それは真っ赤な太陽が西に沈もうとしている時だった。
<おしまい>
放課後。誰もが今日一日の学校行事から自由になり、羽を伸ばしているひとときである。
鮮やかなオレンジ色の光が町を照らしている光景に、火鳥は目を細めながら部室へ向かっていた。
その隣を歩いているのはクラスメートの矢野である。
「結城先生も少しは大目に見てくれればいいのになあ。」
「ほんとほんと。いくら授業中ボーっとしてたからって、こんな時間まで居残りはないよな。」
やれやれと肩をすくめながら二人は歩く。
矢野の言う通り、二人は偶然にも同じ授業中にボーっとしていた。
運悪くそれは恐いので有名な結城先生の授業だったからたまらない。
廊下に立たされた上に放課後に呼び出しを食らって今の今まで勉強させられていたというわけだ。
しかし、二人とも部活がある。火鳥は浪漫倶楽部、矢野はサッカー部。
遅れながらも、こうして部室へ向かってるというわけだ。
「部長達待ちくたびれてなけりゃいいけど・・・。」
「そうじゃなくって彼女を待たせてるだろ?同じクラスだってのに。」
「そりゃそうだけど、この際仕方ないよ。
そっか、月夜ちゃんが部長とコロンに説明してくれてるはずだよな。」
「やれやれ・・・。」
首を横に振った矢野に、火鳥は“?”となった。
「どうしたんだよ。」
「なんでもないよ。・・・おっと、それじゃあここでお別れだな。」
「ああ、また明日な。」
「じゃあな!」
それぞれの部室への別れ道、矢野は大きく手を振りながらサッカー部の部室へと走り去っていった。
「おおーい!あんまり走ってるとまた先生に怒られるぞ〜!」
ハッとした火鳥の注意も、矢野は後ろ姿のまま手をすっと上げただけであった。
“ふう”と息をつき、火鳥自身も小走りになって部室へ向かう。
“大丈夫かな”と思った事もあったが、なにより皆を待たせている罪悪感があったからだ。
タタタタっと、結局は思い切り走る形とはなっているが。
あっという間に到着した部室の前、そこでききっとブレーキをかけた。
「静かだな・・・。」
てっきり部長達の話し声が外へ漏れてくると思っていた。
普段傍にいる時も、部長の叫び声に耳がキーンとなる事もしばしば。
しかし今はそれが一切ない。いや、叫び声どころか人が居るようにも思えないほど静かだった。
「もしかして怒って帰っちゃったのかな・・・。」
おそるおそる、遠慮がちにがららっと扉を開けると・・・。
「あ、月夜ちゃん?」
「火鳥君?居残りやっと終わったんだ。」
部屋には月夜が居た。テーブルに肘をついて、手に頬を当てて座っている。
彼女の黒いポニーテールに夕陽がきらきらと反射。
そんな彼女の顔は、どことなく紅く見えた。
「部長とコロンは?」
「えっと、二人はちょっと散歩に・・・。」
「そっか。」
怒って居なくなってしまった、などという状況ではないようで、火鳥はひとまず安心。
もっとも、そんな心配をする必要などなかった事を、テーブルの前に座り思ったのだが。
「ねえ、火鳥君・・・。」
「なに?」
火鳥が正面に座った事できちんと座り直した月夜。
少し俯きかげんに、もじもじとしながら言葉を繋げた。
「夕陽が、綺麗ね。輝いてて。」
「え、あ、うん。」
「まるで火鳥君みたいね。」
「へ?」
月夜の意外な言葉に、思わずすっとんきょうな返事をしてしまう。
慌てて顔を見ると、彼女のそれは真っ赤であった。
「つ、月夜ちゃん、どうしたの?」
「あ、いや、だから、いっつも火鳥君って輝いてるなって。
ほら、不思議事件とか起こってる時なんてらんらんとしてるじゃない。」
しどろもどろになって説明する彼女にもただただ唖然である。
同じ様に赤く成る前に、火鳥は冗談混じりにこう返した。
「俺より部長の方が輝いてるんじゃないかな。
そりゃあ俺も輝いてるかも知れないけど、部長には叶わない時が多いよ。」
「そ、そうよね。あははは。」
ぎこちないながらも、合わせた様に笑う月夜。
それでもめげずに、次なる言葉を発する。
「ところで火鳥君、二人だけになっちゃったよね。」
