翌日、いつもの面々で学校に到着・・・のはずが、なぜかキリュウとヨウメイは居ない。
家で漫才の特訓をするらしい。学校と試練サボってまでやる事なのか?
ここはたかしにきつく言っておいた方が良いかもな・・・。
というわけで、教室に入るなりたかしに寄って言った。
「おいたかし、なんで漫才なんて言い出したんだよ。おかげで俺はえらい目に遭ったんだからな。」
「ちょっと思い付いて言っただけだよ。それよりどんな調子なんだ?二人は。
おおっと、シャオちゃんとルーアン先生の漫才も期待してるぜ。」
「シャオとルーアンは辞退させたよ。あんまりにも漫才じゃないから。」
「なにー!?せっかくシャオちゃんが申し出てくれたのに―!!」
いきなり立ち上がって俺の胸倉をつかんできた。
当然俺はそれを不機嫌そうに払いのける。
「五月蝿いな、とにかくそういう事なんだよ!!
さむすぎる漫才を四六時中聞かされる身にもなってみろってんだ。」
「ちっ・・・。まあいいや、もう一組居るから。」
「もう一組?どういう事だよたかし。」
「ふふん、聞いて驚けよ。実はな・・・」
「野村せんぱーい!!」
たかしが言いかけると同時に愛原が教室へと入って来た。
シャオ達に挨拶を交わしてこちらへと来る。
「あ、七梨先輩も丁度いいから聞いてください。
漫才大会って昨日から三日後、つまり明後日という事なんですよね?」
「ああ、そうだけど。」
「それがどうかしたの?花織ちゃん。」
二人して答えると、愛原はたかしの方へ向いて済まなさそうに頭を下げた。
「実は昨日熱美ちゃんもゆかりんもすごい風邪ひいちゃって。当分安静にしてなきゃ駄目だそうです。
原因はあたしの家で夜遅くまで練習してた所為だとか・・・。というわけで、漫才には参加できません。」
「な、なにー!!?」
俺は淡々と反応するつもりだったが、たかしがそれより先に大声を上げた。
一体なんだってんだ?
「という事は熱美ちゃんとゆかりんちゃんの漫才は・・・。」
「当然無しですよ。まさか病み上がりに漫才させるわけにもいかないでしょう?
ところで楊ちゃんはどうしたんですか?七梨先輩。」
「ヨウメイならキリュウと一緒に家で練習してるよ。さすがに頑張らなきゃと思ったのかな。」
「へええ・・・。どうしてですか?」
「実はシャオとルーアンの漫才は辞退させたんだ。あまりにも駄目駄目だったから。
それで質の高いのを目指そうって事で、とにかく二人ともやる気になってるって事かな。」
「なるほどお・・・。えっ!?という事は楊ちゃんとキリュウさんの漫才のみって事ですか?」
「ああ、そうなるかな。俺はあの二人の他に漫才やるコンビが居たなんて知らなかったけど。」
「実は密かに野村先輩に告げたんですよ。でもまあこうなったらしょうがないか・・・。
とりあえず楊ちゃんとキリュウさんの漫才を楽しみに。それじゃあ。」
「ああ、またな。」
愛原はこれだけ告げると挨拶して帰って行った。
横を何気無しに振り向くと放心状態のたかしが・・・。
「・・・どうしたんだ、たかし。」
「太助・・・そんなのってないよな。はじめて後輩から思いもかけない申し込みをされたってのに。
はあ、俺はやっぱりついてないのかなあ・・・。」
力なくうなだれて席に座るたかし。
そうか、聞いて驚けっていってたのはそういう事だったのか。
別にたかしがもてたって訳じゃあないと思うけど・・・まあそっとしておいてやるか。
苦笑いしながら、遠目に見ていた乎一郎に目で挨拶。
肩をすくめながらそれに反応するのだった。
ちなみに山野辺は来ていなかった。多分那奈姉が泊まりに行ったのが原因だろうな。
平穏無事に全ての授業が終わり(試練は無い、休み時間に愛原達は来ない)あっという間に放課後を迎えた。
「あ―あ、もう授業終わっちゃったのか。一日って早いよなあ。」
うーん、と伸びをするとシャオが傍にやって来た。
「疲れましたか?太助様。今日はいつもと違って何も無かったんですが・・・。」
「い、いや、ちょっと平穏ってやつを実感してたってだけだよ。」
「平穏ですか?良かったですね、太助様。」
「う、うん・・・。」
にこっと笑うシャオってやっぱり可愛いよなあ・・・なんてのんきな時間もこれまでだな。
なんといっても帰ったら・・・。
「太助、それにシャオちゃんも聞いてくれ。」
