ある晴れた日の朝、翔子は1人で歩いていた。
今日は日曜日。珍しく朝早く目が覚めたのだが、あいにくと、これといった予定は無い。
家に閉じこもっていても退屈なので、何か面白いことはないかと、いくらかのこづかいを持って
出かけたわけなのだが、
「あーつまんない。せっかくの日曜日だってのになんでこんなに静かなんだ?面白そうなイベント
も全然ないみたいだし。
しょうがない。いつものように、七梨んとこでも行ってみるか・・・。」
そうつぶやいて翔子が七梨家へ向かおうとしたとたん、
「あのー!すみません!」
振り向くと、普段着を着た高校生ぐらいの男がこちらへ走ってくる。
別に逃げる理由もないので、翔子は待って相手してやることにした。
「いやー、呼び止めてすみません。実はあなたにもらって欲しいものがありまして。」
「もらってほしいもの?なんであたしに?」
「理由はなんとなくです。これはあるテーマパークの招待状なんですが期限が今日までなんです。
でも私は急用ができて行けなくなっちゃったんです。2枚あるので誰か友達の方とどうぞ。
それでは私は急ぐのでこれで失礼します。いやーもらってくれて、ありがとうございました。」
「ちょ、ちょっと!!」
男は招待状を翔子に手渡して早口でしゃべると、翔子が呼び止めるのも聞かず走り去っていってしまった。
「・・・いきなりなんなんだーまったくう。
ま、いっか。ちょうど退屈してたし、シャオでも誘って行ってみようか。」
予定通り翔子は七梨家に向かって歩き出した。
朝から少し長く歩きすぎたのだろうか、もうすぐお昼になろうとしている。
「うーおなかすいた。昼食は七梨の家でだな。」
ほどなくして七梨家に到着した。翔子は呼び鈴を鳴らす。
「こんにちはー。」
しかし、誰の返事もない。留守かと思いドアノブを回してみると、すんなり開いた。
家の中に向かってもう一度呼びかけてみる。
「おーい七梨ぃー、シャオぉー、だれもいないのかー。」
やはり返事がない。みんなでどこかへ出かけてしまったのだろうか。
「・・・無用心な家だなー。泥棒でも入ったらどうすんだよ。
とりあえずこれからどうしよう。まったくう、誰もいないなんて・・・。」
翔子が途方にくれていると、足音とともに二階から誰かが降りてきた。
「おや、翔子殿ではないか。どうしたのだこんな日に。」
紀柳である。少し寝ぼけ顔のところを見ると、昼寝中だったようである。
「紀柳!なんだ、いたんなら返事ぐらいしてくれよ。」
「・・・すまんな。少し寝ていたもんだから。」
「シャオはどうしたんだ?ずいぶん家の中が静かみたいだけど。」
「シャオ殿は主殿とどこかへ出かけられた。ルーアン殿も臨時職員会議とやらで学校だ。」
「へー、ということは紀柳1人で留守番かあ。
でも寝てたんじゃ留守番しててもあんまり意味無いんじゃないのか?
鍵ぐらいかけとかなきゃ無用心すぎるって。」
「ふむ、それもそうだな。以後気をつけることにしよう。」
「そうだ、紀柳。これからあたしと出かけないか?どうせ留守番してても退屈だろう?と、そのまえに、
昼飯があったらたべさしてくんない?おなかすいちゃってさあ。」
「ああ、シャオ殿が作っておいてくれた料理があるはずだが。私も一緒に食べるとしよう。」
「サンキュー。それじゃ、おっじゃましまーす。」
靴をぬいで翔子は家の中にあがった。紀柳に案内され、台所のテーブルの前へと座る。
「翔子殿、少し待っててくれ。」
そう言うと、紀柳はラップにつつまれてある料理を電子レンジに入れて温めのスイッチを押した。
シャオが『温めて食べてくださいね。』と言っておいたのだろう。しばらくして、チンという音と共に、
いい匂いが漂ってきた。温め完了である。
「できたぞ、翔子殿。」
そう言うと、紀柳は電子レンジから料理を取り出してテーブルの真ん中に置いた。
「それじゃあたしはご飯でもよそおうかね。」
2人分のご飯を翔子が入れ終ると、紀柳は椅子に座った。
「「いただきます。」」
料理を食べ始め手しばらくすると、翔子が口を開いた。
「さっき玄関で行ってたことなんだけどさ、ご飯食べ終わったらさっそく出かけようぜ。」
「出かけるのは別にかまわぬが、いったいどこへ行こうというのだ?」
「それは・・、あっ、その肉団子いただきっ!」
「翔子殿・・・。」
「ん?ああ、わるいわるい。かわりにこっちのをあげるからさ。」
「いや、そういう意味では・・」
