翔子と紀柳のパラレルワールド日記
(「カスミン」編)


『陰にひそみ闇に咲く…』

そこは、春と呼ぶにふさわしい空気に包まれた場所であった。
多くの木々が存在している中でも、
鮮やかなピンク色の花びらをまとった大きな桜の木が何本も植わっている。
たくさんの自然に囲まれた山・・・いや、それらは一つの庭だと認識させられる。
高台と呼べるほどの、背の低いなだらかな山のてっぺんにそびえたつ、一軒の大きな屋敷。
そこの3階だろうか、大きな風車が目立って回っていた。全体的に広がりを見せるつくりである。
その前に、二人は立っていたのだった。
「・・・変わった家だなあ。」
開口一番に翔子から飛び出した言葉に、キリュウはふうと溜息を吐いた。
何か馬鹿にされたような気がした翔子は、じろりと彼女を睨む。
「なんだよ、あたしの感想にけちをつけるのか?」
不機嫌の理由を率直にぶつける。
キリュウは首を横に振るかと思っていた翔子だったが、彼女はこくりと頷いた。
「この様な自然がある時は、家より他の言葉が出るものだぞ?」
「それは押し付けがましいと思うぞ・・・。」
大地の精霊特有の説教(?)に、翔子はうんざりとして顔をそらす。
感想なんてのは人それぞれで、たしかに押し付けがましいと言っても仕方がないかもしれない。
そんな彼女たちを包む、そよそよと吹くやさしい風。
花びらを乗せて舞うそれは、歩みを促しているようでもあった。
事実二人は、そこから一歩も動かずに立っていただけなのだから。
「えっと・・・とりあえず中に入ろうか。」
「そうだな。しかし・・・。」
キリュウ自身は入ろうかということを躊躇しつつとまっていた。
だが、翔子はそんな様子にはお構い無しにすたすたすたと、無言のまま入り口らしき扉まで歩く。
そして、その扉をがらりと開けようとした。
がたがたがた
「あれ?開かないぞ?」
扉は開かなかった。だがそれは鍵がかかっているわけではないようで、ただたてつけの問題の様だ。
「ちくしょう・・・。そうだキリュウ、万象大乱頼むよ。」
直球なその言葉は、扉を大きくして壊して外そうということがまる分かりであった。
呆れたようにキリュウはため息をつく。
「翔子殿、私の力はそういう事のためにあるのではないのだが・・・。」
「ちぇ、相変わらずケチだなあ。そんなんじゃモテないぞ?」
「・・・・・・。」
根拠のない言われに、キリュウは無言で答えるしかできなかった。
“そう言われても・・・”と心の中で密かに反抗するのが彼女にとって関の山だった。
「やれやれ、こりゃああたし一人で頑張るか。」
結局翔子はしばらくがたがたと扉をゆらす。しかし同じことの繰り返しでは埒があかない。
一時にめいっぱいの力を彼女は入れた。
「せーのっ!」
すると、がたっ、と扉が外れた。
してやったり、翔子はにやりと笑って外れた扉を傍らに置いた。
「ごめんくださ〜い。」
「しょ、翔子殿!」
「なんだよ・・・呼び鈴も付いてない家なんだから仕方ないだろ。
あっさり開いたのはどうも気になるけど・・・。」
現状を見ればあっさり開いたはずは無いのだが、言いながら当の本人はほとんど気にしていない様子である。
キリュウには、彼女の行為は非常に非常識めいて見えた。
「だいたい、外から呼びかける事もせず、いきなり中に入ろうとするなど・・・」
「早く来いよ〜。置いていくぞ〜。」
「大胆というよりは図々しいと言うべきか・・・。」
のんきな翔子の声とは対照的に、キリュウの呟きは、行く末を案じる大人のようである。
それでも、こうなったら仕方ないと割り切る彼女であった。



二人は家に入ってすぐに、その玄関から見える景色に言葉を失った。
まずは奥行きの広さ。突き当たりで板張りの廊下が折れてはいるが、
そこまでの距離はけっこうなものであると目でわかる。
そして、家中に響いているざあああという水の音。
「「・・・滝?」」
同じ事を思った二人の声が重なる。
廊下の天井から水が流れ落ちているのだ。まさにそれは滝を形作っている。
更にはそれに合わせて水車も回っているという、なんとも珍しい光景であった。
「へええ・・・凄いなあ・・・。うちでもこんなの無いよ・・・。」
言いながら翔子は、ふらふらと中に上がる。
律義に靴を下駄箱に入れているその姿は感心するべきかもしれない。
「しょ、翔子殿!」
さすがにここまでくれば、慌て無いキリュウではない。
勝手に見ず知らずの他人の家に上がろうとする彼女を懸命に引き止めようとする。
「いいからキリュウも来いって。折角なんだから見学させてもらおうぜ。
あ、遅れたけどお邪魔しま〜す。」
「まったく・・・。」
次々と繰り出される旅の恥はかきすてみたくな行動に、キリュウは開いた口が塞がらなかった。
しかし“まあそれも翔子殿かな”と今更ながら納得し、小さく“お邪魔します”と呟いて後に続く。
そして二人は家の探検を開始するのだった。




まず一階。リビングらしき場所に到着した。
縦長の、ふかふかのソファーが設置されている。
その隣、階段を数段ほど上がった高床の方は食卓に椅子が並べられている。
椅子と言っても、背もたれも肘置きも無いシンプルな腰掛けと見て差し支えない。
公園などでよく見かけるそれに、二人はなんとなく座ってみた。
「・・・ここで食事をするんだろうな。」
「だと思うが。」
「しっかしあたし達ってなんで座ってるんだろうな。」
「私に言われても・・・。」
自分達の行動に即座に疑問を感じ始め、二人が立ち上がろうとした時・・・
「あら、お客さん?」
ほんわかとした女性の声がした。
