scribbles 7

川と川に挟まれ土を盛った上に砂利を撒いただけの心細げな堤防は急に立ちこめ始めた霧のせいでその先を見通すことが出来なくなった。DRも低い唸りに変わり、このまま走り続けることを不安がっているようだ。前方に現れた老木に促されその側にバイクを止めることにした。

ヘルメットを取って見回すと辺りの霧はますます濃くなっている。右も左も対岸はおろか、足下からなだらかに続く川岸の先の川の流れすらぼんやりとしか見えず、何の音も聞こえなかった。なすべきことを思いつかず、私は堤防の端に座って見えなくなった川の流れを見つめていた。

強者とは何か。
それは程度で測られたところの分布の一方を指す言葉ではないはずだ。強者ではない者を隔絶する、なにものかを有した存在...であるはずだ。

その対極にある弱者とは何か。
これははっきりとしている。それは私のことだ。自己憐憫に陥っているわけでもふて腐れて言っているわけでもない。弱いということを私は自分を通じてよく知っている。それは何より恨む者であり、妬む者なのだ。強者を妬み、自分が強者でないことを恨む存在なのだ。弱者は強者の強者である所以を研究したりしないし、強者に憧れたりもしない。ただ彼我の差を測定しその差に嫉妬し、妬みを育み、恨みと誰よりも仲良くなる者だ。

退屈を感じ始めるよりも先に、白っぽい看板のようなものが川岸に立っていることに気づいた。腰を上げ堤防を降りて近づいてみるとゆったりとした川の流れが見えた。立て看には四角い文字で、ここを掘れば温泉が湧きます、と書いてあった。

冗談だろうという思いで振り返れば、どこまでも広がる砂地のあちらこちらに穴を掘った後らしき窪みがあるのが見えた。その周りを石で囲ってあるものもいくつかあった。その窪みの中程に水たまりが残っていたので近づいて手を浸けてみると生温かった。

しかしどうやって掘るんだ、と半ば声に出して立て看のある方を振り返ると、そのすぐ側に三角形の穴の柄をしたスコップが転がっているのが見えた。手にしてみると、柄に近い辺りが少し錆びているが十分使えそうだった。

砂は砂利のようで、掘っても掘ってもすぐに砂がくずれ落ちてきた。それでも次第に穴は大きくなっていった。汗が出てきたので上半身裸になった。コツがつかめると効率的に掘れるようになり、穴を掘るという行為が面白くなった。

いや、そうではない。それが誰であれ、おそらく私は私ではない彼を妬み、彼ではない自分を恨むのだ。結局そこには強者も弱者もない。それは私の思惟に対する言い訳のために捏造された虚妄に過ぎない。あるのは彼我の違いと、その違いに対する私の欲深い嫉妬だけだ。

しばらく掘り進むと穴の底からじわじわと熱い水がしみ出てきた。すぐに靴と靴下を脱ぎ捨てた。次いでジーンズも脱いでほとんど裸になった。辺りの霧はますます濃くなっていた。

膝よりも深く、全身がタップリと浸かれるぐらいに広くまで掘り進んだとき、しみ出てきた湯は穴の七分ほども満たしていたが、その半分は私の汗なのかもしれなかった。
ふいに穴の底から固い棒状の物を掘り出した。持ち上げてみると、それは誰かが今しがたそこに置いたばかりのような真新しい黒い傘だった。きちんと折りたたんでありホックも留めてあった。

肩まで湯に浸かった。最初は泥の色をしていた湯も、そうしていると見る見る透明に澄んでいった。私は頭を湯の中に浸けたり出したりして楽しんだ。
その時、川岸全体が笑ったように思った。私を取り巻くすべてのものが私を笑っている声が聞こえた。

しかしそれはいきなり降り始めた雨の音だった。雨が真っ白に煙った空の中から点となって私の顔に降り注いでいた。

私は掘り出した傘を広げた。
その内側には白い塗料ではっきりと「バカ」と書いてあった。その字すら見えなくなるほどに濃くなってゆく霧の中で、私はいつまでも笑い続けた。

2004.8.29

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