小説「まもって守護月天!」(知教空天楊明推参!)


≪第零話≫
『それはある日の出会いから』

そこは中国、清らかな谷を見下ろせる高い地であった。
谷底には、優雅でもあり激しくもある河が勢いよく流れている。
顔を上げて一度遠くに目を向ければ、地平線までも見えようかという果てしない草原が見渡せる。
また別方向には、遠くに広大な山々が幾重にもなってそびえ立っている。
ヤッホーとでも叫べば、声が心地よく返ってきそうだ。
「いい場所だ。都合よく様々な景色が楽しめるなんてな。」
なだらかなその地に立っていた、一人の男が呟いた。
彼はこの場所が大好きであった。ため息をつきすぎてしまうほどに壮観な風景。
それを心行くまで見られるのだから、これほどいい環境は無い。
彼が中国という地に魅せられたのは、最初は歴史だったかもしれない。
あるいは、母国では見られない物珍しい品物に影響を受けたのかもしれない。
しかし本当の所は、この雄大な景色ではないだろうか。
何故なら、彼の職は画家。画家という職を営んでいれば、景色に魅せられるのも無理は無い。
「本当にいい景色だ・・・。この風景を描いて日本に送ってやろうかとも思ったが、
あいつにはまだまだ勿体無いな。はっはっは。」
彼には日本で暮らしている息子が居る。幼い頃生き別れたという理由では無い。
彼一人を残して旅に出てしまったのだ。また、息子の母親も旅に出ている。
更には姉も居るのだが、その姉も旅に出ている。
それぞれが世界を廻っているという珍しい家族だ。
「どれ、いつまでもこうしているわけにもいかないか。また骨董品屋を覗いて見るかな。」
くるりと踵を返すと、彼は行き付けの骨董品屋へ向かって歩き出した。
“また来るぞ”と、その丘に言いのこして。