「なんだ、別のがいいのか?でもあんまり大きいのは残ってないけど・・」
「いや、またあとでいい・・」
「ずいぶんと遠慮するなあ。食べられるときに食べとかなきゃ後で後悔するぜ。」
「あのなあ翔子殿、私が言いたいのは・・・、なにっ、いつの間にこんなに少なくなったのだ?」
「ほらー、だから言っただろー。たとえ食事だろうと油断は禁物って事なの。紀柳もまだまだだなあ。」
「うーんしてやられた。人の気をそらさせてその隙に・・とは。まいった、翔子殿。」
「気をそらす?いったい何の事だ?」
「最初に翔子殿が言ってたではないか。食事が終わったら出かけようと。」
「あ、そうそう。それでどこに行くかっていうと・・・」
「まった!先に食事を終わらせることにする。」
「へ?まあそうしようか。でもしゃべりながらの食事のほうが楽しいとおも・・・」
「いや、もうその手にはのらんぞ。さ、早く食事を終えよう。」
紀柳はそう言うと、素早く残り少ないおかずを食べ始めた。
そのすごさに翔子が圧倒されているうちに、昼食は終了した。
食器をかたずけ、お茶を飲みながらリビングで話をすることにした。今度は翔子がお茶を入れる。
「ふうー。食後のあとの1杯は美味いねえ。なんか食事で疲れちゃったし。」
「翔子殿、そろそろどこへ行くのか話してくれぬか?まあ、落ち着くにこしたことはないが。」
「そういやそろそろ本題に入らないとな。実はここへ来る途中にもらったんだけどさ。」
そう言うと、翔子は服のポケットから2枚の招待状を取り出してテーブルの上に置いた。
紙にはこう書いてある。
『あなたの知らない、いろんな世界を旅してみませんか?
新たな出会いそして様々な試練があなたを待ってます。
興味のある方はぜひ!受付はこちら・・・』
「・・・なんだこりゃ?ほんとにこれが招待状なのか?」
それは、招待状と呼ぶにはあまりにも似つかわしくない文章だった。
しかし、端っこのほうにフリーパスと書かれてあるところを見ると、無料で入れるのは間違いなさそうだ。
それよりも紀柳は試練の文字に目が止まったようだ。興味ありげに翔子に言う。
「『試練が待っている』とはなかなかよい売り文句だ。翔子殿、さっそく出かけよう。」
紀柳は早くも出かける気満々である。翔子はお茶を飲み干すと立ち上がって言った。
「よーし、『善は急げ』とはちょっと違うけど、時間もおしいもんな。出発しよう!」
招待状のとおりに道を進む2人。こんな世界が見られるんじゃとか、こんな試練があるのではなどと、
和気あいあいと2人は歩いていった。しかし・・・、
「なんだこりゃー。これがテーマパーク?なんかやけに静かだなあ・・・」
ついたところはなんともさびしい場所であった。翔子と紀柳以外に人影は見えない。
「・・・ひょっとしてだまされたのかなあ。はーあ。」
がっくりして肩を落とす翔子に紀柳が話し掛けた。
「翔子殿、とりあえず中に行ってみようではないか。だまされたと決めつけるのはまだ早いぞ。」
「・・・それもそうだな、せっかくここまで来たんだし、とりあえず入ってみようか。」
半信半疑ながらも中へと二人は歩いて行く。
しばらくして、受付の文字が見えてきた。しかしボックスの中に人影は見えない。
「あのー、すいません。」
「はーい。」
翔子が呼びかけると奥のほうから声がした。翔子と同じような青い髪をした女性が姿を見せた。
「あのー招待状もらってここに来たんですけど。」
「あー、あなたですか、なんとなく招待状を渡されたって人は。どうぞ、むこうの方にある建物へお進みください。
説明はそこでいたしますから。それではまた後程。」
女性はそう言って建物を指差すと、再び姿を消した。
「説明って・・・もしかして一人でここやってんのか?わかんないなあ。」
「ふーむ、なかなか興味深いところだ。よし、行ってみよう。」
頭の中が疑問だらけの翔子を引っ張って、紀柳は建物のほうへと歩き出した。
どうやら紀柳は、自分の求めるものの存在をなんとなくかんじとっているらしい。
そんな紀柳を見ながら、翔子は少し考えていた。
(そういやこの招待状って、なんとなくもらったんだっけ。なんとなくかあ・・。ま、深く考えないようにするか。)
しばらくして建物の前の到着した。
見た目はそれほど新しくない、20年ぐらい経った洋館といったかんじである。
扉を開くと、先ほどの、受付の女性が立っていた。
そこはだだっ広いホールで、たくさんの扉が並んでいた。それぞれの扉には、