びくっとして二人が振り向くと、そこには薄紫色の着物をまとった婦人が居た。
桜の花びらをそのまま髪型にしたような印象的なその姿にまず気をとられる。
みた感じにもほうっとさせられるが、その本人自身も相当のんびりしていそうだ。
思わずぼーっとしてしまっていた翔子達だったが、翔子は慌てて言い訳を開始する。
「あ、あのっ、家がとっても素敵でちょっと見学したいな〜って思ったけど、
だーれも居なくって・・・じゃなくって返事が無くって。
それでしばらく待とうと思ったんだけど、家の中見てると吸い寄せられる様に、
ふらふらふら〜っと上がっちゃったっていうか・・・。」
どぎまぎしながら、真実に近い嘘を並べ立てる。
あながち嘘でもないのだが、不法侵入であったりすることにはなんら変わりなく、
家の者が二人を怪しむのはまず間違いないであろうことであった。
だが、そんな不安を抱え込む二人とは裏腹に・・・
「あらあらまあまあ、そうでしたの。わざわざ見学になんていらっしゃるなんてねえ〜・・・。
しかもついつい入ってしまいたくなったなんて、嬉しいことを言ってくださるじゃありませんか。
どうぞのんびりしていってくださいな。あんまりおもてなしもできませんけど。」
おほほほと笑いながら、その婦人は笑顔でこたえてくれた。
つられて二人も笑い出す。“あははは”と引きつってはいるが、多少安心した顔だ。
「見学ならご自由になさってくださいな。よければ案内しましょうか?」
「い、いや、いいよ。あたし達で好きに見てまわるからさ。」
「あらあらそうですか。ではごゆるりと。」
丁寧にお辞儀をして、婦人は去ってゆく。
ホッと胸をなでおろすと共に、翔子は立ち上がった。
「それじゃあお言葉に甘えて早速見てまわろうぜ。」
「・・・切り替えが早いな、翔子殿は。」
感心より、呆れが先に来た状態でキリュウは言った。
相手が非常におっとりさんで助かったものの、見つかった時はどうしようとヒヤヒヤものであったからだ。
既に黙って忍び込んでいるという立場である以上、そういい待遇は受けられない。
そんな思いばかりが頭の中にあったのだから。
「戸惑ってばかりでもしょうがないだろ。まあとにかく、あたしはこっち。キリュウはあっち。」
現在の場所に来るまでとは別の廊下に出て、翔子は二方向を指差した。
「な!?翔子殿、別々に探索するのか!?」
「広そうな家だし。その方がいいと思って。大丈夫だよ、もう家の人にお墨付きをもらったんだから。」
「いや、しかし・・・。」
慌ててキリュウも翔子の傍に寄る。
バラバラで行動するのはよろしくないと、彼女の表情にはそれがしっかり出ていた。
それに何より、この世界に来てからかなり好き放題にやっている翔子を、
(もっとも、それはどこの世界でもそんなに変わってないのだが)
非常に心配してのことであった。一人では何をやらかしてしまうか分からないのだ。
「ぐだぐだ言わないの。たかだか家の探索くらい、子供じゃあるまいし一人で出来るだろ?」
「そういう問題では・・・。」
翔子はあっさりと笑って答えた。
楽しむ事を目的としている彼女にとって、そう危険な場所でないと感じたここでは、
そこまで用心する必要もないとふんでのことである。
「とにかく、どっちが目的のものを見つけるか競争な。」
「目的のもの?」
キリュウにとって初耳な言葉が飛び出した。
「忘れたのかよ。ここの世界の名前を。」
「おおなるほど。たしか・・・」
「カスミン、だ。人名かもしんないけど・・・多分モノだろう。この家の中で見つかるはずだ。」
「分かった。しかしそれを元に競争しようとは・・・。」
それ以前にキリュウにとって、よくそういう単語を翔子が覚えていたという事が不思議であった。
もっとも、一つの世界に来る際に頼りになる単語ではあるが。
「とにかく今から競争だ。負けた方は勝った方の言う事を何でも一つだけ聞くこと!」
「そ、そんな勝手に・・・」
「じゃーな〜」
「しょ、翔子殿!」
キリュウに反論の隙を与えず、翔子はすたすたと歩き去っていった。
相も変わらず押しは強い。そして危なそうに見えて特に問題なく様々なことを乗り越えているその姿は、
ある種尊敬すべき存在なのかもしれない。
キリュウは複雑な面持ちで“ああいう行動には何かしら護りが得られるのかもしれないな”
などと考えながら、翔子とは反対方向をゆっくりと歩き出した。


長い長い廊下が続いている。
薄暗い明かりは一部の空間しか照らしていないため、視界が多少悪くなっている。
少々湿気た古臭い木の匂いが鼻をくすぐる。
そうした木の床は、踏みしめるたびにぎしぎしと小気味よい音を立てていた。
相当古い建物なのだろう。触れるだけで私にはわかる。
そのような状態だから、歩くだけでも退屈はしなかった。
何より、所々に見たこともない飾り・・・たしかこういうのを“おぶじぇ”と言うのだったかな。
たとえるなら曲がりくねった木にいろとりどりの花飾りを付けた、つたない鑑賞用の一本、だろう。
「この家の住人が作ったものだろうな・・・」
そこはかとなく芸術の香りを感じる。趣味・・・いや、専門家なのかもしれない。
一つ一つに目をやりながらそれぞれの感想を心の中でつぶやいてゆく。
翔子殿が行った方向は何があっただろうか。少なくとも私は当たりだと思って間違いなかった。
階段を上ったり下りたりとをかなり繰り返したがな。
ヒタヒタヒタ
「ん?」
自分以外の足音を耳にする。それは私が歩く先の向こうから聞こえてきたものだった。
たしかこういう場合、場所とを考えれば幽霊か何かのものだと真っ先に疑われるものだったか。
いいや、そうではない。この家の住人かもしれない!