まばらに民家が集まる村。そことは少し離れた、ちょっと高い場所にその骨董品屋はある。
珍しいものを置いているという事で評判なのだが、地元住民の客はまず無いようだ。
主に旅行者などを相手取って商売をしているらしい。
「こんちは。」
「おっ、いらっしゃい太郎助さん。また珍しい物をお探しで?」
「ああそうだ。そろそろ太助に新しい物を送ってやろうかと思ってな。はっはっは。」
豪快に笑いながら店主に告げたのは、さきほど優雅な景色に魅入っていた画家だ。
名は七梨太郎助。中国を旅している彼は、時々日本に居る息子に、珍しい品物を送っているのである。
今までに送った物のおもとして、“清い心を持つ物だけが”という類の品物をいくつか送っていた。
例えば、“清い心を持つ物だけが守護月天の護りを得られる”という支天輪、などである。
別の場所を旅している娘や妻の報告に寄れば、それらの品物は立派に役に立っている様だった。
息子である太助の手紙からも、生活が普通じゃなくなったとか不満が書かれてあったが、
それなりに幸せを満喫している様だ。
それを快く思った太郎助は、再び類似品を探しに来たわけなのだが・・・。
「うーん、今日はそれらしき品物が見付からないな。」
「そりゃあ旦那、そうそう珍しい物ってのは無いもんですぜ。」
「そういえば以前送った扇はチョンファーさんから譲りうけたんだったな・・・。
ふうむ、しょうがないから別のものでも探すとするか。」
よせばよいのに、太郎助は店の中を懸命に物色し始めた。
彼の息子から見れば、父親が送ってくるのは変な物が多く、ほとほと迷惑しているのだが・・・。
と、そうこうしているうちに店の奥から太郎助とは別の客が姿を現した。
三十代前半の、目がきりっとした真面目そうな男性である。
「おおっ、秀海(シュウハイ)さん!こんな所で会うとは奇遇ですなあ。」
「太郎助さん!この前は店でお世話になりました。」
「いやいや。こちらもたくさんご馳走になったし、御互い様です。」
二人で顔を見合わせて笑い合う。
実は1,2年ほど前に二人は出会った。
正確には、シュウハイが営む店へ太郎助が客としてでかけただけの話だ。
その店とはレストラン。あまり有名では無いが、旅をしていた太郎助は立ち寄ったのだ。
しかし偶然にもその時に客と店とのいざこざに巻き込まれる。
何かの縁だという事で、太郎助自身がその厄介事を解決したのだった。
その時の話をアレンジして息子に手紙で送ったのだが、
それに関してなにも返信がなく、彼は苦笑いしていたとか。
「実は珍しいものを探している途中でしてね。なかなか見付からなくて難儀してます。」
「相変わらずですねえ、たしか店に来たときもそんな事をおっしゃってたような・・・。
そうだ!今私が、珍しい物を持ってるのです。良ければ御覧になりませんか?
もし気に入ったのなら貴方にお譲り致しますよ。」
「なんと!?ほんとうですか!!」
「ええ、これです。」
思い付いたようにシュウハイが取り出したのは、一冊の本であった。
真っ黒な表紙。そしてそこに書かれてあったのは・・・
「統・・・天・・・書?」
「ええ、統天書です。この本からはとてつもない知識を得る事が出来まして。
そういえば息子さんがいらっしゃいましたよね。是非送ってみては?為になる事うけあいですよ。」
「ふうむ・・・。」
言われて頷く太郎助。その心の中はかなりわくわくしていた。
こんな珍しい本を見るのは初めてだし、何より役に立つならなおさらいい。
そしてページを捲ったのだが・・・。
「???」
そこに書かれてあったのは大量の文字。びっしりとである。
しかも何語かも全く分からないし、本当にさっぱり読めない。
不思議そうな顔でいくらかページを捲ったのだが、どれも同じであった。
「どうしました?」
「いや、さっぱり読めんですな・・・。」
太郎助の様子がおかしいのに気付いたシュウハイが尋ねると、彼は困った様に返した。
父親である自分が読めないのに果たして息子が読めるのだろうか、彼の為になるのだろうか。
そういった不安が大きくなったのだろう。とその時、
「何やってるんですか主様。他の人がその本を読めるわけが無いでしょう?」
と、新たに別の声が聞こえてきた。
顔をキョロキョロさせて其の方へ太郎助が向けると、
彼の目に止まったのは小さな体つきの少女。
これでもかと言わんばかりに真っ黒な衣服を身に纏った、学者スタイルの少女である。
特徴的な帽子に眼鏡が、彼女の印象をよりいっそう強めていた。
「ははは、そうだっけ?」
「そうですよ。主様には一度教えたのに・・・。
統天書を少し貸してなんて言うもんだから貸したのにそういう事に使うなんて。」
「まあまあ。おかげでいい送り先も決まったしさ。」
シュウハイ、そして彼を主様と呼ぶ少女を、太郎助は不思議そうに見ていた。
だが、彼が何か言う前にシュウハイが説明を始める。
「驚きましたか?実はその本、もとは空天書と言って、
心の清い者だけが中身が読める本、というわけなのですよ。
で、読めた者だけが精霊を呼び出す事が出来、様々な知識を得る事が出来るのです。」
「そうじゃないですよ、主様。正確には中身じゃなくて、統天書という文字です。
それに知識を得るというよりは“教えてもらう”が正しいです。」
「細かいなあ、楊明は・・・。あ、この子がその精霊で・・・」
「知教空天楊明と言います。よろしくお願いします、太郎助さん。」
ぺこりとお辞儀をする楊明に、太郎助は慌ててお辞儀を返した。
次々と説明を受けて頭が混乱していたのである。
だが、しばらく考えこんでいたかと思うと、ぱっと明るい顔になった。
「この本、是非譲ってくれ!」
急いで詰め寄る太郎助にシュウハイは笑顔でこう答えた。
「もちろんそのつもりでしたから。」
「おお!ありがとう!!」
ぶんぶんと手をふって握手。どうやらあっさりと商談成立の様だ。
「それじゃあ楊明、次の持ち主が決まったよ。
目の前に居る彼、七梨太郎助さんだ。」
「あの、主様。」
「なんだい?」
「失礼ながらこの方では読めないのでは・・・。」
「心配するな。読むとすれば息子の方だ。」
「まあそういう事ならいいですけど。」
何やら怪訝そうな目つきで太郎助を見る楊明に、シュウハイはよしよしと頭を撫でる。
当の太郎助本人は、既に笑顔で答えている。
その笑顔に何かを感じたのか、楊明は一つ尋ねてみた。
「七梨さん、もしかして今までに似た様な品物を見たことがあるのですか?」
彼女が言いたいのは、知教空天という精霊を目の前にしてあんまり驚いていない彼を見て、
いささかそういう事が気になってきたのだ。
すると太郎助は、彼女の質問にアッサリとこう答えた。
「もちろんだとも。以前にも支天輪を息子に送った事があるぞ。」
「ええっ!?支天輪を!?」
「ああ。そして、どうやらあいつは精霊を呼び出せたみたいだ。」
あいつとは息子である太助の事だ。
それを聞いてか、楊明は一瞬考えた後にこくりと頷いた。
「決まりですね。次なる主は七梨さんの息子さん。
では主様、私は空天書に帰りますので。」
「ああ。いままでありがとうな。」
「いえいえ。それでは、さようなら。」
ぺこりと御辞儀をしたかと思うと、楊明の体をぱあっと光が包む。
次の瞬間には、統天書の中に楊明が吸いこまれるかたちとなり、彼女は完全に姿を消した。
そして、太郎助が持ったままであったその書物は、空天書と名前を変えていた。
「ふうむ、状態によって名前が変わるのか。」
「さすがするどいですね。そうです、楊明が外に出て居る時は統天書。
中に居る時や帰る時は空天書、と名前を変えるのです。
もちろんその内容も変わるのですよ。中身がある状態と、空っぽの状態、と。」
「なるほど・・・。それにしても精霊といっても普通の人と変わりませんな。」
「ええ。最初出た時にはほんと驚いたものですけどね。」
「道具に戻る時の様子などもなかなかに凄い。いやはや、珍しいものを見ました。」
素直にうんうんと頷いている太郎助。
心の清き者が呼び出せる精霊。それを間近に見られた事に、今更ながら驚き納得しているのだ。
「ところでシュウハイさん、どんな知識を教えてもらったのですかな?」
「知っての通りうちはレストランですからね。様々な美味しい料理の作り方が主です。
彼女の言う通りに作れば本当に美味しいものが出来る!
いやいや、これは本当にいい代物ですよ。」
「ほほお・・・。」
「ただ、ある程度の知識を吸収してしまうと頭がいっぱいいっぱいになってしまいましてね。
いつまでもというわけにはいかないのですよ。丁度私は、そうなってしまったところでして。」
「そんなになるまで知識を。ふうむ・・・。」
終始感心しつづけていた太郎助。
結果的に珍しい品物を見つける事が出来、更に精霊を呼び出す事が出来る代物。
今までに精霊を呼び出せた太助なら、今回も必ず呼び出すに違いない。
そう思うと、彼はしっかりと本を抱えた。
「それでは、たしかにこの本をもらいうけます。
代金はいかほどで・・・」
「ああ要らないです。」
「は?」
「だから要りません。もともと私は、次なるこの本の持ち主を探していただけですので。
だから何もひきかえにする必要はありませんよ。」
「しかし・・・。」
「太郎助さん、この本を得る事が出来たというだけでも十分価値があります。
そう、これはもっともっと色んな人の手に渡るべきなのです。
だからこそ、無料でお譲りしたいのです。」
「そうですか・・・。それではお言葉に甘えるとしましょうか。」
「ええ。それでは早速その本を送る手配をしてくださいな。
その後、私の店で食事をしましょう。この本の新たな持ち主が見付かった事を祝って!
楊明から教えてもらった、とびっきりの料理をご馳走しますよ。」
上機嫌なシュウハイの目は、まさに喜びに満ち溢れていた。
彼の言葉を聞いて快く頷いた太郎助は、早速店主のいる所へと向かう。
「話が聞こえただろ?そういうわけで、この店の物じゃ無いが送ってもらいたい。」
「構わんよ。宅配するのも商売のうちだ。いつもの手紙つきでいいかい?」
「ああ。とと、そういえば一緒に手紙を添えないといけないか。
ふうむ、いつもいつも“心清き者が”なんて付けていたのでは芸が無いな・・・よし。」
思い付いた様に、太郎助はすらすらと文を書き始めた。
先ほどのシュウハイとの会話を思い出しながら、文を組み立てていく。
“とっても為になる本を見つけたので、お前にやろう。これで少しは勉強するようにな。
ちなみに父さんには何が書いてあるかさっぱり読めなかったよ。はっはっは。”

