翔子と紀柳のパラレルワールド日記(「烈火の炎」編)


『荒ぶれる場所』

翔子とキリュウが扉を開くと、目の前には白い壁。
古びたコンクリートのそれにはところどころひびが入っている。
すぐ近くには階段も見えた。一段一段に金具の滑り止め。そして床はタイル張りだ。
「ここは学校の中だな。」
誰に聞こえるともなく翔子は呟いた。すっかり慣れきった口調で。
「良く分かるな、翔子殿。」
「雰囲気でわかるさ。学校ねえ・・・あたしはもう少し別の場所を期待してたんだけど。」
“こうなんか熱で燃え滾るような!”と、拳を振り上げながら主張するその姿に、
キリュウは苦笑しながらも心の中で少しホッとしていた。
世界の名からして熱そうな感じがしたが、彼女は熱いのは嫌いなのだ。
ごく普通の世界の様で、安心したというわけである。
「とりあえずどうする?」
「どうすると言われても、こんな所に居るのを見つかっては怪しまれてしまうのでは。」
しげしげと自分達の格好を見つめる二人。
親切に制服に変わっているといったサービスは無く、普段着のままであった。
普通学校内部に制服姿でいなければ、生徒であってもなくても大抵不審がられてしまう。
幸いにも今は授業中であったのか人が通る気配もなかったが。
「こういう時はやっぱり屋上がお約束かな。」
「なぜ?」
「試練だ、考えられよ、なーんてね。さ、行こうか。」
「・・・・・・。」
キリュウの質問を軽く流したと思ったら、翔子は階段を上り出す。
呆然としてそこに立っていたキリュウは、1,2秒ほど遅れて慌てて彼女の後に付いて行き出した。
きーんこーんかーんこーん
偶然にも二人の行動と同時にチャイムが鳴り出した。つまりは休み時間の始まり。
後少しでもすれば大勢の生徒たちがあちらこちらに姿を現すことだろう。
“やばい!”と思った翔子は階段を上る速度を上げる。
それに続いてキリュウも素早く動き始めた。だが・・・
「あっ!」
ずでん
「キリュウ!」
なんとキリュウがつまずいてすっころんでしまったのだ。
急いでそこに駆け寄る翔子。
と丁度その時、廊下に出てきた生徒の一人と顔が合ってしまった。
端正な顔立ちはどこか冷ややかに見え、長い奇麗な髪を持っている。
ほんの一瞬だが翔子が見とれてしまったほどの美青年であった。
「君達は・・・」
「みーちゃん!!」
どげん!!
いきなり今度は、彼の後ろから元気の良さそうな女の子が飛び出してきた。
いや、正確にはその彼の後頭部に激しいラリアットをかましたのであった。
勢いあまって前にずずんと倒れる青年。
一瞬の出来事に、翔子もキリュウもただ呆然。
その女の子は屈託のない笑顔にショートカット。
右手には、その右手を覆うくらいの、奇妙な形をした道具をはめている。
別に二人に気付いてもいないのか、倒れた青年に向かってケラケラと笑っていた。
「風・・・子・・・いきなり何をする・・・。」
「いんやー、昨日新しい技を考えてさ。
烈火にかまそうと思ってたんだけど、
あいつ寝坊してるのか今日まだ来てないっていうんだよねー。」
「それでボクな訳か?」
「うん!
