「1999、夏」

今年も変わらぬ夏が来た。そこには、緑があり水があり生き物がいる。
毎朝通る道、生い茂る並木道。木漏れ日は、真夏の日差しで肌を焼く。
車の騒音よりも遥かに大きいセミの鳴き声が、なぜか心に染み込む。

(あぁ、夏なんだなぁ)ってしみじみ感じる。別になんてことのない
瞬間。いつも通りの日常。だけど、不思議とそこを通ると落ち着く。

川沿いの並木道。まだ朝なのに、日差しは暑い。けれど、川沿いの
おかげで気持ちのいい風が吹く。都会の喧騒の中にある静空間。

理由はないけど、木を見上げて歩く。大きく伸びる枝葉の中に
セミの姿を探す。立ち止まれば見つかると思うけど、何故か止まらない。
理由はないけど、歩きながら見上げて、セミの姿を探している。

今日は5匹見つけた。きっと本当は数百単位でいるはずだけど
見つけたのは5匹だけ。5匹目が手の届くところに止まってた。

私は思わず足を止める。滅多に止まることはないけど、そのセミを
見たら止まってしまった。聞こえるはずもない足音を忍ばせて
そのセミに近づく。気配を消すべきなのに、足音を消してみた。

どうしてなのかわからないけど、セミは私がつまむまで動かなかった。
それは私がセミよりも素早いのか、セミが弱っていたのかわからない。

セミは足をばたつかせてる。一体、何を考えているんだろう。毎日
一生懸命鳴く。長い間土の中にいて、やっと地上に出てきたら
その命は1週間程度。ひたすら鳴いて相手を見つけて子孫を残す。
ただ、ひたすらにそれだけの繰り返しの種族。何を思うのか。

私はそっとセミを木に戻した。セミは飛ぶでもなく、木をよじ登る。
何を見て、何を思っているのか。セミはさっきよりも少しだけ
高いところに行くと、元のように鳴きだした。何事もなかったように。

私はなんだか自分にホッとして、視線を戻して歩き出した。
なんとなく、自分が笑っているような気がした。そんな朝。


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