翔子と紀柳のパラレルワールド日記(ちゃ・チャ・茶編)

『それはある町での出会いから始まった』

てくてくと歩く翔子と紀柳。代わり映えのしない、どこにでもあるような町の風景。
様々な人が行き交い、いろとりどりの店が建ち並ぶ・・・。
そんな町並みを見ながら、てくてくと二人は歩いてゆく。
「・・・ほんと同じ景色ばっか。いいかげん疲れてきたなあ。」
「見覚えの無いものなどほとんどないな。実は同じ町なのでは?」
そう思いたくなるほど、自分達の住んでいる町と同じなのだ。
違うといえば、店の看板の文字ぐらい。
さすがに1時間もそういうものを見せ付けられては飽きてくる。たまらず翔子は叫びだした。
「だああ、やってられるかー!たく、何が違う世界だよ、同じ町じゃんか。ふざけんのもいいかげんにしろー!!」
その叫び声に、道ゆく人がいっせいに翔子の方に振り返る。
それに気付いた紀柳は、そそくさと翔子を連れてそこを離れる。
「翔子殿、あまり大声で叫ぶのはちょっと・・・。」
「別にいーじゃないか。ああでもしなきゃやってらんないよ。
それより大声出したら腹減ったな。なんか食べに行こうぜ。」
「まったく・・・。しかしそろそろそういう時間かな。それではあのラーメン屋に・・・」
言いかけてその店へ向かおうとする紀柳を、翔子は素早く止める。
「早まるなって。まずは町の人にうまい店を聞いてから行く。それが基本だ。」
経験豊富そうな口調に、紀柳もその案に従う事にした。さっそく二人で聞き込みをはじめる。
「そーだなあ。あのスーパーの角を曲がってすぐのラーメン屋は美味いって話だぜ。」
「やっぱり満腹亭だよ。場所は向こうにあるスーパーの角を曲がってすぐ。」
何人かに聞いてみると、スーパーの角を曲がるとある満腹亭がおいしいという事が分かった。
「よし、早速行ってみようぜ。そのラーメン屋へ向かって出発!」
そう言って翔子は走り出した。あわてて追いかける紀柳。
「ま、待ってくれ翔子殿。なにも走らなくても・・・。」
「うるさーい。ラーメン屋があたしを呼んでるんだー!」
(ラーメン屋が翔子殿を?ふむ、試練の予感がするぞ。)
翔子の言葉に紀柳がそんな事を考えていると、紀柳の数メートル先、
ちょうどスーパーの角のところで、翔子が誰かにぶつかった。
その勢いで双方とも地面に倒れる。相手側は翔子より1才か2才上ぐらいの男性で、
ちょうど買い物がえりだったらしく、たくさんの品物が辺りに散乱した。
「ご、ゴメン。ちょっと突然だったし・・・。」
「突然!?ちゃんと確認もせずに走りこんでくるなんてどういう事だよ!とにかく品物を拾ってくれ!」
周りで一部始終を見ていた人もあわててそれに加わる。(もちろん紀柳も)
相当な量の買い物だったらしく、4袋もあった。しばらくして、ようやく品物の回収が終わった。しかし・・・。
「ああー!卵2パックとも全滅だぁー!せっかく安く買えたのに・・・。」
「ま、また買い直しゃ・・・。」
するとその男性はじろりと翔子をにらんで言った。
「買いなおすぅー?これは1000円お買い上げで1パック一円という値段だったんだぞー!
今月はこの買い物が精一杯だっていう状況なのに、一体どうしてくれるんだ!!」
「そんなに一度に買うから・・・。」
なおもくちごたえする翔子。男性の怒りがさらに激しくなったのは言うまでも無い。
「ふざけるな!!走ってぶつかってきたくせに、さっきからよくそんな他人事みたいな口がきけるな!!
