翔子と紀柳のパラレルワールド日記
(「ナナカド町綺譚」編)


『1の角「昼と夜」』

気が付くと、私は一人で町中に立っていた。
町、と思っていいのだろうここは。扉に書かれていた表題そのものも町とついていたのだから。
どんな町かというと・・・情景を説明するよりは、表題を見てくれた方が早いだろう。
ナナカド。つまりは七つの角があるということだ。
そして、今私の手には一枚の地図がある。この町の全図だ。
なるほどその地図には七角形が描かれていた。七角形の形をした町という事である。
風景としては、特に珍しいものは無い。鶴ヶ丘町と同じ、電線はあるし塀はあるし家はあるし・・・。
とりわけ高い塔が立っていたりするわけではない。高い高いびるが建ち並んでいるわけでもない。
密集している住宅地。公園や岡などの自然も混じっており、少し歩けば海にも出る。
町の真ん中には鉄道が通っているみたいだが・・・そう大きくない町であるだけに、利用することもないだろう。
別にこれといって気にする特徴は、風景の中には無いのだということだ。
また、ここに入る時に声が聞こえたのだ。
“お二人で角を一つ一つ探検していってくださいね”
と。(おそらくは管理人のルザミス殿であろう)
すべてを廻らねばならないのだろうが、何故に一人でゆかねばならないのだろうか。
全く困ったものだな・・・。
更に言うなれば、角を探検することにより一体何が得られるというのか・・・。
しかも七つ・・・これは長丁場になりそうだな・・・。
ぶつぶつと一人でそんなことを考えていると、ある建物の前にたどり着く。
“剥製”と木の板に文字が書かれている。
はて、剥製とはなんだったろうか?いや・・・何だろうか?というのが正しいか。
一度くらいは目にしたものであったが、今私の記憶の中には、それの意味を示すものが果たしてない。
どれ、ここは一つ確かめてみるのも一興であろう。妙に心惹かれた私はそこに入ってみることにした。
探検という事なのだから目的地などどこでもいいだろう(と思う)
取っ手に手をかけ、そっと扉を開いてみる・・・
ぱふっ
「ん?なんだこの布は・・・。」
開くと同時に大きな布が私の顔面を覆った。後ろ側は明るいのに目の前は真っ暗。
これでは何も見えない・・・。
「・・・っと。」
なんとか布を視界から退け、中を覗く。
が・・・果たして、その向こう側も真っ暗であった。否、薄暗い、と表現するべきであろう。
その中に一つの灯りが点っている。傘をかぶった白色電球。それがこちらを照らしていた。
「眩しい・・・。」
「これは、失礼致しました。」
私の声に、男性の声が一つ反応した。それと同時に灯りの方向が変わる。
おそらくは何者かが入ってこようとしているのが気になって向けただけのことだろう。
改めて目を向けると、顔がすっかりしわくちゃの、それでいて礼服を身につけた老人がにこりと笑っていた。
首につけている蝶の形をした飾りが目立つ。灯りを背けてくれたのはこの人らしい。
手にはふっくらした綿箒を持ち、それがぱほぱほぱほと揺れている。
と、その傍の机(灯りが備え付けられた机)に、もう一人老人が作業をしていた。
立っている老人と違って、見るからに普段着に腹巻をつけたとてもくつろいだ格好。
立っている側を接客用の服というならば、こちらは作業用と言ったところか。
二人とも非常に顔が良く似ているところを見ると、きっと兄弟なのだろう。
「どうぞ、立ちっぱなしにならずに中へ。」
「そうだな・・・。」
招かれるがまま、私はその剥製屋の内部へと足を踏み入れた。
ひんやりとしているわけではなかったが、その場の薄暗さが体感気温を惑わせる。
こつりと音を立てる床が、更に私の感覚を寒さを募らせる。
だが、この空気は一体なんだろう。まるっきり換気など行っていないような、物凄く篭っている様な・・・。
「・・・ふう。」
危なく激しく咽そうになるところを、なんとか落ち着かせる。
あまりいい顔をしていなかったのだろう私に、立っている老人が心配そうに顔を覗き込んだ。
「入りづらかったですか?」
「いや、まあ・・・。」
「すいませんね。日光が剥製の体毛を退色させますので、このように二重に仕切っているわけなんです。」
「そうか・・・。ところで一つ聞きたい事があるのだが・・・。」
「はい?」
改めて、と仕切りなおすように私は顔を彼に向けた。
「剥製とは何だ?」
