ヨコハマ買い出し紀行(特別編)

『ある日のお客さん』

今日もうっすらと地平線がみえるようになってきました。見晴らしのよい窓から朝焼けが見えます。

少し時間の遅れた目覚し時計の音に、私は目を覚ましました。

1杯のコーヒーを飲みながら、ラジオから流れてくる朝の音楽を静かに聞いています。

どうやら今日も1日、いつもと変わらない時間が送れそうです。

私は朝の身だしなみを整えると、さっそく庭に出て掃除をはじめました。

今の季節は落ち葉なんかも少なく、さっさとほうきをはくだけで掃除が終了してしまいました。

「うーんこのぐらいの寮なら明日までかためておいといても大丈夫そうね。燃やすのはまた明日にしようっと。」

そうじ道具を片付け、私は店に戻りました。さて、お客さんを迎える準備をしなくては。

テーブルのセッティングも完了し、いつもの店のしたくが整いました。

店の入り口にかかっている看板を『CLOSE』から『OPEN』にひっくり返し、コーヒーの豆ひきをはじめました。

もちろん、お気に入りの曲を聞きながら。シューシューとお湯が沸く音に自然と鼻歌がまざります。

しばらくして豆引きが終わり、沸いたお湯を注いでコーヒーをつくりました。

誰かお客さんが来るまで、本でも読みながらコーヒーを飲むことにしましょう。

客席に座って魚貝の図艦を見ます。

昔からなんとなくお魚が好きで、そういった飾り物とか、ちょこちょこ造ったり拾ったりして、

たくさん部屋に飾ってあります。なんかお魚っていいですよね。

何杯かコーヒーを飲んだあと、以前思ったことを私はまた思いました。

「やっぱり、コーヒーの8割がたは私が飲んでるのかなあ・・。」

(そう言えばあのときは、ココネが初めてこの家に来たんだっけ、オーナーからの届け物をもって・・。)

そんなことを頭に浮かべながら本を読んでいると、突然『カロン』という音とともにドアが開きました。

(お客さんだ!)私は少し慌てながらも、笑顔であいさつしました。

「いらっしゃいませ!]

「あ、こんにちは。」

「・・・こんにちは。」

不意のお客さんというものは慣れたものですが今度は少しばかり違いました。

入ってきたのは女の子の2人連れ。

2人とも年はタカヒロより3,4歳上でしょうか。

服装は別に違和感はなかったのですが髪の毛に驚かされました。

最初に入ってきた女の子は青い髪の毛で、頭のてっぺんあたりの毛を少しばかり、

ぴんとはねさせています。(まるでみさごみたい。)もう一人の女の子はみごとな赤毛でした。

後ろ髪の真ん中の部分だけは異様に長く、腰のあたりまでのびていました。

(あれくらいの女の子のあいだで、ああいう髪形をするのがはやってるのかなあ。初めてみた。)

少し不思議に思っていろいろ考えていると、青い髪の女の子が尋ねてきました。

「なあ、座っていいかなあ。結構長い距離を歩いてきたもんだからくたびれてんだ。」

ふと見ると、私の使っていたコーヒーカップと読みかけの図鑑が、

テーブルの上にそのままになっていました。

「あっ、ごめんなさい。すぐに片付けてメニューを持ってきますね。」

2人の女の子は、私がそれまで使っていたテーブルのまわりのイスに腰を下ろしました。

見晴らしが一番よい席でしたからね。

「はい、少ないけどこれがメニューです。」

そう言って、私は二人にメニューを手渡しました。

「・・・あのー、このメイポロって何?」

青い髪の女の子が尋ねてきます。(そう言えばココネもおんなじこときいてきたっけ。)

ふとそんなことを思い出しながら、私は答えました。

「そういう木の汁のお湯割りですよ。それにします?」

「・・・いや、やっぱり別の、うーん、コーヒーにするよ。」

(やっぱりメイポロはタカヒロぐらいしか飲まないのかなあ。)

そんなことを思っていると、赤い髪の女の子が、

外見からはとても想像できないような口調でしゃべりました。

「ふむ、木の汁のお湯割りか。

たまにはこういう珍しいものを飲んでみるのもよいだろう。私はこれをいただくとしよう。」

「は、はい、それではコーヒーとメイポロですね。少しお待ち下さい。」

少し戸惑いつつも私は飲み物の準備にとりかかりました。

(うーん、まさかああいうしゃべり方をするとは。もしかしてすごい昔の人なのかなあ。

ひょっとしたらロボットなのかも・・・。

ココネは髪の毛の色なんかで分かるって言ってたけど。うーん気になる・・・。)

いろいろなことを頭に浮かべながら、私はコーヒーとメイポロを入れ終わりました。

それをテーブルに持っていきます。

「はいどうぞ。おまちどおさまでした。」

「あ、サンキュー。」

「ふむ、よい香りがするな。どんな味か楽しみだ。」

まだ入れて間もない熱い飲み物を二人は口にします。

「へえー、すごくおいしいじゃない。あんたコーヒーの入れ方上手なんだねえ。」

「ふむいい味だ。木の香りと合っていてとてもいい。こんな飲み物もあるのだな。」

「ありがとうございます。」

初めてのお客さんへの第一印象は上々のようです。よかった。

しばらくして、青い髪の女の子が私に話しかけてきました。

「それにしてもずいぶん客が少ないよね。まさかいつもこんな状態なの?」

「翔子殿、そういう事を言っては失礼だぞ。何か事情でもあるのだろう。」

「いえいえ、別にかまいませんよ。お客さんがほとんどこないっていうのはいつものことですから。」

「すると、趣味で店開いてるって事?