ちゃんと弁償しろ!そして謝れ!!」
かなりの激しい口調に翔子は下を向いてしまった。それを見かねた紀柳はこう言う。
「まあまあ、そう怒らないでくれ。ちゃんと弁償はするし、謝罪もする。
たまたまの因果関係でこうなったしまっただけの事。許されよ。」
その言葉を聞いた男性は少しばかり驚きの表情を見せる。
「許されよって・・・、あのなあ、俺は・・・げっ!もうこんな時間か。
悪いけど卵2パック買って家まで届けてくれ、急いでるんだ。」
嫌そうな顔をする翔子だったが、紀柳にうながされ、
「分かった。さっきはほんとにゴメン。あたしが走っていったのがいけなかったんだ。
お詫びに卵だけでなく、他の物も買っていくよ。」
と済まなさそうに言った。
「お、そうか?なんだ、最初から素直に謝ってくれてたら、俺もあんなにきつく言わなかったのに。
俺の家はこの先にある駅を右に曲がってすぐのアパート、101号室だ。じゃ、頼んだぜ!」
そう言って荷物を持って走っていった。と思ったら、不意に途中で立ち止まった。
「他のものは茶っ葉。店に並んでるもの全種類を頼む。それじゃあな。」
「ええっ!?おいちょっと!!」
意外な注文に驚いた翔子の声も聞かず、その男性は走り去っていった。
仕方なく翔子と紀柳は目的のものを探しにゆく。
ちょうど目の前にスーパーがあるのでそこで買うことになった。
「しっかしお茶っ葉なんて・・・。しかも全種類だろ?何のつもりなんだ?」
「きっと無類のお茶好きなのだろう。おっ、お茶の葉のコーナーが見えてきたぞ。」
卵を2パックかごに入れた後に店内を散策して、程なくしてお茶の葉のコーナーに2人はたどり着いた。
しかし・・・、
「ちょっとまてよ。こんなに種類があるのか?」
「ひいふうみい・・・、全部で20種類ぐらいか。」
そこに並べられてあったのは、緑茶、煎茶、烏龍茶などなど、中には今まで聞いた事も無いようなものもあった。
「・・・これ全部買わなきゃなんねーの?うかつなこと言うんじゃなかった。」
後悔しつつも1袋、1缶づつかごの中に入れてゆく。
「麦茶が無いな。どうしてだ?」
「紀柳、麦茶は夏に飲むものなの。それよりかごをもう1つ取ってきてくれ。とても入りきりそうにないから。」
紀柳が取ってきたかごに入りきらなかった分を入れ、ようやく全種類入れ終わった。
「そうだ翔子殿、なにかおやつでも買っていこうではないか。」
「おやつぅー?ルーアン先生みたいなこと言うなよ。でも、茶菓子の1つぐらいは買っていこうか。」
適当に茶菓子をとり、レジへ向かう。途中ですれ違う人達が興味津々と翔子のほうを見ていた。
無理もない。かいものかごがお茶の葉でいっぱいなのだから。
「うう、なんか恥ずかしいな。何であたしがこんな目に・・・。」
「翔子殿、試練だ、耐えられよ。」
「はいはい。」
紀柳のいつも通りのせりふに、翔子は少し投げやりになりつつも、ようやくレジに到着した。
「あ、あの、これ全部ですか?」
「ああそうだよ、さっさとしてくれ。」
店員の質問に半分怒り口調で答える。しばらくして、すべての値段がうちおわった。
「えーと、20842円です。」
「に、2万!?」
驚きつつ、そしてがっくりとして翔子はお金を払った。そして買い物袋とレシートを受け取る。
「あたしの貴重なお小遣いが・・・2万なんてひどいよ・・・。」
品物を袋に入れながら、力なく翔子はつぶやく。それを見た紀柳は、
「翔子殿、無理にこれは買わなくてもよかったのでは。ほら、これだけで5000円もするぞ。」
そう言って小さな金色の缶を翔子に見せた。
『豪華!金箔入りのお茶!リッチな気分を味わいましょう。』
と書かれてある。
「こんなもんが5000円・・・。紀柳!他にも高いもん探せ!」
あわてて袋の中をあさりだす翔子。
かごに入れるときはてきとーにどんどん入れていったし、レジのときも不機嫌にそっぽを向いていたので、
いちいち値段を確認するような事はしなかったのである。
2人が一緒に取り出した高いお茶の葉は、先ほどのと合わせて全部で4つ。
合計金額は16000円にもなった。
「ふざけやがって・・・。こんなもんはすぐに返品だー!!」
「しかし翔子殿、一度買ってしまったものは・・・」
「うるさーい!!」
弾丸のような勢いで店員のところへ行って、演説家も顔負けの勢いでまくし立てる。
そしてみごと返品を果たしてきた。
「あー、すっきりした。結局5000円かかったのはいたいけど、
あんなわけわかんないもう買うよりはいいよな。さあ、いこーぜ。」
意気揚々とスーパーを出る翔子。紀柳が人目を気にしながらそれに続く。
そして2人はアパートへ向かって歩き出した。
歩きながら紀柳が翔子に言う。
「翔子殿、あれはあまりにも強引過ぎたのでは。」
「いいんだよ。たく、なにがダイヤモンド茶だ。ふざけんなっつーの。
それより食事どうしよう。本当ならラーメン屋に行くはずだったのにな。」