「剥製も知らないで来たのか?そんなのも知らない客を相手にしてんじゃねえんだ、バカが。」
私の問いに答えたのは、果たして机で作業を行っている老人の方であった。
紳士的な目の前の老人と違い、なんともぶっきらぼうな、不機嫌そうな声で。
手はハサミを動かし、針と糸を動かすのに忙しい。当然ながら、途端に私は不愉快になった。
「・・・悪かったな、私は帰る。」
「ま、まあまあ。すみませんね、兄が失礼な事を申し上げて・・・。」
くるりと踵を返そうとする私を、紳士的な老人は慌てて止めようと声をかける。
「剥製というのは、動物の肉や内臓を取って、かわりに綿などを詰めて作った標本、という事でして・・・。」
更に、ちゃんと答えとして説明をつなげてくれた。
実に簡単な言葉ではあったが、私を引き止めるには十分であったと言える。
答えてくれた彼の親切心を無下にはできぬし、何より新たな発見の始まりと言えるであろうから。
「なるほど、標本か・・・。」
ふむ、と再び部屋内部にくるりと向き直ると、紳士的な老人はほっとしたような顔で“はい”と頷く。
作業中の老人は相変わらずの態度でいたが・・・。
「ところで、あなたたちは兄弟なのか?」
「ええ、双子でございます。私が弟で、そちらが兄でございます。」
「双子?そうか、それでそっくりなのだな・・・。」
しげしげと二人をみやっている間に、兄殿の方は作業の手を止めて煙草に火をつける。
口からふーっと吹き出る煙が、辺りを埋め尽くす。・・・なるほど、空気が篭っている原因はこれもそうだな。
剥製は日光に弱いから締め切っているという事もあるだろうが・・・。
そんな中で煙草などふかしているから空気が悪くなるというものだ。
少々しかめ面をして見やっていると、兄殿とふと目が合あった。
「で、剥製も知らずに何しにきたんだヒマ人。」
ぶっきらぼうに兄殿は言い放った。またも私の不愉快度が増した。
「・・・悪かったな暇人で。だいたい、それが客に対する態度なのか?」
「まあまあまあまあ。ともかく、折角剥製と出会ったんです。是非ゆっくり見ていってください。」
慌てて弟殿がなだめに入る。
まぁ、言われてみれば剥製も知らずに剥製屋に入る者などそうそう居ないのだろうな。
私も私で何故にここに入ろうと思ったのだろうか・・・いや、深く考えるのはやめるとしよう。
ここはやはり弟殿の言うとおり、折角の剥製を存分に見てまわるとしようか。
思い直し、私は店内の物色を始めた。
段々になっている棚が壁沿いに並んでいる。その一段一段に、なるほど剥製が並んでいる。
黒い台座の上にちょこんと立っている動物。
犬に始まり、猫、狐、狸、兔など・・・そして、たくさんの鳥達だ。
「文殿・・・いや、違うな。」
たまたま目に入った一匹の鳥が、親しくしている友達にふと見える。
そんな事などあろうはずがないのに。・・・いや、ここは別の世界だから別の姿をしているのかも。
「まさかな・・・・。」
ふっ、とどこからともなく笑みを漏らす。
そしてついつい、その文殿と良く似た剥製をやさしく手で撫でてやった。
「鳥がお好きなんですか?」
「ん?・・・ああ、最近友達になった鳥がいる。」
さりげなく答えると、弟殿はぽふっと一つの剥製に綿箒をもたれさせた。
「鳥の寿命って、いくつくらいでしたかね・・・。」
「・・・・・・。」
笑顔の弟殿からとんでもない言葉が返ってきた。
思わず私はあとずさる。
その直後・・・
「ばっかやろ!俺の前で客引きすんじゃねー!」
すこんっと弟殿の頭に煙草の箱がぶつけられる。兄殿が投げたものだった。
「あ・・・これは失礼致しました。」
「い、いや・・・。」
謝罪をしながら、弟殿は慌てて埃落としに取り掛かった。綿箒をぱほぱほと音を立てながらの。
私は心の中で苦笑を漏らした。まったく、何を言い出すかと思ったら・・・。
兄殿の方に目をやると、相変わらずのぶっきらぼうさで作業を続けている。
ふふ、あれでいてなかなかいい所があるではないか。
少し機嫌が戻り、私は再び剥製を見に戻る。
しかし・・・かなりの腕だな、ここまで作る事ができるのは。
その毛並みといい、姿といい・・・見れば見るほど、その作りには驚かされるものだ。
何しろ生きているのではないかと思うほどに、本物に近い。
元々の材料が本物の動物であるだけにそれも当たり前なのかもしれないが・・・
これもまた一つの芸術であるのだろう。
「ところで、お客様の・・・」
「紀柳だ。」
「はい?」