「・・・そう考えるのが普通か。」
幽霊だとかよりもそちらが先決ではないか。
私にとってはむしろそちらの方が不安だった。
ただでさえ不当に入ってきた状況だ。あの女性は快く見学を承諾してくれたが・・・。
他の者はそういう事情を知らぬはず。ばったり私と会ってしまえば驚くどころの騒ぎではあるまい。
まったく、うらむぞ翔子殿・・・。
などと頭の中で回転させていると、足音の主が姿をあらわした。
いや、正確にはあらわしたはず、だ。先があまりよく見えない場所でもあったゆえ、音で私はそう判断したのだ。
そしてぴたっと止まったようだ。何故なら、足音がやんだのだから。
ところが・・・。
「・・・なんだ?」
私の目線の位置に、音の主は認識できなかった。
だから角度を下げてみたのだが・・・人間、ではない。
ぺんぎんとかいう鳥にも見えたが、形がやはり違う。
脇にひれ・・・いや羽だろうか?のっぺりとしたそれがついていて、足もついているのだが・・・。
円柱形という体型がまったく不釣り合いだ。鳥ではないと認識させられる。
たとえるならそう・・・たしか台所にあった・・・そう、ぽっとだ。青いぽっとである。
「・・・ぽっと?ぽっとが歩いていたのか?」
ルーアン殿の陽天心だろうか。しかしこんな場所にルーアン殿がいるはずもない。
思わず私はそのぽっとの前に歩み寄り、しゃがみこんだ。
それには目がしっかりついている。丁度お湯を出すぼたんの前。
心なしか固まっているように見えるそれに少し触ってみた。
「うわあああ〜!」
「!!」
手を触れた瞬間、ぽっとが叫び声を上げる。
相当びっくりさせてみたいだ。もちろんそれは私も同じなのだが・・・。
しかもそのぽっとは、声を上げた途端にどたばたと走り回る。
慌てて私はその後を追いかけた。追いかけようとした。しかし・・・
ずでん
転んでしまった。しゃがみ態勢から急に立ち上がろうとしたのが原因だろうか。
「うう・・・。」
瞬間に顔を床に打ちつけために痛みが走る。
みっともない、そして情けない。
恥ずかしさでいっぱいの感情を露にしながら顔をあげると・・・
「あ、あの、大丈夫ですか?」
先程のぽっとが心配そうに私を見下ろしていた。
私が転んだ音を聞いて戻ってきてくれたのだろうか。
新鮮な気分だ。ぽっとに心配されたなど、私にとっては初めてなのだから。
妙にひたっていると、そのぽっとの背後からひょこっと顔を出したものがいた。
四角い反射板・・・いや、これはかめらというやつだ。
と思いきや、かめらそのものの部分は・・・そう、れんず。れんずの部分のみ。
そのれんずに亀の胴体が引っ付いている。いや表現が違うな・・・。
緑色の亀を胴体として、頭にかめらのれんずがついている。うむ、そんな感じだ。
そんな亀がこちらをじっと見ている。れんずの中に写っている目がにこりと笑った。
「記念に一枚、どうでありますか?」
「・・・・・・。」
この態勢を写真にとるがどうか?ということらしい。
“あまりそういうのは・・・”と、遠慮しようとした私だったが、
「はいチーズ。」
ぱちり
と、写真をとられてしまった。
遠慮がないな・・・。少しは気遣うとか待つとかいうことはしないのだろうか?
ぶつぶつと心の中で文句を言いながらやれやれと体を起こす。
すっかり慣れた物達を前にして、私は質問を投げかけた。
「あなた達は一体何者だ?」
率直すぎただろうか。二人(?)は顔を見合わせている。
ためらいがちなその姿に少々しまったと思ったが、私はそのまま答えを待った。
しばらくして、ぽっと殿が顔をこちらに向けた。
「へいYU−。お湯沸かすー?」
「・・・・・・。」
なんと返事してよいやらわからなかった。
それ以前に、明らかに私が求めている答えとは違っていた。
「え、えーと、ボクはポトポットっていうんだ。ポットのヘナモンだよ。」
一つの間を置いて、ようやく答えてくれた。そうか、やはりぽっとなのだな。
「ん?・・・ヘナモン?」
「そうであります。そして自分はデジガメであります。」
亀・・・いや、デジガメ殿が続けて答える。
今更だが物々しくも聞こえる口調に少々圧倒される。
しかしさらりと流されそうとした言葉について、私は再び尋ねてみた。
「ヘナモンとは一体なんだ?」
「おねーさんは誰?人間・・・じゃあないよね?」
質問に対して質問で返すとは・・・。
だが、言われてみれば私が答えていなかった事に気付く。
“失礼した”と思いながら、私は慌てて名乗った。
「私はキリュウ。万難地天キリュウという。そなた達が気付いたように、人間ではなく・・・。」
答えながら、“ん?”と私は首をひねった。
「そういえばよく私が人間ではないとわかったものだな。」
「よかった、人間じゃなかったんだ。」
「自分は人間だったらどうしようとドキドキでありました。」
二人はほっとしているようだった。
その口調は、人間に畏怖の念を抱いているようにも聞こえる。
しかしどうも会話がかみあってない気がするのだが・・・。
うなっていると、ポトポット殿が手を口元に当てた。
ぴぃーっ!
