小説「まもって守護月天!」(見えない小鳥)


『心はいつも・・・』

ドザアアアア・・・。
激しい雨が降っている。いわゆる夕立ってやつだろう、すぐに止むはずさ。
とか思っていたのに一向に止みやしない。傘を差しているものの、跳ねる雨によって足元はもうずぶぬれだ。
「やれやれ、いっそのこと全身濡れてでも走ってかえろっかな。」
呟いたそれはあっさり雨音によってかき消されてしまった。まあ、誰に聞かせるわけでもないんだけど。
こんな日、あいつらは何やってんだろうな。家でおとなしくしてんだろうな。
あいつらというのは太助達の事。そう、あれはつい先日の事だ。
太助の奴がシャオちゃんを守護月天の宿命から解き放ったのは。
南極寿星とかいう頑固なくそ爺も説得できたらしい。
恋愛感情を理解したシャオちゃんは、太助と幸せな日々を過ごしているというわけだ。
ちなみに他のメンバーはいつも通り。ルーアン先生は相変わらず太助の家でいる。
乎一郎は諦めずにルーアン先生を追っかけているみたいだ。
キリュウちゃんは山野辺を主としたけどな。で、太助のお姉さんと山野辺と海外へ出掛けちまった。
学校ほったらかして・・・俺らはまだ中学生だぞ。まあ、今はまだ夏休みだけどな。
帰ってきたら学級委員長としてビシッと言ってやる。
宮内出雲はいつもの通り神主と購買部のバイト。あいも変わらずキザなやろうだ。
そして問題なのは花織ちゃんだ。相当落ちこんでたなあ。
しばらくそっとしてやろうとは思うけど、やっぱり先輩としては心配だ。
そうだな、今度見舞いに行ってやろうかな。
ちなみに俺は・・・フッ、こんなもん語るべきじゃないよな。
おっと、そうこうしているうちに家に着いたようだ。
ちなみに今俺の家にいるのは俺だけだ。家族のほかの連中は海外旅行とやらに出掛けちまったからな。
俺は当然遠慮した。そんな気分じゃなかったしな。
「ただいまー。」
誰もいない家だけど、一応挨拶。なんとなく昔の太助の気持ちがわかるぜ。
けれどまあ、自分で決めた事なんだからしょうがない。とりあえずは風呂にでも入ろうか。
そして俺はびしょびしょになった服を着替えるのだった。

風呂から上がった後、テレビを見ながらくつろぐ。
言っておくけどビールなんて飲んでないぜ。俺はオヤジじゃないんだからな。
天気予報を見ると、この雨はどうやら明日の朝まで続くらしい。
なんだ、にわか雨とかじゃなかったんだな。ちっ、俺の詠みは外れって訳か。
その時、『ピンポーン』という呼び鈴の音が。
「誰だ?こんな時間に、しかも外は大雨だぞ・・・。」
疑問の表情を浮かべたまま俺は玄関へと向かった。そしてがちゃりとドアを開ける。
「はーい、どちら様・・・シャオちゃん!!」
そう、シャオちゃんだ。傘もささずに来たのだろうか、ずぶ濡れの状態で立っている。
「どうしたのシャオちゃん、そんなに濡れて・・・。」
一応訊いてみた俺だが、シャオちゃんの表情を見てはっとなった。
全然生気が感じられない。目も何処を見ているのか分からない、そんな顔だ。
しばらく何も言えずに黙っていると、シャオちゃんがゆっくりと顔を上げた。
目には大量の涙が浮かんでいる。雨粒じゃない、涙だ。
「たかしさん・・・うわああああん!!!!」
「しゃ、シャオちゃん!!?」
シャオちゃんはおもいっきり声を上げると同時に俺に抱き付いてきた。
いきなりの事に気が動転するも、俺は優しく言う。
「とりあえず中へ入りなよ、な?」
今だ俺の胸の中で泣きじゃくっていたシャオちゃんだったが、ゆっくりと顔を離してこくりと頷いた。
そして俺はシャオちゃんを中へと招き入れるのだった・・・。


