scribbles 4

熱きアブカランドゥの町を抜け、あてもなく山道を歩いている。石ころだらけの道ともいえぬこの道がどこへ通じているのかいつからここを歩いているのか、そもそもなぜこんなところを歩いているのか判然としないが、そんなことはどうでもいいんだと自分に言い聞かす。重要なのは明日の未明を知ろうとすることではないし、張りつくような今日の陽光に耐えることでもない。ただひたすら熟し切った過去を振り返りその偽果の腐乱臭を心ゆくまで嗅ぐことなのだ。私のすべては過去に塗り込められている。過去こそ私の腑であり私の脳漿そのものなのだ。

砂利に踏み出す足の裏の一歩一歩がソウダソウダと声を上げ、そのたび夕闇に染まるあの街角があの窓際に咲くリリオ・デル・カンポが目蓋に浮かび上がってくる。

「※※※※※※、※※※※」

なにか大きな声を出しながら小さな子供がいきなり目の前に現れると私の右腕を掴み、強く引いてゆく。およよと嘶く間もなくその子の喜悦の表情に心惹かれ、引かれるままその子の後を歩いてゆく。その子のなりは見たこともないドンゴロスの貫頭衣で、これはこの辺りの高地にいると聞いた原住民のそれではないかと思いつく。盛んに何事かを話しかけてくる言葉とは思えぬその調子の中にどこか懐かしい匂いを感じるのはなぜなのか、そして不思議にも恐怖感をもつことなくともかくそうして歩き続けどうやらゆるやかな峠を越えた時、それを待っていたように目に入ってきたのはおそらくこの子とその仲間の住む場所なのだろう、白い大地に撒かれたように散る黒い穴の点々とした群れだった。大きな白いパラソルに描かれた無数のポルカ・ドッツ。そのひとつひとつの黒い穴が山を削って出来ているようで、ひょっとするとその奥で互いの穴は繋がっているのではないかなどとあらぬことが思い浮かんだが、いや待て待て、現代絵画を実写で撮ろうとしているハリウッド映画の物好きな連中のロケ現場なのではなどと考え始めるとどうにも愉快でしようがない。

私は声を立てたのだろうか、この子はそれを叱責するようにさらに強く私の腕を引き始め、今まで来た方向からすると脇にそれる方へ私を連れて行こうとする。それはどこにいたのか私たちをはや見つけ遠くから駆け寄ってくる何人もの他の子供たちから私をどうやら守ろうとしているものらしく、どうしてこういきなり私に人気が出てきたのか首をひねってもいっこうに心当たりはないが、その刹那、リュックを背負った背中のあたりで火照り切っていたはずの汗の泉がいきなり凍てついて氷になったのを感じた。

転げ落ちながら子供をはねのけながらやや傾斜している細い道をそれまでの歩調からは想像も出来ない速さで駆け下ってゆくと、背後からなにやら囃し立てるような声が次第に大きく迫り始めたようで、こんなに息せき切って駆けているのにどういうわけだなどと理屈ばった不安が胸の内から湧き上がる。気づけばその小道の両脇には先ほど遠目で確認した山を削って出来た黒い穴の類がひとつふたつと現れ始めており、すると今にもそこから誰かしらが出てきて恐ろしい顔で私の行く手を立ち塞ぐのではないかという思いが次から次へと私を襲ってくる。握りしめていたはずの柔らかな子供の手はいつの間にかなく、後ろを振り返ってももうどこにもあの子の姿はない。

クルブクワレンタイシンコ、艶やかに華やかに着飾ったカサデプータ!
その暗闇のロビーにたむろする原色の褐色たち。
マリア・デ・リリシーロ、アナ・シルビア、ラウラ・フリオソーデ・ヤヤマ、
・・・
不実な瞳と気高き舌の持ち主たちよ!

後ろから追いかけてくるのは私の恐怖なのか、希望ではなかったのか、私そのものではなかったのか、だから溺れたのではなかったのか。次々と立ち現れる疑問になんの返答もできず、右手の山肌に現れた一際大きな黒い穴にありったけの声を出しながら私はひとりで飛び込むように駆け込んでいった。

2004.8.5

back

Copyright (C) taka All Rights Reserved.