story 11

シマさんと遊ぼう マチコママに誘われて

スール閉店の時間が近づくと、店の前にはスナックやクラブなどの客引きの女の子たちが集まってくる。集まるといっても、遠巻きに立っているだけだから、帰宅途中のOLやこれから合コンでもやらかそうという風情の女学生たちと区別するのはちょっと難しい。彼女たちは目立たぬように道の脇に佇み、店から吐き出されるように出てくる客を見つめている。そんな客の中に顔見知りがいたら声をかけるのだ。
この時間まで打っている客は、なにがしかの特殊景品を持っている者が大半で、少し離れた換金所までその景品を持って歩くのだから、その途中で知ってる女の子に甘い声をかけられたら断りにくい。換金所前には列が出来ているが、その長い列の脇のあちこちにはそんな女の子たちが立っていて、並んでいる男の換金を一緒に待っている。彼らはこれから彼女らのお店に連れていかれるのだろう。換金がすんで、そのお金を大事そうに財布に入れながら、待っていた女の子と連れ立って歩く後ろ姿は、心なしか肩を落としているように見えた。ほんとにご愁傷さま。

そんな女の子の多くは、比較的若い子たちなのだが、スナック・マチコのママさんは御大自ら客引きに出ていた。

道の脇でそっと客を待つ、などというしおらしい行為はまるっきり頭にないらしく、マチコママはスールと換金所を結ぶ往来の真ん中で両手を広げるようにして仁王立ちしていた。きちっとスーツに身を包んでいるが、その道は少し暗いこともあり、がっしりした体躯のマチコママは、女装の下手なおかまに見えないこともない。スールから景品を持って歩いてきた男たちは、そんなマチコママに気づくと、ママを避けるように道の端を歩いていく。だから、スールから景品換金所へ至る道は、その両脇に人の流れができつつあった。ママはそんな道の真ん中から男たちに、誰彼構わず声をかける。

「あら、すごいじゃない。どうよ、寄ってってよ」
「なに、あなた、何でそんなに出したのよ。教えてちょうだい」
「うんわぁ〜、いくら出したのよ。ねえ、飲んでかない」

声をかけられた男たちは右へ左へ避けながら、足早にマチコママから遠ざかる。そんな様子が伝わるのか、これからそこを通りかかる男たちの間に、なんらかの合意らしきものが成立したようで、そうなるとママの誘いに応じるようなへまをしでかす男も出てこない。

ひとしきり声をかけたあたりで、人の波も引いてしまったようだ。マチコママも静かになった。どうしようかと思案しているのだろう、スールと換金所を交互に見ている。スールから出てくる客はすでにまばらになり、店内照明も薄暗くなっている。換金所の前に並んでいる人の列ももうわずかだ。

そこへひときわ大きな景品を抱えてスールから出てきた客がいた。シマさんだった。

最後の客なのだろう、コイケ主任がシマさんを見送るように一緒に店の前に出てくると、ブラインドを下げ始めた。シマさんはコイケ主任に、
「あしたも出してよ!」
と笑いながら声をかけている。人のいいコイケ主任は頷きながらニコニコしていた。

シマさんは、彼を待って店の前に立っていた僕とキンちゃんを見つけると、
「エフタさん、キンちゃん、お待たせ」
と、満面の笑みで景品を掲げるように僕らに見せながら、
「行こうよ、おごるから。ね」
と言って首をカクンと横に折った。僕とキンちゃんは互いに顔を見合わせると、大きくうなずいた。誘われるまでもなく僕らはとっくにその気になっていたのだ。

ご機嫌で換金所に急ぐシマさんの後から僕らはついていった。まだそこにいたマチコママがシマさんに気づいたようで、ぱっと電球が点ったようにママさんの顔が笑みくずれるのが僕らにもよく分かった。

「シマさん、待ってたのよ。遅かったわねえ。あら、すごい景品じゃない。来てよ、来てよ」

「おう、行くよ」

シマさんは鼻を空に向けてそう応じると、チラと後ろの僕らの方を振り向いた。いいよね、という合図だったのだろう。僕らに文句はなかった。なんと言っても今日はシマさんのおごりだもの。その返事を聞くと、ママは嬉しそうに
「じゃあね。待ってるわよ」
と大きな声で囁くと、お店に帰っていった。

その時分、僕とキンちゃんとシマさんはスナック通いに精を出していた。三人のうち誰か一人でもスールで勝つと、その金でどこかのスナックへとくり出すのだ。どういうわけだか、熱中していた。何が面白かったのか、今では皆目心当たりがないが、飲み屋の女の子たちと暗がりの中で一緒に飲んだり話したりするのが楽しかったのだろう。たったそれだけのことなのだが、飽きもせず僕らは通い続けていた。そのころ、もうそれは毎晩の習慣になっていた。

スナック・マチコはスールと換金所を結ぶ道路沿いにある4階建てビルの2階にあった。その立地を考えてみれば、スール→換金所→マチコと、まるで当時の僕らのためにあったような店だ。その建物の1階も「緑葉」という歌謡スナックだったが、こちらはのぞいて見たこともない。
マチコにはすでに何回か来たことがあり、僕たちはホステスたちの源氏名もそらんじていた。店内は入り口から右に広がる20畳ほどあるだろうか、ワンルームの造りで、左手の壁にバーカウンター、右手の壁に酒棚が少し拵えてあり、手前に2つ、奥の壁に沿って3つの4人掛けボックス席が用意されていた。部屋の中央奥よりにはカラオケセットもあり、そのそばで、3組ぐらいならホステスと客が腕を取って踊れるほどの空間があった。部屋のどこにいても店内の全体が見渡せるようなこぢんまりしたスナックだったが、それが親密さを醸し出してもいた。

「いらっしゃい」

シマさんを先頭に僕らが入っていくと、年長のホステス、ムラサキさんがにっこりと出迎えてくれた。奥のボックス席に導かれ、差し出されたおしぼりでパチンコ玉で汚れた顔や手を拭いていると、ママさんが、
「よろしくね」
などと愛嬌を振りまきながら近づいて来たが、そのまま一人客のいる隣のボックスに座り込んだ。そこから入れ替わるようにやって来たのがミドリちゃんだった。

「ようこそ、いらっしゃい。今日はどなたのおごりなの?シマさん?」

ミドリちゃんはそう言いながらシマさんの隣に座ると、僕たちの顔を見回しながら、小さな両手をシマさんの大腿部にそっとのせた。シマさんはメガネを右手に持ち、左手に持ったおしぼりで顔を拭いていたが、ミドリちゃんが座ると、おしぼりをテーブルの上に放り投げ、きちんとメガネをかけ直し、綺麗になった自分の両手で膝の上のミドリちゃんの手を包むように握った。

「そうなんだよ。今日もおいらのおごり。おいら最近ツイてるんだよねえ。仕事やめちゃおうかな〜、なんてね」

デヘヘヘと笑いながらそう言うシマさんの本業は魚屋さんだ。でも一日のうち、シマさんがいったいいつ魚をさばいているのか僕には見当もつかなかったのだけど。

2003.8.24

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