振り返ると、たかしが気の抜けた表情で突っ立っていた。
いつものたかしらしくないなあ。一体なんだってんだよ・・・。
「実は、漫才の話は無かった事にしようと思う。
というわけでキリュウちゃんとヨウメイちゃんにそう言っておいてくれ。」
あっさり告げると、回れ右をして立ち去ろうとするたかし。
当然俺は素早くそれを捕まえた。
「待てよたかし。一体なんだって急に・・・。二人とも一生懸命にやってるんだぜ。」
「・・・そう言われても止めにしたもんは止めだ。
俺はあの二人の漫才なんて聞く気に成れない。だってさむすぎるんだろ?」
「今はそうだけどさ、明後日までには多分面白くなるだろうから。
それにさ、今更止めに成りましたなんて言ってあの二人が納得すると思うか?」
「・・・しないと思う。あ―あ、しょうがねえ。ま、自分から言い出した事だしな。
期待してるって二人には言っといてくれ。・・・じゃあな。」
言いおわるとたかしは片手を上げながらその場を歩き去ってゆく。
と、一言も喋ってなかったシャオが呼びとめた。
「たかしさん!一体どうして漫才をやってなんて言い出したんですか?」
するとたかしはゆっくりと振り返った。なんだか遠い目をしてるような・・・。
「二人がより仲良くなる様にと思ったんだ。あんな喧嘩をされてちゃ迷惑だしな。
でもさ、よくよく考えたら漫才で仲が良くなるわけがない・・・。というわけで止めようと思ったんだ。
とにかく二人にはそういう事を言っといてくれよ。こうなったら面白くなくてもいいから。」
「面白くなくてもいいから・・・って、それは投げやりじゃね―か?」
「いいんだよ。もともと俺は仲良くしてもらいたくてそう言ったんだから。
まあ、ちょっと提案が悪かったかもしんないけど・・・。」
「悪すぎるって・・・。でもまあそういう事なら二人とも納得するかもな。
上手くいけば別に漫才しないまま仲良くなるかもしれない。
分かった、二人には止めにするよう伝えとくよ。さんきゅうな、たかし。」
「たかしさん、なんだか立派ですわ。」
「い、いや、ははは。じゃあな。」
シャオに言葉をかけられ、照れながらもたかしは帰って行った。
丁度話が全部終わった所でルーアンが教室へと帰ってくる。
「ふう、職員会議があっさり終わったわ。さ、二人とも帰りましょ。」
「ルーアンもお疲れ様。ところでさ・・・。」
「え?」
帰り道、たかしに告げられた事をルーアンにも告げる。
最初は驚きの顔になっていたものの、しばらくして穏やかな表情を見せた。
「良い事じゃない、野村君てばやるわねえ。
ま、あたしも漫才の審査なんてあんまりやりたくなかったし。」
「お食事中に変な会話をしなくて済みますものね。」
シャオがにこにこしながら付け足した。
なんだ、自覚してたんだ。良かった、あんな癖がついちまったらどうしようもなかったよ。
「ただ、あの二人が納得して漫才を止めるかどうか・・・。」
「ルーアン、それってどういう意味だ?」
「帰ったときに二人がすっかりやる気になってたらもう止めようが無いって事よ。
ま、そうならない事を祈りましょ。」
「大丈夫ですよ。二人ともちゃんと仲直りして納得してくださいますわ。」
「だといいけどね・・・。」
ちょっと不安な気分で家に到着。
「「「ただいまー。」」」
三人で「ただいま」を言ってドアを開けた瞬間、“ドーン!!”という大きな音が!!
顔を見合わせて急いで音のした方、つまり二階のキリュウとヨウメイの部屋へ。
そこに居たのは、何やら真っ黒になったキリュウとヨウメイだった・・・。
「けほっけほっ、ヨウメイ殿、失敗だ、これは・・・。」
「そうみたいですね。おっかしいなあ、火薬の量はこれでいいはずなのに・・・。」
唖然となっているシャオとルーアンに代わって、恐る恐る口を開く。
「キリュウ、ヨウメイ、二人とも何してたんだ?」
「あ、主様、お帰りなさい。切り札ですよ、き・り・ふ・だ。」
漫才に切り札なんかあるんかい。何か言う前に更にキリュウが言う。
「すべてをやり尽くした後、ヨウメイ殿が呼び寄せた自然の火薬に私が万象大乱をかける。
そしてヨウメイ殿がそれに火をつけて爆破。オチの最後は爆発が基本だしな。」
「・・・・・・。」
どっからそんな曲がった知識を手に入れたんだ。ひょっとしてヨウメイか?
