story 12

シマさんと遊ぼう ミドリちゃんを誘って

ミドリちゃんが僕らのボックスに来たことで、僕らがここに何を目当てにやってきたのか、あらためて気づかされた。

ミドリちゃんが弾けるように笑うと、柔らかそうなスーツの下の、果実のような充実が僕たちの鼻を刺激する。僕はよだれを垂らさんばかりに張り切って彼女に精一杯の笑顔をつくるのだが、店内の照明が足りないせいか、彼女は僕の笑顔に気づきもぜず、シマさんの膝を軽く叩きながら、口に手を当てて笑っている。シマさんは肩を上下させながら、ウヒヒヒヒと上半身を左右に揺すっている。それに合わせるように僕も笑おうとしたとき、ムラサキさんがやって来て隣に座ると、
「いつものね」
とか言いながら、ウイスキーか何かの水割りをこしらえてくれた。ほぼ同時にキンちゃんの隣にはママが
「キンちゃ〜ん」
と甘えたような恐ろしい声を出して、とりつくように座ると、これでいつも通りの布陣が出来上がってしまった。

「じゃ、カンパ〜イ!」
ミドリちゃんがそう言うと、みんな唱和するようにそれに倣う。次いでそれぞれがグラスを合わせ終わると、僕はすがるようにミドリちゃんを見つめながら一口飲んだ。ミドリちゃんはチラと僕の視線に応えてくれたが、すぐにその場に向けて何かを喋り始めた。僕はミドリちゃんの顔ばかり見つめていて、彼女が何を言っているのかちっとも理解できなかった。

そのうちに、シマさんが坂本九そっくりな歌い方で、何かを歌い、僕は北島三郎の曲を河島英五風にアレンジして絶叫した。キンちゃんはいつものように、フランク・シナトラの『マイ・ウェイ』をひとくさり。隣ではシマさんがミドリちゃんと腕を組んで踊っている。ママさんはそれを冷やかすように、
「シマさん、腰に手を回しなさいよ。そう、もっとぐっと、ほら」
などとけしかける。そう言われ、シマさんは嬉しそうにこっちを見ながら、照れて顔をクチャクチャにしている。ミドリちゃんはまっすぐに顔を上げているので、シマさんの頬にミドリちゃんの吐息がかかりそうだ。と、思うまもなく、ミドリちゃんは眼を瞑ると、うっとりとシマさんの右肩に頭を預けた。うわお!

なんだか決定的に振られた気がしてきたが、気のせいのような気もするし、そのあと僕は何かを振り払うように頭を振ってばかりいた。

次第に酔いがまわってきて、どうでもよくなってきたとき、シマさんがミドリちゃんを見つめながら言った。

「そいでさあ〜、今度みんなでボーリングでも行こうよ」

ミドリちゃんは大喜びで、手を叩きながら、
「行く、行く」
と連発し始めた。シマさんはもう50に手が届こうっていう、白髪頭のオッサンなんだが、しかも魚屋さんなんだが、ミドリちゃんの受けはいいようだ。
ママも
「面白そうね」
と言い、ムラサキさんも
「わたしもいいの?」
と乗り気だ。いやあ、ムラサキさんはともかく、ママはお店のこととかあるんじゃないのかなあ。

「わたしの住んでるコネガイに新しくできたばっかりのところがあるんだけど、どうかしら?」
ミドリちゃんが人差し指を立ててそう言うと、僕らはコクンコクンと肯いた。コネガイはアケドと同じ私鉄沿線だから、少し郊外になるけど、交通の便もいいし、ミドリちゃんの地元だと思うと、何やら香しい雰囲気が漂っているように感じるから不思議なものだ。
ここがお休みの今度の日曜日に行こうということになった。

「じゃあわたし、サンドイッチでもこさえてくるわ」
ムラサキさんがそう提案してニコニコしている。ムラサキさんには幼稚園に通っている子供がいるという話だけど、大丈夫なのだろうか。
「でもムラサキさん、日曜だし、お子さんはどうするの?」
「そうよね。よかったら連れて行きたいんだけど、いいかしら?」
「いいよ、いいよ。連れて来なよ。ついでに旦那も誘ってさ」
「もう。いないって言ってるでしょ」
「だったらわたしもうちの子連れてこようかしら」
これはママだ。
「ママさんにも子供あるの?」
これは僕ら三人の声。
「あったら不思議なようなこと言うのね。もう短大生だけど、娘がいるわよ」
「女子大生かぁ、そりゃいいねえ」
「でもママさんの娘じゃきっと立派なんでしょうね」
「立派ってどういう意味よ。可愛らしい娘よ」
「ほら、ここにもときどきアルバイトで来るんだけど、知らないかしら?」
ムラサキさんが言った。
「いたっけなあ。おいら記憶にないなけど、エフタさんどう?」
「僕も心当たりはないですねえ。キンちゃんは?」
「待ってください。いつだったか、確かリンガさんとかおっしゃる方がおられたように思いますが」
「あ、惜しいわ。リンガさんはお友達。きっとその時一緒にいたはずよ」
「まあ誰でもいいよ。ママさんの娘さんも来れたら来ればいいと思うよ」
「シマさん、ありがとう。きっと喜んで来るわよ」
「じゃあそうと決まったところで、もう一度カンパイしない?」
ミドリちゃんはカンパイするのが好きなようだ。新しいボトルを入れることにして、僕らは大きな声でカンパイした。

日曜日〜、次の日曜日〜♪
マチコを出て僕らは三人で肩を組み、ステップを踏んで、ミュージカルのように歌いながら歩いている。
ボーリング〜、ミドリちゃんとボーリング〜♪
暗い夜道に踊る僕らの影を、街灯だけがスポットライトのように照らしていた。僕らは飽きることなく、 いつまでも繰り返した。

ボーリング〜、キミとボクとでボーリング〜♪
ボーリング〜、キミとボクとでボーリング〜♪
・・・・・

2003.9.10

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