essay/時短備忘控 1

天にある穴

手打ち時代のパチンコの魅力は玉の動きにあったと思う。

盤面に開いたいくつかの穴にパチンコ玉を入れるのがパチンコの遊び方の基本だけど、その盤面上の穴たちにはそれぞれ名称がある。

盤面上の釘や風車やセーフ穴は通常左右対称に配置されているので大概の部位は左右二つあるのだが、盤面のまん中一番上にポツンとひとつだけ開いているのがその名の通り天穴で、その2センチほど上空にはその天穴を祝福する守護天使のような案配で玉1個分ほどの間隔をあけて4本の天釘が水平方向に並んでいる。天釘の列の両脇には、ある間隔をあけて天穴への直接入賞を阻むかのように隙間なく並ぶ8〜10本ほどの重厚なヨロイ釘、山釘が配されている。今「ある間隔」と言った、天釘の左端の釘と山釘の一番上の釘のつくる隙間をぶっ込みといい、通常はこのぶっ込みを狙って玉を弾く。

ぶっ込みはやはり玉1個分ほどの隙間でしかないが、弾かれた玉がこの隙間をどういうわけか無事通過するとそのまますっと天穴に入賞する。すっ。音もしない。すっ。

野球で球がバットの真心に当たった場合、その瞬間打者は何の手応えも感じないらしいけど、あれと同じなのか。はたまた荒れ狂う台風でもその目の中は春の日差しのように平穏この上ないらしいけど、あれと同じなのか。

ともかくその一瞬は味気ない日常に甘〜いアメ玉を頬張ったうれしさが訪れるのだった。

単にぶっ込み狙いといっても実はもう少し微妙な感覚でもって狙っている。その大まかな方針としては二つあり、ぶっ込み通過から直接天穴入賞を目指すのと、ぶっ込み下の釘つまり山釘の一番上の釘で反射させて天釘に乗せ、天釘の真ん中の隙間からの垂直落下による天穴入賞を目指すというもの。目指すのが前者だとどちらかと言えばぶっ込み強め、左端の天釘の下側を狙うことになるし、目指すのが後者だとぶっ込み弱め、山釘一番上の上側を狙うことになる。

ボクは性格的にかどうかぶっ込み弱めを好んでいたが、その店の孤高の最高峰、角刈りは言った。そして笑った。

「午前中は真剣に天釘左を狙う。釘を曲げておいて、午後は広くなったぶっ込みから居眠りして天穴に入れる。ふ...」

当時は小さな箱1箱か2箱で打ち止め終了だったはずだから話が合わない気もするが、ともかくそう言ったのだ。

小さなボクはそれを聞いて驚いた。そして角刈りを横目になんとか天釘左を曲げてやろうと必死に真似をしたけど、所詮天釘はビクともしなかった。そうするうちに角刈りの発言にボクが驚いたのは何も釘を曲げるからだけではないことに気がついた。天穴に玉を入れる、ただそれだけのために午前と午後、二段階にわけてことにあたるという戦略性。漫然と玉を弾いている自分に比べるとなんと緻密なことか。今思うとそうでもないけど(それにかなり怪しいし)、それ以来、角刈りはボクにとって憧れの的となった。
釘が曲がってしまうほどの強力な玉を打てるプロとして角刈りは今もボクの記憶の中で生きている。

盤面には天穴以外にもいくつかセーフ穴があるが、天穴入賞はその他のチューリップなどと連動したりするので最も多量の賞球数を期待できるものだった。そして何より、打ち手が狙うことができる穴は天穴しかなかった。天穴こそが手打ち時代のパチンコの主役だった。

2005.5.29

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