リビングにてシャオちゃんを待つ。と、バスローブに身をつつんだシャオちゃんがやって来た。
そう、びしょ濡れだった彼女にお風呂に入ってもらったんだ。当然の事だろう?
それにしても色っぽい・・・。やっぱ湯上りは違うなあ・・・ってそんな事言ってる場合じゃないっての!!
シャオちゃんの目は真っ赤だった。風呂に入っているときも相当泣いてたんだろうな。
「落ち着いた?とりあえずここに座ってくつろいでよ。」
「・・・・・・。」
無言のままシャオちゃんは俺の前の椅子に腰を下ろした。
やはりというか目がうつろだ。この様子じゃあ何も喋りそうに無いなあ・・・。
「ところでシャオちゃん、おなか空いてない?俺なんか作るよ。」
立ち上がると、シャオちゃんは遠慮深そうに首を横に振った。
「ひょっとして、晩御飯もう食べちゃったとか?」
するとまたもや首を横に振る。おなか空いてないのかなあ・・・。
「あ、あのさ、一応晩御飯を・・・」
「たかしさん・・・」
「えっ?」
やっとの事で口を開いてくれた。けれどその顔は今にも泣き出しそうだ。
これは傍についてちゃんと話を聞かないと・・・。
というわけで、俺は再び腰を下ろした。
「私、私・・・。」
ようやく言葉を発したと思ったら、また泣き出してしまった。
慌てて俺はシャオちゃんの両肩に手を置く。
「つらいんなら喋らなくていいから。ひょっとして太助の事・・・」
「太助様なんて知りません!!!」
突然キッと顔を上げたかと思うと大声で怒鳴ってきた。
びっくりして俺は手を離す。
俺の様子を見てか、シャオちゃんは慌ててうつむくのだった。
「す、すいません・・・。」
「い、いや・・・。」
そうか、やっぱり太助がらみか。多分喧嘩か何かしたんだろうな。
たく、シャオちゃんを泣かせるなんてとんでもない奴だな。
それ以前になんでこんなに早い時期に・・・。
「あの、たかしさん。一つお願いが・・・。」
「なに?」
「しばらくここに泊めていただけませんか?」
「え、ええっ!?」
「あ、あの、あつかましい事は分かっているんです。
でも、私は、七梨家に戻りたくはありません・・・。」
言いおわるとシャオちゃんは再び泣き出してしまった。相当深刻な様だ。
しかもこの雨の中家出だぞ、家出。ここはばっちり面倒を見てあげないと。よし!
「シャオちゃん、言いたい事はよく分かったよ。
詳しい事情は聞かないからさ、気がね無くこの家で暮らしてくれ。」
「ぐすっ、本当に良いんですか?」
「もちろんだよ!それに、丁度俺んち家族が誰もいないんだ、旅行に行っちゃってさ。
だからその、俺と二人っきりになるけど・・・。」
「ありがとうございます、たかしさん・・・。」
初めて笑顔を見せてくれたシャオちゃん。まだ少しばかり泣いてるけど。
それにしても言って初めて気付いたなあ。そうだよ、今はシャオちゃんとこの家に二人っきりじゃないか。
という事はシャオちゃんと中学生にあるまじき夜を・・・って、いかんいかん、俺は何を考えてるんだ!!
せっかくシャオちゃんがこの俺を頼ってきてくれたんだから、俺がしっかりしないと。
「あの、たかしさん?」
「へ?」
ふと我に帰ると、シャオちゃんがまっすぐな瞳で俺を見つめていた。
な、なんだろう・・・。
「晩御飯は私が作りたいのですが、宜しいですか?」
そうか、そう言えば晩御飯について途中になってたっけ。
「えっ、う、うん。」
頷くと、シャオちゃんはぱあっと顔を輝かせた。
何がそんなに嬉しいのかよくわからなかったけど、
とりあえずシャオちゃんの手料理が食べられるのもいいもんだ。
「それじゃあたかしさんは座っててください。」
「いや、俺も手伝うよ。まだこの家に慣れてないだろ?」
「それではお願いします。」
シャオちゃんはなんとも言えない明るい表情になる。
それが嬉しくて、俺もついつい浮かれるのだった。



シャオちゃんが家に泊まりに来て、そして夜が明けた。
当然別々の部屋で寝たんだからな、そこんところ怪しまない様に。
「たかしさん、朝食ができましたわ。」
「あ、うん。今行くよ。」
くうう、シャオちゃんが作った朝食。それを、それを・・・うおおお!!
我が青春に一片の悔い無しー!!
「あの、たかしさん?」
「あ、ああごめんごめん。それじゃあいただきまーす!」
椅子に座ってパクパクと・・・美味い!やっぱりシャオちゃんの料理は最高だ―!
「美味しいよ、シャオちゃん。」
「ありがとうございます。」
にっこり微笑むその姿はまるで天使の様・・・なんてな。
太助の奴、毎日朝からこんな経験をしてやがったのか。
しかし、今はそれは俺の役目だ。お前の代わりにばっちりいい思いをしてやるぜ!
「あの、たかしさん。今日はどんなご予定ですか?」
「え?別に何も無いけど。」
「それじゃあ何処かへ二人で出掛けませんか?丁度雨も上がった事ですし。」
「え、ええー!?」
しゃ、シャオちゃんからのデートの誘いってことかあ!?こ、これは・・・。
「・・・嫌ですか?」
「嫌だなんてとんでもない!!喜んで!!」
「良かった。」
またもやにっこりと・・・。お、俺は幸せもんだー!!