「漫才は爆発だ〜!ってね。これでもう大爆笑間違い無しですよ。
あ、主様にシャオリンさんにルーアンさん、この事は公開まで秘密ですからね。」
黒い格好のまま人差し指を唇に当てるヨウメイ。
誰がこんなもん喋るかってんだ。やっぱりこの二人がやる事ってろくでも無いな。
「あの、ヨウメイさん・・・」
「あ、ちょっと待ってくださいね。もう一度・・・万象変化!!」
ヨウメイが唱えると同時に空中から微量な火薬が出現した。
「では、万象大乱!」
その火薬がだんだんと大きく・・・やばい、早く逃げなきゃ!!
「よーし、来れ・・・。」
タイミングを見計らっているヨウメイを尻目に、俺はシャオとルーアンを大急ぎで廊下へと連れ出した。
出ると同時にドアを閉め、二人の上に覆い被さる様に廊下へと伏せる。
「炎!!」
ドオオ―――ン!!
近くに居た所為か、帰って来た時より大きく聞こえた。
一瞬ドアが膨れ上がったものの、なんとか部屋の中で爆発を吸収した様だ。
やれやれと起きあがって恐る恐るドアを開ける。
中は煙が立ちこめていて何も見えなかった。急いで窓を開けて換気。
しばらくして煙が晴れると、そこには服もぼろぼろに真っ黒になった二人が・・・。
「ふむ、こんなものだな。今度は成功だ。」
「あられもない恰好に成っちゃいますけど、後で直せば良い事ですしね。」
爆発したような髪型、破れまくっている服、そして全身真っ黒。
俺はこれを見て確信した。何がなんでも漫才は中止しなければならないと・・・。
なぜかって?女の子の精霊二人にこんな訳分からん漫才なんかさせられるか―!!
(もっとも、考え出したのはこの二人だけど・・・。)
「さて、これで最後の仕上げは整ったな。後は大量のたらいの雨。
それからシャレのボケを100連発くらい。更に喧嘩に見せかけた漫才。」
「後は舞台設定ですね。やっぱりドライアイスの煙は欲しいな。
あ、ついでに火山とかも設置しましょうか。皆さん、どんなのが良いと思いますか?」
すっかりやる気になっているキリュウとヨウメイ。
戸惑うシャオとルーアンを制し、俺は真剣な目つきで二人の前に立った。
「キリュウ、ヨウメイ。いいか、よおく聞いてくれ。実は・・・。」
後日談:どうやら、漫才中止を申し出て正解の様だった。
太助のやつ、後一日遅かったら取り返しの付かない所だったと言っていたし。
そんなにやばかったのか。ふう、言い出して正解だったぜ。
結局は漫才がきっかけかどうかは知らないけど、以前より二人の仲が深まったのは間違いないようだ。
良かった良かった。これで喧嘩に巻き込まれる事もない。と思っていたんだけど・・・。
「万象大乱!」
「来れ、吹雪!」
「やめろー!!仲直りしたんじゃないのか―!!」
太助が必死に叫ぶ中、キリュウちゃんとヨウメイちゃんの喧嘩が繰り広げられる。
「主殿が怒っている!!ヨウメイ殿、いいかげん参ったと言うんだ!!」
「何をおっしゃる!今日こそは絶対に先にそっちに言わせますからね!!」
いや、これは喧嘩だろうか。なんだか二人とも楽しそうだな・・・。
激しく言い合っている割には、なんだか目が笑っている様な気がしないでもない。
そう言えばキリュウちゃんて、荒れてる時には手当たり次第に万象大乱かけてたよな。
ヨウメイちゃんも自然現象呼びまくったらしいし。
もしかして二人は喧嘩することによってストレス発散してるってことか?
それでも、周りのみんなにとっちゃあ迷惑この上ないけど・・・。
「ねえたかし君、今回は止めに行かないの?」
隣で机の下で隠れている乎一郎に声をかけられた。
「ああ、行かないよ。もしかしたらあれは喧嘩じゃないのかもな、ってね。」
笑顔で答えると“ふーん”という顔で乎一郎が返してきた。
「ま、二人が気の済むまでやらせておけってことなんだよ。」
今回の事でキリュウちゃんとヨウメイちゃんの関係みたいなのが分かった気がした。
けれど、ひとつ疑問が。どうしてわざわざうちのクラスで喧嘩するんだよ!?
