おいらもつらいよ ~クマジロウ劇ぱわ流浪~ 1

おいら、難波さんに出会うたのだ ~夜道篇~

月夜とはいえ、こんな山道を夜中にひとりで歩くのは剣呑よなあ。たぬきかきつねかむささびか、いまにものっそり出てきそうじゃねえか。山犬の遠吠えなんぞ聞こえてきた日にゃ、おいらどうすりゃいいんだか。はああ。明日にすりゃよかったんだが、後先も見ないで飛び出してきちゃったよ。この道でいいのかどうかもわかりゃしない。ほんとにここはいなかだよ。誰かに聞きたいんだけどひとっこひとり歩いてやしねえ。さっきからこの道通るのは大きなトラックばかりだ。劇ぱわのことならまずはここからだとカニの野郎言ってたが、それがどこにあるんだか、どこにいきゃいいんだか。どこかに誰かいやがらねえか。

おおおっ。灯りが見える。ありゃなんだ。コンビニか。だといいんだが。・・・。おお、セブンイレブンだ。ありがたい。

おひょっ、あったけえ。おう、可愛らしいネエちゃん、黒メガネ似合うよ。

「おう。雑誌の入れ替えご苦労さん。お忙しいところお邪魔だけど、ちょいとばかり尋ねたいことがあるんだがに」
「はい、なんでしょう」
「おいら、自慢じゃねえがこう見えても道に迷っててね」
「はい」

うん。いい声してるわ。女は声だよ、声。

「うん。実はね、“きしわだのふんどし”ってところを探してるんだが、お姉さん、知ってるかに」
「はい。この道をまっすぐあちらへ行かれてふたつめの信号を左に曲がってください。この時間だとふたつめの信号は黄色に点滅しているかもしれません。その道の先にある山道を登って降りてください。山道は最初右に曲がってそれから大きく左に曲がってます。途中、右側にラブホテルがあります。山道を降りきる頃右手に溜め池が見えるはずです。その溜め池沿いにさらに真っ直ぐ歩いて行きますと“きしわだのふんどし”の大きな看板が出ていますからそこを右に折れます。ちょっと上にありますから見落とさないように気をつけてくださいね。それをさらに真っ直ぐ道なりに歩いて行かれますともう一度看板がありまして、そこを左に曲がるとそのずっと先に“きしわだのふんどし”さんがあります」

うわあ。可愛いからと思って黙って聞いてりゃ立て板に水だねまったく。憶えきれないよ。

「え〜と、ふたつめの信号を左、山道を登って降りる、っと。はは。それでわかるかな」
「はい。大丈夫だと思います」
「そうかい。ありがとう。大いにほっとしたよ」
「いえ」
「あ、今何時だい」
「もうすぐ午前1時です」
「そうかい。お姉さん、ほんとにありがとうよ」
「はい」

う〜ん。可愛い娘だったなあ。立て膝のまんま答えてくれたよ。おいらあの娘なら全面的に信じることにする。ほんといい娘だわ。あ、なにも買わないで出てきちゃたなあ。コーヒーぐらい買ってくりゃよかったかな。まあいいや。えと、ふたつめの信号ね。おお、これがひとつめと。ありゃ、ここにもローソンがあるね。セブンイレブンに停まってたトラックここにも停まってるな。配達かあ。ここでもう一度確認するかなあ。いやいや、あの娘を信じよう。うん、信じよう。

お、やっとふたつめがあった。あそこを左折か。ほんとだ、黄色に点滅してるよ。そんなこと言ってたよな、あの娘。えらく詳しかったけどあの娘も劇ぱわやるのかね。それならどこかでもうお手合わせしてるかもな。うひひ。ハンドルネーム聞いておけば良かったな。お、登りになってきたね。ほんとの山道だよ、こりゃ。お月さんが出てなきゃ真っ暗だっての。あらら、雲が流れてきてるな。あの娘に聞いてなきゃこんな道一歩だって歩けないよ。なにも出ないでくれよ。かなりあるよこりゃ。ほんとにこれでいいのかねえ。ま、あの娘を信じるっきゃないんだけどさ。おっとトラックだな。あっちもびっくりしてるだろうよ。今度トラックが来たら死んだふりしてやろうかな。ひひひ。ま、面倒だ、よそう。