「ああ。部長とコロンは散歩なんだよね?もうすぐ帰ってくる?」
「う、うん、だと思う・・・。」
言葉を繋ぐ前にあっさりと崩されてしまって、少しがくっとなる。
それでも、やはり月夜の顔は真っ赤。しかし火鳥はそれほど気にしていない。
そんな彼を見ながら、月夜は三日前の事を思い出していた。
それは今日と同じ様に、真っ赤な夕日が学校を照らしている時、つまり放課後だ。
月夜は、偶然にも出会った由紀と一緒に歩いていた。
「月夜ちゃん、最近火鳥君とはどうなの?」
「どうって・・・いつも通りですけど。」
「少しは進展とか無いわけ?」
「・・・その言葉、そっくり由紀先輩にお返しします。」
「うっ・・・。だってあの綾小路だもの、しょうがないでしょ!?」
「そうですよねー・・・。」
「ふう・・・。」
風紀倶楽部部長である由紀がこんな話をするようになっているのも、交流の深みからだろうか。
ただ、見てていつまでも進展の無い様に見える火鳥と月夜が少し歯がゆいのかも知れない。
由紀自身も、好きな部長に面と向かって告白できていないのだから人の事は言えないが。
「ねえ月夜ちゃん、一つ勝負をしない?」
「勝負、ですか?」
「ええ。ここに私が考え出した、月夜ちゃんの為のセリフ集があるんだけど・・・。」
立ち止まってごそごそとカバンをあさる彼女に、月夜はがくっとなった。
“いつの間にそんな物を”という思いと同時に、
“そんな暇があったら他にもっと違うものを作ったほうが良いんじゃ”という思いである。
しばらくして、由紀はビシッとそれが書かれたノートを取り出して月夜に手渡した。
何気なく受けとってそれをパラパラっと見た彼女の顔が真っ赤になる。
「こ、こんなセリフを火鳥君に言えって事ですか!?」
「そうよお。もちろん私が勝負に勝ったらの話だけどね。」
「勝つも勝たないも、私はまだ勝負をすると言ったわけじゃ・・・」
断ろうとする月夜だったが、それより早く由紀は彼女に顔をずずいっと近づけた。
「勝負、す・る・わ・よ・ね・え?」
「は、はい・・・。」
「おっけい、成立!」
いい知れぬ恐怖を感じた月夜は、即座に了解する選択しか浮かばなかった。
ほとんど脅しだ、と涙目になりながらも、改めて由紀に向き直る。
「で、どういった勝負をしてくれるんですか?」
「それは、そのノートの、一番最後に書いてあるから。」
少し顔を赤らめながら答える由紀に、半信半疑ながらも月夜はノートをめくる。
すると、御丁寧にも枠で囲まれて勝負内容は書かれてあった。
「“綾小路と愛の抱擁を1分間続けられたら私の勝ち!”ですか?」
「ちょ、ちょっと!そんな大きな声で言わないでってば!!」
一気にのぼせ上がった顔に変化。その反応からして、どうも月夜が納得がいかなかった。
ちらちらっと由紀の顔を見ながら、ふいっと浮かんだ考えを口にする。
「もしかして、新聞部部長の西崎先輩の作戦なんですか?」
「!!な、なんの事かしら?」
「やっぱり・・・。」
慌ててとぼけて見せた由紀だったが、月夜に対してそれは無意味だった。
あっさりと真実を見破った彼女にあたふたとなる。
「し、仕方無いでしょ。相談しに行ったら、
“これをしてもらうには自分もそれなりにやらなきゃ”なんて言い出すんだもの!」
「だからってそのまま実行に移さなくっていいじゃないですか!」
「ふっ、溺れる者は藁をも掴むって言うじゃない。」
「あのね・・・。」
わざわざ他人事を巻き込んだ相談をしに行った事、
そしてそれを素直にやろうとしている由紀に、月夜はやれやれとかぶりをふった。
以前も西崎先輩の協力のもと部長にアプローチをかけていたなあ、
という事を思い出したのである。
あの時は酔った部長が暴走してしまって随分と酷い物を見た記憶が彼女にあった。
「中止しませんか?」
「今更何言ってんの。やるって言ったからにはやるんだから。
まあゲームみたいで面白いじゃない?」
「何が面白いってんですか・・・。」
「あ、ほらほら、ちょうど綾小路よ。」
由紀が指差した方向には、偶然にもたしかに部長が歩いている。
部室に寄って何かをしていたのだろうか。