というわけで、朝食後に早速二人で外へ出る。
シャオちゃんの服は、実は親のを借りている。何着ても似合うからなあ・・・。
麦藁帽子をかぶった、その真っ白なワンピース姿は真夏の天使(さっきも言ったけど)。
「それじゃあたかしさん、行きましょう。」
言うなり、シャオちゃんは俺の腕に自分の腕を絡ませてきた。
暑苦しいなんてことは当然却下だ。感激のあまりその場に立ち尽くす俺・・・。
「たかしさん?」
「あ、ああごめんごめん。それじゃあ遊園地へ向かって出発!!」
「はいっ!!」
そして二人並んで歩き出す。道行く人が俺達に注目している・・・?
そりゃあまあ、どっから見てもアツアツのカップルだもんな。
と、向こうの方から人影が・・・。
「あれって・・・。」
「出雲さんですね。」
言うなりシャオちゃんは目を伏せた。なんだ?なんか様子が変だな。
「おや野村君、・・・と、そちらはシャオさんですね。これからどちらへ?」
丁寧に挨拶をしてきたものの、何やら怪訝そうな目つきだ。
ひょっとして太助とシャオちゃんの間に何かあった事を知らないのか?
「えーと・・・。」
説明しようと思ったら、シャオちゃんにぐいっと手を引っ張られた。
何事かとシャオちゃんの顔を見ると・・・。
「逃げましょう、たかしさん。」
「えっ。」
俺が反応すると同時に、シャオちゃんはだっと駆け出した。
なすがままに俺が引っ張られて行くのは言うまでも無い。
振り返ると、ため息をついててくてくと歩き去って行く出雲の姿が。
いいかげん走ったところで俺はストップをかける。
「ちょっとシャオちゃん、もういいって。」
「はあ、はあ・・・。」
止まると同時に、大きく息をつくシャオちゃん。
全力で走ってたのか。それにしても一体どうして・・・。
「さあたかしさん、早く遊園地に行きましょう。」
「シャオちゃん・・・いや、何でも無い。じゃあいこうか。」
「はいっ!」
理由を聞いておきたい気もするけど、やっぱり本人が言い出すまでは・・・。

ともかく俺とシャオちゃんは遊園地にやって来た。
昨日の大雨は何処へやらという感じの空。その所為か客もかなりの量だった。
「うああ、沢山居ますね。」
「そうだね、はぐれないようにしないと。」
「大丈夫ですわ、こうしていれば。」
さっきまで離していた手を俺の腕に深く絡ませてくるシャオちゃん。
だ、大胆になったなあ。誰の影響だろう・・・。
まあ細かい事は気にしない。ここまできたらたっぷり楽しむ!
「じゃあ行こうか。」
「ええ。」
俺もシャオちゃんもルンルン気分で遊園地へと足を踏み入れるのだった。

