小説「まもって守護月天!」(知教空天楊明推参!)外伝


その4『選択』

それは、空が穏やかに晴れていたある日のことだった。
もうすぐ10歳になろうという張堅(ちょうけん)は、町であるものを手に入れたのだ。
自分の小さな手にすっぽりと収まるそれを持ち、彼は喜んで家に向かって走っている。
「はははっ、まさかお菓子を買っただけでこんな面白そうなおまけが手に入るなんて!」
面白そうなというのは、その物についている伝説のようなものだ。
“心清き者のみが開けられるそれは・・・”という類のもの。
実は、張堅は既に良く似たものをひとつ見ていた。
中から少女が出てきた時には家族そろってそりゃあびっくりしたものだ。
その少女は今も家におり、一緒に暮らしている。
「ただいま!」
「お帰りなさい、張堅。どうしたの?随分嬉しそうな顔をして。」
家に帰った彼を出迎えたのは、綺麗な衣に身を包んだ女性。
彼女は張堅の母親、名を西施(せいし)という。
「僕、町ですごいもの手に入れちゃったんだ!」
「あらあら、それは何かしら?」
「へっへーん、それはね・・・これだよ!」
張堅は得意げに、母親の前に手の平を広げて見せた。
そこにあったのは小さな小さな一つの・・・
「なに?これ。」
「あ、見ただけじゃあ分からないかな。扇だよ、扇。」
「扇?」
「そうだよ。心清いものだけが開く事の出来る扇、だってさ。
だから今から僕がこうやって・・・。」
言うが早いか、張堅はその小さな扇を指で開き始めた。
と、それは難なく開き、扇だと言わんばかりの姿を見せる。
「あら・・・開いちゃった!」
「そりゃそうだよ。お母さんがあの本を読めたんだから、もしかしたらと思って!」
「さすが私の子ねえ・・・。」
二人わいのわいのと感嘆の声を上げる。
と、その数秒後には扇がすすっと大きくなっていく。
そして、ぱああっと光を放ったかと思うと、中から緋色の髪を持つ少女が姿を現した。
「私は、万難地天紀柳。主に試練を与え、成長させるために参った。
・・・どうしてそう笑っているんだ?」
短天扇から呼び出された紀柳ではあったが、目の前に居た二人の親子は何故か満面の笑顔。
さすがに気恥ずかしくなったのか、出てきた当初にしていたクールな表情も消えてしまい、
顔を赤くして俯いてしまった。
「万難地天だって!へえ、また女の子だね。」
「まさか親子そろって精霊の主になるなんて思っても見なかったわねえ。」
当の張堅と西施は嬉しそうに紀柳を見てはしゃいでいる。
その紀柳は、途中の言葉に引っかかりを感じたのか、顔をすっと上げた。
「また?親子そろって精霊の主?」
「ああそうだよ。今お母さんが主をやってて・・・」
「お帰りなさい、張堅さん。」
張堅が説明をしようとすると、向こうの方から新たな少女の声がした。
紀柳は、聞き覚えのあったその声の方に顔を向ける。
そこに居たのは、黒い衣服に身を包んだ金髪の少女・・・
「楊明殿!?」
「き、紀柳さん!?まさか主様、短天扇を・・・。」
「違うわよ。・・・へえ、この扇って短天扇って言うのね。これを開けたのは張堅よ。」
「そうさ!今度は僕が精霊の主になったんだ!よろしくね、紀柳!」
驚きの顔になる精霊二人をそっちのけにして、
親子二人は新たな家族となった精霊に対して、歓迎の握手を交わしつづけていた。