「それじゃあ私はやってくるから。」
「・・・由紀先輩、一つ条件追加希望します。」
「な、なによ。・・・別に良いけど?」
「良かった。部長に向かって駈けて行って、それで抱きついてって事にしてください。」
「い、言うようになったわねえ。いいじゃないの、やってやるわ!」
もうこうなったら何でもやってやれ、という半ばヤケな気分で月夜は提案した。
この場で由紀先輩の勝負提案を退けても、また別の日に来るような気がしたからだ。
と、そんな月夜の気持ちなどおかまいなく、由紀は部長に向かって駆け出していった。
「綾小路ー!!」
「ん?あれは・・・由紀ちゃん?それに月夜ちゃんも?」
名前を呼ばれて立ち止まる部長。
だが、向こうから自分の名を呼んだ張本人が駈けて来るのを見て一種の恐怖を感じた。
「な、なんで由紀ちゃんがこっちへ走ってきてるのだ?由紀ちゃん、一体どうしたのだ!!」
「いいからそのまんまそこに立ってなさい〜!」
叫ぶ彼女の顔は早くも赤くなっていた。
月夜に新たな条件を言われたすぐは、難なくやってみせる、と思っていたのだが、
色々考えているうちにだんだんと恥ずかしくなって来たのである。
(だいたい“愛の抱擁”ってだけでとんでもなく恥ずかしいのに“抱きつく”なんて!)
心ではそう思うものの、もはや取り返しはつかない。意地でもやるしかないのだ。
「う、うわわっ!?」
「逃げるな!!」
しばらくは何故か構えていた部長が、突然踵を返そうとする。
しかしそれに気付いた由紀はとっさに叫んだのだ。そして・・・
抱きっ!
「ゆ、由紀ちゃん!?」
「綾小路、このまま一分間!ね、お願い!」
結局はお互い体を正面に合わせて抱き合う形となった。
端から見ればまさしく恋人同士、といわんばかりの状態である。
もっとも、手を体の後ろに回しているのは由紀だけ。部長はわけもわからずに手をだらんとさせている。
「し、しかし由紀ちゃん・・・。」
「いいから!!」
さりげに離れようとした部長を由紀がキッと睨む。
仕方なくそのままで居る部長であったが・・・
「ちょっと綾小路!手をちゃんと回してよ!!」
「な!?なんでそんな事を私が・・・」
「つべこべ言わずさっさとやる!!!」
「わ、分かったのだ・・・。」
部長にしてみればいきなり抱きつかれてぱにくるのは当たり前なのだが、
それでも由紀の言う通りにしっかりと手を彼女の体にまわした。
月夜の言った条件はクリアしてたので、後はこのまま一分間居ればいいのだ。
(や、やれば出来るじゃない私って。でもそんな事より・・・)
ちらっと部長の顔を見ようとする。が、位置の関係上頭の後ろしか見えない。
(今私は綾小路と・・・抱き合ってるのね・・・愛し合う二人、みたい。)
気持ちが昂ぶって来たのか自然と抱きしめる力が強くなる。
ギュッと力をこめる彼女を感じて、部長も同じ様な気分になってきた様に見えたのだが・・・
「・・・由紀ちゃん。」
「何?まだ一分経ってないんだからね。」
由紀はそう言っているが、すでに約束の一分は過ぎていたし、由紀もそれを数えて分かっていた。
でももう少しこのままで居たい、彼女はそう思っていた。
「言いにくい事なのだが・・・。」
「何よ。」
頭越しに語りかけてくる部長の声を、少し五月蝿そうに返す。
そんな事には全く気付かず、彼は更に続けた。
「その・・・ぶつかった時に私が手に持っていたアイスが・・・。」
「!!!」
慌てて由紀は手を解いて体を部長から離した。
部長も咄嗟に由紀の体に回していた手を解く。
次の瞬間に由紀が見たものは、部長と自分の胸の辺りにべっとりついたアイスの残骸だった。
あれこれ考えていた由紀には、彼がそんな物を持っていたとは全く気付かなかったのである。
抱きついた瞬簡にしたはずの音も感触も、さっぱりわからなかったのだろう。
声が出ない。冷たい風が二人の間をヒュウウウと吹き抜けていった。
「あー、その、由紀ちゃん。向かってきてる時に言おうとしたのだが・・・」
「昨日洗ったばかりなのに・・・綾小路のバカー!!!!」
ばきょお!