ジェットコースター、メリーゴーランド等の様々な乗り物に乗る・・・。
二人仲良く、すっかりデート気分だ(いや、実際これはデートなんだけど)。
「たかしさん、次あれ入ってみましょう。」
「お化け屋敷・・・。シャオちゃん、怖かったらいつでも抱き着いていいんだよ。」
なーんてな、カッコつけすぎかな。第一シャオちゃんはあんまり怖がりじゃな・・・
「はい、頼りにしてますわ、たかしさん。」
おおっ!?い、いいのか?
というわけでドキドキのお化け屋敷へ・・・。
中は雰囲気を出すためか暗い通路から始まっていた。ついでに生暖かい風も。
「不気味ですね、たかしさん。」
「あ、ああ。」
と、シャオちゃんが俺の服をぎゅっとつかんできた。
確かに不気味だけど、そんなにこわ・・・
「きゃああ!!」
「うわっ!?」
突然シャオちゃんがおもいっきりしがみついてきた。
周りを良く見ると、何処から出たのか首吊り人形が・・・。
「シャオちゃん、大丈夫。これは人形だよ。」
「うう、ふええ・・・。」
な、ひょっとして泣いてる!?そうか、やっぱりシャオちゃんは繊細な・・・。
「シャオちゃん、この俺がしっかり護るから。」
「は、はい・・・。」
ますますぎゅっと俺の体をつかむシャオちゃん。
そんなこんなで、出口までシャオちゃんは叫んでは俺にしがみつくの繰り返しだった。
外へ出た時には、なんだか目が真っ赤・・・。
「シャオちゃん、大丈夫?」
「ええ、大丈夫です。えへ。」
ないた後の顔に少しばかりの笑み。なんて可愛いんだ!
笑顔が素敵なシャオちゃんに乾杯!だぜ。
「たかしさん、喉乾きませんか?」
「そうだな、ジュースでも飲もうか。」
というわけでジュースを買って飲む、が、なぜか買ったのは一つ。
「あのさ、シャオちゃん。二つ買おうよ。」
「えっ・・・、ああ、そうですね・・・。」
なぜかちょっと残念そうなシャオちゃん。ひょっとして間接キッスを狙っていたの・・・?
そんな馬鹿な・・・いや、有りうるかも・・・。
うんうんと頭をうならせていると、シャオちゃんが買ったジュースを差し出してきた。
「はいどうぞ、たかしさん。」
「ああ、ありがとう。・・・あのさ、シャオちゃん。」
「たかしさん!今度はあれに乗りませんか!?」
俺の言葉を遮ってシャオちゃんは観覧車を指差した。
“ふう”とため息をついて俺は立ちあがる。
「じゃあ行こうか。」
「はいっ。」
またもや腕を絡ませてくるシャオちゃん。なんか変だな・・・。
昨日来た時から様子が変なのは分かり切ってるんだけど・・・。
で、観覧車の中。俺は思い切って聞くことにした。
「シャオちゃん、太助の事なんだけど・・・」
「太助様の話なんてしたくありません!!」
途中で叫んだかと思うと笑顔を曇らせるシャオちゃん。
それでも、構わず俺は続けた。
「いいから聞かせてよ、太助と何があったのさ。ついこの間太助に・・・」
「止めてください!!」
ついにはシャオちゃんは泣き出してしまった。
しまった、やっぱり聞くべきじゃなかったな・・・。
「ごめんよ、シャオちゃん。」
しばらくの間、なんともいえない気まずい空気が流れる。
俺は、ついさっき買ったジュースをすするしか出来なかった。
と、うつむいていたシャオちゃんの顔が上がる。
「・・・たかしさん、私のこと好きですか?」
「ぶーっ!!」
思わず俺はジュースを吹き出してしまった。
「シャオちゃん、いきなり何を・・・」
「いいから答えてください!私は・・・たかしさんが好きです。」
「・・・・・・。」
俺のことが好きだって?でもなあ、みんなも好きだなんて後に続くんじゃ。
「教えてください、たかしさんは私が好きじゃないんですか?」
「いやいや、もちろんシャオちゃんの事は好きだよ。でも・・・。」
「でも、なんですか?」
「シャオちゃんは、みんなのことも好き・・・」
「違います!!私は、たかしさん、あなたの事が好きなんです!」
「シャオちゃん・・・。」
そういえば恋愛感情を理解したんだっけ。という事は本当に?
「一番俺が好き?」
「はい!!大好きです、たかしさん!!」
言うなりシャオちゃんは俺に力いっぱい抱きついてきた。
それと同時に声も立てずに泣き出した。胸の辺りが冷たくなってくる。
シャオちゃんの涙が、いっぱいいっぱいあふれてるんだろうな・・・。
俺は無言のままシャオちゃんを力強く抱きしめる。
「俺も大好きだよ、シャオちゃん・・・。」
「たかしさん・・・。」
しばらく俺達はそのまま観覧車を何週も乗った。
そして、遊園地を出たころには日が西へ傾いていた。
「随分遅くなっちゃったな。早く帰ろう。」
「ええ、晩御飯は何がいいですか?」
「えーと・・・何でもいいよ。シャオちゃんが作る料理は何でも美味しいから。」
「まあ、ありがとうございます。」
少し照れながらもシャオちゃんは笑顔で答えてくれる。
やっぱり、シャオちゃんはそういう顔が一番だよなあ、うん。
「たかしさん。」
「なんだいシャオちゃん。」
「私、たかしさんと居るだけで幸せです。これからもよろしくお願いします。」
「あ、ああ、もちろん!!」
嬉しい、嬉しすぎるぜ!!俺と居るだけで幸せなんて・・・ああ、生きてて良かった。
そして俺達は、仲むつまじく夏休みを過ごすのだった。