翌日・・・。
「き、紀柳、ここ恐いんだけど・・・。」
「そのくらいの高さから降りてこられないようでは駄目だ。」
「でも・・・。」
「試練だ、降りられよ。」
「う、うええー・・・。」
家の庭には大きな木が植わっていた。
紀柳は手始めに、木の上から自力で降りてくるという試練を行っている。
だが、当の主である張堅はすっかりおびえてしまい、とても達成できそうになかった。
「僕には無理だよー!」
「・・・・・・。」
「紀柳ー!!」
「・・・・・・。」
叫ぶ彼を、紀柳は黙ったまま見つめる。手助けなどしては試練になら無いからだ。
一方家には、そんな彼らの様子を心配そうに見守っている人物が。
「大丈夫かしら、張堅・・・。表は意地っ張りだけど、中身は根性が無い子だから・・・。」
母親の西施である。普段からあんな厳しい目にあった事の無い息子。
そんな彼が紀柳の試練に果たして耐えられるかどうか、気がかりでしょうがないのだ。
「主様、講義を行いますので。」
いつの間に西施の傍にやってきていたのか、楊明が呼びかけた。
だが、彼女はそれには振り向かない。一つため息をつくと、そのままの状態で尋ねる。
「ねえ楊明。あの子大丈夫かしら?」
「張堅さんの事ですか?私にはなんとも。」
「万難地天って厳しいんでしょう?だから私心配で心配で・・・。」
「そんな心配、するだけ無駄です。私だって紀柳さんの試練なんてわからない。
張堅さんが紀柳さんを完全に受け入れるかどうかもわからない。
わからない事にあれこれ考えたりするのは、時間の無駄だと思いませんか?」
きっぱりと告げた楊明に、西施は信じられないといった顔で振り返った。
「随分と冷たいのね?あなた、紀柳が来てから変わったわよ。」
「気の所為です。さ、早く講義を。」
「え、ええ・・・。」
二人は、ちらりと紀柳の方をみやると、家の中へと消えていった。
もちろん庭では、何にも進展の無い試練が続けられている・・・。
木に必死の思いでしがみついている張堅は、少し後悔の念にかられていた。
早くに父親を亡くした張堅は母親一人に育てられて来たわけであったが、
その分こんな厳しい経験などほとんどした事がなかったのである。
ただの偶然から見つけた扇。そこから現れた少女に、辛い仕打ちを受けているのだ。
もともと、この家に楊明がやって来たのもほんの偶然であった。
旅する商人が食うに困っている様子を見かねて、西施が購入したもの。それが空天書だ。
最初は勉強用の本にでもと思っていたのだが、開けて文字をよんでびっくり、というわけなのだ。
以来、便利な知識を惜しげもなく教えてくれる楊明という家族が加わったのだが・・・。
「お母さんが羨ましい。なんで僕ばっかりこんな目に・・・。」
「主殿、どうなされた!いつまでもそこにいては日が暮れてしまうぞ!」
一歩も動かないでいる張堅に対して紀柳が声を張り上げる。
悔しげに下をちらっと見た彼は・・・。
「でもこのままじゃ、何の為に扇を開けたんだかわかりゃしない。僕はがんばる!」
考えがまとまったのか、下からの声に答える気力を振り絞った。
精霊こそ違えど、心清き者が、という事象があるからには自分もそれに応えるべきだ。
そう思って、張堅は慎重に木を降り始める。
真剣な目をした彼を、紀柳はただ、無表情のまま見守っていた。


紀柳が来てから幾日が過ぎた。そんなある日の事だ。
神妙な面持ちで、西施は楊明を自分の部屋へと呼んだ。
「楊明、少し相談があるの。」
「何でしょう?私に出来る事ならば。」
紀柳が来ても、西施の楊明に対する態度は変わっていなかった。
それこそ知識はいくらでも教えてもらうし、講義の時間はきっちりと取っている。
ただ、紀柳に対する彼女のよそよそしさが少し気にはなっていた。
過去に何かあったのだろうか?だが、聞き出そうとすると楊明は話を逸らす。
“私とあの人とは主旨が合わないんですよ”と一言だけ告げて・・・。
「張堅が受けてる試練の事なんだけど・・・。」
心の中で最近の事を思い浮かべながら、西施は本題を切り出した。
一瞬嫌そうな顔をした楊明であったが、他ならぬ主の頼み。
無下に断るわけにもいかないと耳を傾ける。
「あの子、全然試練を超えられないのよね。ずうっと木の試練ばっかり。」
「ええ、そうですね。」
「紀柳が気を遣ってくれてるのか、たまに違う試練も出したりしてるけど・・・」
「気を遣って!?あの人はそんなことなんて考えてませんよ。
ある程度の試練を試して、主の力のほどを計ってるだけ・・・とと、失礼しました。」
西施を遮って叫び出した楊明であったが、睨まれて口を噤む。
“ふう”と息をついた西施は、再び喋り出した。
「いつか張堅はやる気をなくしてしまうかも・・・心配でしょうがないの。
あの子はもともと、あまり根性の無い子。今だって相当辛いはず。
このままだともしかしたら、何にも鍛えられずに終わってしまう・・・。
それでね、一つでも試練を超えられたら、あの子も自信がつくんじゃないかって。」
「・・・それで、私にどうしろと?」
いまいち答えが見えて来ない話に、楊明はごうをにやしたのか質問をした。
すると西施は、一度言葉を区切ってからまずこう尋ねた。
「楊明、あなたに分からないものはほとんどないわよね?」
「え?ええ、まあ。」
「そこで、頼みがあるの。あの子に・・・。」