別にお腹が鳴ったわけでもないのにお腹を押さえる翔子。紀柳もそれにつられてお腹を押さえる。
「この品物を届けたら食べに行こうではないか。別にそのアパートにいなければいけないわけでもあるまい。」
「それもそうだ。じゃ、さっさと届に行こうぜ。」
いきなり走り始める。数分後にそのアパートにたどり着いた。
「えーと、101号室はここだな。」
ドアをノックして叫ぶ。
「おーい、あたしだよ、さっきぶつかった。買ってきたぜ、お茶っ葉。」
するとドアがガチャリと開いた。さっきの男性だ。
「ありがとう。おかげで急ぎの用事も終わったし。まあ上がってくれよ。」
「いや、あたし達は買い物を届けに来ただけだから・・・。」
そう言って翔子は遠慮しようとしたが、
「遠慮するなって。お茶っ葉代ばかになん無かっただろ。うちで飯でも食ってけよ。」
「めし!そうか、そんなら上がらせてもらうよ。なあ、紀柳。」
「あ、ああ。」
(なんだ、翔子殿はラーメン屋に呼ばれてるのではなかったのか?)
紀柳はそう思いつつも、翔子といっしょに部屋の中へと上がっていった。
家の中には男性のほかに1人の女の子がいた。台所のほうで何やら作業をしている。
「あれ、星児様。お客さんですか?」
「ああそうだよ。ぶつかったのも何かの縁ってことで上がってもらったんだ。茶都美もこっちへこいよ。」
女の子の言葉に、翔子都紀柳は同じことを考えた。
(星児様?なんだかシャオ(殿)みたいだなあ。)
背の低いテーブルを囲むように4人が座る。
「それじゃ自己紹介するな。俺は高倉星児。そしてこっちは茶都美。
ちょっと訳ありで一緒に暮らしてるんだ。よろしく。」
「あたしは山野辺翔子。こっちは紀柳。こっちもわけありで一緒にいるってわけ。よろしく。」
2人の手早い紹介が終わると、翔子がさいそくするように言った。
「紹介も終わった事だし、早くめし食わせてくれよ。」
「・・・まさかめしだけが目的で上がったのか?まあいいや。今からラーメン作るからちょっと待っててくれ。
それまで・・・茶都美、お前の入れたお茶でもご馳走してやれよ。」
「そうですね。それじゃ茶都美特製のお茶を入れますね。」
特製という言葉にひっかかりながらも、2人はおとなしく待つことにした。
「なあ紀柳、あの子ってシャオになんとなく似てねーか?」
「私もそう思っていたところだ。なんとなく雰囲気とかな。」
「そうそう、それに星児様とか言ってたよな。もしかして精霊なのか?」
「確かに精霊に間違いないとは思う。しかし、一体なんの精霊なのだろうか。」
2人が小声で話していると、お茶をいれ終わった茶都美がやってきた。
「はいどうぞ、翔子さん、紀柳さん。ゆっくり味わってくださいね。」
「ああ、ありがとう。」
テーブルに置かれたお茶を翔子は口にする。そのお茶は赤みがかった色をしていた。
(何か変な味がするな。)
と翔子が思っていると、紀柳がいきなり叫び声をあげた。
「か、辛いー!!」
驚いた翔子は、あわてて茶都美にたずねた。
「これ何のお茶なんだ?どうやって作ったんだ?」
「えーと、お茶っ葉いれて、そこに唐辛子を細かくきざんで、お湯をちょろちょろ〜っと。唐辛子茶です。」
「と、唐辛子茶ぁー!?」
翔子にはとても信じられない事だった。そもそもお茶に唐辛子を入れるなんて聞いた事なかったし。
いや、細かい事を気にしている場合ではない。紀柳がこのお茶を飲んでしまったのだ。
「き、紀柳!!」
紀柳の湯のみは空っぽだった。おそらく気が動転して、全部飲んでしまったのだろう。
そして当の紀柳は床に突っ伏して苦しんでいた。
「み、みずを〜、た、たのむ〜。」
「ちょ、ちょっと、どうしたんですか、紀柳さん!」
「紀柳は辛いものが苦手なんだよ。早く水をもってきてくれ!」
異常に気が付いた星児が、あわてて水を持ってきた。
紀柳はそれを一気に飲み干しておかわりを要求する。
何杯か飲んだところでようやく落ち着きを取り戻した。
「まったく、唐辛子茶とは・・・。さすが茶都美殿特製のお茶だな。」
「ごめんなさい、辛いものが苦手なんて知らなかったものですから。
今度は甘ーいあんこ茶を入れてきますね。」
「ちょ、ちょっとまてよ。あんこ茶ってなんなんだ!」
茶都美のとんでもない発言に翔子が驚いてたずねると、
「あんこ茶ですか?さっきと違って、あんこを入れてお湯を注ぐんです。」
当たり前のように答える茶都美。翔子は開いた口がふさがらなかった。すると、
「お茶はもういい。また食事の後にでも入れてくれ。今度は普通のお茶を。」
と、紀柳が遠慮した。
「茶都美、ダメだろ、変なお茶のませちゃ。ほい、2人ともお待たせ。」
星児がどんぶりにラーメンを入れて持ってきた。
テーブルの上にそれが置かれるのを見て、翔子はため息をついて言った。
「なあ、変なお茶ったって、一緒に住んでるあんたは、いっつもああいうお茶を飲んでるんじゃないの?