シャオちゃんが俺の家に来てから一週間が経った。
いつもの様に目覚めた俺は、顔を洗った後にキッチンへと顔を出す。
「おはようシャオちゃん。」
「おはようございます、たかしさん。朝食できてますよ。」
「ああ、ありがとう。」
そしてシャオちゃんと一緒に朝食を取る。いつもと変わらない朝だ。
「シャオちゃん、今日は天気も良いしさ、遊園地に行かない?一週間前みたいにさ。」
「一週間・・・。いいですね。是非行きましょう。」
少し顔を曇らせたものの、笑顔で答えてくれたシャオちゃん。
どこの遊園地かというと、当然第一日目に二人で行った場所だ。
朝食を終えると早速そこへと二人で出掛ける。
幸運にも誰にも出会わず到着する事ができた。二人して中へ入る・・・。
「シャオちゃん、あの・・・。」
「なんですか?たかしさん。」
「いや、人が多いね。」
「ええ・・・。」
言ってみたものの、シャオちゃんの返事はそれだけだった。
あの時は腕を組んでくれたのに。もしかして・・・いやいや、そんな事は無い!
「それじゃあ行こうか。」
「え、ええ・・・。」
返事はしてくれたが、なぜか空を見ていた様だ。何をそんなに見る物があったのかな。
そして前回と同じくいろんな乗り物に乗る。しかし・・・。
「シャオちゃん、あんまり楽しそうじゃないね。」
「い、いえ、そんな事ありませんよ。とっても楽しいですわ。」
とりあえずは笑顔で返してくれた。けれど、どこか違う。
やっぱりいつものシャオちゃんじゃないような・・・。
「お化け屋敷に行こうか。」
「ええ。」
あいも変わらず怖い怖いお化け屋敷・・・のはずなんだけど・・・。
「・・・はあ。」
「どうしたの、シャオちゃん。あんまり怖くない?」
「あ、はい、いや、いいえ・・・。」
「・・・・・・。」
しどろもどろに答えるその姿は、怖くないと言ってるも同然だった。
あっという間に、何事も無くお化け屋敷を抜ける。
そしてあの時と同じくジュースを買う。今度はシャオちゃんは二本買ってきた。
「はいどうぞ、たかしさん。」
「ああ、ありがとう。」
笑顔で手渡してくれたものの、やっぱり・・・。
ふと見ると、シャオちゃんは買ってきたジュースも飲まずに空を見ている。
更に、知らず知らずのうちにため息までついている。
居てもたっても居られなくなった俺は、思わず立ちあがった。
「シャオちゃん!」
「は、はい。」
呼ばれて振り返ったその顔は笑顔ではなかった。
もはや心ここに有らず・・・とまでは行かないが、どこかで見た顔の様にも思えた。
それがどうも引っかかり、俺は立ちあがったまま頭をひねり出す。
「・・・たかしさん?」
「ごめん、なんでもない・・・。」
駄目だ、俺には言い出せない。多分今考えることを言えば・・・。
けれど、俺はシャオちゃんを手放したくない。そうだ、シャオちゃんは言ってたじゃないか。
“たかしさんと一緒に居るだけで幸せです”って。だから、俺は・・・。
「シャオちゃん、観覧車に乗ろうか。」
「あ、はい。」
結局は何も言い出せないまま、前回と同じ状況に至った。
そして観覧車の中、重い空気が流れていた・・・。
「シャオちゃん・・・。」
「・・・・・・。」
呼びかけても返事がない。それ以前に、もはやシャオちゃんは笑顔を失っていた。
開けた窓から相変わらず空を見ているシャオちゃん。その目はとても寂しそう・・・。
そして、窓から流れてくる風は、夏だというのにやけに冷たかった。
「す、涼しいね、シャオちゃん。」
「ええ・・・。」
やっと返事をしてくれた。けれど・・・。
やっぱり俺は言うべきなんだろうか、太助の所へ帰りなよ、って。
この様子からして、シャオちゃんが太助の事を想っているのは間違い無いと思うんだけど。
でも・・・よし、一つ試してみよう!
「おおっと!」
「きゃっ。」
よろめいたふりをしてシャオちゃんに抱きつく、いや抱きしめる。
しかしシャオちゃんの反応は・・・。
「大丈夫ですか?たかしさん。」
そう言ってそっと両手を俺の背中に回してくれた。けれど、その手はなんだか冷たい気がした。
まるで・・・そう、氷雨の様に・・・。
「シャオちゃん、あの・・・。」
俺はもとの位置に座って改めてシャオちゃんに向き直った。
「なんですか?」
「・・・なんでもない。」
どうも勇気が出ない。太助のことを言うべきだという事は分かり切ってるんだけど。
でも、言えば必ずシャオちゃんは・・・。
「たかしさん?」
曇った顔でシャオちゃんがこちらを見る。それを見てやはり、と思った。
そうだ、俺は笑顔のシャオちゃんが好きなんだ。暗い表情のシャオちゃんが傍に居ても・・・。
そうさ、俺は笑って言えるはずさ、太助の事を・・・。でも、これは言わなければ。
「シャオちゃん、先にこれだけは言っておくよ。
俺はシャオちゃんが好きだ。例えシャオちゃんが誰の事を好きでも。」
あえて名前を伏せるのがなかなかのもんかな?なんて。
「たかしさん、だから私もたかしさんが・・・」
「違うよ!」
「・・・何が違うって言うんですか?」
急にきりっとした顔になるシャオちゃん。そんな顔したって駄目だ。
俺は言わなくちゃいけないんだ。