いわゆる指笛だ。甲高く、小気味よく耳に響く、辺りに響く。
と、どこからともなくのっこのっこと歩いてくるものがあった。
ひらべったくのっぺりとした、真っ白く四角い(?)もの。
たらこみたいな唇と、閉じられた目からはどことなく愛敬を感じる。
どこぞの本で見たおばけとやらに似ている姿だが・・・。
「・・・あなたは?」
尋ねると同時にデジガメ殿が、丁度しっぽの部分から線を延ばしてきた。
いきなりのことに驚いていると、その線は今し方登場した白い物(何しろ喋ってくれないのだ)に繋がる。
しばらくして・・・。
じーっ・・・
桃色をしたたらこのような唇の間から一枚の紙が出てきた。
それは私の顔を真っ正面にとらえていた、一枚の写真であった。
先程私が転んだ時のものである。
「この子はプリンタ次郎って言って、デジガメが写したものをプリントできるんだ。」
ポトポット殿が説明を入れてくれる。
なるほど、写すものとそれを出すものと役目がわかれているわけか。
しかしわざわざこの様な情けない写真を見せなくても。
「記念にもう一枚どうでありますか?」
「頼もう。」
手(前足?)を振り上げながらデジガメ殿が勧めてきた。
瞬時に私は答えてしまう。先程の写真に不満があったのは明らかだった。
別に写真をどうこうしようというものではないが・・・。
「今度はもっと普通にとってほしいものだが。」
「自分は頑張るであります。」
ぱちり
「ちょ、ちょっと待った。まだ準備ができていないのだが。」
「これは大変失礼。ではポーズをお願いするであります。」
「うむ。」
成り行き上、調子にのる、乗る、ノる。
写真にすっかり夢中になってしまう私であった。



歩いてすぐに、行き止まりになった。
正確に言うなら、道は色々分かれてたんだけど、選択した道が悪かったっていうか・・・。
「迷路は結構得意なんだけどな。」
ま、関係ないけどね。
そうそう、途中でひとつ変なものを見た。それは雑巾。
ただの雑巾じゃあない。なんとひとりでに動いていた。
陽天心だとか思ったけど、全然格好が違ったし。
のっそりと置きあがった(?)その姿は、目の下にある濃く黒い線から幽霊っぽく見えた。
両脇に付いてる手なんか、まさに幽霊のそのまんまのものだったし。
“ねえねえ、あんたは?”とか聞いてみたら、その雑巾はぴたっと止まって、
“あたしゃただの雑巾ですから”だってさ。当たり前の答えすぎるけど逆に面白かった。
そのまますいすい〜っと床を掃除しながら去っていっちゃった。
そんな事がありながら、たどり着いたのは台所、らしき場所。
台所といえば、そうそう、こんな奴にも出会ったっけ。
それは電子レンジ。けれどもただの電子レンジじゃないんだな、これが。
ぴょこっと小さい耳に犬のような舌、手足。そしてしっぽがついている!
動くたびに・・・いや、返事なのかな。“チン”、“チン”って鳴く。それがまさに電子レンジのチン、の音だ。
これがそいつの鳴き声ってことなんだろう。ぴょこぴょこ動く姿は犬っぽい。
・・・いや、まあ犬ってことでいいだろう、うん。
自分から動く家電製品って便利だよな、ってのが感想かな。
でもってその台所でだけど、誰かがガスコンロに向かって作業している。小さな女の子だ。
小さいって言ってもあたしより5つ年下ってとこかな。
後ろ姿しかわからなかったけど、髪型が無茶苦茶変わってる。
ぽんっと頭に木が生えてるような・・・いわゆるパイナップル頭ってやつかな。
ひもでくくってわざとそういう髪型にしてるんだろうけど、これは目立つなあ。
「ん?」
しげしげと眺めていると、その女の子はこちらを振り向いた。
ちょいとばかし音を立ててしまったかもしれない。
目が合ったので軽く手を挙げてあいさつしてみる。
「よっ。」
「あの、あなたは?」
おたまと味見皿とを片手ずつに持っているエプロン姿だ。
背のせいかさすが子供っぽく見えるが、手つきからして非常にしっかりしてそうな子だ。
ぱっちりとした大きな瞳とはきはきとした声が印象的。これは多分彼女の性格を表しているんだろう。
「あたしは山野辺翔子。あんたは?」
「あたしは春野カスミ・・・って、どこから入ってきたんですか!?」
その子、カスミはびっくりしているようだった。
一発目に疑いをかけられてしまうとは計算外だな。
ここは一つ、最初に言ったごまかし方でいくとしよう。
「ちょっとした見学に、ね。」
「見学ですかぁ?」
おもいっきり疑わしそうな、まったく信じて無さそうな声だ。
心なしかその子の目も、にらみを利かせてるように見える。
それでもあたしは平然を装わなければならない。そう、ならないんだ!(力説)
「そ。さっき会った和服姿の女の人が・・・」
「ああ、桜女さんの知り合いなんですか?」
「そう!その“さくらめ”って人!!」
「ふーん・・・。でもやけに棒読みですね?」
ぐ・・・不必要に鋭いな、この子。
「棒読みだって構わないだろ。とにかくあたしは・・・」
「龍ちゃんキーック!」
突如天井から声がした。
素早く振り返るとその主は子供だった。
体系からして幼児に間違いない。ぱっちりとした大きな瞳にあどけない表情。
・・・なんて悠長に見ている暇もないんだよな。
くるくるっとカールがかかった青い髪の毛でぶらさがって(どこにぶら下がってんだ?)
