わけのわからないタイトルだなあと思いつつもその扉に入り、あたしとキリュウはびっくりした。
なんと見たことのある風景どころか、まったく同じ。鶴ヶ丘町にいたのだから。
「こりゃびっくりだなあ。あたし達の町じゃんか。」
「少し違う所があるようにも思えないでもないが、やはり同じ町なのだな・・・。」
今までとは違った意味で驚く。なんてったって、看板、店の名前、配置等々、
違う物はまったく無かったんだから。
半時間ぐらいして、ふと疑問がわいてきた。
「なあキリュウ、なんでタイトルが、謎のなんたらかんたらなんだ?
おんなじ町なんだってことは、あたし達の住んでる世界だよな。
だったら、もうちょっと違うタイトルがぶら下がっててもよかったと思うんだけど。」
あたしの質問に、キリュウはさらっと答えた。
「私には分からぬが、とにかく別の世界なのだろう?
だったら妙な名前でも納得して良いのではないか?」
珍しいなあ、あっさり納得するなんて。
でもなあ、別の世界だからって納得して良いもんかなあ・・・。
2人でそのまま歩いていると、なんと鶴ヶ丘中学校に到着した。
と思ったら、丘じゃなくて岡になってる。やっぱ別の世界だな。
校庭では体育の授業をしているようで、何人もの生徒が走っている。その中に、
「シャオ!あれシャオじゃないか!」
あたしの驚いた声に続いて、キリュウも驚きの声をあげる。
「あれは翔子殿だぞ!うーむ、すごい。翔子殿は2人いたのだな・・・。」
なに訳のわかんない納得のしかたしてんだ。
「そんなわけないだろ。ここはやっぱり別の世界。つまりあたし達の世界の、別バージョンみたいなもんだよ。」
「そうか、複製というわけだな。それではあれは、翔子殿の複製ということか。」
嫌な表現するなあ。複製?どうしてそうなるんだよ。
もうちょっと考えてものを言ってほしいもんだ。
「でも驚きだなあ、自分で自分を見るなんて・・・あれ?あたしだけが別の場所に・・・。」
「なるほど、さぼりか。まさしく翔子殿だな。」
・・・なんかむかつくなあ。こうなったら・・・。
「キリュウ、面白そうだから学校に潜入してみようぜ!」
「だらかに見つかったらどうするのだ。大騒ぎになるぞ。」
「それはキリュウがうまく誘導してくれよ。見つからないように行動するなんておてのもんだろ。」
以前七梨から、キリュウは忍者みたいに動けるなんて話を聞いた。だから任せても大丈夫だろう。
「分かった。よい試練が見つかるかもしれぬしな。では行こう。」
キリュウと一緒に素早く動き、学校の内部にみごと潜入した。
キリュウと同じやつを見つけてからかうのも一興。よーし、楽しくなってきたぞー!
・・・そしてあたし達はいつのまにか屋上に。なんでだ?
「ここなら誰にも見つからないぞ。さて、これからどうするかを決めようではないか。」
計画を立てるためにわざわざこんな所まで来たのか?キリュウらしいな。
「とりあえずシャオのいるクラスへ行こうぜ。」
あたしが一番やりたい事を言うと、キリュウは冷ややかに反論した。
「翔子殿、同じ姿の物同士が顔を会わせるのはまずいのだぞ?万が一のことを考えて、別の場所に行くのが良い。」
うーん、キリュウの言う事ももっともだなあ。だけど・・・。
「私としては、花織殿のクラスか、出雲殿の購買部を訪ねてみるのが良いと思うのだが。」
そんなとこ行ったって、面白くも何ともないじゃないか。
「キリュウ、自分自身を探したいとは思わないのか?」
するとキリュウがビクっとなって後ずさりした。なるほど、そういう事か。
「良い経験になるぜ。普段自分がどんなに無口だとか、照れてるとか、ばっちり見られるんだぜ。」
「翔子殿、私は・・・。」
赤くなってうつむいてしまった。ふう、しょうがないやつだなあ・・・。
しばらくそのままでいると、急に学校全体が騒がしくなった。
なんだ?まだ授業は終わってないはずだけど・・・。
「キリュウ、ちょっと下に行ってみよう。何かあったのかも。」
「分かった。見つからないように。」
まさに忍びと呼ぶにふさわしい行動で、一階まで下りて行った。
隠れて様子を見ていると、何人もの女子が、ほうきやら棒きれやらを持って歩いている。
頭を見ると、“おしおき隊”と書かれたはちまきをしていた。なんだありゃ?