「シャオちゃん、太助の所に帰りなよ。意地張らずにさ。」
「!!!嫌です!!太助様の所へなんか、帰りたく・・・。」
激しく怒鳴ったかと思いきや、シャオちゃんは泣き出してしまった。
それでも構わず俺は続ける。
「そうやって言ってる割には、今日はほとんど上の空だったじゃないか。
やっぱり太助の事が気になってる証拠だよ。」
「・・・・・・。」
「シャオちゃん、君の幸せは俺のところなんかにあるんじゃない。
俺には分かるんだ。太助の傍で居る君が、一番幸せだって。だから、その・・・。」
情けないことに言葉が詰まってきた。笑顔でずっと言うって決めたのにな・・・。
「分かりましたわ、たかしさん。心配かけてごめんなさい。
私は太助様の家へ帰ります。やっぱり私は、誰よりも太助様が好きだから。」
「そ、そう・・・。」
笑顔に戻ってくれたものの、この言葉は俺の胸にずーんと響いた。
そうだ、あいつはいい奴だよ。シャオちゃんを必ず幸せにしてくれるはずさ。
「でもさ、なんで家出したの?」
「それは・・・後で説明いたします。とりあえず一緒に来てくださいませんか?」
「う、うん。」
というわけで、俺とシャオちゃんは観覧車を降りて遊園地を後にした。
その足で七梨家へ向かう。十数分後に到着した。
「太助様、許してくれるかな・・・。」
「大丈夫、さもなければ俺ががつんと言ってやるから。」
玄関の前に立ち、呼び鈴を鳴らす。
ピンポーン
「はあーい。」
この声は、ルーアン先生だ。そしてドアが開く。
「どなたかしら?あら、野村君・・・と、シャオリン!!
あんたねえ、今までどこに行ってたのよ。たー様がすごく心配してたわよ!!」
「ルーアンさん、太助様怒ってないんですか?」
「怒るどころか・・・まあ二人ともあがんなさいな。」
そして俺とシャオちゃんは太助の家へと上がらせてもらうのだった。
ところが、中へ入ってびっくりした。家中が荒れ放題。泥棒でも入ったのか?
「ルーアン先生、この散らかり様は・・・。」
「ああ、シャオリンが居ないもんだから掃除をする人が居なくって。
それでこんなに散らかっちゃったわけよ。」
「でも、一週間でこんなに・・・。」
「そんな事よりここで待ってて、たー様を呼んでくるから。
たー様―!!シャオリンが帰ってきたわよー!!」
俺とシャオちゃんがリビングのソファーに腰を下ろすと、
ルーアン先生は大声で、太助を呼びに二階へ上がって行った。
しばらくはそのままで待っていたんだけど・・・。
「たかしさん・・・。」
「なんだいシャオちゃん。」
「太助様は・・・私のこと許してくれるかな・・・。」
ここへ来る前にも聞いたせりふだ。シャオちゃんてば、もう・・・。
「大丈夫だって、前にも言っただろ。いざとなったら俺も居るしさ。」
「はい・・・。」
そして待つこと数分。リビングのドアがゆっくりと開く。
そこで顔を覗かせたのはルーアン先生と彼女に支えられた状態の太助。
「太助・・・様?」
「・・・シャオ?」
「太助・・・どうしたんだよ、その姿・・・。」
俺が驚いて尋ねるのも無理はない。なんといっても髪はぼさぼさ、目にクマは当たり前。
そして頬骨が見えるくらいにやせこけている。なんともやつれた姿だったのだから。
「た―様ったら、シャオリンが出て行った次の日からすんごく思いつめちゃってね。
何を言っても上の空で、あたしが無理矢理食べさせないと餓死しちゃうっていうくらいだったんだから。
睡眠時間もほとんど取ってないわよ。夜中もずうっと考え込んでたみたい。」
太助の奴、そこまで思いつめていたのか・・・。
と、シャオちゃんが思わず立ち上がって太助に抱きついて行った。
「太助様!!」
「・・・シャオ?そうか・・・帰ってきてくれたんだ・・・。」
「ごめんなさい、私、私・・・。」
泣きじゃくるシャオちゃんの体にすっと手を回す太助。
端から見ればなんといい場面だろうか。しかし俺にとっては・・・ふっ、まあしょうがないよな。
もともとこうなるのを覚悟の上で、シャオちゃんをここに連れてきたんだから。
しばらくそれを見ていたけど、やがてルーアン先生が二人に言った。
「はいはい、話は後ですればいいでしょ。とりあえず御飯食べましょ。」
「ルーアン・・・ありがとう・・・。」
「私、腕によりをかけて美味しい物を作りますね!!」
そしてシャオちゃんは笑顔でキッチンへと向かった。
俺はやつれた太助を支えてソファーへと座らせる。
「ありがとう、たかし。そうか、たかしのところに居たんだ・・・。」
「たく、最初シャオちゃん泣いて俺に抱きついてきたんだぞ。まったく許せない奴だよ、お前は。」
「ごめん、迷惑かけたな・・・。」
「とにかく、御飯の後できっちり理由を聞かせてもらうからな。」
「ああ・・・。」
安堵の笑みを浮かべる太助。やれやれ、これで丸く収まってくれれば良いんだけど。
ちらりとルーアン先生を見ると、何やら難しく考え込んでいる。
まあそうだよなあ。また喧嘩でもしたら・・・。
「みなさーん、御飯できましたよ―!!」
十数分後にシャオちゃんの声が聞こえてきた。
さて、今日が多分最後だろうな、シャオちゃんの手料理は。
ゆっくり味わって食べないとな。