こんなところに一人で結構大変なんじゃないの?買い出しとかどうしてんのさ。」

「え、あのー・・・。」

好奇心旺盛なお客さんなのでしょうか。いきなりたくさんの質問をなげかけられ、私はとまどってしまいました。

すると、赤い髪の女の子が口を開きました。

「翔子殿、人にものを尋ねるときは、まず自分のことを話すのが礼儀というものだぞ。」

「あ、そかそか。ゴメンな、あたしってちょっとゆきすぎちゃうところがあるから。えーと、とりあえず自己紹介するよ。

あたしの名前は山野辺翔子。翔子って読んでくれりゃいいよ。そんでもって、こっちの女の子は紀柳。

とりあえず名前だけだけど一応自己紹介。よろしくな。」

「翔子殿、それでは私がしゃべる部分が無くなってしまうではないか。改めて自己紹介する。私の名は紀柳。

そのまま呼んでいただけれよい。・・・とりあえず、・・・その・・・よろしく。」

(名前だけでも、いきなり自己紹介を始めるお客さんも珍しいものです。

初来店なのに・・・。常連さんになってくれないかな。)

「翔子さんに、紀柳さんですね。

私はこのコーヒー屋『カフェ・アルファ』のオーナーをしている、えーと、初瀬野アルファっていいます。

近所のみんなはアルファとかアルファさんかよんでるからお好きなほうでどうぞ。こちらこそよろしく。」

「アルファ・・・?なんか珍しい名前だなあ。ま、いいや。改めてよろしく、アルファさん。

あ、それから無理に丁寧語でしゃべらなくていいよ。そのほうが話しやすいしさ。」

「・・・よろしく、アルファ殿。」

あいさつということで、2人と握手しました。紀柳さんはなんか顔が赤かったけど。お湯が少し熱かったのかな?

「ところでさっきの質問なんだけど、とその前に、長くなると思うから、アルファさんもどれかのイスに座ってよ。

立ってる相手に質問するのもつらいしさ。」

「そう?じゃ横におじゃまするね。」

近くにあるイスをひっぱってきて、2人の斜め前に座りました。

初来店のお客さんと3角形になってお話するなんて、なんだか不思議な気持ちです。

「それじゃあ質問してもいいかな。どうしてこんなところでコーヒー屋なんてやってるの?」

「もともとは私のオーナーの店だったんだけど、数年前に突然私に店をあずけてどっかいっちゃって。

それで今は私が経営しているわけなの。」

「へえ、買い出しとかはどうしてんの?」

「普段は南町に買いに行ってるんだけど。

たまに当面のコーヒー豆を買いに、ここからスクーターに乗って横浜まで行ったりするの。」

「こっから横浜ってかなり遠いんじゃない?大変だねえ。」

「まあね。でもいろんな所を見てまわったりできるし。

そこからあしをのばしてムサシノにある友達の家へ行ってみたり。」

「へえ、そうか。それともうひとつ。毎日ひまじゃないの?」

「うーんそうねえ。でもね、考えるとやることはいっぱい出てくるし、何にもしない日にしようとかも考えてみたり。

さすがにお客さんに入りに関して言えば、暇といわざるをえないけどね。あ、でもちゃんと常連はいて、

そのうちの1人に私の友達のタカヒロって子がいて、翔子さんより3,4歳年下かな。

うちのお客の8割ぐらいはタカヒロかな。

あとタカヒロのおじいさんがガソリンスタンドやってて、その人も常連さん。」

「ガソリンスタンドならここに来る途中に見たよ。そっか、あのじいさんもねえ。

それにしても毎日楽しくやってるってかんじだねえ。

何にもしない日なんて普通考えられないよ。

それにアルファさんてとっても感じのいい人だな。結構かわいいしさ。」

「え、そんなことないですよー。」

昔、おじさんに『ファンが多い』とか言われたのを思い出し、私は思わず赤くなってしまいました。

赤いといえば、紀柳さんは私と翔子さんが話をしている間、ずっと真っ赤になってうつむいたまんまでした。

どうしたんでしょう。

「あの、紀柳さんは何か質問とかはないんですか?」

「え?い、いや・・・。」

私の声に少し顔をあげたものの、またうつむいて黙り込んでしまいました。

(うーん、私なにかまずいこと言ったかなあ・・・。)

