おいらもつらいよ ~クマジロウ劇ぱわ流浪~ 2

おいら、難波さんと話したのだ ~車内篇~

「そうですか。それじゃ、失礼いたします」
「寒かったでしょう。こんな夜更けですから」

近づいてみると難波さんの車は芥子色のマーチだった。マーチは助手席においらを乗せるとその場で転回し、今来た道を戻り始めた。外にはまだ何も見えやしない。

「いやあ、歩いてるから寒くはないんですけどね、ただな〜んにもないのにはまいりました」
「山の中ですからねぇ。でもここまでよう歩いてこられましたね」
「そう、そうなんですよ。それというのも、もうず〜っと向こうになっちゃったけどセブンイレブンがありましてね、御存知かなぁ、難波さん」
「山の向こうの道ですねぇ」
「そうなんです。難波さんところへ行こうと勢いよく家を飛び出たはいいが、よく考えてみりゃ、おいらこの町に来るのは初めてでしょ?バス降りて、そこから右に行ったものか左に行ったものか、そんなことすらわかりゃしない。誰かに尋ねりゃいいやと思ってたんだけど、尋ねようにもどこにも人っ子ひとりいやしない。こんなに誰もいない町もあるんですねえ、ほんと。で、そんな中何時間も歩いてて、やあっとあのセブンイレブンに出くわしたんで。おいらあの灯りを見つけて、求める救いがそこにあるような気持ちでそこに入っていったんです。するとそこにとっても可愛い、って言っちゃなんだけど、へへ、まあ、若い女店員が雑誌かなんかの整理をしてましてね、いや、ほんと、その姿はまるで弁天様かなんかのようでして、えへへ。これを幸い、その娘に、“きしわだのふんどし”って知ってるかいと、こう尋ねたらね、その娘、こんなおいらに同情したのか、ずいぶん懇切ていねいに教えてくれまして、これが、もう、ぺらぺらぺら〜てなもんで。今考えると、ありゃかなり手慣れた様子だったなあ。それで、まあ、なんとかここまで来られたんで。だからもう、おいらがここにこうしていられるのは、あの娘のおかげだと思います、ほんと。ただ、ラブホテルとかなんとかね、えへへ、ほら、途中にあるでしょ、山の上の方。そっちの方面、なんかえらく詳しかったなあ」
「ひょっとしてその人、黒縁のメガネ掛けてました?」
「ええ、そりゃ掛けてましたねえ。それがまたなんとも、こう、色っぽ、へ、難波さん、あの娘、知ってるの?」
「そりゃ詳しいはずですわ。彼女なら、あのラブホテルの娘ですからねぇ」
「ええっ、そうなんだ!あちゃ〜、なんかおいらまいっちゃうなあ」
「はは。でも“ふんどし”への道案内としては彼女は最適でしたねえ」

そのあたりにきてようやくといった案配でマーチは左折した。左折する時、右手に“きしわだのふんどし”の看板があったような気がした。折れた先の道、遠くの方にぼんやりと灯りが見えた。

「ひゃあ〜、あそこからここまででも結構ありますねえ」
「もう少しですよ」
「あ、そういや難波さん、あんたなんであんなところでおいらを拾ってくれたんで?どこかへ行かれる途中じゃなかったんでしょうね?そういや、おいらの名前まで御存知だった。あんなところでいきなり自分の名前呼ばれて、おいらあのまんま固まっちまうかと思っちゃったよ」
「ははは。クマジロウさん、“そしていがいが”のカニさん、御存知でしょ?」
「カニぃ!?知らないわけでもないんですが、あの野郎がどうかしたんで?」
「カニさんからわしのとこへ今夜メールがありましてねぇ」
「メール!」
「さっき気づいて読んだばっかしなんやけど、“カツシバ”のクマジロウさんが夜中やいうのにわしんところへ行くんゆうてきかへん、止める間もなく出かけてしまいよった、よかったら迎えに出てやってくれっ、てねぇ」
「かぁーっ、あの野郎、難波さんにそんなメールを出しやがったんで?身の程知らずもいいもんだ。劇ぱわ界最大手の難波さんに迎えを頼むとは、あの野郎、とんだご迷惑おかけしやがって、おいらからもすみません」
「あはは、ええんですよ。“カツシバ”のクマジロウさんならわしもほっとくわけにはいかへんからねぇ。それであわてて外に出てみたらクマジロウさん、あそこをあなたが歩いてた」
「いやいやいや、難波さん、クマと呼んでください、クマと。クマジロウなんて呼ばれた日にゃ死んだはずのオヤジにあの世から叱られてるようでこのあたりゾッゾッゾッとなにかが這ってくような気がするんで」
「そうですか。じゃあ、クマさん、着きましたよ」

難波さんがそう言い終わると同時に止まったマーチから降りてみると、いくつもの大きなサイコロが投げ出されたまま無造作にころがっているような建物の輪郭が闇の中にぼんやり浮かんで見えた。その中で最も高い部分とここからはよく見えない向かいの建物との間には妖しげな青白い光が一本真っ直ぐに伸びていた。光の長さはここから見ると少なくとも50mはありそうだった。

「ちょっと待っててもらえますか。車を置いてきます」

おいらは返事も上の空でその光の棒に見とれていた。
ここが劇ぱわ界の登竜門“きしわだのふんどしの部屋”の居城だった。

 

2006.1.10

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