「アイアン580円」

いつもどおりに会社帰りの30分の道のりを歩いているとき、もうすぐ
繁華街に差し掛かるあたりで、怖そうな男の人の怒鳴り声がした。

どこ、どこ、どこ? ってまわりを見渡すと50mほど前方にユサユサ
ゆれている二人が見えた。後姿だけしか見えないけれど、右側はシャネル
っぽいシルクのシャツを着た男の人、右は茶色にスーツを着た女性。

男性は女性の右腕を掴んで、怒鳴りながらユサユサやっている模様。
とりあえずここからじゃ何を言っているのかもわからないので接近してみる。

さて、近くに来て気づいたことは、男性は明らかに怖そうなヤ○ザっぽい。
女性はホス○スさんでしょうか。前髪がバーンと張り出してお化粧バッチリ。
そんな二人が一緒に歩いているんです。さすが大阪の繁華街のそばって感じ。

男性「なめとったらアカンぞ、コラ! ボケェ! わぁってんのかぁ?」
女性「痛いわ、もうほっといて! いい加減、離してって! 痛いって」

とまぁ、全然ひるまない感じの女性。私なんか、男性の台詞、聞いただけで
ちょっとビクビクしちゃうっていうのに。怖い、怖い。ま、慣れているのかも
しれないですけどね。なんだか、いかにも、っていう会話でビックリ。

どんな人か、すっごい気になって気になって、とりあえず顔が見たくて
ちょっと急ぎ足で抜かしてみた。でも、振り向いて見れるほど勇気がなくて
しばらく歩いて近くにあるゴルフ用品店を見る振りをして後ろをうかがう。

さてさて、全然来ません。別に道を変えてはいないんです、怒鳴り声は
聞こえてきますから。おかしいなぁ、って思ってちょっと看板越しに覗いて
みたら、ガードレールに腰掛けて、また言い合いをしているんですよ。

ん~、せっかく追い抜いたのに、なんで来ないわけ? と一人でブツブツ
文句言ってました。意味なんて無いし、かなり勝手な言いぐさですけどね。

で、いつまでも覗いていたらバレてしまいそうなので、そのゴルフ用品店を
見てみることに。外や入り口付近には、ものすごい量のゴルフクラブが
並んでいます。ドライバーもあり、アイアンもあり、パターもありです。

この間、父と会ったときに「ゴルフはいいぞ、一度やってみたらいい」と
いう会話があったことを思い出し、クラブってどんぐらいなんだろう、と
いうことでちょっと見てみることに。とりあえず手近なものを手にとってみる。

「580円」

はへ? 580円? これって値段? こんな安くていいの? 大丈夫なの?
とまぁ、勝手な心配を抱きつつ、いくつか見てみると1000円しないものが
結構あります。(ふぅん、そんなものもあるのか)そう思うと、ゴルフが
お金持ちのスポーツという考えもいくらか和らいだような気がしました。

ここで物欲の強い私です。欲しくならないわけがありません。580円という
値段もまた渡しを誘います。欲しい、欲しい。580円なら大して使わないと
しても心のダメージは小さい。むしろ、瞬間的な満足度を考えたら、多すぎる
ぐらいの満足が得られるのでは! などなどくだらない思考が頭を支配します。

580円だし、ま、いっか。ということで手に取り購入を決意したとき、
外から例の怒鳴り声が聞こえてきました。しかも、近づいてきている!
私はそこでハッと目を覚まし、クラブを元の場所に戻すと店を出ました。

例の二人はすでに店を通りすぎて先に行っています。早く追いついて顔を
見たい、せっかくここまで来てんだから確認しておきたい。意味はなくても!
と思い、急いで追いかけます。すると目の前の大きな信号が変わりました。
後少しで追いつけるという場面で二人は私の進行方向とは180度違う方へ
歩き始めました。(う~、それはかなり辛い。そっちへ行くのは駄目だぁ)

追いかけようかとも思いましたが、それって全然意味ないし、一体なんの
為にやっているのかも、よくわからなくなってしまったのでやめました。
だいたい、わざわざ時間をつぶしたり追い越したりしてまで顔を見たがる
心理って一体なんなのか。自分で自分を調べたい、そんな気がしました。

で、結果としては580円のクラブ、次は買うぞ、っていうことかな。
わけわかんない? いいんです、私がわかっているから。って駄目かな。


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