ほんとはこれラリアットから始まってコンボを繋げるんだけど、
最初に相手が倒れちゃうと意味が無いんだよねー。」
「そんなことはよそでやれー!!」
今度はどったんばったんと激しい喧嘩に変わった。
ただ単にじゃれあってる様にも・・・などととても見えなかったそれに、
呆れたキリュウは静かに短天扇を開ける。
「お、おいキリュウよせって!とりあえず今のうちに屋上に、な?」
「うむ・・・。」
キリュウにしてみれば喧嘩を止めたかったのであるが、翔子の言う通りそこを去る事にした。
気付かれてないうちに姿を消せれば、わざわざごたごたに巻き込まれることもないのだから。
「それにしても・・・。」
去り際に翔子は後ろを振り返った。
階段の下ではやはりというかどたばたの喧嘩が続いている。
「熱いな。」
ぽつりと呟かれたその言葉に、キリュウも考え込む。
「喧嘩が熱いという世界か?ここは。」
どうやら炎という言葉も別の意味を指していそうだと思い始める。
そんなことをしている頃には、休み時間を終えるチャイムが鳴り響いていた。

所変わって屋上。そして昼休み(と思われる時間)。
なんだかんだで、翔子とキリュウは誰に連れられるわけでもなくここにやってきた。
とはいえ、今は二人だけではない。
屋上で食事をしようとやってきた二人の生徒が一緒である。
「へえ〜、翔子にキリュウか。よろしくな。」
「花菱殿に柳殿だな。こちらこそよろしく。」
何故かキリュウが相手と握手している。
午前中の一件がこの世界での照れというものを取り去ってしまったのだろうか、
などと翔子は思っていた。
二人のうち一人は、帽子をつばを後ろ向きにして被っている男子。
小奇麗に生えそろえた髪に、きりっとした瞳には何か熱いものを感じる。
右手に何故か手甲を付けている、花菱烈火。
もう一人は、か細い体をしていて、どことなく優しい雰囲気を感じさせる少女。
おっとりした顔に柔らかな髪の佐古下柳。
和気あいあいと自己紹介である。
翔子とキリュウについては、ここの学校に見学に来たという理由で丸く収まっていた。
どうやらあんまり深い事を気にする人間じゃあないらしい。
ただ・・・
「は?忍?そんでもって姫?」
「そう!尊敬する君主に一命をかけ、仕えるのが忍者なり!!
この花菱烈火は佐古下柳の忠実な忍だ!!」
「・・・・・・。」
烈火は柳の忍である、という話には多少面食らっていた翔子だったが。
顔にも心の中でも“なんか古臭いなあ”などとおもいきり出していた。
そんな彼女とは対照的に、キリュウは試練ノートを取り出してすらすらと書いていた。
烈火の言葉に新たな試練を思いついたのであろう。
「ところでさあ、一つ尋ねたいことがあるんだけど。」
「なんだ?」
「炎、ってなんのこと?」
いよいよ本題を探ろうという翔子の質問に、烈火は少しの間固まった。
“うーんと・・・”と頭をひねり出す。
答えに困っているその様子に“ビンゴ!”と翔子が思ったその時だった。
「これの事です!」
柳が、バン!と一冊の本を取り出した。
そこには『ファイヤースターレッカマン』というタイトルがでかでかと書かれていた。
太いマジックでなぞられた、お世辞にも綺麗とはいいにくい絵。
中央の人物はどうやら烈火をモデルにしたものらしい。
下部には“ローズ柳”という文字も見えた。彼女のペンネームだろうか?
