが、そこが今回のボーリングツアーの待ち合わせ場所だった。

「ここに降りたのは初めてですが、なんかいなかですねえ」
「おいらもだよ。こんな所にボーリング場なんてあるのかなあ」

僕とシマさんとキンちゃんは三人で私鉄に乗ってやって来たのだが、駅を出てみると、いささか不安を覚えないではなかった。あたりを見回してもそれらしい建物がありそうな雰囲気が感じられない。やけにひっそりとしていて、ほとんど山の中に思える。あのミドリちゃんが本当にここに住んでいるのだろうか。

「ここは天皇陵があるのでこんな感じなんです」

何でもよく知っているキンちゃんが解説してくれた。それを聞いて僕とシマさんが「あ、あれね」と肯いていると、遠くからクリーム色のシーマがこっちにやって来るのが見えた。近づいてみると、思った通り、ママさんの車だった。後ろからムラサキさんが子供と一緒に降りてきた。

「ごめんなさ〜い。お待たせしちゃったかしらあ」
「全然。僕らも今着いたとこ。こんにちは」

ムラサキさんの子供も小さい声で「こんにちは」と言うと、物怖じすることもなく、僕らをキョロキョロと見比べるようにしている。僕らは彼を囲むようにして立っていたが、すぐに膝を折って目線を合わせ、彼の首の負担を軽くしてあげた。それから互いに自己紹介などしていく。彼の名はタモツというようだ。
運転席からママがひとりで降りてきた。今日はいつものスーツではなく、白いブラウスの上に淡いピンクのカーディガンを羽織り、グレーのパンツという出で立ちで、薄紅色のサングラスをかけている。

「あれ、ママさん、娘さんは来ないの?」
「そう。来れないのよ。先約があったようなのよね。ごめんなさいね」
「いいよ、いいよ。今度お店で紹介してよ。それよりママ、こんな所にボーリング場あるの?」
「私も知らないんだけど、あるんでしょう。ミドリちゃんはここの娘だから確かよ」

見慣れないカジュアルな服装をしているので、ママがママでないようだ。

天気は薄曇りだが、こうして外に立っているだけで気分が良かった。初秋の風が僕らの髪を逆立てていくと、乱れた前髪を戻す仕草さえ心地よかった。
僕らの視線は自然に上へ、遠くへと向かうが、そんな視線を、空と森の木々が悠然と受けとめてくれた。
僕らは背伸びをしてみたり深呼吸をしてみたり屈伸運動してみたりと、常にはしたことのない不器用な動きをしてみせる自分たちを互いに可笑しく眺めていた。ママでさえ両腕を空に向けて伸ばしたまま、身体を右に左に曲げたりしている。その様子をタモツが、まるで不思議なものでもあるかのように、じっと見上げていた。

気が付けば、橋を渡ってこっちへやって来る車があった。赤いコレットだ。それはミドリちゃんの車だった。

「遅くなってごめんなさ〜い」

そう言いながらミドリちゃんが車から出てくると、彼女の長袖の真っ白なシャツが眩しいほどだった。それに葡萄茶色のジーンズがよく似合う。ミドリちゃんは僕らに軽く頭を下げながら、ウフフと笑った。その時僕らはそろって間の抜けた顔をしていたに違いない。
それからミドリちゃんはタモツを見つけると、彼のもとへ走り寄り、跪き、「タモツちゃ〜ん」と言いながら彼を抱きしめた。「元気してた?」タモツの両手を握って上下に振りながらタモツの目をのぞき込むようにしている。タモツはニコニコしながら「うん」と言った。僕たちは羨望のあまりあんぐりと口を開けたまま、ドラマでも見るかのようにその一部始終を見守っていた。

「ねえ、ねえ、ミドリちゃん。ほんとにここ、ボーリング場あるの?」
「ご心配なく、ママ。先月できたばっかりだけど、ちゃんとありますよ。でも、私もまだ行ったことないんだけど」
「でさあ、みんなお腹へってない?なんか食べてから行こうか?」
「シマさん、シマさん、私サンドイッチ作ってきたのよ。みんなで食べてよ。た〜くさんあるのよ。ねぇ、タモツ」
「うん」
「いいわねえ。このあたり食べるような所もあまりなさそうだし」
「そう。ほんとないのよねえ。助かるわ、お姉さん」
「それならさあ、コンビニか何かで他のものも買って、どこか外で食べようか?」
「ここまで来るだけでお腹へっちゃったみたいだから、それもいいわね」

僕らは駅前にあったコンビニで飲み物やお菓子などを買い足して、それをママの車に乗せた。

「で、どこに行こっか?」

みんながミドリちゃんを見た。ミドリちゃんは右手に左の肘を乗せ、人差し指を頬に当てたまま、「そうねえ」とあれこれ思案している。眉間に寄って八の字になった眉毛がなんとも可愛らしい。そんなミドリちゃんをいつまでも見つめていたかったけど、ミドリちゃんはやがて大きな瞳をクルンと開けると、晴れやかな笑顔でみんなを見回した。

「決めました。あそこにいきましょう」

あそこがどこか、誰も知らなかったけど、みんなは一様にうなずいて賛意を示した。
僕ら三人はミドリちゃんのコレットに乗り、二台の車は小さな橋を渡った。

行く先はその先の山の上だった。

2003.9.24

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