そしてあっという間に食事終了。
太助の食べっぷりのすごかったのなんの。ルーアン先生も引いてるくらいだったぜ。
それで、例によってリビングにてシャオちゃんの入れたお茶をすする。
「さて、それじゃあ聞かせてもらおうか。どうしてシャオちゃんが家出したのか。」
しかし肝心の太助とシャオちゃんは黙ったままだ。やっぱ気まずいのかな。
戸惑っていると、ルーアン先生がすっと手を挙げた。
「あたしが説明してあげるわ。良いわね、たー様、シャオリン。」
迷っていたものの、二人はこくりと頷いた。そしてルーアン先生が喋り出す。
「あれは大雨の日だったわね・・・。」

雨が降っているので外へも出掛けるわけが無い。
というわけで、家の中であたしはたー様に引っ付きまわっていたの。
「たー様あん、ルーアン退屈う。」
「だからって引っ付くなあ!!今日一日ずっとこうだな・・・。」

「ルーアン先生、それは良くないって。」
「ま、まあ、あれはあたしもやりすぎだったなって、あははは、それでね・・・。」

「もう、何が不満なのよ。やっぱりシャオリンがいいの?」
「えっ、あ、いや、まあ、そう・・・と、とにかく引っ付くなよ!!」
「ちょっと、ちゃんと答えてよ。シャオリンと一日中引っ付いていたいの?」
「いや、まあ・・・。」
「ちゃんと答えるまでずっとこのままだからね。」
「えっ、それはちょっと・・・。」
「あら、ルーアンさん、太助様。二人とも仲が良いんですね。」
なんとシャオリンとばったり出会ったの。
そんでもって堂々とそんなセリフを。誰の影響か知らないけど、まったく強くなったもんね。
けれど、それがたー様の気に触ったのかしら。た―様ったら・・・。
「なんだよそれ。シャオはなんとも思わないのかよ!」
「なんとも・・・思わない訳ないじゃないですか!!ちょっと言ってみただけです!!」
「なんだって!?そうか、山野辺がまた変な事を・・・。」
「翔子さんは悪くありません!!どうして太助様はそんな事を・・・。」
「そんな事より、どうして素直に妬きもちやかないんだよ。仲が良いんですねなんて言って!!」
「だからそれはちょっと言っただけなんですって!!」
「ちょ、ちょっと二人とも・・・。」
慌ててあたしはたー様から離れて二人の仲裁役に回った。
けれど、そんなあたしにもお構い無しに、どんどん二人の言葉はエスカレートしたの。
「どうせ、俺なんかよりも出雲の方が良かったとか思いだしたんだろ!」
「非道い・・・。どうしてそんな事言うんですか!!
太助様だってルーアンさんや花織さんにべたべたされて・・・そっちの方が良いんじゃないんですか!?」
「俺はそんな事は無い!!きっぱり断ってるじゃないか!!」
「あんなの、全然きっぱりじゃ無いです!!」
「じゃあシャオはどうなんだよ。前に宮内神社に泊まりこみに行った事があったよな。」
「あれは、キリュウさんに言われて・・・。」
「試練だってか?けれどそれを間に受けて俺からすっぱり離れて・・・。
その時に“ああせいせいした”とでも思ってたんじゃないのか!?」
パシン!!
そこで口喧嘩は終わったわ。シャオリンがたー様のほっぺたをひっぱたいたから。
「シャオ・・・。」
「・・・太助様なんか大っ嫌い!!!」
そして泣きながらシャオリンは家を出て行ったの。
たー様は呆然とそれを見送っていたって訳。
けれど、不良じょーちゃんは海外旅行で居ない、いずぴーは喧嘩の原因。