「私が描いてる絵本、です・・・。」
恥ずかしそうに顔を赤らめながらぼそぼそと喋る柳。
いきなり出てきたこれには、一瞬その場の時が止まったほど。
「そうそうそう、これこれ!未来の絵本作家である姫が一生懸命描いたんだ!!」
堰を切ったように烈火がまくしたてる。
唖然としていた翔子にキリュウは、そこでようやく我に帰った。
「え、絵本、ねえ・・・。」
柳から手渡され、翔子はそれを開けてみる。
そこには、風やら水やらを使う手下達と共に、悪者退治をする話が描かれていた。
イヌサルキジ、とか書いてる所をみると、桃太郎をモチーフにしたものらしい。
ただ、その手下達の顔も誰かをモデルにしているということも見て取れる。
数ページで終わっていたそれは、翔子の目にはイマイチであった。
「これが本当に、炎、なの?」
「ええ。烈火くんが炎を使ってる、でしょう?」
「でもなんで炎なんだ?」
「それは、烈火くんの家が花火屋さんだから、炎を使ったらカッコイイかな?って。」
「へええ・・・。」
ぽつりぽつりと翔子の質問に答える柳に、翔子はただ頷くだけであった。
それと同時に、心の中で非常にがっかりした気分になっていた。
炎というものがどういう意味を持つのか期待していただけに、
絵本の表題という結果が非常に残念だったのだ。
「もういいや、ありがとう。あ、キリュウも見るか?」
「・・・・・・。」
「キリュウ?」
苦笑いを浮かべていた翔子だったのだが、キリュウの様子がおかしいのに気が付いた。
彼女だけでなく、烈火や柳も視線を向ける。
柳の方を向き、ただ無表情で居るキリュウの方へ・・・。
三人が何かを言おうとした時、キリュウは不意に短天扇を開けた。
「万象大乱!」
次の瞬間、あっという間に柳の体は小さくなる。
何がおこったのか理解できずに居る烈火と翔子をよそに、
キリュウは、掌サイズまでに小さくなった柳を素早く手にとり、屋上の高台へと飛び乗った。
ようやく我に帰った二人は、彼女を見上げる。
風に服をなびかせているその不敵な姿に叫び声を上げた。
「き、キリュウ!?一体どうしたんだよ!」
「姫をどうした!おい!」
下からの声、そして自らの手の中からのかすかな声を聞きながら、キリュウは静かに告げる。
「花菱殿、あなたは力を隠しているだろう?」
「なに?」
「柳殿の身を案じるなら、少しだけ力の片鱗を見せてもらおう。」
「バカ言ってんじゃねーよ!姫をさっさと返しやがれ!」
言い争う二人に、翔子は少し戸惑っていた。
何故キリュウは?という思いで頭がいっぱいだった。
“力を隠している?花菱が?一体どういう事だ?”と、
しきりに頭の中で繰り返していたのであった。
しばらくの間膠着状態が続く。と、それを破るかのように屋上の扉が開いた。
「花菱ー!!てめえ俺の大切な花丸ノートによくも落書きをー!!!」
モヒカン頭の大男が姿を見せた。体つきが非常に良く、何でも軽々と持ち上げそうだ。
その怒っている顔は鬼の様に恐ろしく、片方の鼻にしている鼻輪がアクセントをきかせている。
彼を見て翔子は、何かに似ているという印象を受けた。
それこそキリュウがどうたらという事も忘れるくらいに。
「今取り込み中だ!バカゴリラ!!」
「なんだとー!?てめえもいっぺん言ってみやがれ!!」
「そうか!ゴリラだ!!」
最初の烈火の言葉に、翔子はぽんと手を打った。
何かから解放されたかのような、すがすがしい笑顔である。
そんな彼女に、ゴリラ・・・もとい、モヒカン頭の男は首をかしげた。
「誰だあんたは。」
「あ、ああ、あたしは山野辺翔子。ちょっと学校見学に来てるんだ。」
「そうか、俺は石島土門。・・・って馬鹿やろー花菱!
お前の所為で、さわやか好青年である俺の第一印象が台無しぢゃねーか!!」
「うるせーっつってんだよ!今は取り込み中だ!!