にしてもまだ登りかい。およっ、なんか灯りが見えてきたね。ほうほう、あれかね。およよ、派手だねえ。ちょっと走りたくなったよ。ほっほっ、ほっほっ。うわ、こりゃなんだい。“Light of the Moon”。あちゃー、ラブホだよ、こりゃ。そうか、そういやそんなこと言ってたよ、あの娘。ふうう。それにしちゃ派手だねえ。電飾派手すぎねえか。あの娘来たことあるのかね。誰と来たのかねえ。そういやこのときだけちょっと声ひそめてたな。うひひ。一泊いくらかね。いざとなったらここに泊まっちゃうかな、ほんと。おう、下りになってきたわ。ここからやっと下りかい。待てよ、ってことはこの道でいいってことだな。まあ、間違いようもないんだけど。あ〜あ。あとどのくらいかね。

ふう。だいぶ来たね。なんだかおいら慣れてきちゃったよ。この環境適応力。大したもんだよカエルのションベンっ、見上げたもんだよ屋根屋のフンドシってか。へへ。思ったより安全だね。何にも出てきやしないよ。モモンガとかなんとかもう少しなにか出てくると思ったがなあ。え〜と、ここいらに看板出てないかな。出てりゃいいんだけど、“きしわだのあほう”。あ、“ふんどし”だったっけ。おっ、脇道があってなにか看板出てるじゃないか。あれかね。どれどれ。“梨な野出っす”?なんだこりゃ。わけわからんよ。違うわ、こりゃ。およっ、また同じような脇道があるな。ほっ、看板もありやがる。一応見とかないとなあ。やれっと。“梨な野出っす”。まただよ。意味わからんっつうのよ。梨な野出ってなんだよ。“梨な”ってのがわからん。“梨の”ならわかるよ。それなら梨でも売ってるんだろうが、“な”ってなんだよ、“な”って。どうなってんだ、ったく。それと最後の“っす”はなんだ。こんな夜更けにひとを小馬鹿にしてやがるっす、ったく。こっちは歩いてんだよお。

およよ。てかてかなんか光ると思ったら、水だよ。そっかあ。溜め池だよ、これ。ちゃらちゃら流れるお茶の水、粋な姉ちゃん立ちションベンってか。そういやそんなこと言ってたなあ、あの娘。あの娘のこともう忘れかけてたよ。だいぶきちゃったんだよなあ。おうっ、そういや、ションベンして行こう。ふうう、効くわ。もう少しだな。たぶんだけど。希望的なんとか。うわっと、トラックかあ。前方よりトラックあり。かぁ〜っ。目が眩むね。ふう。目ぇ開いてても瞑ってても同じだわ。何にも見えんよ。なんでこんな山道トラックが通るのかね。もうどうでもいいわ。いい加減着いてくれないかなあ。

おっ、また灯りが見えてきたね。なんだろ。なにかの施設かな。変電所かね。そりゃちょっと変でんしょ。笑うとこだよ、ここ。おあっ、なんだい。その前に大きな看板があるじゃないの。ほうほうほう、“きしわだのふんどし”。あった〜。これだよ、これ。ここ右折ね。や〜、ひと安心。もう少しだよこりゃ。にしてもあの灯りは何だったんだろうな。いいけどさ。もうなんでもいいのよ。さてさてっと。

ふあ〜。まだかよ。看板はあったけど、ほんとにあるのかよ。なんにも見えなくなってきたよ。なんだよこれ。お月さんもどこかに雲隠れだよ。こわ〜。おおっ、また車かよ、眩しいんだよったく。およよ、そばで止まったよ。おいらもつられて立ち止まったりして。おっ、窓が開いてゆく。なんだなんだっ、おいらになんか用かっ。

「すんません。いきなりで失礼なんやけど、クマジロウさんやろか?」
「・・・そうじゃないとは言わないけどさ」
「ああ、よかった。どうぞ、お乗りください」
「あんた、誰だい」
「“きしわだのふんどし”の難波いうもんです。寒いですからどうぞ中へ」
「おうっ、難波さんかあ!ほんとに?」
「ほんまですよ。さあ、どうぞ」

 

2005.12.27

 

クマジロウがまたやっちゃてます。
ひとつは 『男はつらいよ・フーテンの寅』(1970) でのもの。もうひとつは、 『続・男はつらいよ』(1969) を始め同シリーズ中随所に出てくる有名なものです。
わたしの説得力が足りないかなあ・・・。
(2005.12.27  taka)

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