それを知っててお茶を入れさせたんだろ。まったくいい根性してるよな。」
星児は苦笑いしながらそれに答える。
「まあまあ、めしにつられたあんたの運が悪かったんだよ。
なんてことじゃ納得いかないか。それじゃ、夕食もごちそうするからさ。」
しばらく考えていた翔子は、まあいいだろう、とうなずいた。今度は紀柳が口を開いた。
「あのたくさんのお茶の葉は茶都美用というわけだな。しかしなぜあんなに何種類も?」
「星児様はまだ、茶都美が入れたお茶の中に好きだっていうものが無いんです。
だからいろいろ試してみようと思ったんですが。」
「とはいってもなかなか何種類も買う機会がなくてさ。それで山野辺さん、あんたに頼んだってわけ。」
「ちぇっ、いい迷惑だよな。あたしは利用されたのか。あーあ、あたしのお小遣い・・・。」
紀柳はしょんぼりしている翔子に、
「翔子殿、試練だ、耐えられよ。」
と言う。
「あのなあ紀柳、たまには慰めてくれよ。あたしは七梨みたいに試練に耐える気なんてねーんだから。」
「面白い人だね、試練なんて言ってさ。それにしゃべり方も女の子にしては珍しいよね。」
星児はそう言いながら紀柳のほうを見る。ラーメンを食べている紀柳の顔が赤くなった。
それを見た茶都美は、ちょこっと身を乗り出して言う。
「暑いんですか、紀柳さん?アイスクリーム茶入れましょうか?。」
それを聞いた翔子がむせかえる。
「ごほごほ、アイスクリ―ム茶?それってお茶なのか?」
「もちろん。お茶っ葉とアイスクリームを入れて、そこに・・・」
「ああ、もう。説明しなくていいよ。」
あわててさえぎる翔子。紀柳は相変わらず赤い顔のままラーメンを食べつづけている。
「さて、2人が食べてる間にお茶っ葉の整理でもするかな。茶都美も手伝ってくれ。」
「はーい。」
買い物袋にぎっしり詰まった大量のお茶の葉の袋、缶を取り出す。
卵2パックは、最初受け取ったときにそれだけ冷蔵庫の中に入れた。
「あれ?お茶菓子。こんなもんまで買ってきてくれてありがとな。後でおやつとして食べようか。」
お茶の葉の袋、缶をすべて並べると、さすがにすごいものがあった。
「すげーな、こんなにあったなんて。それじゃ茶都美、缶はここの棚においてくれ。袋は俺が整理するよ。」
「はい。」
星児と茶都美がお茶の葉を並べだす。
あっというまにお茶っ葉コーナーが出来上がった。棚の空間1つを、まるごと占拠している。
「うん、こんなもんか。茶都美、しっかり研究してくれよな。」
「もちろん!でもこうやって見るとなんかきれいですよねー。
お茶っ葉の種類がこんなにあったなんて、茶都美初めて知りました。」
しばらくして、翔子と紀柳はラーメンを食べ終えた。
「いやーおいしかった、ごちそうさん。夕食もこれぐらいうまいもん頼むぜ。」
「御馳走様。それでは普通のお茶をいただこうか。」
夕食も食べる気満々の翔子と、『普通の』を強調する紀柳。
結局ラーメンを食べた2人だが、そろそろ本題に入ろうと考えていた。

自己紹介のときと同じようにテーブルを囲んで座る。
違うのは、テーブルの上にお茶の入った湯のみが置かれていると言う事。翔子が買ってきた普通のお茶である。
「さて、ラーメンも食い終わったし、一つ質問してもいいかな。」
まず口を開いたのは翔子だ。それにうなずく星児。すると紀柳がしゃべり出した。
「質問というのはほかでもない、茶都美殿。そなたの事なのだ。」
「茶都美の事ですか?どうしてそんな?」
きょとんとして聞き返す茶都美に紀柳は続けた。
「茶都美殿、そなたは人間ではなく精霊であろう?それで・・・」
「「ええっ!?」」
途中で星児と茶都美が大声をあげた。
この2人にしてみれば、突然そんな事を言われるとは夢にも思わなかったのだろう。