そんなことを思っていると、翔子さんは笑いながらこう言いました。

「紀柳はすごい照れやなんだよ。初対面の人と話すのは特に苦手なんだ。照れずに言うのは、

自己紹介が精一杯ってとこかな。特に今は、こんな近くで話してるし。」

「へえー、最初見たときはクールな人だと思ってたのに、実はすごい照れやさんだったなんて。

かわいいね、紀柳さん。」

すると、紀柳さんはますます顔を赤くしてちぢこまってしまいました。

「あはは、そんな事言ったらますます赤くなっちゃうよ。

でもさ、紀柳。せっかくアルファさんが言ってくれたんだから、質問でも何でも話してみろって。」

すると、紀柳さんはうつむきながらこう言いました。

「・・・おかわりを。」

カップを見るとすっかり空です。私が翔子さんと話をしている間に飲みきってしまったのでしょう。

私は心の中でクスッと笑いながら、

「おかわりね、ちょっと待ってて。」

と立ち上がって、もう1杯のメイポロをいきました。

私が席をはずしている間に、翔子さんが紀柳さんに話しかけます。

「だめじゃんか紀柳。初対面であんなに話しやすい人はいないぜ。

もうちょっとその人見知りの激しさを何とかしたほうがいいんじゃねーのか?」

「うむ・・・その・・・、わかってるのだが、どうも、その・・・。」

「ま、とりあえずおかわりを持ってきてくれたときに、なんか話すること!わかった?」

「う、うむ。よし、がんばるぞ。」

(がんばるって・・・。本当にかわいい子ね。照れやもここまでくるとなんかすごいな。)

メイポロを入れ終わり、カップをテーブルもってゆきました。

「どうぞ、紀柳さん。」

「ありがとう。」

紀柳さんは1口メイポロをすすると、赤い顔のまま、私に話しかけてきました。

いったいどんな質問をするのか、私も少し楽しみにしていたのですが、

「アルファ殿、今日は良い天気だな。」

「えっ?う、うん、そうね・・・。」

言い終わると、紀柳さんは再びメイポロを飲み始めました。おーい、それだけ?

「・・・あのさあ紀柳、他になんかないのか?」

すると再び顔を上げて私のほうを見ると、

「メイポロ、とてもおいしいぞ。」

「そう、ありがとう。」

またもやうつむいてしまいました。メイポロがおいしいって、最初飲んだときに言ってなかったっけ?

「・・・こりゃだめだ。ったく、しょうがねーな。また今度来たときには、ちゃんと話せるようにしとけよ。」

「・・・う、うむ・・・。」

うーんここまでとは残念。でもまた今度だって。常連さんが2人増えたみたい、うれしいな。

「ところでさ、人のこと言えないけど、あんたの髪の毛の色って珍しいよね。何で緑色なの?」

「え?えーと、それは・・・」

「あ、でもよく考えたらあたしの後輩にも緑色のやつがいたっけ。別に気にしないことにするよ。」

「そ、そう。」

そう言えばなんで私の髪の毛って緑色なんだろう。

ココネは紫だけどロボットには普通の髪の毛の色の人はいないのかなあ・・・。

「って、ええっ!?私とおんなじ色の髪の毛の人もいるの!?」

「え?ああ。」

少しびっくりしながらも翔子さんはうなずきました。それにしても、その後輩って人も私と同じロボット?まさか・・・。

「・・・よくわかんないけど、そんなに緑色の髪とか珍しいの?

でもさあ、あたしの親友でシャオっていうんだけど、その子はうす紫色だし、

担任の先生なんか緑と赤だぜ。」

「うす紫!?緑と赤!?」

それってどんな人なのかな。うわー、会ってみたい。

「ねえ、その人達連れてまたこれないかなあ。一度会ってみたいな。」

「う、うーん。ちょっと難しいかもしれないけど、なんとか連れてきてみるよ。

でもそうなると人数がもっと増えると思うけど、いいのかなあ」

「全然大丈夫よ、お願いするね。うわー、楽しみ。」

ますます常連さんが増えそうです。こりゃ忙しくなるぞ、なーんて、そんなに度々来るもんじゃないよね。

「そうだ、今度はその大勢連れていつごろ来るのかなあ。できたら私の友達もそのときに呼びたいんだけど。」

「うーん、今度いつ来るかなんてわかんないよ。まあ、偶然会えればいいってことでさ。」

「なんだー、そうかー。」

まっ、しょうがないよね。

「それじゃそろそろお暇するよ。えーと、代金は…。」

「コーヒー1杯とメイポロ2杯でしたね。すると・・・。」

代金を告げると、ちょうどのお金を出してくれました。それにしても紀柳さんとはほとんど話しなかったなあ。

「それじゃごちそうさん。また来るよ。」

「・・・ごちそうさま。」

「うん。紀柳さん、今度はたくさんお話しようね。」

するとまたもや真っ赤になりました。やれやれ・・・。

『カロン』という音とともに2人は店を出てゆきました。なんか不思議な人達だったな。

たまにはこういうお客さんもいいかな。

外を見ると、いつのまにか夕焼けで空が真っ赤に染まっていました。あれ?そんなに長くいたのかなあ・・・。

2人のカップを片付けます。それにしても・・・。

「ふふ、紀柳さんの顔ってあの夕焼けより赤かったんじゃないかしら。」

さて、夜は何をしよっかな・・・。