ひゅいーんと飛んでくる・・・
いや、既に飛んできたとこだ!
しかし心配することなかれ。普段からキリュウと行動を共にしているあたしは、
難なくその攻撃を避け・・・
どげん!
「いてっ!」
・・・避けられなかった。
「なにすんだこらー!」
肩に一発くらったあたしだったが、すんでのところで倒れずに済む。
そして、くるりんと宙返りしかけたその子供、男の子の首根っこをむんずとつかんだ。
髪も青けりゃ服も青い。いや、青いのはどうでもよかったんだ。
「うわわわー、ごめんなさいー!」
素直に謝ってきた。それなりに礼儀はなっているようだな。
「ごめんで済むことじゃないだろ?いきなり人にキックをかまそうとするなんて・・・。」
「だって、龍ちゃん本当はカスミンに攻撃しようと思ってたのに〜!」
「そういう問題じゃない!だいたいお前は人の・・・ん、カスミン?」
カスミンという言葉をあたしは聞き逃さなかった。
怒ることも忘れて、首根っこをつかんでいた手もぱっとはなしてしまう。
「カスミンがどうかしたの?」
二度目出てきた。間違いない、カスミンがここにある!いや、居る、のか?
居る、とすれば一つ思い当たる。なんて安易にそうなるのかと苦笑したくなることだ。
そんなことを考えながら、あたしはゆっくりとガスコンロの方へと振り返った。
先ほどまで料理をしていて、今は龍ちゃんってのをにらみつけている。
その顔を見てか、その龍ちゃんはあたしの背後にささっと隠れた。
どうやら、この子にとって相当恐いおねーさんらしいな。
「なあ、ひょっとしてカスミンって・・・」
「イエ〜イ、何か洗っちゃう〜?」
「うわっ!」
ぴょんっと何かが飛び出した。丁度あたしとカスミの間、目線が交わる辺りに。
それはたわし。小さな丸い目に、たらこ唇がついている。更には胴体のようなものもついてる。
もちろんそれに手足もくっついている。手にはタンバリンを持っている。
・・・なんなんだ、この家は。
これまでに見て来た事とそのたわしのインパクトの強さに、思わず心の中で呟いてしまった。
「ちょっとあらいさん、脅かさないでよ。」
「今日はシチューなんだネ〜。おんやぁ、こちらのお嬢さんは〜?」
「ああ、なんでも桜女さんの知り合いで見学に来たとかで・・・どうしたんですか?」
呼びかけられて我に帰る。ついぼーっとしちゃってたな。
っていうかそのたわし、あらいさんって名前なのか?そのまんまじゃないか。
思うのは後にして、今は質問に答えておこう。
“いいや”と首を横に振って、あたしは改めて口を開いた。
「カスミンって、あんたのこと?」
「え?ええ、まあ。カスミって名前を聞いたら皆そう呼んじゃって・・・。」
“あはは”と頭をかきながらカスミは答えた。
なるほど、予想は当たっていたわけだ。カスミという名前からカスミンという愛称になった。
ただそれだけだ。そしてあたしの勝ちだな、キリュウ。カスミンを先に見つけた!
ふふふふふふふ・・・。さあて、キリュウに何を聞いてもらおっかな〜♪
「カスミ〜ン、このおねえちゃんなんか笑ってるよ。」
「きっとごきげんなんだネ〜。」
「そうかしら・・・。ごきげんはごきげんだけど、よからぬ事を考えてそうな・・・。」
う、やっぱりこのカスミンは鋭い。もっと平静を装うっと。
いや、それよりは話をそらす方がいいかもしれないな。
「ところでさあ・・・。」
自分から話題を振ろうと口を開く。
そして、文字通り話をそらそうとカスミン達とは別方向を振り返った。つまりは後ろだ。
と、ででんと目の前にものが現れた。
上と左右もこもこっとした髪の毛に、のっぺらな楕円の黒丸が二つ、そして一つ、更に一つ。
それらは顔を形どっている・・・?