そして一つの張り紙が目にとまった。ここからでは良く見えないので、少し身を乗り出そうとした時、
「翔子殿、隠れて!」
キリュウに突然引っ張られ、物陰に隠れた。
おそるおそる見てみると、野村と遠藤が歩いてくるのが見えた。
こいつらも“おしおき隊”と書かれたはちまきをしている。あれ?たかしの髪の毛ってあんな色だったっけ?
「たかし君、その制服どうやって返すのさ・・・。」
「うーん、それだよなあ・・・。」
そんな話をしながら、2人は通りすぎていった。辺りを再び見回して、はりがみを見に行く。
「なになに、『女子の敵、制服泥棒黒マントを・・・。』へえ、なるほど。そういうわけ。」
これであの意味不明なタイトルの謎が解けた。黒マントとかいう制服泥棒が現れたわけだ。
周囲の状況からして、シャオの制服を盗んだらしい。
なんてやつだ。この世界の連中とは別に、あたしとキリュウでばっちりお仕置きしてやる。
一人で気合を入れてると、キリュウがぽつりと言ってきた。
「翔子殿、そろそろ教室に向かおう。こうなったら自分を探してみる。」
「あ、ああ、そうだな。」
制服泥棒に興味はないのかな。まあ、キリュウからこう言ってくれたんだから、ぜひ行ってみなきゃな。
というわけで、あたしの最初の予定にしたがって、あたしのクラスに向かった。
殺伐とした雰囲気の中、何人もの目をかいくぐり、ようやく教室に到着。
中にいたのは、あたし、七梨、シャオ、ルーアン先生、愛原といったメンバー。でもキリュウはいなかった。
「おかしいな、なんでキリュウはいないんだ?」
「・・・私はいないのか、そうか・・・。」
急にキリュウがしょんぼりとなってしまった。屋上にいたときとはえらい違いだ。
あたしとしてもすごく残念だなあ。この世界のキリュウを見てみたかったのに。
キリュウを慰めようとしたその時、
「あれ?山野辺、いつの間に私服に?そんでもってそっちの女の子は誰だ?」
不意に声をかけられ、あわてて振り返ると野村がいた。よし、ここはごまかして・・・。
「あー、黒マント!!」
「な、なにっ!!?」
まったく別方向を指差して大声で叫ぶと、みごとに引っかかってくれた。
でも驚きかたがなんか尋常じゃないな。ええい、この際そんな事を気にしてる場合じゃない!
猛ダッシュでキリュウを引っ張ってその場を立ち去る。ふう、危ない危ない。
「キリュウ、ちゃんと見張っててくれないとダメじゃんか。」
「すまぬ。自分がいないことに気が動転してしまって・・・。」
そんなにショックだったなんて。でも・・・。
「キリュウ、ここはあくまで別の世界なんだ。気にするなよ。」
「う、うむ・・・。」
まだ落ち込んでいるみたいだ。野村がわからなかったって事は、やっぱりキリュウはこの世界にいないって事なんだろうな。
ちらっと教室の方を見たが、別にあたし達の事は怪しまれていないみたいだ。
さて、これからどうするか。
「翔子殿、黒マントとやらを捕まえよう。そうすれば何か変わるかも。」
「そりゃ捕まえるのは良いと思うけど、変わるって何が変わるんだ?」
「この世界の私が現れるかもしれない。」
どっからそんな理論が出てくるんだか。まあ、制服泥棒なんざのさばらしとくのはよくないから、
あたしたちの正義の鉄槌をくらわせるのもいいかもな。そう思ったその時、
「黒マントだー!!」
という声にビクっとし、あわてて身を隠す。
見ると、黒いマントに身を包んで、剣道のお面にバケツをかぶった変なやつが階段を上っていく。
「あいつが黒マント!」
他の連中は別方向へと追いかけていったみたいなので、キリュウと顔を見合わせて2人でそいつを追いかける。
ふふん、覚悟しろよ。制服泥棒の罪、そしてキリュウをしょんぼりさせた罪もついでに償ってもらうぜ!