何やら文字を書いた札がぶら下がっている。
女性はどうぞと手招きすると、コーヒーの入ったカップが置かれているテーブルに案内した。
翔子と紀柳がいすに腰を下ろすと、女性もいすに腰を下ろして口を開いた。
「それでは説明いたしますね。見てのとおり、ここにはたくさんの扉があります。
その扉一つ一つが、いろんな世界につながっているわけです。
これからあなた方はそれらの扉をくぐっていろんな別の世界を見てくる、じゃなくて、体験していただきます。
そしてこれをお渡ししておきます。」
そう言うと女性は懐から腕輪を取り出して、翔子の腕にはめた。
「帰るときはこの腕輪に強く念じていただければ結構です。ただし、必ず2人一緒で、誰も見ていない所で念じてください。
そうしないと帰れませんから。説明は以上です。何か質問があればどうぞ。」
そう言うと女性は2人を見回した。翔子も紀柳も訳が分からないようである。まず翔子が口を開いた。
「・・・別の世界って何?」
「パラレルワールドのことです。」
「ぱられるわーるど?」
「えーと、その世界に存在するはずがない人がいたりすると、その世界はパラレルワールドとなるわけです。
例えば、Aという世界にあなたがいて、Bという世界には存在しないとします。そこであなたがBの世界へ行ったとすると、
そのBの世界はパラレルワールドとなり、B’という世界になるわけです。
もちろんそこでBという世界が消えるわけでなく、それぞれ別に存在するようになっているわけです。分かりました?」
「うーん分かるような分からないような・・・」
「つまり説明の中のB’の世界に私達が行けるというわけだな。」
「そういうことです。他に質問はありませんか?」
「あのー、あたしはまだ分かってないんだけど・・・」
「また後で私が説明しよう。私の質問だが、その別の世界へ行ったときに注意することはないのか?」
「特にありませんが、人に会ったときはちゃんと自己紹介してください。
でも、別の世界から来たなんてことは言わないようにしてくださいね。
あと、その世界で無茶な行動はとらないようにしてください。
こちらの常識がむこうではとんでもないものになることもありますから。
あ、それから、何か事件とかに巻き込まれた場合とかは、その事件が終わるまで、必ずその世界にとどまっていてください。
ああそうそう、帰れないようにその腕輪を細工しときますね。」
「ふむ、そうしてくれ」
女性は翔子の腕にはまっている腕輪を何やらいじると、再び口を開いた。
「他にないですか?細かいことはそのうち分かるようになりますけど。」
「ありがとう、もう十分だ。」
話を終わらせようとする紀柳に翔子が慌てて言った。
「ちょっと待てって!あたしはまだ納得してなーい!」
「大丈夫ですよそのうち慣れますから。それじゃごゆっくりどうぞ。向こうでの1日はこちらで10分ですから。」
そう言って女性は洋館を出ていってしまった。
「・・・慣れるとかそういう問題じゃねーだろー。まったくうー。」
「なあに心配するな翔子殿、私がむこうの世界でまた説明するから。」
「今説明してくれって!訳がわかんないまま行きたくないよ。」
「ここで説明するのか?私は早く試練を探しに行きたい・・」
「今説明するのも試練!!さあはやく!!」
「わ、わかった。説明しよう。」
怒りながら迫ってくる翔子をなだめ、数十分後、なんとか紀柳は説明を終えた。
「・・ふーん。絵本の中の世界に行くようなもんか。ドアにぶら下がってんのはその世界の俗に言う名称みたいなもんだな。
最初はもっと違うもんだと思ってたけど、こりゃすごいとこに来ちまったって感じだなあ。
もしかしたらあのひと、人間じゃないかも・・。ま、あんまり深く考えてもしょうがねーか。
こんな体験なんてふつーできるもんじゃないもんな、
だまされたつもりで行ってみるか。」
「・・・納得すると切り替えが早いな、翔子殿。よろしくたのむぞ。」
「ああ、まかせとけって。さーて、どの扉にしよっかなー。」
「なるべく試練が多そうなのに・・とは言っても行くまで分からないか。」
「とりあえず端っこから順に行ってみるか。」
「ふむ、『ちゃ・チャ・茶』とかいてあるな。こっちのほうは『マザードール』・・・。わからん。」
「ま、とにかくいってみようぜ。考えるのはそれから。」
「まずは行動か。それでは行くとしよう。」
2人が向かうのはどこか?それはまた別の話で語ることにしましょう。