翌日。朝食後にいつも通り紀柳の試練が始まった。
「では主殿。今回はあの山のふもとまで行って戻ってくる事。
以前やったものと同じ試練だ。」
言いながら近くの山を指差す紀柳。それに張堅は大きく頷いた。
山とは言っても、この家からはそう遠くない距離にある。
紀柳の作り出す障害を避けつつ戻ってくるというものだ。
「じゃあ行ってくるね!」
元気よく手を振り上げたかと思うと、張堅は思いきり駆け出して行った。
その勢いに圧倒されたのは紀柳。今回のこれは五度目なのだが・・・。
「四回目ともなると泣きべそをかいていたはずだったが・・・吹っ切れたか?
やる気に成ったのなら良い事だな。」
少しばかりの笑みを浮かべると、紀柳は短天扇に乗ってそこを飛び立った。試練開始である。
一方、家に残ったままで二人を見送っていた西施と楊明。
西施は両の手をぎゅっと握り、前で組んでいた。
「頑張って帰ってきて。そして自信をつけるのよ。」
隣に居る楊明は、そんな彼女には目もくれず、上空へ舞った紀柳をじっと見やっていた。
「やはり、あなたのやり方は、駄目、なんですよ。普通の人にとっては・・・。」
ぽつりと呟いた楊明の声は、誰の耳に届く事もなく風にかき消されて行った。

夕刻。数多くの障害を潜り抜けた張堅が、家に帰ってきた。
「ただいま、紀柳!どうだいっ、試練を初めて一つ超えたぞ!!」
ほとんど無傷の状態である体。それを見て、紀柳は満足げに彼を迎えた。
「お見事主殿。今まで苦労のし通しでどうなる事かと思ったが。
今日のはとにかく素晴らしかった。あんなかわし方などあったのだな、と感心するものばかり。
私も色々と参考になったぞ。」
「いやあ、それほどでも。」
これほど紀柳がごきげんなのは、これまでの試練状況と比べての進歩のほどを感じての事だろう。
珍しく誉める彼女に、張堅は照れた顔で頭を掻く。
そして、うっかりしてぽつりとこう呟いたのだ。
「やっぱり、楊明って凄いんだな・・・。」
「・・・なんだと?」
それは紀柳の耳に十分届くほどの声であった。
みるみるうちに険しくなる紀柳の顔。それをみてしまったと思う張堅。
彼が再び何か言おうとする前に、紀柳は忌々しげに口を開いた。
「なるほど・・・そういう事だったのか・・・。許さん・・・!!」
鬼神にも似た彼女の顔に、張堅は圧倒されていた。
彼が止める暇もなく、紀柳は物凄い勢いで家の中へと駈け込んで行く。
数秒の間その場に突っ立っていた張堅であったが、はっと我を取り戻して、急いで彼女の後を追った。


「楊明殿!!」
家の内部。丁度楊明が西施に対して講義を行っている最中に紀柳は怒鳴りこんで来た。
その顔には、怒り、そしてどうしようもないやるせなさが濃く浮かんでいる。
「紀柳さん・・・という事は、張堅さんが喋ってしまったんですね。」
「どういうつもりだ!私の試練をあっさり超える方法を教えるなど!!」
「頼まれたんですよ、ある方に。」
「ある方?それは誰だ!主殿か!?」
「それは言えません・・・。」
冷淡な表情ながらも、楊明は昨晩の事を思い返していた。