姫の身があぶねーんだ!!」
「なにっ、柳の身が!?」
烈火の言葉に、土門はそばに駆け寄ってきた。
そして彼と同じ方向、つまりはキリュウを見上げる。
そこで手早く翔子が、何故こんなことになっているかの状況説明。
更にキリュウの能力についても解説を行う。
「キリュウは大地の精霊で、ある能力を持ってるんだ。
それは万象大乱と言って、物や人を自由に大きくしたり小さくしたり出来るんだ。」
「「なるほど・・・。」」
完全に事情を察知した烈火と土門。
精霊だとかいう言葉に疑問も感じたが、今こうして目の前に事実を見せられたら疑う余地も無い。
一時すっかり忘れられていた状態だったキリュウは、ここでもう一度口を開いた。
「花菱殿、もう一度言おう。柳殿の身を案じるなら、あなたが持つ力の片鱗を見せてもらおう。」
「キリュウ、一体どうしたんだよ!炎は絵本だってことで納得したんじゃないのか!?」
「翔子殿、それは違うぞ。実は最初に花菱殿と握手した時、大きな力を感じた。
そこで私は思った。少々強引な手段を用いてでも見せてもらおう、と。」
あくまでも厳しい顔のキリュウ。“まさか”と翔子が烈火を見た時、
彼は、ぐん!と左手に拳をにぎりしめた。
「お、おい花菱!」
「あいつ本気のようだからな。仕方ない、少しくらいは見せてやるさ。」
土門の言葉に、冷静に烈火は答えた。覚悟を決めたようである。
そして、左手でびしっとキリュウを指差した。
「おい!!炎を見せたら姫をちゃんと元に戻せよな!!」
「約束しよう。」
微笑を浮かべて、キリュウは答えた。それに対して、烈火も少し口元をゆるませる。
無言で翔子と土門に下がれの合図を右手で行い、右手で宙に文字を描き出した。
「炎の型、壱式・・・崩(なだれ)!」
すすっと“崩”という文字を描いた後、ボウッ!と烈火の右手の先にたくさんの炎が現れた。
それらは空中を漂う人魂にも見える。それぞれ、丸い形をしている。
更には、その炎を統率するかのような巨大な炎の龍が一匹、うっすらと見え隠れしていた。
「なっ・・・!?」
それらを見て驚愕の表情となる翔子。次の瞬間・・・
「せえっ、のお!!」
投球と同じ体勢をとり、烈火はそれらをすべて投げつけた。
風を切る音と燃えている炎の音を混じらせながら、炎はキリュウめがけてまっすぐ飛んでゆく。
「!!!!」
慌てて扇を構えたキリュウだったが、何もする必要はなかった。
炎はすべて、彼女に当たらない様、体をかすめて飛んで行ってしまったのだから。
と思ったら・・・
ドゴーン!!
「あっ、やべっ!!」
炎の塊のうちの一つが、高台の一部に命中してしまった。
辺りに爆発音が鳴り響き、そこが崩れ出す。
幸いにもキリュウ、そして柳の居た辺りに影響はなかったのだが・・・
「翔子殿!」
「わっ、わっ!!」
飛び散った破片が、なんと翔子めがけて飛んでゆく。
相当な大きさのそれに、彼女は足がすくんで動けなかった。
ただ呆然と立ち尽くすのみである。
まさに破片が命中しようというその時!
「あぶねえっ!」
ばこーん!!
大きな拳が、破片を粉々に打ち砕いた。
ぺたんとその場にへたり込む翔子を大きな影が覆う。それは土門の影だった。
「大丈夫か?」
「・・・へ?あ、ああ・・・だ、だい、大丈夫。
・・・へええ、あんたってすっごいんだなあ。あんなの軽々と砕いちゃうなんて。」
ほっと安堵の息をもらしつつも、感嘆の声を上げる。
それを聞いてにやっと笑うと、土門はすたすたと烈火の元へ歩いて行った。
ばこん!!