「うわああああああ!!」
あまりにもインパクトのあるその顔に、あたしは無意識に力一杯の叫び声を上げていた。

「うわああああああ!!」

霞家に大きな大きな声が響き渡った。
音源である場所はその家の台所。
地下に存在し、位置的にも家の隅っこのその部屋からでも、
声の大きさ響具合から、家中の者達を気付かせるには十分であった。
元々屋内に居た者は“なんだなんだ”とその場所へ向かう。
写真とりに夢中になっていたキリュウ達も、問題の場所へ向かった。
特にキリュウは“この声は翔子殿の!?”と、かなり慌てていた。

「はあ、はあ、心臓止まるかと思った・・・。」
「まったく、人の顔を見て叫ぶなんて失礼なのだワ。」
翔子が見たのは、大きな埴輪、であった。
正確には、髪の毛が生え、普通に手足もあり、そして割烹着を身にまとっている埴輪であった。
割烹着の真正面には勾玉が一つ大きく描かれている。その埴輪に似合いのデザインであろう。
「おハニさん、いきなりどアップだとびっくりするって。」
苦笑しながらカスミは翔子の傍に駆け寄った。
「・・・おハニさん?」
「そう。埴輪のヘナモン・・・って、ちょっと待って。
あなたってヘナモン?じゃ、ない気がするんだけど・・・。」
「「「えええーっ!?」」」
カスミの何気ない呟きに、彼女を除く三人が声を上げた。
翔子にはもちろんわけが分からない。何より、カスミが言ったヘナモンという言葉が気になった。
呼吸を整え、落ち着いたところで尋ねてみる。
「なあ、ヘナモンってなんだ?」
「それは・・・。」
カスミが説明を始めようとしたその時、どたどたという足音が聞こえてきた。
それはこの家の住人達のものであり、姿を見せた。
ふわふわの白髪に白いひげを持つ老人。この家の主であろう。
背の高く細身の男性。この者もまたふわふわと白い髪の毛を持っている。目まで覆っているほどに。
すらっとしたスタイルの、化粧で綺麗に着飾っている女性。どことなくモデルのイメージを感じさせる。
もちろん、翔子とキリュウを出迎えた桜女の姿もそこにあった。
そしてそんな中に、キリュウの姿もそこにあった。彼女の写真を撮っていたヘナモン達も一緒だ。
一瞬にして、その場がしんとなる。気まずい空気が流れる。
そんな空気を、翔子はまざまざと感じ取っていた。
つい先ほどの驚きの声。人間と聞いた時に上げられた声。
どうやら、ここに居てはいけない、そんな気がしたのだ。
立ち入ったのは自分達であるが、本当は立ち入ってはいけなかった。そう思った。
パンパン!
呆然と時が流れる中、カスミがひとしきり大きな音で手を叩いた。
「はいはい!そろそろお食事にします!用意するから食卓に集まって!!」
その場の緊張が解ける。
後はなすがまま。この家のいつものように事が運んでいた。
つまりは食事の時間。
気がつけば、各々が定位置に腰をおろし、食卓には先ほど出来上がったばかりにシチューが乗っていた。
そんな彼ら彼女らに混じって、翔子とキリュウは特別に用意された椅子に座っていた。
そろったところで、場をまとめるかのごとくカスミは立ち上がる。

「は〜い注目〜!見学に来たっていう・・・えっと、まずは紹介お願いできますか?
そうそう、あたしは春野カスミ。小学四年生。って、翔子さんはもう聞きましたよね。」
笑顔でどうぞとカスミがすすめる。
仕方ないな、と翔子は立ち上がった。何事もなくこういう状況になってくれた事に感謝しながら。
そして、そんな状況を作り出してくれたカスミに感謝しながら。
「そんじゃま、改めて自己紹介するよ。あたしは山野辺翔子。えーと、人間です。
でもってこっちで赤くなってうつむいてるのは万難地天キリュウって言って、大地の精霊。」
翔子が指差したところには、彼女が言ったとおり、キリュウが赤くなって顔を下に向けていた。
一度にたくさんのひとたちが出てきた事が一番の原因だろうか。
何より、大地の精霊だということで注目されている所為もあった。
ただ、特に誰もかれも騒ぐわけではなく、ふうーん、という感じで二人を見ているだけ。
紹介を滞りなく終えることができて、翔子は心なしかほっとしていた。そして座る。
手を向けて、カスミにどうぞと次を促した。
笑顔でそれにこたえると、カスミは再び口を開く。
「あたしはちょっとした事情でここ霞家にお世話になってるんだけど、この家のひと達はヘナモンなの。
あっちにいる頑固そうなのがお父さんの仙佐衛門さん。
こっちにのほほんと座ってるのがお母さんの桜女さん。
でもって、長男の仙太郎さんに長女の蘭子さん。
で、さっきあなたにキックなんてしたいたずら好きの子が、龍王の息子の龍ちゃん。」
「龍王?」
「龍王様はヘナモン界を治めておられる。」
翔子の質問に答えるように、仙佐衛門が立ち上がった。
心なしかその目は翔子をにらんでいるようにも見える。そしてまたカスミをも。
「まったく、ついノせられてしまったが・・・。
本来人間が来ていい場所ではないのだぞ、ここは!」
語調が強くなる。怒りをあらわにしているのは明らかであった。
「我々ヘナモンは、互いの領域を侵さぬよう、人間達とつかず離れずで暮らしてきた。
しかし人間達は自分達の領土を増やし、我々は住処をおいやられていった。
やがて、闇がなくなり、静寂が消え、影が失われていった・・・!