「ぐわっ!」
由紀の繰り出した涙のパンチは部長の顔面にヒットした。
顔をのけぞらせた部長は、たまらずそこに崩れ落ちる。
その直後に、由紀はがっくりと肩を落としてその場にぺたんと座りこんだ。
一部始終を見ていた月夜。その顔には疲労の汗が濃く浮かんでいたのだった。
(結局あの後は部長が懸命に説得して丸く収まったけど・・・。
だいたいあれって強制的に抱擁させたんじゃないの?はあ、なんであんな勝負受けちゃったんだろ。)
議論の結果、由紀は見事条件を果たしたという事になって、
今度は月夜が由紀が持ってきたセリフを火鳥に言わなければならないのである。
しかし現状は思わしくなく、しどろもどろに言っている月夜の言葉はさっぱりな効果しか見せていない。
「ね、ねえ火鳥君。」
「何?」
「ちょっと笑ってみて。」
「え?えーと・・・こ、こう?」
ぎこちないながらも笑顔を素直に作る火鳥。そして月夜はこう言った。
「あなたの笑顔が眩しいわ、す・て・き。」
「・・・・・・。」
外したのだろう。一瞬火鳥の表情が固まった。
「・・・月夜ちゃん、熱でもあるんじゃ?」
「(うううー、真顔でそんな事言わないでよー!!)べ、別にそういう訳じゃ。」
「今日の月夜ちゃん、何か変だよ?」
「(変なのはこんなのを考え出した西崎先輩よー!!)だ、大丈夫だから、私は。」
懸命に取り繕おうとする彼女の顔は真っ赤に茹で上がった蛸みたいだった。
さすがに心配になって顔を近づける火鳥。
「本当に大丈夫?」
「う、うん・・・。火鳥君の顔って近くで見ると可愛いわよね。食べちゃいたいくらい。」
「は?」
こんな状況でも、必死になって義務セリフを口にする月夜。
しかしとうとう限界が来た様だ。このセリフを言った瞬簡に、バタンと後ろに倒れたのだから。
「つ、月夜ちゃん!?」
慌てて駆け寄って月夜の体を抱き起こす火鳥。
しかし月夜はそれどころではない。もう恥ずかしさが一杯で気絶でもしたいくらいだった。
「な、なんで私がこんな目に・・・。」
「月夜ちゃん!?月夜ちゃん!!」
「もういや、私耐えられない・・・。」
「月夜ちゃんってば!!」
必死に呼びかける火鳥であったが、彼女の耳には全く届いていない様だった。
しきりにうわ言のように“恥ずかしい・・・”と繰り返すのみ。
と、そんな緊急事態に、がらりと勢いよく部室の扉が開いた。
「おおっ!火鳥君、やっと居残りが終わったのかい!」
「大変だよー!不思議事件発生!!」
「部長!それにコロン!月夜ちゃんが大変なんだ!!!」
不思議事件の事よりも月夜の容態が気にかかった二人は、
火鳥の言葉を聞くなり慌てて彼の傍へと走り寄った。
「月夜ちゃん!?一体どうしたのだ!!」
「あうー、月夜〜!!」
「月夜ちゃん、しっかりして!!」
必死に三人が呼びかける。その甲斐あってか、数分の後にようやく月夜はそれに気がついた。
目も明後日の方向を向いていない。正気に戻ったのだ。
「・・・火鳥君。それに、部長とコロンちゃん。」
「月夜ちゃん!」
「良かった、元に戻ったんだ!」
「あうー、心配したよ!」
泣きながら月夜の胸に飛び込むコロン。
月夜は戸惑いながらも、それを優しく抱きとめた。
一呼吸おき、火鳥がそれとなく月夜の肩に手を置く。
「月夜ちゃん、やっぱり今日はもう帰った方がいいって。」
「でも・・・。」