「な、なんで分かったんだ?」
星児の問いに翔子が答える。
「実は紀柳も人間じゃなくて大地の精霊なんだ。
清い心の持ち主に呼び出されて、その主に試練を与えるのが役目なんだって。」
「というわけだ。それで茶都美殿は一体なんの精霊なのか気になってな。」
しばらくして、茶都美がそれに答える。
「茶都美は急須に宿っている精霊なんです。
星児様や、星児様のご先祖様にずっと大事にされつづけてきて・・・。
でも、今まで一度もお茶を入れたことが無かったから、大事にされてきた恩を返そうと、
こうして人の姿を借りているわけなんです。
それにしても、ホント驚きました。紀柳さんも精霊だったんですね。
少し普通の人と違うなって、なんとなくそんな気はしてたんですけど・・・。」
「急須・・・。」
お互いの説明にしばし呆然とする4人。そのまま5分も経ったろうか。
最初に沈黙をやぶったのは茶都美だった。
「ということは、さっき翔子さんが言っていた七梨という方が清い心の持ち主なんですね。」
「へ?ああ、そんな事言ったっけか。よくそんな事覚えてんなあ。」
あの一瞬の事を覚えているとは、しっかりしたものである。
「それにしても急須とは・・・、意外だな。」
「俺も最初はすごく驚いたんだよ。いきなりこんな女の子が現れたんだから。
紀柳さんも驚かれたんじゃないの?」
「いや、私は3人目だったからな。珍しい事もあるものだ。3人もの精霊の主とは・・・。」
「さ、3人!?紀柳さんみたいな人があと2人もいるの!?」
茶都美が驚いてたずねると、翔子が答えた。
「そう、月の精霊と太陽の精霊。あ、ちょっとあんたに関係あるかどうかは知らないけど、月の精霊のほう。
シャオっていうんだけど、この子がお茶入れるのすっごく上手なんだよね。
・・・ってよく考えたら知ってるわけないか。」
黙ってうなずく茶都美。今度は星児がたずねる。
「その七梨ってどんな人?心が清いっていうんだからさ、さぞかしすごい人なんだろうなあ。」
「うむ、主殿はすごい人だ。なんせ“試練をうけてたつ”とまで言ったからな。そもそも試練というのは・・・」
「ああ、そんなことまでい言わなくていいって。とにかく七梨は幸せもんだっていうこと。」 
翔子に話をとめられて、少し不機嫌になる紀柳。
そんな紀柳を見て、茶都美が微笑みながらお茶をついであげると、紀柳の表情も少しやわらいだ。
「ところでそのシャオと七梨、そしてあんたら2人。すっごく似てるんだ。これって偶然なのかなあ。」
翔子の言葉に紀柳も続ける。
「それは私も気になっていたのだ。2人は何か特別な関係ではないのか?」
星児と茶都美葉、すこし戸惑ったように、
「特別なって言われても・・・、別に、一緒に暮らしてるだけだし。」
「そうですよ。星児様は茶都美の御主人様なんです。これって特別な関係じゃないんですか?」
すると翔子はすっくと立ちあがって、星児をすみっこへ引っ張っていった。そして星児に小声でささやく。
「茶都美のこと好きかって聞いてるの。どうなんだ?」
「好きかって!?いきなり何言い出すんだよ。そりゃかわいいと思うけど・・・
ってなんでそんな事聞いてくるわけ?」
「なにー、好きじゃないのか!?」
「だから、好きにもいろいろあって・・・」
2人がなにやら言い合っているのを見て、紀柳は茶都美にたずねた。
「茶都美殿は星児殿のことをどう思っているのだ?」
「大好きですよ。物を大切にしてくださる、とっても素敵な御主人様です。」
その言葉に翔子が叫ぶ。
「ほらー、茶都美も好きだって言ってるんだしさ、だから・・・」
星児のきつい視線に翔子は途中で止めた。そして星児がしゃべり出す。
「まったく。その七梨って人とシャオって子がそういう関係だって言いたいのか?だから俺達も同じだって?