この世界をお造りになられたへーナモン様はたいそうお嘆きになられて・・・」
「仙佐衛門さん仙佐衛門さん、長い話はいいですから。」
「なんじゃと?」
語りだした仙佐衛門をカスミが遮った。
「えっと、ヘナモンっていうのは・・・仙佐衛門さんがお話してたような・・・変化するモノの事です。
あたしは単純にヘンなモノとか思ってるけど・・・。
で、人間を相手にするとすっごく驚いたりするの。人間が恐いっていう認識もある所為なんでしょうけど。
それで、ヘナモンにはそれぞれ力があって・・・」
「ちょっと、ベチャポンテンだけで説明しきらないでよ。」
途中にカスミを遮ったのは蘭子であった。
“つまらない”と言わんばかりの顔で不満をあらわにしている。
珍しい客が訪ねてきたことに、少しは自らも何かしたいようだ。
「でも蘭子さん、とりあえずあたしが・・・」
「右脇腹の下。」
言うなり蘭子はある動作をとった。
左の手で右の耳を、右の手で左の耳をつかむ。手はそれぞれ前で交差させている。
そしてぺろっと舌を出した。
「へ・・・。」
がさがさがさっ
瞬間的に大量の植物、ツルが姿をあらわした。
どうやらこれは彼女の力のようである。
手前に素早く行われた奇妙な行為は、力を使うための動作であるのだろう。
ツル達は、カスミを持ち上げる。そして身動きがとれないように手足にからみつく。
「ちょ、ちょっとー!」
じたばたするカスミの右脇腹の下あたりを、ツルがくすぐり始めた。
こしょこしょこしょこしょこしょ
「うひあはははは、や、やめて〜!」
笑いが止まらない。くすぐられている所為もあるが、そこはカスミにとって弱点のようだ。
笑い苦しむカスミを見上げながら、蘭子は翔子たちに向かってにこりと笑った。
「とまあ、これがあたし達ヘナモンの能力ってわけ。」
「あはははは。」
「それじゃあ順に力の紹介とでもいきましょうか。」
「うひひあはあはは。」
「ちょっとベチャポンテン、うるさいわよ。」
「だったら、うひあははは、おろして〜、あははははは」
相も変わらず笑い続けているカスミに対し、蘭子は先ほどの動作、ポーズをとった。
すると、一瞬で草木のツルが消えうせる。そしてカスミはどさりと床に落下した。
「ひい、ひい・・・。」
「だ、大丈夫?」
思わず翔子が傍に駆け寄る。苦笑を浮かべながらもカスミは“なんとか・・・”と返した。
どうやらこういうのは日常茶飯事らしい、と翔子は認識することにした。
親身になってしまえば、同じような被害をこうむると思ってのことだ。
しかしここで、翔子は“ん?”と頭をひねった。
この子はカスミ。ならば蘭子の言ったベチャポンテンとは何か?
「なあ、ベチャポンテンって何?」
「そういうヘナモンが居るのよ。そっくりだからそう呼んでるわけ。」
にべもなく蘭子は答えた。
「へえええ・・・。」
「蘭子さん、だからそのベチャポンテンって何なんですか!?」
翔子が納得している横でカスミが声を上げる。
どうやら彼女自身にその正体は知らされていないようだ。
ちらりと翔子が、別場を見やると、床上に集まっているポトポット達と目線が合った。
と、彼らは“うーん”と唸りながら目線をそらす。
あまりいいとされてないヘナモンなのかもしれない。
そんな彼女らを無視して、蘭子は桜女へと顔を向けた。
「それじゃあお母さん。」
「ええ、分かったわ。」
のんびりとした口調で、桜女が立ち上がる。そして、
左の手で右の耳を、右の手で左の耳をつかみ、ぺろっと舌を出すお決まりの動作をとった。
ひゅううう
とたんに桜吹雪が起こる。吹雪といっても激しいものではなく、穏やかなものだ。
ひらひらと舞い散る桜の花びらが風流を感じさせる。
翔子は思わずそれに見入る。またキリュウも、照れの表情から一転してその様相に見入っていた。
「次は兄さんね。」
困ったような表情ながら、仙太郎が頷いた。
心なしかその顔が赤い。キリュウのように照れ屋らしい。
お決まりの動作を彼が行うと、彼の髪の毛部分がぽわんと桃色に変化した。
そこに割り箸を一本つっこんでくるくると回す。そして、あっという間にわたがしが完成した。
“・・・なあ、意味あんの?”
非常に翔子は突っ込みたくなったが、なんとかそれをこらえた。
“そうだな、ルーアン先生とか喜ぶんじゃないかな。”などと無理に別の考えを走らせる。
「それじゃあ次はお父さん。」
「わしはせんぞ。なんで人間なんぞに力を見せなきゃならん。」
ぷいっと仙佐衛門は横を向いた。不機嫌そうであるのが見てわかる。
やれやれ、と蘭子は息をついた。
「ったく、強情なんだから。こんな時くらいしてもサービスしたって減るもんじゃないでしょ。
ま、しょうがないから次は・・・」
「はいはーい!龍ちゃんの番ー!」
龍之介が元気よく手を挙げる。
ぱぱっと例の動作を行った。
ぽわん、と彼の体が変化する。青いタツノオトシゴ。
瞳などに元の姿の面影を残しつつ、宙に浮いていいる。
「ふえええ・・・。」
「・・・・・・。」
こうまで変化したのは初めてであると、翔子とキリュウは注目せずにいられない。
と、更に龍之介は両の手をぱっと上げた。
プシューッ
お茶が入った湯飲みから水柱が巻き起こる。水を操る力、ということだ。
「これが龍ちゃんの力ー!」
本人はいたってご機嫌である。が、ところどころでお茶が少々こぼれたりしている。
どうやら、完全に上手く操れるというわけでもないらしい。
「龍ちゃんもういいって!」
ここで、蘭子ではなくカスミが声をあげた。
それにより、龍之介はしぶしぶながらに力を止め、元の姿に戻る。
吹き出ていた水もすっと止まった。やれやれと落ち着いたところで、改めてカスミが口を開く。