再び弟殿に尋ねられかけた時、そういえばと私は名乗っていなかった事に気付き、とっさに名前を出した。
いつまでも“お客様”呼ばわりだと落ち着かなかったという事もあるが。
「私は・・・紀柳という。そう呼んでくれ。」
「はい。では紀柳さんの鳥はどんな種類で?あ、世間話ですよ、これは。」
先ほどの気遣いをしてか、弟殿は慌てて言葉を付け足す。
だがそれが逆に私を緊張させた。咄嗟に私の口から出た返事はとても和んだものではなかった。
「剥製にするのは大変だぞ。大きいからな(本当は大きくないのだが・・・)」
「違いますって。」
冷や汗をかきながら弟殿は返事をする。
「たとえば・・・紀柳さんに大好きなお友達、鳥さんがいます。」
たとえばでなくても今すでに居るが・・・。
「その鳥さんが死んでしまわれた。もう姿を見れなくなるのはとてもしのびない!
そのままの姿を永遠に残しておきたい・・・!
兄の剥製作りは、そのような愛情そのものに、永遠の時間を与えるものなのです・・・。」
両手を天井に向けながらなにやら感極まっているようだった。
言われてみれば、たしかにその気持ちも分からないでもない。
死んでしまったからと言って土に埋めてしまっては、確かに二度と姿を見ることはかなわぬであろう。
人の葬式の後も、写真などで肖像を飾ったりするのは同様の理由ではないだろうか。
弟殿の言うとおり、愛情・・・それを形として残す手段なのだ、この剥製は・・・。
「・・・しかし、私は生きているからこそ文殿と話ができるのだ。」
「文さんとおっしゃるのですか、あなたの鳥は。」
「そうだ。生きているからこそ・・・その、大切な友達でいられる。
死んでしまってからの姿だけというのも、また見るたびに悲しくなってしまわぬだろうか・・・。」
「悲しい・・・ですか?」
思うところを述べると、弟殿はそれまた悲しそうな顔で返してきた。
うーん、これは一体どう反応すればいいのだろう、とこちらが困る。
「・・・まぁ、これらの剥製を見る限り、まるで生きているみたいであるがな。」
「そ、そうですよね!兄の作る剥製はそんじょそこら代物とは違いますから!」
「うるせーや。」
ごまかしの言葉となったであろうか、弟殿は急に元気な声となった。
照れくさそうにしている兄殿に私は再度苦笑しながら、再び剥製を見に戻る。
「鳥の剥製を一つどうですか?鳥お好きなんですよね。」
戻ろうとした瞬間に、弟殿は剥製を一つ勧めてきた。
私が友達に鳥が居ると言った故であろうか。しかし私が持っててもなあ・・・。
「遠慮する。どうも私には合わないのだ。生きているものの剥製は・・・。」
「そうですか・・・。では、みかんはどうですか?」
「みかん?」
なんと、ここで意外な言葉が飛び出してきた。
みかんなどという動物がいただろうか・・・。いや、みかんとは・・・柑橘類のことなのだろうか。
「ついこの前みかんをくださったお客様がいらっしゃいましてね。
その記念にと、みかんの剥製を兄がこしらえたのですよ。」
言いながら、弟殿はごそごそと辺りを探ったかと思うと、それを取り出してきた。
なるほど・・・みかんだ。まごうことなきみかんである。
それが、しっかりと黒の台座に乗り、硝子の入れ物に入っている。
「こちらでよろしければどうぞ。」
「珍しいものだな・・・この様なものまで剥製にできるのか・・・。」
「はい。ただ、残念ながらそのお客様はこちらの品はお持ち帰りになりませんでしたが。」
「なぜだ?このように綺麗に出来ているというのに。」
「その時は何分色々ありましたゆえ。」
「ふむ・・・。」
普通のみかん。多分それはその時の客が持ってきたものであったろう。
私と同じように、様々な話を聞いているうちに差し入れとしてでも渡したのかもしれない。
それをその場で食べ・・・兄殿がその場で剥製を作った、といったところか。
その兄殿は、器用にはさみと糸とを動かし続けている。
今更気付いたが、ここは制作現場と完成品とを同時に見られる店であるのだ。
自分の持ってきたみかんがその場で剥製となって現れる姿を、その客はどんな気持ちで見ていたのだろうな・・・。
「受け取ってもよいのか?」
「ええ。今日の記念に。」
笑顔で弟殿が差し出してくるそれを、私は手でそのまま受け取ろうとした。
が・・・
「ごほっ!」
とうとう私は咳き込んだ。あまりにもここは空気が悪い、それに耐え切れなくなったのだ。
そしてそれは同時に一つの出来事を引き起こした。

ガシャン!