「私が張堅さんに試練を超える方法を教える!?」
「そう。私の頼みというのはそれ。一つでも試練を超えられれば、あの子は自信をつけるはず。
そうすれば、今のぎこちないよそよそしい生活にも終止符が打てる。」
母親のカン、とでもいうのか、西施は紀柳を避けている張堅をまざまざと感じていた。
当然だ。自分は楽に知識を得られる精霊の主と成る事ができた。
だが息子はどうだ。苦労して苦労して・・・やっと何かが得られるという精霊ではないか。
人間というのは、大体が楽なほうを選ぶというもの。
しかも、間近にそんな存在が居たならどうだろう。きっと紀柳は、邪険に扱われてしまう・・・。
「しかし主様。紀柳さんはそんな事許さないと思いますよ?」
「だから内緒に、ね。結果が良くなれば、きっと・・・。」
「・・・分かりました。何とかしてみましょう。」
不安な気持ちでいっぱいだったものの、楊明は西施の頼みを受け入れた。
そして、その時に自分の中で決めた事がある。
誰に頼まれたかという事を、今は決して自分の手で明かにしないという事。
何故だろうか。彼女はそうしなければいけない気がしたのだ。
もちろん、時が経てば真実を告げる。そう思っていた。

「楊明殿、これだけは明らかにしておきたい。一体どういう目的で主殿に試練の法を教えた?」
落ち着きを取り戻そうと必死になっている紀柳の声に、楊明は現実に引き戻された。
しばらくの沈黙。そして、彼女はこう答えた。
「あなたのやり方は、私には合わないんですよ。」
「・・・なんだと?」
「試練を与えて主様に辛い思いをさせて何かを得させようなんて・・・
どうしてすぐに得るのじゃ駄目なんですか!?
わざわざ苦を与えられずとも成長出来る事なんていくらでもあるんです!!」
「それが言いたいのか?試練を与える事は私の役目だ!!
それに、楊明殿がそう言っても、私の試練によってしか得られない事もある!!」
「たしかにそうですが、何年も何年もかかっては無意味なのでは?
あなたみたいに長く生きられる存在じゃ無いんですよ、人間は!」
「そこまで年月をかけずとも得られるものもある!私はそんな主を過去にも見てきた!」
「だからって全部の主にそんなことやる必要ないでしょう!?
臨機応変って言葉知らないんですか!?
馬鹿みたいに試練試練やってればいいってもんじゃないんですよ!」
「馬鹿、だと!?もう、許さん・・・万象大乱!」
咄嗟に紀柳は短天扇を広げて、近くにあった置き物を巨大化。
「来れ、落雷!」
同時に楊明も叫んでいた。突如現れた雷により、置き物は粉々に砕け散る。
「やるな・・・。」
「そっちも相変わらずですね。何の関わりもない物を利用して攻撃だなんて。」
「その物を砕いたのは楊明殿だろう?」
「砕かせる様仕向けたのは誰ですか?」
お互いに道具を構えあっている一触即発の状態だ。
こんな時に西施は、ただおろおろと二人を見守っているしか出来なかった。
恐いという事もあったかもしれない。だがそれ以上に、自分のまいた種の大きさを知ったのだ。
いわゆる役目の妨害。秘密に済めばと思っていたが、いざそれが明るみに出れば・・・。
多大な後悔の念に、彼女は今にも崩れそうであった。
やがて、紀柳と楊明がじりっと動き始める。その時であった。
「やめてよ二人とも!!」
大きな声が部屋に響いた。それは張堅。息せき切らしながらで、やっと追いついたのである。
「主殿・・・。」
「紀柳、済まないけど僕はもう耐えられない状況だったんだ。辛かった、苦しかった、毎日の試練が。
でも、呼び出せた時の嬉しさを思い出して、今までやって来たんだ。」
「・・・・・・・。」
「そんな時、楊明がやってきたんだ。“試練を超える方法を教えます”って。
今にしてみればそれは断るべきだったんだ。でも、その時の僕はそんな事なんて微塵も思わなかった。
喜んで教えてもらったよ。完璧に。・・・そして、結果がこれさ。」
がっくりと肩を落としてその場に座りこむ張堅。
そんな彼の姿を、紀柳はどんな思いで見ていたのだろうか。
少なくとも良くない物であることには違いない。
試練を真正面から受ける事を放棄した彼なのだから・・・。