勢い良く響く、頭を殴る音。
「このタコ!おめえ後少しで翔子さんに大怪我負わすとこだったぞ!?」
「わ、わりい・・・。」
抵抗なく殴られたところをみると、烈火は相当反省しているようであった。
殴られた後も翔子に向かってゴメンナサイのポーズを懸命にとっている。
「でもさんきゅうな、土門。」
「たく・・・。」
二人はお互いに顔を合わせると、キリュウの方へと向き直った。
「さて、炎は見せたんだから姫を返してもらうぜ。」
「もちろんだ。今元に戻そう。」
キリュウはしゅたっと高台から飛び降りると、掌から小さな柳を足元へゆっくりとおろした。
ちょこんと居るそれに、扇を向ける。
そのすぐ後、しゅいーんと柳が大きくなる。元の姿に戻ったのだ。
「さあ、これで元どおりだぞ、柳殿。」
「キリュウさんて・・・凄いんですね・・・。」
「まあこれが私の能力だからな。少々手荒になってしまった事を許してくれ。」
「ええ、もちろん。」
にこやかに微笑む柳。どうやら、密かにこの状況を楽しんでいたようである。
もしくは、キリュウ本人の気持ちを察していたのだろうか。
「ところで、なんで俺の炎なんか見たがったんだ?」
「それは・・・」
「烈火ぁ!!」
一件落着でキリュウが説明しようとしたその時であった。屋上に甲高い声が響いたのは。
みると、扉の所に女子生徒、そして男子生徒が立っている。
翔子もキリュウも、その二人には見覚えがあった。
「風子!それに水鏡!?一体何だよ!」
「それはこっちのセリフだ!馬鹿でかい音がしたと思ったら・・・。
あんた屋上で何やらかしたのよ!!」
「たくさんの光が屋上から飛んで行ったのが確認された。
あれは崩の炎に違いなかったはずだ。今下では騒ぎになってるが。
烈火、一体何があった?」
「まあまあ、まずは自己紹介からってことで。
今日喧嘩をやってたお二人さん。」
詰め寄る風子と水鏡に対し、翔子がすいっと前に出た。
こういう場面で翔子殿は強いな、と感心するキリュウをよそに、話が交わされる。
霧沢風子、水鏡凍季也、という名前の自己紹介から、一連の騒ぎの説明まで。
すべては、滞りなく終わった。
「ふうん。それにしたって烈火、もうちょっと考えなよ。」
「風子の言う通りだ。柳さんを人質に取られて熱くなるのは分かるが、
相手の要求次第で行動を取るということも忘れるな。
場所もわきまえず炎竜の力を使うなど。何も考えてない証拠だ。」
「おい水鏡、今俺の事馬鹿にしたろ。」
「知能の低いサルみたいだ、と言い直そうか?」
「上等だてめえ!!」
ぼこすかと始まる烈火と水鏡の殴り合い。
“あーあ”とそれを端から見てるだけの土門と風子。
そして、必死になって止めようとしている柳。
随分と血の気の多い世界だ、と思った翔子とキリュウは、
騒ぎのどさくさに紛れてその場を後にしようとした。しかし・・・
「おい!放課後たっぷり理由聞かせてもらうからな!逃げるなよ。」
喧嘩途中の烈火に叫ばれて、ぴたっととどまる。
そうこうしているうちに昼休みを告げるチャイムが鳴り、烈火達は屋上から去って行った。
もちろん翔子とキリュウはその場に残ったまま。おとなしく放課後を待つことになったのだ。
「帰れないかな、翔子殿。」
「念じてみるか?でも無駄だと思うな。絡まれたし。」
「もう試練のひらめきはそろったのだが・・・。」
「そんなの知るかよ。花菱が説明しろって言ってるんだ。
ちゃんと説明するまで多分帰れないぜ。考えといてくれよ、説明。」
「・・・私がするのか?」
「あのさあ、炎が見たいと言ったのはキリュウだろ?」
「そうだが・・・。試練の材料になるかと思っただけなのだが・・・。」
「だったらそう言えばいいじゃんか。別にあたしが言う事は何もないよ。」
「うーむ・・・。」
キリュウは説明することを躊躇しているようである。
試練の話をすることに抵抗を感じているのだろうか?