床に落ちるみかんの剥製。入れ物が粉々に砕ける。
「す、済まない!」
「いえ、怪我はありませんか?」
「私は大丈夫だが・・・ごほっ!」
怪我がどうとかより、私自身はちっとも大丈夫ではなかった。
もう限界だ。この空気の中にいるのも。
「すまないが、窓を開けさせてくれ。少しでいいから空気の入れ替えを・・・。」
「だ、ダメです!」
丁度近くに窓がある。弟殿が強く叫んだが、かあてんで厳重に覆われたそれに、構わず私は手をかけた。
「心配せずとも黒布はそのままで窓を開けるだけにするから。それなら日光も届きはしまい。」
「わああ、ダメですったら!」
慌てて止めようとする弟殿ではあったが、私はその制止を振り切った。
だが、窓を見やった時に私は驚いた。
「夜・・・?」
窓の向こうには月が、星々が、そして、真っ暗な夜空がうつっていたのだ。
「い、いつの間に!?」
慌てふためき、私はがらりと窓を開けた。それこそ、かあてんをそのままに窓を開けるという事も忘れて・・・。
「やめてくださいっ!」
弟殿が叫ぶも、それは一足遅かった。
既に窓は開かれ・・・その向こうからは陽の光が差し込んできた。
同時に爽やかな空気が流れ込む。そして・・・。

バサササササ

「!?」
再度、私は驚く事となった。今度は先ほどとは比べ物にならぬほど。
一羽、二羽、三羽・・・次々と鳥が私の横を過ぎ去り飛び立ってゆくのだ。
それは、剥製のはずの・・・足を台座につけたはずの・・・鳥達。
白い羽を広げ、羽ばたかせ、次々と彼らは大空へと繰り出してゆく。
また、飛べない者達は必死になって足をばたつかせ、そのたびに台座が揺れている。
私はただ、その光景をぽかんと見ているだけしかできなかった・・・。
「・・・はっ!弟殿、兄殿、大丈夫なのか?」
我に帰り、部屋の中を見やる。と、作業机の陰で二人が隠れていた。
やがて“ふぅーっ”と息をつきながら弟殿が顔を出す。
「よかった・・・いや、良くないか。すまないな、私のせいでこんな・・・!?」
三度私は驚かされる。立ち上がった弟殿の陰に倒れていたのは兄殿。
だが、その兄殿の足には、台座がついていた・・・。
「兄では、ないんです。叔父です。双子なのはわたしの父と叔父の方でして・・・。
二人とも剥製士でした。」
立ち上がりながら“分かってしまわれちゃしょうがない”といった表情で語り出す弟殿。
「類稀なる腕をもっておりました。二人の作る剥製は生きているみたいだと評判でして・・・
そのはずですよね、生きてるんですから。」
「生きている・・・剥製・・・。」
つまりは、死んだ者が生き返るほどのもの、だということなのだろうか?
いくらなんでもそれは可能なのだろうか?