数刻の沈黙の後、張堅は立っている紀柳を見上げて告げた。
「紀柳、今までありがとう。もう短天扇に帰ってよ。」
「主殿・・・。」
「ここに着く時に聞こえてきたけど、紀柳の試練でのみ得られる事なんて相当難しいんじゃない?
そう思うんだ。今までの試練が楊明に教えてもらって軽々と超える事が出来たんだから。
だからもう、嫌なんだ。飽き飽きさ。楽に教えてもらってれば出来たものを、
なんで毎日毎日苦労してやらなきゃならないんだって。
・・・そうだよ、どうして僕はこんなに辛い目にあってるのさ。
決めた。今日から僕も楊明の主になるんだ。そしてもっと楽に色んな事を教えてもらうさ!」
パシン!
張堅の頬がはたかれる。それは彼の母西施によるものだった。
涙目で息子を見ているその顔は、悲しさと悔しさと・・・とてもやるせない気持ちでいっぱいであった。
「張堅、あなたって子は・・・。」
ただそれだけの言葉を発すると、両の手で顔を覆って声も立てずに泣き出した。
物理的な痛みに加えて何か別な痛みを感じ、呆然とそれを見つめる張堅。
親子の情景を見やった楊明は、ため息混じりに、扇を持つ少女に尋ねた。
「で、紀柳さん。どうするんですか?帰るんですか?無理にでも試練を与えつづけますか?」
「・・・・・・。」
紀柳は顔は向けたものの、しばらく答えずに居た。
だが、再び張堅の方を見たかと思うと、諦めた様に扇を開けた。
「帰る。再び短天扇の中で、新たな主との出会いを待つとしよう。
だが・・・楊明殿。私はあなたを絶対に許さないからな。」
「構いませんとも。いつかまた未来で会ったなら、
怒りのほどを遠慮なく私にぶつけて来てください。」
自然と答える楊明をキッと睨んだかと思うと、紀柳は短天扇の中に姿を消した。
ぱさりと床に落ちる小さな扇。それを楊明はすっと拾い上げると、部屋の外へ向かって歩き出した。
「楊明、どこへ行くの?」
恐る恐る尋ねる張堅。もしや彼女まで帰ってしまうのでは?と思ったのだ。
だが、楊明はそんな彼に対して、にこりと笑顔で答えた。
「短天扇を別の場所に送ってくるだけですよ。すぐ戻りますので御心配なく。」
ひらひらと短天扇を見せたかと思うと、懐から球状のものを取り出した。
それはあっという間に絨毯の様な形と成り、空へと繰り出して行く。
こうして紀柳は短い間そこに居ただけで、新たな地へと向かうのであった。


一年後。紀柳が去ってからも、いつも通り主に知識を教え続け、楊明は空天書へと帰ったのだった。
動揺しているかと心配した西施だったが、本人はいたって普通であった。
喧嘩まで繰り広げたあれは一体何だったのか?と思わせるくらいに・・・。
そして、張堅自身もしっかりと講義を受けていた。
楊明を主などには出来なかったが、知識を得るのは自由であるからだ。
帰り際に、楊明は、どこへ空天書を送るという事の他に、もう一言付けたした。
“私はね、紀柳さんがすっごく嫌いなんです。あんなわからずや・・・。”

≪終わり≫


やはりというか深刻な話になってしまいました。
もっとも、いいかげんに書くわけにはいかないのでかなり悩みましたけどね。
(それでも所々穴がある・・・。うーん・・・ひょっとしたらお蔵入りにするなあ)
紀柳と楊明の複雑な想いを、少しでも思い浮かべていただければ幸いです。
それにしても、やっぱり名前を考えるのがめんどいのだよ・・・。(苦笑)
11・6