やれやれだな。確かに似てるかもしれないけど、俺は・・・まあいいや。そんな事を言ってもしょうがない。」
ため息をつく星児に茶都美が心配して声をかける。
「どうしたんですか、星児様?」
「気にするなって。それより、これからも今まで通り仲良くやっていこうな。」
しばらくきょとんとしていた茶都美だが、やがて、
「はい、よろしくお願いします。」
と、明るい返事をした。それを聞いた翔子は、
「ゴメン、変な事言っちゃったな。」
とがっくりとかたをおとす。星児は慰めるように、
「もう気にすんなよ。夕食はしっかりごちそうしてやっから。」
と声をかけてやる。その言葉に翔子は、
「ありがとう。」
とうなずいた。
「私も余計な事をきいてしまったな、すまない。」
「どうして謝るんですか?別に悪いことをしたわけでもないのに・・・。」
「いや、本当はこういう事は言っちゃいけなかったんだ。あたしも謝っておく、ゴメンな。」
ますますわけがわからなくなる茶都美。それを見た星児は笑いながら言った。
「2人とも、それじゃ泥沼だぜ。
茶都美、とにかく気にするなってこと。さあてと、新しいお茶でも入れてくれよ。」
「あ、はい。少し待っててくださいね。」
星児の言葉に別のお茶を入れ始める茶都美。さっきの事はもう気にしていないようだ。
「さすがだなあ、ちゃんと考えてるっていうか。」
テーブルに戻った翔子が感心して言うと、
「物にだって心がある。ちゃんと大事にしないとダメだっていうことさ。相手の気持ちを考えてね。」
と、星児はすんなり返した。
「うーむ、すばらしい。茶都美殿は幸せだな。こんな素敵な主人に出会えたのだから。」
紀柳の言葉に照れながらも、星児は続ける。
「最初茶都美に会ったとき、俺ちょうど失恋した後で死にたい気分だったんだ。
でも茶都美に会ったおかげで、今こうして楽しく暮らしてるってわけ。俺だって茶都美に感謝してるんだぜ。」
「ふぅーん、なるほど。」
翔子はふと考えた。
(そういえば七梨は失恋した事無いのかな。
もしあるならシャオに慰めてもらったりしてますますシャオのことを・・・。
ていうのはやっぱりダメか。全然状況が違うもんな。)
「おまたせしました。茶都美特製のおいしいお茶ですよ。」
茶都美のお茶がテーブルの上に置かれる。紀柳は少し心配になってたずねた。
「辛くはないのか?」
「大丈夫ですよ。それに甘すぎもしません。どうぞ安心して飲んでください。」
次に星児がたずねた。
「まさかちりめんじゃこ茶じゃないだろうな。」
「違いますよ。これは新製品です。」
翔子は半分あきれながら、
「ちりめんじゃこ茶・・・。これは何茶なんだ?」
と、尋ねた。
「飲めばわかりますよ、さあどうぞ。」
茶都美にすすめられて、ようやく3人ともそのお茶を飲む。
「なんか妙な味だな、苦いような甘いような・・・。茶都美、何入れたんだ?」
「3種類混ぜてみたんです。名づけて緑紅龍茶。隠し味に砂糖も少し入れてみました。どうですか?」
それを聞いて翔子は急に飲むのをやめ、湯のみをテーブルの上に置いた。
「もう少しよく考えたほうがいいよ。飲ませる前に味を確かめるとか・・・、ふう。」
しかし紀柳はそれなりに笑顔だ。
「なかなかおいしいぞ。ふむ、今度シャオ殿にすすめてみるか。」
「わあー、やめとけって!」
あわてて紀柳を止める翔子を見て星児が笑う。
「おいしいんならよかったです。また夕食の後に入れますね。」
と、茶都美は上機嫌である。
(また来ても良いな、こんなところだったら。今度はシャオ達も連れてこよう。)
と翔子は考えていた。紀柳はといえば、少しひらめいたらしく、試練ノーとに何やら書きこんでいた。
とにかく、2人にとって、この世界で得たものは大きかったようである。