「二人とも、話はとりあえず後にしといてくれ。」
火鳥と月夜を遮ると、部長はすっと立ち上がった。何やら目を光らせている。
「どうしたんですか?部長。」
「しっ・・・。部室に戻って来た時から怪しい気配を感じていたのだ。
そこに隠れて居るのは誰なのだ!!!」
きょろきょろと部屋内を見まわしたかと思うと、ビッとロッカーを指した。
高らかに宣言したそれにより、ガタンとロッカーが動く。
そして開いたそこから出てきたのは・・・。
「由紀先輩!!」
驚きの声を上げる火鳥。それを聞いてか、月夜もハッと顔を向けた。
以前すりすりされた事を警戒してかコロンは少しあとずさっているが、部長はずずいっと傍に寄った。
「由紀ちゃん、そこで一体何をしていたのだ?」
「ちょ、ちょっとロッカーの掃除をね・・・。」
「ほほう。我が部室の掃除をしようなんて、お掃除倶楽部も随分ひまになったのだ。」
「お掃除倶楽部じゃ無いわよ!!・・・ごめんなさい。ちょっと心配になっちゃって。」
「由紀ちゃん。何が心配かは知らないが、黙って部室に・・・」
「違うんです部長!私が、その・・・。」
「「月夜ちゃん?」」
部長のみならず、火鳥も疑問の顔で彼女を見る。
当然だろう。部室に身を隠していた由紀先輩と月夜が関係しているというのだから。
なんとか誤魔化そうと更に言葉を繋げようとする月夜だったが、
それより早く由紀がそれに割って入った。“もういいわよ”と言うかのように。
「実はね、今日月夜ちゃんが変だったのは・・・。」
三日前の出来事を、事細かに話し始める由紀。
最初は半信半疑で聞いていた火鳥とコロンではあったが、例のノートを見て納得した。
部長に至っては、由紀と熱い抱擁を交わしたのだから、うんうんと大きく頷いていた。
しかし、これは単なるゲームであるという事にしたままで、真の目的までは告げなかった。
そして西崎の名も隠したまま。すべては由紀の案だという事に。
「・・・という訳なの。これでいいかしら?」
「とんでもないですねえ・・・。一体どうしてそんな事を?」
「浪漫倶楽部の紅一点、月夜ちゃんの演技力を見ようと思ったのよ。」
「由紀ちゃん、そんなものをわざわざここでしなくていいのだ。」
「月夜、大変だったね。」
「う、うん・・・。」
いろんな意味で“助かった”と頷いているものの、月夜の心中は複雑だった。
今回の事件は全部由紀の責任になってしまい、強く追求されていたのだから。
もちろん、それを月夜は懸命に弁護。火鳥も部長もコロンも十分に納得して、幕を閉じた。
それと、その日に起こった不思議事件というものは、ただの生徒の錯覚だと後日判明した様である。
そして何日かが過ぎたある日の朝の事。
「おはよー、月夜ちゃん♪」
「あ、おはようございます、由紀先輩。」
「あれから随分経ったけど、後遺症は無くなったかしら?」
「なんとか・・・。でももう二度としませんからね。」
妙なセリフを散々言わされた影響か、月夜は一時普通にしゃべれなくなってしまう事態が起こった。
数日のうちにそれはなんとか治って、ようやく今は平常通りだという事だ。
「ほんと、酷い目にあったなあ・・・。」
「で、火鳥君と進展はないの?」
「由紀先輩こそ・・・。」
「あら、私はあったわよ?」
「えっ!?」
由紀の意外な返答に、月夜はぴたっと立ち止まった。