「えーと、以上です。」
司会進行役は適当に入れ替わったようである。
ただそれより、翔子としては別のことが気になった。
「ところでそっちの人は?」
どアップで翔子を驚かせた張本人、ハニワ夫人を見た。
用意されているおせんべいをバリバリと食べている。
ハニワであるためか口が開いたままで一体どうやって食べているのかも謎である。
「おハニさんは、埴輪だから・・・。」
「そういう問題なの?」
「さあ・・・。」
「さあ、って・・・。」
特にこだわってはいけないところらしい。
となると、次は人間を除く者、キリュウの出番である。
しかしそれより先に、桜女が口を開いた。
「カスミンさんがうちにいらしてくださった時には、それを持ち上げてくれたんですのよ。」
彼女が笑顔で指差したその先には、奇妙なオブジェがあった。
「ところでそれは誰が作ったんだ?」
廊下でも似たようなものを見たキリュウは興味深げに尋ねる。
くねっ、と中途に曲がりつつもまっすぐな思いを感じさせるそれが気になっているのだ。
「仙太郎さんです。アトリエで色んなものを作ったりしてる芸術家なんですよ。」
カスミがそれに答える。“ほう”とキリュウが仙太郎を見やると、彼は顔をぽわんと赤らめた。
それに影響されてか、キリュウも少しながら顔をうつむかせる。
微妙なやりとりに苦笑しながら、翔子は先ほどの桜女の言った事について尋ねる。
「なあ、なんでカスミがそれを持ち上げたんだ?」
「一応力ならあるってことで。」
「その力はまた違うだろ・・・。」
「だって、あたし手品師じゃありませんもん。」
“そういう問題じゃないだろうに。意外とボケ好きなんだなぁ”などと翔子は直に思う。
そしてまた心のどこかで少し安心していた。
初対面から、カスミ自身やけにしっかりしすぎていた印象があったのだ。
ああやっぱり小学生だな、と別のところで納得した。
「力か・・・。」
呟きながらキリュウが扇を構える。次は自分の番だと準備万端のようだ。
「よーしキリュウ、見せてやりなよ。」
「まぁ構わないだろう。では・・・。」
ばさっと広がる短天扇。皆がそれに注目する中、キリュウはいつもの提言をとなえる。
「万象大乱。」
湯飲みの一つが巨大化。
誰にも影響は及ばない物をキリュウは選んだはずだったが、あまりの唐突さにカスミが仰天。
「うわわー!」
後ろにどしんとこけてしまっていた。
更には、先ほど紹介されたオブジェにごつんと頭をぶつける。
“いったぁ〜・・・”と、悲痛な声をあげていた。
「あらあら、カスミンさん、大丈夫?」
桜女が心配そうな顔で傍に寄る。
しかしカスミは笑顔でそれに“大丈夫です”と応えた。
「慣れてますし。この程度で参っちゃいられませんしね。
こんじょだこんじょー!」
腕まくりをして元気のいいところを見せる。
彼女なりの癖だろうか。もしくはお決まりの動作なのか。
やけにそれが愛嬌のある仕草に見える。それを見てキリュウは大きく頷いていた。
「どうしたんだ?」
「いい掛け声だと思ってな。」
微笑を浮かべるキリュウに、翔子はふーん、という反応。
後は今しがたのキリュウの能力に皆が驚きを交えた感想を述べる。
そしてまた、紹介が終わっての語らい、食事会。
なんだかんだで、それらを堪能する二人であった。

日も暮れかけた頃。
家の者達に見送られながら、翔子とキリュウは霞家を後にした。
たくさんの木々が立ち並ぶ、まるで林のような庭を歩く。
「いやー、最初はどうなることかと思ったけど案外どうにかなるもんだな。」
「そういえば、皆はよく私たちを快く受け入れてくれたものだ。」
今更ながらにうーんと唸り出すキリュウ。
細かいことを気にしている彼女に対し、翔子はやれやれとため息をついた。
「もういいだろ、済んだことは。しっかし変な人・・・いや、モノだっけか。
変なモノでヘナモンなんだよな〜。」
感心したように翔子が呟くと、キリュウは“いいや”と首を横に振った。
「違うだろう翔子殿。カスミ殿が言っておられたではないか。
“ヘナモンとは変化するモノのことであって、変なモンではない”と。」
「あーそうだっけ。」
あはははと笑いながら翔子は気にも留めない口調で答えた。
“翔子殿は本当に分かっているのか?”とキリュウはどうにも疑問の顔である。
「さ、それじゃあ帰ろうぜ。」
「あ、ああ・・・。」
いいかげん歩いた所で、二人はぴたっと立ち止まる。
ここからはもう霞家は見えない。念じれば帰れるはずだ。
しかし・・・。
「あれ、帰れない?」
「何かの事件に巻き込まれたのか?」
「まさか。だとしたら近くに誰かいるってことかな。」
「誰か、とは・・・誰なのだ?」
「さあ・・・。」
辺りを探ろうと翔子が首を横に振ろうとしたその時だった。
がさがさがさ
木々を、茂みをわける音がする。
風ではなくて何者かが動いている音なのだと、すぐさま認識できた二人。
ゆっくりと音のする方向を振り返ってみる・・・。
「ね〜え、あたしって色白〜?」
二人の目の前に姿を現したのは、ごく普通の、一本の白樺の木だった。
幹に顔がついていることを除いては。
女性の顔である。アイシャドウやらマスカラやら口紅といった化粧がとにかく濃い。
特に白粉によって真っ白となったその顔は強烈なインパクトがある。
そんな顔がいきなりアップで迫ってきたものだから・・・。
「「うわああああ!!」」
叫び、全身を震わし、二人は慌ててその場から駆けていった。
彼女らのそんな反応に、その木(名を白樺マリ子という)は寂しそうにぽつりと呟いた。
「そんなに驚くことないじゃないの・・・。」
最後の最後で一騒動を味わった二人であった。