しきりに疑いたくなるのだが・・・目の前にこうして生きている姿が何よりの証拠だ。
「ただしそれも昼の間だけですがね。眠りの夜はただの剥製に戻ります。」
「眠りの夜?」
「ええ。帰るべき世界へ帰っているのでしょう。」
夜、と聞いてそういえば床に散らばっている割れた硝子のけえす。
飛び立った鳥達によって割れたものがたくさんあるが、たしかにそれの内側には夜空が彩られてあった。
外側から見ると、普通の透明なものなのだが・・・。
と、私は試しに欠けた一つをとって、未だガタガタと動いている一匹の狸にそれをかぶせてやる。
すると・・・ぴたりとそれは止まった。
なるほど、剥製として売る時はこれをかぶせてやっているということか。
「ん?だとしたら何故その兄殿は夜の中で動いていたんだ?」
「叔父は元々夜なべをする習いでしたので、逆に夜だけは動けるんです。」
「なるほど。で、その兄・・・叔父殿を作ったのは・・・。」
「父です。亡くなった叔父を惜しんで叔父をこのように・・・。大変な作業でした。」
しみじみと見てみると、その叔父殿を作り上げるのは言われなくても大変であるというのはわかる。
なんと言ってもこれは鳥や犬などではなく、人間なのだから。
「叔父の身体を仕上げると父はすぐに亡くなってしまいましたが。」
「そうか・・・。」
再びしみじみと叔父殿を見やる。
いわばこの人物は、剥製として永遠の時間を与えられた人間なのだ。
もしこの様な人に、私のような精霊が呼び出されていたら果たしてどうなったであろうな・・・。
「紀柳さんは、こういう叔父などでもやはり合わないのでしょうかね?」
「・・・何ともいえない。こういう事は初めてなのだ。だから・・・。」
不意に尋ねられるが、言葉がつまる。
自分が出した言葉の通り、このような例を目の当たりにするのは初めてなのだ。
果たして私は、何と言えば・・・そしてもしそういう人物に対しては、どう接すればいいのやら・・・。
「永遠の時間を与える・・・か。」
時間、という言葉が妙にしっくりと心に響く。
精霊は永遠とも思われる時間を過ごすのだが、傍にそのような存在がいるとなると、果たして・・・。
そのことばかりが、ぐるぐると頭の中を廻る。
「この剥製達には・・・叔父の愛が、そしてこの叔父には父の愛が、それぞれ込められているんですよ。」
「ああ、分かる。私には十分過ぎるくらいに分かるんだ・・・。」
「紀柳さん?」
「あなたはその者を、その者達を・・・ただ愛しく思っているだけなんだな・・・。」
「左様でございますとも。」
話し込んでいるうちに、いくらかの鳥達がこの部屋に戻ってきていた。
正位置に立たせられた、動かない叔父殿の頭の上に、そばの作業机の上に。
恐らくこの鳥達も、愛を受けて、そして永遠の時をここで過ごしたいと思っているのだろうな。
「・・・・・・。」
ふっ、と私は少しの笑みを浮かべた。
「どうされました?」
「いい所だな、ここは。来てよかった。」
「それは結構でございました。」
「とはいえ、散らかしてしまったのは非常に申し訳ないが・・・。」
改めて部屋の中を見回してみれば、そこは散々たるものであった。
床中に硝子が散らばり、剥製のいくつかは飛び去ってしまい。
これは詫びるだけ詫びても詫び切れないな・・・。
「構いませんよ。あなたが咳き込んでたくらいに埃もたまってたんでしょうし。
久しぶりに掃除しちゃいます。わたし、お片づけ大好きなもんで。」
「せめて何か手伝えないか?」
「いえいえ。また今度いらしてくだされば、それで十分ですよ。」
「そうか・・・ありがとう。」
少し頭を下げる。同時に、弟殿も頭を下げてくれた。
そして私は、少々後ろ髪を引かれながらも、その剥製屋を後にした。



またここに来るという約束。
それは、文殿を剥製にという事ではないのだが、
別の人と・・・特にシャオ殿と来てみたいと思った。
彼女は一体どう思うだろうか、この剥製屋を。
いわばかりそめとなるやもしれぬが、永遠の命というものが、ここにある。
守護月天の宿命から解き放つという事の鍵ももしかしたら・・・。
真っ青な明るい空を見上げながら、私は眩しい光に目を細めるのであった。