二人はそのまま、ぼーっと時間を過ごすのであった。

放課後。学校を離れて歩く翔子達。
どうせなら人目のつかないところがよいという翔子の要望に(帰る時に楽だから)
烈火達は賛同して案内をしているわけである。
ところが、出会った五人(烈火、柳、土門、風子、水鏡)に加えて、更に一人と合流した、
いわゆるツンツン頭と呼ばれる髪型に、いたずらっぽい顔つきの小柄な少年である。
その体に似つかわしくなく、脇に抱えている布に包まれた長い棒が目立っていた。
「小金井薫でーっす!」
「元気だな・・・。小学生の知り合いが居るなんてねえ。あんたら高校生だろ?」
「ちがわい!!オレは中学生なの!!」
「そ、そうなんだ?じゃああたしと同じ、か。」
翔子の言葉に、くすくすという笑い声が烈火達の間で起こる。
「ぶはははは!やっぱカオリンは小学生じゃー!」
「ひどいよ!烈火兄ちゃん!!」
あっというまに始まるぼこすかな喧嘩。
呆れて立ち止まってるキリュウに、風子が“いつものことだから”と後押しをする。
同じく翔子も、“たく、喧嘩が多いな・・・”などと呟きながら、すたすたと歩を進めた。
そんな彼女の後に続く柳。
そして、今日初めて会った二人に聞こえぬよう、水鏡は土門に話しかけた。
「土門、一体彼女達は何者だ?」
「知らねえよ。すげえ力を持ってるってのは間違いないだろうがよ。」
「それだけか?」
「それだけ・・・って、どういうことだよ。」
「わざわざ烈火の炎を見たがったくらいだ。もしかしたら・・・。」
「もしかしたら?」
神妙な面持ちの水鏡に、土門は歩みを止めた。
お互い顔を見合わせる。どちらもそれは険しい。
と、そんな二人の肩がぽんっと叩かれた。
「聞こえてるよ。」
「「なっ!?」」
肩を叩いたのは翔子であった。
ふと後ろを振り返り、不穏な動きを見せている二人が気になったというところだろう。
依然険しい顔をしている彼らに、翔子は“ふっ”と笑った。
「別にそう力むことないよ。なんで炎を見たかったかを説明したらすぐに帰るから。
・・・先に言っちゃうと、試練のためなんだよね〜。」
「試練?」
「試練って何のことだ?」
「キリュウはさ、試練を与える大地の精霊なんだ。
ここへ来たのは、新たな試練をするためのネタ探し。ただそれだけ。
大地の精霊だからな〜。花菱の力を感じ取ってもおかしくなかったんじゃないかな。
そんなわけで、この炎は試練につかえそうだぞ、と思ったんだろう。
そうそう、あたしが最初に炎について尋ねてたのは、ちらっとうわさを耳にしたから。
でもそれは絵本のことだったんだな。まさか本当に炎が出せるなんて思ってもみなかったけどさ。」
ぺらぺらと話し出す翔子。
彼女のその様子には、歩いていたり喧嘩していたりの全員が注目するほど。
そんな中でキリュウは“ありがとう翔子殿”と心の中でお礼を言っていた。
自分が説明するはずだった内容をすべて翔子が言ったため、もはやこれでお役ごめんであるのだ。
つまりは、後は彼らと別れてもとの世界に帰るだけ、というわけである。
「・・・ところで翔子さん。」
「なんだ?えーと、水鏡さん、だっけ。」
「そうだ。キリュウさんは柳さんと人質にとったのだったな。」
「ああそうだよ。あんときはあたしも驚いたなあ。」
「では、ちょっと失礼。」
しゅんっ!と目にも止まらぬ速さで、水鏡は翔子の腕をつかみ、後ろから羽交い締めにした。
そして彼女の喉元に剣の様なものをつきつけた。
一体どこに隠し持っていたのだろうか?と思われるほどに長い剣である。
一瞬の出来事に皆は驚愕の表情。全員の視線が二人にくぎ付けとなった。
「な、何を・・・」
「喋るな。さて、キリュウさん自身に聞きたいことがある。」
目で翔子に警告すると、水鏡はキリュウの方へと体を向けた。
「なんだ?そんなまねをせずとも私は話くらいするぞ?」
心なしかキリュウの怒り顔であるのは誰の目にも明らかであった。
だが、扇は構えていない。不意のことで準備が遅れたのだ。
そして、下手に構えようとすれば翔子の命も危ないと感じていた。
「あなたが大地の精霊だという証拠を知りたい。
あと、試練というのはどういうことかを説明してもらおう。」
「・・・・・・。」
ここでキリュウは少し考え込んでしまう。