「何よ。そんな驚いた顔して・・・。」
「いつ、進展があったんですか?」
「ほら、綾小路と・・・その、抱きあった時、ね。」
「ええ。」
「あの時、一分どころかそれ以上抱き合ってたの。
その時になんていうかな・・・綾小路のぬくもりを感じた、ってとこかな。」
少し照れながらも嬉しそうに話す彼女に、月夜も嬉しそうな表情を浮かべた。
「良かったですね、由紀先輩。」
「ひとの事より自分はどうなのよ。ないっていっても少しくらいはあったんじゃないの?」
調子に乗って小突いてくる由紀に対し、月夜は静かに首を横に振った。
「いいえ。やっぱり、ただ上っ面だけのセリフを言うのじゃあだめです。
相手に対して・・・火鳥君に対して、私が精一杯心をこめた言葉を言わないと。
そうじゃないと、進展なんてありえないですよ。」
「そりゃまあ・・・。あの状況じゃあ全然心を込めてる様に見えなかったし。」
ちょっとした約束事でロッカーに潜んでいた由紀は、中からじっと月夜の様子を見ていた。
彼女が倒れてしまった時にはそれはハラハラしたものだが、
その場ですぐに出ていくわけにもいかなかったのだ。
「だから・・・もし今度機会があれば頑張ろうかなって。
綺麗な言葉じゃなくても、私の心をこめた・・・。」
「なるほどっ。うんうん、そこまで言うのならもう公言したも同然よね。」
「え?公言って何をですか?」
「月夜ちゃんは火鳥君のこと大好きだって事。今まではっきりと言わなかったもんね〜。
ああー、これでやっとすっきりしたわ。」
「!!!!」
ここでようやく月夜は、由紀に見事にはめられていた事に気がついた。
急激に赤くなって行く彼女の肩を、由紀がぽんっと叩く。
「ま、頑張ってね。結果ちゃんと聞かせてよ?」
「ちょ、ちょっと由紀先輩!!」
「安心して良いわよ。西崎へはあの作戦はだめだったってちゃんと言っといたから。」
「そうじゃなくて!!!」
するりと逃げ始める由紀を月夜は慌てて追いかけ始める。
夢ヶ丘中学校へ続く長い階段を二人は元気に駈け上っていった。
その姿を、途中ゆっくりと上っていた火鳥、そして矢野が見送る。
「今のは月夜ちゃんと由紀先輩?朝から元気だなあ・・・よかった。」
「何が良かったんだ?」
「最近、ちょっと様子が変だったから。」
「そういえば喋り方とか少し変だったよな。お前と何かあったんじゃないのか?」
「まあ少し、ね。」
優しい瞳で月夜の後ろ姿を見ている火鳥。
それを見てか、矢野は“ふっ”と笑顔で息をついた。
「ほらっ、俺達も早く学校行こうぜ!」
「お、おいっ、待てって!」
ばんっ、と背中を叩いたかと思うと駈けて行く矢野の後を慌てて追う。
真っ白に輝く朝日が、長い階段を、夢ヶ丘中学校を、生徒達を、眩しく照らしていた。
あとがき:こうやって浪漫倶楽部の二次小説を書くのは初めてです。
それにしてもこれは一体なんの話なのだろう・・・。
テーマとして、“心を込めた言葉を言わないとだめだよっ”
ってのを入れたつもりではありますが・・・うーん、さっぱりでは(爆)
主人公は月夜ちゃんのつもり、で書いてると思います。←おい
えらく積極的な由紀先輩。壊れてるんじゃないかって気がしますが・・・。
もうちっと頑張って書かないといけませんね。次書くとすればパラレル日記で、でしょうけど。
それでは。
2000・9・12