scribbles 2

ボクたちが近所の空き地で遊んでいると、知らないおじいさんが自転車に乗ってやって来た。
ボクたちはビー玉で遊んでいたが、そのおじいさんがキリキリーンと涼しげな音を立てると、ボクらは道端に落ちたアメ玉に群がるクロヤマアリのようにおじいさんのまわりに集まった。

おじいさんの自転車の荷台にはプラスチック製の大きな白い箱が固定してあった。おじいさんはその横に置いた折りたたみ椅子に座って、麦わら帽子の下からボクたちの顔を見上げてニコニコしていた。おじいさんは右手に小さな鐘のついた棒を握っていた。ボクたちの視線はおじいさんの顔と荷台の箱と右手の鐘を結ぶ三角形を何度か描いた後、結局おじいさんのしわくちゃな顔に落ち着いた。みんなの視線が動かなくなるのを待ってからおじいさんがかすれたような声を出した。

「暑いのぅ」

するとどこかでニイニイゼミが鳴き始めた。ボクたちはじっとおじいさんの顔を見つめていた。ほとんど鉛直方向から降り注いでくる日差しは、ボクたちの露出した肩や腕に触れるとジリジリと音を立てた。

「見とってみいよ」

おじいさんはみんなの顔を見渡しながらそう言うと、ボクたちの顔から視線を外し、少しうつむくと目を瞑り、そのまま動かなくなった。
セミの鳴き声とボクたちの皮膚の焼ける音だけが聞こえていた。
おじいさんの顔が見えにくくなったのでボクたちはしゃがんで膝を折った。

そのままおじいさんの顔を見つめていると、おじいさんの額に大きな汗の塊ができてゆくのが見えた。二つ、三つ、四つとその数は徐々に増えていき、しかも見る見る大きくなっていった。汗の塊はふるふると震えながら、表面張力と摩擦力と重力による流体力学的せめぎ合いに身を任せていたが、増え続ける体積によってその均衡が破れると、くずおれるように顔の上を転落し始めた。

汗の塊は顔の上を転びながら崩れ、崩れながら流れになった。汗の流れがおじいさんの眉毛に染みこみ、固く閉じられた目蓋を濡らし、鼻と口の脇をすり抜けてアゴの先端に集まった。そこで汗はひとつとなり再び塊の形をとり始めると見えたが、その間もなくアゴから滴り落ちていった。

その滴りが地面を点々と黒く濡らしていた。おじいさんの顔からは汗がとどまることを知らず出続け、流れ続け、滴り続けた。
それはポツポツポツとした点滴から次第に一本の細い水流のようになっていき、やがてアゴの先に加えて鼻の先からも滴りはじめるとすぐに二本の透明な糸になった。

「どうじゃ」

薄目を開けておじいさんはそう言ったようだったが、顔全体を流れ続ける汗が開けた口に入っていくのか、その声は聞き取りにくかった。 やがておじいさんの顔の下の地面には黒い水溜まりが出来、じわじわと広がっていった。それはおじいさんの両足にまで達し、おじいさんのくたびれたゴム草履を次第に浸食し始めた。それを見てボクらはしゃがんだままカニのように後ずさりした。

その時おじいさんが右手に持った鐘をゆっくりと揺らした。

キリキリーン キリキリーン

涼しさを文字で書いたような鐘の音が二度三度と鳴り響いた。

それからおじいさんは立ち上がり、鐘を椅子の上に置くと、自転車の荷台にある大きな白い箱のふたを開けた。その時にはおじいさんの顔をあれだけ流れていた汗はすっかり引いていて、まるで何事もなかったようだった。

そんな様子に目を丸くしているボクたちを横目に見ながら、おじいさんは白い箱の中から何本ものアイスキャンデーを扇のように広げながら取り出すと、歌うように言った。

「アイスいらんかのぉ〜」

白い箱の前には「一本 二十円」と書いてあるしわくちゃな紙がいつの間にか張り出してあった。

2004.7.29

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