天気図の解説を聞いていると「高気圧に覆われて、良い天気になっています」とか言っています。 しかし、気圧が高いことと好天とが直接関係はありませんし、逆に気圧が低いことが天気の悪い ことと直接関係していることもありません。
何故、曇ったり雨が降ったりするのでしょうか。雨が降る原因を一言で言うと「上昇気流があるから」です。
気圧の低下が嵐の前触れであることは、トリチェリーが1643年に気圧計を発明した後まもな くから知られていました。早くから気圧計のことを「晴雨計」と言っていたように、気圧の低下は天気が 崩れる前触れになることは今でも多く見られます。しかしこれは、低気圧が構造的に上昇気流を 伴っているためです。
では、なぜ上昇気流があると、雨が降るのでしょう。
空気が上昇すると、上空は気圧が低くなっているため、その空気は気圧の低いところに移動する ことになります。気圧が下がると体積が膨張し、気温が下がります。
この基本的な原理は、冷蔵庫やエアコンで空気が冷え、水滴ができるのと同じです。
下層で圧縮されている空気は、コンプレッサーで圧縮した空気に相当し、
上昇して気圧の低いところに運ばれた空気は、コンプレッサーから吐き出された空気に相当します。
気温が下がると、含まれている水蒸気の温度も下がります。気体の状態で存在できる水蒸気の量は、水蒸気の温度が高いほど多く、低いほど少なくなります。
水蒸気の温度が下がり続けると、水蒸気が気体として飛び交う力が弱まり、気体として存在でき
る量が少なくなり、液体の水(水滴)や氷の結晶、すなわち氷晶(ひょうしょう)になります。
これが即ち雲になります。雲ができ、更に大きな水滴や氷晶に成長すると雪や雨となって降りて
きます。
気圧が下がるから雨が降るとすべきかも知れません。しかし、「気圧が下がるから雨になる」とする と、地上気圧の低下が直接に雨の原因と考えられると誤解する恐れがあります。地上気圧の低下は、 24時間でせいぜい数十hPa程度ですが、これくらいの気圧の低下では、空気中の水蒸気が水滴になる 量は少なく、「雨」に成長することはありません。低気圧周辺の上昇気流は、1時間当たり数十hPa程 度も下がるほど上昇しており、これは24時間では数百hPaにもなります。
例えば、1500mの高度の空気が1日かかって5500mまで上昇し た場合を考えてみましょう。1500m位の高度の気圧は850hPa位ですが、これが5500m 位まで上がると気圧は500hPa位ですから350hPaも下がることになります。これくらいの 上昇は通常の低気圧の周辺で普通に良く見られる上昇気流です。
雨雲が成長するには、上空における”氷晶成長の条件”が大きいのですが、雨滴がさらに成長するために
は、上昇気流の中で大きさの違う水滴のぶつかり合いが必要です。すなわち小さな水滴は上昇気流に
運ばれて上昇しますが、大きい水滴は下降するためぶつかり合い、大きい水滴は小さい水滴を吸収し
て成長します。ですからやはり、雨が生成される条件は上昇気流があると言う事になります。
くどいようですが、テレビなどで高気圧に覆われると晴天になり、低気圧が近づくと雨となる、と説
明されますが、実は高気圧と晴天の間に直接の関係はありません。高気圧の中心や周辺では、下降気
流が起こりやすく、低気圧の周辺では、上昇気流が起こりやすいために、正しく言うのがメンドクサ
イものだから、「高気圧が晴天をもたらせる」と言っています。
もっとも、天気解説者の中には、本当に高気圧が晴天域と直接に関係していると勘違いしている人も
居るかも知れませんが。
上昇気流が起こる原因には二つの事が考えられます。
一つは、その場所の空気が周囲より軽くなって浮力が付き、上昇する場合であり、もう一つは、上層 の空気が吸い出されてそれを補給するために上昇する場合です。 前者の場合は、熱帯では良く見られます。緯度の低い熱帯地方などでは、太陽エネルギーが強く、地 面や海面を強く暖め、下層の空気を暖めます。同じ熱帯の中でも暖められ方にムラができ、特に強く 暖められた空気は、周囲より軽くなって上昇します。
上昇すると気圧が下がり、気圧が下がると気温が下がってせっかく持ち上げたのに持ち上げた周囲の 気温より低くなって、つまり周囲より重くなって元の高さに戻ることもあります。水蒸気を多く含ん だ空気は途中で凝結し、凝結するときに熱を出しますので、上昇に対する気温の下がり方が小さく、 上って行った高度の気温と比べて高くなる場合があります。また空気そのものは太陽光線を直接吸収 できませんが、水蒸気や雲粒は太陽エネルギーを吸収できますので、上昇しながら熱エネルギーを更 にもらって、浮力が付くことも考えられます。
下から上がっていった空気が、もともと上にあった空気の温度より高くなると、そこでも浮力が持続 しますから上昇が続き、どんどん雲が発達します。 上昇する空気に水蒸気が多く含まれていると雲が発達しやすく、周囲から補給する空気の中に水蒸気 が多く含まれていると、雲が発達しやすくなります。 地面は熱くなりやすく、海面は豊富な水蒸気を補給しますので、熱帯でも特に島や海岸が多い所で、 積乱雲が発達し易くなります。