「・・・というわけで、シャオリンは野村君の家に行ったんだと思うわ。
で、後は最初に説明した通り。たー様はひたすら落ちこんでたって訳。」
「なるほど・・・。けれど太助、お前落ちこむ前にどうしてシャオちゃんを探しに行こうとしないんだよ。」
終始無言の太助に問い詰める。と、太助は少しうつむいて話し始めた。
「だって・・・シャオになんて言えば良いんだ?
いくらはずみでも、あんな非道いこと言っちゃたんだ。
とてもじゃないけど会わせる顔なんて無いよ。」
「太助様・・・私は・・・。」
今度はシャオちゃんが喋り出した。そういえば太助とは状況が違ってたもんな。
「私は、たかしさんの所でいろいろお世話に成らせていただきました。
一緒に遊園地に行ったり、お食事したり・・・。」
「つまりは、恋人同士って事をやってたって訳だな。
いやあ、あの時のシャオちゃんは大胆だったぜえ。堂々と腕組んで歩いたりしたし。
なんといっても、俺のこと大好きなんて言ってくれたり、俺と居るだけで幸せなんて言ってたしな。」
「な、なんだって!?」
がたっと立ちあがる太助。そしてシャオちゃんの方を信じられないといった目で見る。
「本当か?シャオ。」
「・・・ええ、本当です。だって、私・・・。」
うつむいたまま泣き出しそうになるシャオちゃん。
とりあえず立っている太助をもう一度座らせ、俺は改めて口を開いた。
「とりあえず太助、なんでシャオちゃんがこんな行動取ったか分かるよな?」
「・・・・・・。」
「おい、すぐに答えられるもんだろ。シャオちゃんが可哀相じゃないか!!!」
思わず太助の胸倉をつかむ。と、太助は申し訳なさそうな顔になる。
「俺は、俺は・・・。」
「俺は、じゃわかんねーだろ!!」
頭に来た俺は太助をシャオちゃんの前にそのまま放り投げた。
ずでんと床に転がる太助。
「野村君、もうそこまでにしときなさいって。この二人はほんと悩みやすいタイプなんだから。」
「ルーアン先生、もとはと言えばルーアン先生が原因でしょうが。」
「あら、あの程度で喧嘩になるような二人がいけないのよ。
だいたいね、たー様。一番悪いのはあなたなのよ。
シャオリンの気持ちも考えないであんな事言って・・・。
まさか守護月天の宿命から解き放っただけで満足してんじゃないでしょうね?
キリュウも言ってたじゃない。解き放ってからが最大の試練だ、って。
それとシャオリンもシャオリンよ。もうちょっと考えて行動しなさいよ。
たー様がこんなにやつれるまで戻ってこないなんて・・・。
野村君の言う通り、なんであんたがそんな事やってたかは分かるけど、
こんな深刻人間のたー様に対してやるもんじゃないでしょ!」
ルーアン先生のお説教がリビングに響く。
すごいな、さすがは大人って感じがするぜ。
けれど一つ引っかかる事が・・・まあ良いや、後で聞こうっと。
「とにかく、二人とももっとお互いの理解に努める事ね。
今度喧嘩したら、このあたしがただじゃおかないからね!!」
「分かったよ、ルーアン。」
「ルーアンさん、ありがとうございます・・・。」
ようやくというか、太助もシャオちゃんも納得のいった表情に成った。
ふう、やっと一段落着いたみたいだな。
さてと、さっき気になった事を聞いてみるか。
「ルーアン先生、どうしてシャオちゃんを探そうとしなかったんですか?」
「だって、あんな状態のたー様をほっとけないじゃない。」
「でも、コンパクトを使えば・・・。」
「それで見付けてどうするの?たー様をそこへ連れて行く?」
「あ、そうか・・・。」
「そういう事。だから納得しておきなさい。」
ルーアン先生の言う事ももっともだと思うけど、なんか言い訳っぽいよな。
とにかく、今回の事件の解決の糸口は俺にかかってたって訳か。
ふと太助とシャオちゃんを見ると、いつのまにか仲良さそうに寄り添って寝ている。
なんか悔しいけど、しょうがないよな。やっぱりこの二人はこれでいいんだ。
ルーアン先生と目で頷き合って、二人をシャオちゃんの部屋へと寝かせる。
一緒の布団で・・・か。いいのかな・・・。
「ルーアン先生、いいんですか?」
「仲直りしたみたいだしね。せめてものサービスよ。」
サービス・・・。えらく大胆なサービスだな。
まあ、疲れきって寝てるだろうから間違いは起こらないと思うけどな。
そして安らかな二人の寝顔を見ながら、静かに扉を閉めてそこを後にするのだった。

<おしまい>