黒マントは、三階辺りでピタッととまり、物陰にさっと隠れた。
「キリュウ、行くぞ!」
「うむ、万象大乱!」
制服泥棒がいるらしき場所に、巨大化した物をどかっと落とし、そこへ素早く向かう。
『うわっ!』とかいう悲鳴が聞こえたから、成功間違いなし。
黒マントの衣装、そしてシャオの制服が見えた。そして巨大化した物の下にいたのはなんと!
「野村!お前が黒マントだったのか!?」
野村は突然の事に泣き喚いていたが、あたし達を見ると、おののくように言った。
「お前らさっきの・・・。一体誰なんだ?山野辺は下にいるはず・・・。」
まあ無理もないかな。だけどな、今はそんな事を言ってる場合じゃないんだ。
「おい野村、お前はおとなしくあたし達の質問に答えりゃいいんだ。何でシャオの制服を盗ったりしたんだ?」
野村のネクタイをつかんで、脅し口調で言った。しかし野村は口篭もって、
「そ、それは・・・。」
とごにょごにょと言うだけだった。
はっきりしないやつは嫌いだ。そこであたしは片手を振り上げたが、
「翔子殿、待たれよ。私が説得してみる。」
と、手を止められた。そしてキリュウがすっとあたしの前に出て、
野村の上に乗っかっている物を元の大きさに戻す。
そして野村が立ちあがったのを見て、穏やかに言った。
「それ相応の理由があるという事で追求はせぬ。
だが、もし理由を教えてくれたならそなたの力になっても良いぞ。」
「キリュウ!」
力になる?なに寝ぼけた事言ってんだ。こいつは最低のやつなんだぞ!
野村はしばらくあっけに取られたような顔をしていたが、
「いいよ、俺一人で何とかする。乎一郎に迷惑かけたばっかりで、
さらに他人を巻き込むわけにはいかないしさ。」
と、キリュウの申し出を断った。それを聞いて、キリュウは笑みを少し浮かべた。
「うむ、それで良い。ここで私達に助けを求めてくるようなら、私は無理矢理そなたを皆の前に突き出しただろう。
相当自分で反省している良い証拠だ。頑張って何とかされよ、これは試練だ。」
要は野村を試してたって訳か。こんな時まで、キリュウもやるなあ。
「分かった、ありがとう。あとで乎一郎にもたっぷり謝っとかないとな。それじゃあ!」
野村は黒マントの衣装に身を包み、その場から去っていった。
その後、キリュウと隠れながら様子を見ていたら、
結局野村は、七梨や遠藤の力を借りていたみたいだ。
「あいつ、一人でやると言っておきながら・・・。」
「それだけ主殿達は友情に厚いという事だ。よいことではないか。」
「なあキリュウ、ひょっとして七梨に与える試練、これを利用するつもりなのか?」
「もう少し考えてからだ。泥棒は良くないし。」
それもそうだ。しかし、結局この世界のキリュウは姿を現さなかった。
キリュウの予想はみごとに外れ。でもまあ、他に似たような世界があるかもしれないし。
「なあキリュウ、今度はキリュウに会えるといいな。」
「うむ、そうだな。」
ま、それなりにここは面白かったから少し満足、かな?
そしてあたし達は学校を後にし、元の世界へ帰った。