もう一つの上昇気流の原因は、上層の空気が抜き取られてそれを補うためですが、普通の温帯の低気 圧に伴う雨の大半がそれに相当します。
温帯の低気圧は上層の風が中層以下の空気を吸い上げることによって維持され発達しています。
温帯の上層では、西風が吹いていますが、図1.3の様に出ていく空気の量が入ってくる空気の量
より多くなると、下から空気を吸い上げるようになります。
ある場所で、出ていく空気の量が入ってくる空気の量より大きいと発散していると言い、逆に入って くる空気の方が多い場合は、収束していると言います。あとで、その量の計算方法を述べますが、空 気の出入り計算は、発散する量を計算し、プラスの場合を「発散」、マイナスの場合を「収束」と言 っています。
「低気圧は、上層の発散が強い所で発達する」と言うことができます。地上天気図に見られる低気圧 は、「その上に乗っている空気の量」で決まりますが、上空で発散する量が、下層で収束する空気の 量より大きければ、その場所の上に乗っている空気量は少なくなり、気圧は更に下がり、低気圧は発 達します。
私が気象の勉強を始めた頃(1960年代後半)には、天気を悪くするのは低気圧で、気圧が低いと 周りから空気が集まり、集まった空気が逃げ場が無くなって上昇するため天気が悪くなると説明して いたテキストもありました。
しかし、単に集まったから上昇すると考えることはできません。集まった時点で気圧の低さは解消さ れ低気圧で無くなっていると考える方が自然です。上層に何らかの原因で空気を抜くメカニズムが無 ければ、地上付近の低気圧を維持できないでしょう。
驚いたことに、21世紀になって10年も立つのに未だに高校の地学の教科書では、気圧の低いところに集まった(収束した)空気は行き場を無くして上昇すると説明がなされて居るようです。
地上天気図だけでは、上昇気流を説明するには苦労があるのでしょうが、いい加減にもう少し科学的に説明がなされてしかるべきだと思います。高層天気図が導入できなくても、「高層または上空で空気を吸い上げる機構が出来ています。この機構に付いては説明が難しいので、興味がある人は専門の道に進んでください」と言うことが出来ないのでしょうか。
すこし脱線してしまいましたが、纏めますと、天気の崩れは上昇気流に関係しており、その上昇気流は、熱帯では太陽熱による浮力が、 温帯では上層の風による発散が原因となります。
熱帯で太陽熱が強制的に上昇気流を起こす場合も、下から上がってきた空気が湧き出しますので、上
層では発散しています。従って上層天気図で発散分布を見ると天気の悪いところを知ることができま
す。
ところが一般には、上層天気図を見ることはありません。では、地上天気図で上昇気流の場所を見る
ことはできないのでしょうか。
図1.5をご覧下さい。地上付近の風は、ほぼ等圧線に沿って、高気圧を右手に見ながら吹きます。 「風を背にすると、左側に低気圧がある」ことになります。ほぼ等圧線に沿っていますが、地上付近 では摩擦のために、ほぼ一定の角度をもって高気圧側から低気圧側に向かって、等圧線を横切って吹 きます。
従って、同じ風速で吹いている場合、
高気圧が膨れている所では、風が四方に散るように(方向発散して)吹いており、下降気流があることが推定できますので、このような場所では、好天が期待できます。
今度テレビの解説で注意してご覧下さい。高気圧と行っているところは「高気圧中心からみて膨らんでいる所」を指していると思います。
逆に低気圧の中心付近や高気圧が窪んでいるところでは、空気が四方から集まるように(方向収束して)吹き、上昇気流が存在することを推定できますので、このような場所では曇・雨天の可能性が強くなります。
(低気圧があるから上昇気流があるのではなく、上層で、空気を引き抜くメカニズムがで
きあがっているために上昇気流があり、その場所の気柱から空気が上層で抜かれているから気圧が下がっている事はすでに述べたとおりです)
地上天気図と天気分布の関係を模式的に示すと、図1.7の様になります。低気圧の周辺でもその西側では、次の高気圧から見て膨らんだ等圧線(高気圧性の等圧線)となっており、低気圧が通過後は早い時期に天気が回復することが多くなっています。
気圧とは、その上に乗っている空気の重さ(地球に重力ですべての空気分子が引っ張られている)ですが、空気は気体であるため”上から押さえられる力が、あらゆる方向にも与えられます(パスカルの原理)。場所によって上に乗っている空気の重さが異なると、強い所から弱い所へ水平に力が掛かり、その間にある空気は、気圧差に寄って力を加えられ、空気が流れます。これが風です。
風は暖かい空気や冷たい空気を運び、気温分布に変化をもたらせます。気温分布の変化は、気圧分布に変化をもたらせ、気圧分布の変化は風の分布の変化をもたらせます。
天気変化を考える場合には風について良く知る必要があります。