ドイツ語のBildungsromanは一般に教養小説と訳されるが、ドイツ語のBildungには、人間形成の過程とその結果として得られる教養の二つの意味が同時に含まれている。だから、これを単に教養小説と訳すと、片手落ちの感がある。それゆえ長くなるがカタカナでビルドゥングスロマンと表記する。
Bildungsromanという言葉は、20世紀初頭、哲学者ディルタイによってゲーテの「ヴィルヘルム・マイスターの修業時代」とその流派の小説に対して用いられ、広く膾炙した。
「ヴィルヘルム・マイスターの流派をなしている小説類を私はビルドゥングスロマンと呼びたい。このゲーテの作品はさまざまな段階、姿、生の時期に於ける人間の形成(アウスビルドゥング)を示しているのだ」
(ディルタイ、「シュライエルマッヒェルの生涯」1870)
ディルタイはビルドゥングスロマンを次のように定義している。
「青年は幸福な薄明のうちに人生に踏み入り、自分に近い魂を求めて、友情と恋愛に遭遇する。だがいまや世間のきびしい現実と闘うようになり、そしてさまざまの生活経験を経て成熟し、自分自身を見出し、世界における自分の使命を確信するようになる」
(ディルタイ、「体験と創作」1905、小牧健夫訳)
ドイツの代表的なビルドゥングスロマンとして次の作品があげられる。
ゲーテ 「ヴィルヘルム・マイスターの修業時代」
ケラー 「緑のハインリッヒ」
シュティフター 「晩夏」
トーマス・マン 「魔の山」
(「ドイツ教養小説の系譜」柏原兵三、『教養小説の展望と諸相』所収 しんせい会編集 三修社より)