scribbles 8

東の空にまた一際大きな光の柱が立った。

それは厚くたちこめる雲をたやすく貫き、巨大なドーナツ状にすると、その真っ暗な穴を瞬間的に眩く照らし出し、そこから凄まじい勢いで私たちの大地に降り注いできた。その中心部はあらゆる周波数の光を発していることを示して白く輝き、周辺の大気成分をプラズマ化しているのだろう、表面のあちらこちらには虹色の稲妻が鋭く走っていた。

それは恐ろしいばかりに美しい光景だった。

「来るぞ」

腕時計を見ていた父は声にならぬ低い声でそう言うと、東に背を向け、私たちを光の柱からやってくる衝撃波から守ろうとした。私と妹は父の腕の中で両手で耳を塞いだ。しかし私たちは薄目を開けて、父の脇の隙間から光の柱を見つめていた。父の短い言葉が終わらないうちにそれはやってきた。

その音は私の鼓膜だけではなく私の腹や背を震わせ、私の心さえもその底から震撼させた。やがて空気が猛烈な速度でやってくるはずだった。私たちは父を上にして掘ったばかりの浅い穴の中に身を伏せた。

光の柱が降ってくるのはもう何度目になるのだろう。10回目までは数えていたはずだが、それを超えた頃からそれどころではなくなり、数えることをいつの間にか忘れていた。詳しいことは分からなかったが、父によると世界中のキラー衛星が日本上空に集結し、光を降らせているらしかった。なぜそんなことになったのか父にもその本当の理由は分からなかった。

最初の光がもっとも規模の大きいものだった。全部で100以上の光の柱がきっかり169秒間、何の前触れもなく、一斉に東京上空から降り注いだのだ。それは東京を一瞬にして蒸発させた。たまたま富士山頂に居合わせたというCNNクルーによって撮影されたその一部始終は、「降臨(Overload Descendant)」と名付けられ、世界各国にただちに(おそらくリアルタイムで)衛星配信された。私たちがその映像を目にし、日本に何が起きたのかを知ることができたのはそれから2週間以上後のことだった。その時には13の政令指定都市すべてが東京と同様にこの世界から永遠に消えていた。

「大丈夫か」

穴から立ち上がりながら、いつものように父が言った。

あたりは度重なる激烈な衝撃波によってどんな建物もなぎ倒されていた。やがてあの光の柱がプログラム通りここに達しここを焼けばすべては土に還るだろう。かつて日本であったこの街もただの土になる。だが日本人が生きていさえすればいつの日か日本は再生される。それがこのところの父の口癖だった。だから私たちはなんとしてもあの光の柱から逃れて生き続けなければならない。そう言うと父は目を瞑りうつむくのだった。

しかし私はあの光の柱を見るのが好きだった。あんなに美しい光の柱を私は愛していた。169秒間の逢瀬。私は次の「降臨」を心待ちにしていた。いつの日かあの光の柱の下であの光を全身に浴びたいとさえ思った。その時私も母のいるところへ行けるのではないか。もしそうなら、そのことを心から願っていた。

衝撃波の去った後、あちらこちらに白い柱が立った。それは上昇する水蒸気から成る太い円柱だった。光の柱が降り注いだ跡から伸びて、あの最初の「降臨」の日以来晴れることなくこの空を覆い続ける灰色の雲海にまで達していた。それは荒涼としたこの風景をまるで神殿のようにディスプレイしていた。

その時、昼間は決して見ることの出来ない太陽が姿を現した。その光は地平線の彼方からそこにしかない雲の切れ目を見つけてやってくると、私たちを慰めるように照らし出した。父も私も妹も、立ち止まってその光を見つめていた。大きく赤い太陽は見る見る沈んでいった。荒れ果てた瓦礫の大地が、壮麗な白い列柱が、空漠としたこの神殿が、紅く蒼く染まっていった。私たちはその中で石像のように静かに立っていた。私たちの影だけがどこまでも伸びていった。

夕闇が近づいていた。

2004.9.13

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