≪第十一話≫終わり
鶴ヶ丘町とは少し離れたとある町にあるデパート。
バーゲンでもやっているのだろうか、この建物の前の広場では大勢の人が行ったり来たり。
その中に、周りをきょろきょろと見まわしている中学生の女の子四人組の姿が・・・。
「楊ちゃん、ここでほんとに良かったの?やっぱり鶴ヶ丘町の方が・・・。」
「ちょっと花織ちゃん、今更そんなこと言わないでよ。私に頼んだのは花織ちゃんでしょ?」
「そうだよ花織。楊ちゃんによると、ここが一番お買い得に成る場所なんだってことだから。
さあて、張り切ってお買い物するぞー!」
「元気だね、ゆかりん・・・。」
そう。ヨウメイ、花織、熱美、ゆかりんの四人である。
花織の依頼により、楊明がとっても得するようなショッピングの場所を調べたのである。
もちろんそれぞれ目的の品物があるので、それらの平均をとって、ここという事に成ったのだ。
「それではいざ、お買い物に・・・。」
「「「「レッツゴー!!」」」」
気を取り直して四人同時に手を振り上げる。
道行く人たちはそれに一斉に注目したのは言うまでも無いが・・・。
そんな人目も気にせず、四人は意気揚々とデパートへと入って行った。
「さあてと、まずは・・・楊ちゃんの物からだね。」
「確か・・・お菓子だったっけ?」
熱美とゆかりんの言葉に、ヨウメイはドンと胸を張る。
「そのとーり!日頃のシークレットおやつに欠かせない物なの。」
「シークレットおやつ・・・。要はルーアン先生と一緒に食べるおやつって事じゃないの?」
呆れた顔で言う花織に、ヨウメイはちっちっちというようにする。
「あまいよ、花織ちゃん。これは私が一人で食べるの。ちょっとした休息に、夜寝る前に・・・。
もちろん夜寝る前に食べるのは、キリュウさんに大きくしてもらうためだけど。」
「楊ちゃん、寝る前に食べると太るよ。」
すかさず熱美がつっこむと、ヨウメイは自身満々の笑顔で振り向いた。
「その点は心配要らないから。ルーアンさんと同じじゃないけど、私は太らない体質なの。
さあ、美味しいおやつを探しにレッツゴー!」
「「「太らない体質・・・。うらやましいな〜・・・。」」」
三人は当たり前と言えば当たり前の反応をした。
ともかくそういう事で、四人がまずやって来たのは、一階のお菓子詰め合わせ売り場。
和洋問わず、様々な種類の品物が並んでいる。
それこそ、出雲が普段持ってきている饅頭、ようかん、蓬もちも・・・。
「うわあ〜、こんなにあると迷っちゃうなあ。なんにしよっかな♪」
ルンルン気分で見回すヨウメイに、熱美がそれとなく言った。
「ところで楊ちゃん、どれだけ買うの?
今日はお昼ここで食べるんだから、あんまり無駄遣いしちゃあ・・・。」
「平気平気。主様からたっぷりお小遣いもらったから。
しかもどれだけ買うかもちゃんと決めてあるんだ。だからだいじょーぶだいじょーぶ。」
余裕の表情で一つの売り場へ近付くヨウメイ。他の三人も、それに付いて行った。
「いらっしゃいませ。本店のお菓子はどれもこれも超一級ですよ。」
「ええ、知ってます。え〜と、この山積みになってるやつの、下から三番目ください。」
ヨウメイが指差したそれは、ヨウメイの背よりも高く積まれた物だった。
応対した店員の顔が引きつったのは言うまでも無い。
「あの、なぜ下から三番目・・・。」
「だってそれがいいんですもの。拒否するなら別の所へ行くまでです。」
「・・・分かりました。しばらくお待ちください。」
やれやれとため息をついた店員は山積みのそれを解体し始めた。
衝撃を与えない様に一つずつ慎重に。
その光景をにこにこしながら見守っているヨウメイにゆかりんが囁いた。
「ねえ楊ちゃん。どうして下から三番目なの?」
「見てれば分かるよ。」
良く分からないゆかりんは、花織と熱美と顔を見合わせて肩をすくめる。
しばらくしてようやく三番目が取り出せそうになった頃に、別の客がやって来た。
「すみません。そこの金のあずき饅頭セットを五箱。」
「あの、申し訳有りませんが、しばらくお待ちねが・・・」
「いいえ、店員さん。お先にこの方の相手をしてください。」
「そうですか?では。」
ヨウメイの申し出により、作業を途中にして店員は新たな客の注文の品を取る。
当然不思議に思った客は、それとなしに店員に尋ねてみた。
「一体どうしたんですか?なぜはこの山を崩して?」
「それが、下から三番目だとかおっしゃるものですから・・・。」
きちんと包みながら店員が答えると、客はヨウメイ達の方を見て笑みを浮かべた。
「随分と酔狂な客だね。君も大変だろう。」
「いえ、これが仕事ですから。・・・はい、お待たせしました。」
手提げ袋に箱入りのお菓子を入れ、それを客に手渡す。
客はそれを満足げに受け取り、代金を支払った。
「それじゃあどうも。お嬢ちゃん達、あんまり店の人を困らせちゃいけないよ。」
「はーい。おじさん、どうもありがとう。」
「?」
ぺこりと頭を下げながらなぜかお礼を言うヨウメイ。
不思議そうな顔をした客だったが、軽く会釈してその場を去って行った。