「これでよし。簡潔が一番だしな。」
「いいのかい?これは精霊を呼び出せるかも知れないんだろ?」
「用心して呼び出されずに終わってしまっては勿体無いからな。
少なくともこれなら、太助もこの本の中を読もうとするはずだ。」
「やれやれだねえ・・・。」
「はっはっは!そう言うな、あいつなら必ず役立てるはずさ。」
どこから来るのか、太郎助の目は自信に満ち溢れていた。
太助は必ずこの書物を役に立てるはずだ、と。
「終わりましたか、太郎助さん。それでは参りましょうか。」
「おし。そうだ、店主も一緒にどうだ?飛びっきりの美味いものを食わせてくれるぞ。」
「それはいい。今日は店じまいして俺も向かうよ。」
すらすらすいっとおくりものの手続きを済ませると、店主は店を閉めた。
客が少ないというこの地だから出来る行為であろう。
そして三人の男が、ひとつのレストランへ向かって歩き出した。
さきほど見つけた本の事など眼中にない、食事の話だ。
シュウハイが自慢していた通り、三人ともとびっきりの料理を食す事となる・・・。

何日か後に、その本は日本に到着する。それが原因で引き起こされる騒動により、
太助の生活というものはますます普通でないものになってしまったとか。
太郎助は、日本からの手紙を今も楽しみにしている。

<おしまい>


あとがき:前々から書いてみようかと思ったのが、この零話です。
つまりは、太郎助が統天書を見つけた時の話ですね。
他の道具がどういう経緯で見つかったのかは知らないですが、
統天書の場合はこんなかたちとしました。設定的に、楊明辞典に書いたとおりです。
シュウハイの設定ですが、TV番組で見かけた実際の方の名を借りました。
そして職業も同じ、レストランのオーナーです。(笑)
細かい所は色々省いてますが、まあこんなものでしょう。
何かとお世話になってたグEさんにプレゼントします。
さてと、後はさゆりさんと楊明が出会った時の話かな・・・。
2000.11月30日