どちらの質問にも、彼女自身の口からは説明しがたいのだ。
と、キリュウは水鏡が手に持っている剣の柄に注目した。
形からして刃とはどうもつりあっていない様に見える。そして水という文字。
次に刃自体に視線を向けた。光りの反射で輝いて見えるが、透き通っても見える。
「もしかして、それは水なのか?水でできた剣なのか?」
質問とは関係なく、キリュウは呟いた。不可思議な剣に興味がいったのだ。
ここで水鏡は微笑を浮かべる。そしてすっと腕を解き、剣をあっという間に柄だけに戻した。
「ご名答。本当を言うとそれを実は見ぬいて欲しかった。
手荒な真似をして済まなかったね、翔子さん。」
「あ、いや・・・うん。」
詫びの言葉をかけられたものの、翔子自身はとても納得がいかない。
何故にこの水鏡は自分を拘束までしたのか。そういう事で頭がいっぱいだった。
「これは閻水と言ってね。魔道具の一つなんだ。」
「閻水?魔道具?」
「・・・知らないのか?君が持っている扇もその一つかと思ったんだが。」
「いや、そういうものではないが・・・。」
戸惑いながらも、キリュウは正直に答える。そして問題の短天扇を取り出した。
“ほぉーっ”と、駆け寄る面々であった。
「これで私を小さくしたんですね。」
「でも柳、これ魔道具ってないのはほんとみたいだね。
ほら、みーちゃんの閻水みたいに文字が書かれてないし。」
「見た目ただの扇だよな。これで姫を?信じられないけど実際に見たしなあ・・・。」
ものめずらしげにじろじろと覗き込む。
あまりの視線の厳しさに、キリュウは思わず顔を赤らめてうつむいてしまった。
“今更赤くなるか?”などと思いながら、翔子は水鏡を促して皆の傍へと寄る。
「細かいことはおいといて、キリュウがこの扇を構えて“万象大乱”って唱えると、
ものがちっちゃくなったり大きくなるってこと。
それより、魔道具って一体何のこと?」
「さっき水鏡のにーちゃんが見せたのもそうだけど、オレが持ってるこれもそうなんだよ。」
翔子の問いに答えながら、小金井は脇に抱えていた棒の布包みを解いた。
長い棒は先端に鋭い刃を備えていて、中間で棒が二つに分かれて空間を作っている。
この部分を持ち手とするようだ。そして二つに分かれた棒はやがてまた出会う。
そこには金と書かれた丸い玉がはまっている。後は閻水と同じ様に一本の柄となっていた。
「鋼金暗器と言ってね、色んな型を持つパズルみたいな武器だよ。
鎖鎌になったりブーメランになったり。これがまた楽しいんだ♪
魔道具ってのはこんな風に色んな力を持った道具のことさ。」
「へ、へえ・・・。」
平然と武器と言ってのける小金井に、翔子は少し戸惑った。
さきほどの水鏡といい、中高生が物騒なものを当たり前のようにもっている。
おそらく、土門や風子も類似したものを所持しているに違いないだろう。
烈火に至っては炎を操れるという事がわかっているし。
「とんでもないな・・・。」
ぽつりと呟き、そして考え込む。
あんまり長居していると危険な目にあいそうな、そんな気がしてきたのだ。
こりゃあ早く帰ったほうがよさそうだとますます思い、まとめの言葉をかけようとしたその時だ。
「では、一つ手合わせしてみようか。水鏡殿、小金井殿。」
「手合わせ?ねーちゃん、それどういうこと?」
「尋ねるまでもないだろう小金井。僕達の道具を見て、少し戦ってみたくなった、という事だ。」
「その通りだ。」
うなずくと同時にキリュウはばっと後ろへ飛んだ。そして油断なく短天扇を構える。
彼女の行動に対し、鏡写しの様に水鏡と小金井も飛ぶ。
その中間には、烈火、柳、風子、土門、そして翔子が取り残された。
「ちょ、何勝手にやってんだよキリュウ!試練はもう見つけたんだろ!?さっさと帰ろうよ!!」
「まあまあ。あの子がやりたいって言ってるんだからやらせてあげなよ。」
「何言ってんだよ!いくらあの二人が早く動けたって、先に小さくされたらおしまいだろ!?」
「その時はその時。大丈夫、水鏡も小金井も手加減はするさ。」
「て、手加減!?どういうことだよそりゃ!」
平然としている烈火達とは対照的に、翔子だけは慌てふためいている。
そうこうしているうちに、二組は動いた。
シューッ!
