story 1

イガ主任、絶叫す!

スールという名のパチンコ店がアケドにある。

アケドは私鉄駅を中心に開けている街だ。ここには音楽系の単科大学に総合大学の芸術学部と、大学キャンパスが二つもあり、よく言えばアーティスティックな、実を言えば遊び好きな学生たちの街という趣があった。
アケドにはスールをいれて5軒のパチンコ屋がある。地元店である2軒を除くと残り3軒はチェーン店であり、そんなアケドの雰囲気をターゲットに、毎日鎬を削る戦いを繰り広げていた。
スールもその内の一つだった。

アケド・スールには二人の主任がいた。そのうちの一人が今回の主役、イガ主任だ。
野球少年のようにイガグリ頭をしていたが、だからイガと呼ばれていたわけではない。胸にいつも付けているネームプレートにイガと書いてあるからで、それはたぶん本名なのだろう。背は僕と変わらないぐらいだからそれほど高くはない。キョロキョロとよく動く目玉の持ち主で、客をいつも斜めから見つめている。偵察のためなのか、よく店内を、顔は動かさないで目玉だけ左右に動かしながら歩いていたものだ。アゴが少し張っていて、頬にはニキビの後がある。二十代半ばにはさしかかっていると思うが、本当に少年のようだった。
性格はあきらかにホットなタイプで、緊張気味に客と相対する必要のある時でもアゴを突き上げるようにして下目に客を見ながら話すのだった。どんな客が相手でも決して後には引かなかった。そういうわけで、トラブった客の相手など、彼の専門とするところだった。顔に似合わず、きつい性格をしているのだ。

以下は たまたま僕がいなかった時のことで、後で仲間から聞いた話だ。
イガ主任が主役である。

 

それはある晴れた日のことだった。まあいつものようにみんなでパチってたという。そんなある日の昼下がり、突然、店内放送でものすごい声が聞こえてきた。

「イガだ!」

イガ主任はよく時間毎のサービス情報を店内放送していたから、マイクを通して客はみんなイガの声を聞き慣れていた。だからこの声がイガの声だと言うことはすぐに分かったらしい。それでもその音があまりに大きかったので、皆パチるのを一瞬止め、ハンドルから手を離して耳を押さえた。中には立ち上がって何事かと声高に騒ぐ客もいた。それに何故イガが自分の名を大声で放送せねばならないのか、皆目分からなかった。

そうだよな、柄の悪い客がいると、いつもいつもイガがその処理にあたってきてたし、ああ見えて神経が傷ついていたんだろうなあ、ズタズタになっちゃったんかなあ、などとあらぬ納得をするやつもいた。

だがそんな風に客がまごついている間に、あるシマで何やら揉め事が起き始めた。気づくと件のイガ主任が2階から脱兎のごとく階段を飛び降りている姿が見えた。それを見た客は、なんだ、なんだ、とそのシマへ近づいていった。
重なり合いながら客の肩越しにのぞいてみると、4,5人の店員がある男を取り囲んで争っていた。男は必死の形相で店員たちを振りほどこうとしているが、店員たちもそうはさせじと全力で踏ん張っているからなかなか思うとおりにならない。布と布が激しく擦れる音、何かが台のガラスへあたる音、座席にぶつかる肉の音などが聞こえてくる。男達の靴底と床が激しく摩擦を繰り返す。

そこへ客をかき分けながらやってきたのが我らがイガ主任。
脇を固められ幾分大人しくなった男の胸ぐらを掴むと、そのまま二、三度こねくるように拳を男のアゴにまで突き上げ、

「全部カメラで見てたんだよ!コルァ!」

真っ赤な顔を男の上へ被せるようにして、幾分甲高い声で、そう凄んだという。それを聞いて男はがっくりと膝を落とした。

 

どうやらその男、ゴトをやってたようだ。どんなゴトだったのか今でも判然としないが、その時がはじめてではなく、それまでにも何度かやってたらしい。まあ、でなくちゃあんな風に捕まえることはできないだろう。イガと他の店員達が示し合わせて男が再び訪れるのを待ってたようだ。現行犯でなくては逮捕できなかったということか。男はそのまま近くの交番に連れて行かれ、一件落着となった。

後で分かってみると、「イガだ!」というあの絶叫、あれはイガがカメラに写るゴト男を見ていて、ゴトの決定的瞬間に発した、「今だ!」という合図だった。そばに控えていた店員達はそれを聞いて一斉に男を捕まえにかかったのだった。

その後その場にいた客全員に、騒がせたお詫びとして、ヤクルトのタフマンが配られた。イガ主任も配ってたらしいが、どんな顔をしていたことやら。

 

そんな我らがイガ主任だが、残念なことに今はこの店にはいない。この事があってしばらくして本店へ転勤したのだ。
それ以後二、三度ここで見かけたことがあるが、その時はいつも野球帽を被ってた。やっぱり野球少年だったのかな。

イガの代わりに新しく配属されてきた主任は、結構年配の、イガとは似ても似つかない男だった。ヒョロッとして、くたびれたような冴えない感じで、かわいらしさのない男だった。

待てよ、そうでもないか。そう言えば、彼の名は

イマダ

だった。可愛いいかも。うん。

2003.6.6

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