水鏡の持つ閻水から大量の蒸気が発せられる。
つまりは水の煙幕、霧といったところだ。これによって二人の姿は隠れるが・・・。
「万象大乱!」
いち早く提言を唱えるキリュウ。これであっという間に勝負はついたはずだった。
ところが、彼女の背後に鋼金暗器の切っ先をつきつけている小金井の姿が!
「甘いよっ。後ろとったり〜。」
「!・・・素早いな。いや、私はたしかに二人を小さくしたはずだったのだが?」
「それはね・・・あ、とりあえずオレ達の勝ちだね?」
「そういうことになるかな。」
ふうと息をつくキリュウに対し、小金井は武器の構えを解いた。
しばらくして、水鏡の辺りを包んでいた霧が晴れる。
そこに姿を現したのは、靴のサイズほどの大きさになった水鏡、そして小金井。
「ん!?小金井殿が二人!?」
「違うよ。」
小金井が告げると同時に、小さな小金井はばしゃあっと崩れ落ちた。
水によって作られたダミーであったということだ。
「なるほどな・・・。」
「納得した?」
「ああ。ふむ、これも試練に使えるな・・・。」
「それにしても本当に小さくなるなんて・・・すっげえなあ・・・。」
ぶつぶつとつぶやいているキリュウをよそに、小金井は小さくなった水鏡の元に駆け寄る。
彼の前にしゃがみこんで、しげしげとそれを眺めるのであった。
「ねっ?みーちゃん達が勝っただろ?」
「つーかあんたら、随分と戦い慣れしてない?
普通は小さくされてあっという間に終わりのはずなんだけど。」
「そこが素人の浅はかなところよ。ま、この風子ちゃんの素早さをもってすれば、
一人をオトリになんて戦法を使わずとも後ろを取っちゃうけどね♪」
“今度はあたしだ”と言わんばかりにやる気満々に見える風子。
翔子はここでますます、さっさと帰りたいという気分になったのであった。
やがてキリュウは大きさを元に戻す。そして軽く頭を下げた。
「ありがとう、水鏡殿に小金井殿。いい経験になった。」
「あなたにいい経験をさせるために戦いを受けたわけでもないが・・・よしとするか。」
「おーっし!次はオレと風子様とのコンビで!!」
「言ってろ、腐乱犬・・・。」
「腐乱・・・てめー!花菱ぃー!!!」
意気揚揚と名乗りをあげようとした土門に烈火が突っ込む。
そして始まるどたばたの喧嘩。
“なるほど、こりゃあますますさっさと帰りたいな”と思う翔子であった。
「ではこれで失礼する。また機会があれば。」
「あ、おいキリュウ!・・・じゃ、じゃあな!」
一礼して去って行こうとするキリュウを慌てて翔子が追う。
精霊がどうとか短天扇がどうとかいうことは、もう彼らは気にしていないようだった。
ようやくイベントはすべて終わりという事だ。
「今度は絵本をたっぷり見てくださいね!」
最後の柳の声にずるっとなる二人ではあったが、無事に皆と別れ、元の世界に帰ることができた。

扉の前。くたあっとその場にへたり込む翔子とは対照的に、
試練ノートにすべてを懸命に書きつづけているキリュウの姿があった。
辺りに響くのは、かりかりという鉛筆とノートがこすれ合う音。
「試練がたくさん見つかったってことか?」
「まあな。」
「なんか機嫌よさそうだな。」
「何故か妙に血が騒いでしまったのでな。不思議な世界だ。」
「あたしは気が気じゃなかったよ・・・。」
“もしも今度来るとしたら、戦う準備を相当に整えてないとダメそうだな”
などと考えながら、翔子はただそのまま座りつづけていた。
キリュウはキリュウで“今回見たのはすべての一部に過ぎないだろう。次回は・・・”
と、高揚感を伴った声でぶつぶつと呟いていたのだった。