翔子と紀柳のパラレルワールド日記(「幻想大陸」編)


「自然・・・?」

ヨーロッパを思い出させるような平原。所々に、木々が密集している。
少し離れたところには、いかにもという感じの建物が建ち並ぶ町が見える。
そんな風景が見える街道の真ん中に、2人は立っていた。
なぜか、着ている服も、その世界の民族衣装らしきものに変わっている。
しかし、動こうという意志がまるでなく、ただそこにじっとしていた。
なんといっても、明らかに自分達の世界とは違う場所だと認識させられたのだから。
「だああ、ここは一体なんなんだよ!」
ようやく翔子が叫び声を上げる。
キリュウはといえば、目を閉じてその土地の空気を体に感じているようだった。
まるで、そこの大地の精気を浴びているような。
「キリュウ、なにやってんのさ。」
「・・・ん?いや、ここはなかなか興味深いところだと思ってな。
う―む、今まで感じたことのない風だ。」
目を細めて遠くを見つめるキリュウに、翔子はくってかかる。
「当たり前だろ、違う世界なんだし。だいいち風景が全然違うじゃないか。」
「そうではない。見た目ではなく、雰囲気だ。これこそ別世界という感じのな。」
冷静に返したキリュウに、翔子は黙り込む。
そんなものが分かるのかねえ、と思いつつ、翔子は何気なしに、すぐ近くに見えた林の方を向いた。
「翔子殿、少しあの林に行ってみたいのだが・・・。」
同じ方向を見ていたらしいキリュウが言った。
なんで町の方に行かないのか、と心の中で反論しながらも、翔子はキリュウと林へ向かった。
林に入ると同時に、またキリュウは目を閉じたまま立ち尽くした。
まるで堪能しているかのような顔つきだ。
やれやれと肩をすくめた翔子は、そこらへんに腰を下ろした。
どのくらいそうしていただろうか。突然林の奥から、巨大な影が飛び出した。
あわてて飛びあがる翔子。キリュウもぱっと目を開け、短天扇を広げた。
「なんだ、こいつは。ば、化け物か?」
素早くキリュウのそばに来て、翔子がおそるおそる言う。
その化け物は、巨大なトカゲのような姿で、鋭い牙を持ち、今にも襲いかかってきそうだった。
「キ、キリュウ、頼むよ。」
「うむ、もう少し様子を見てからな。」
キリュウはあくまでも冷静だ。しかしその次の瞬間、その化け物は2人に向かって飛びかかってきた。
あわててうずくまる翔子。
キリュウは心の中でやれやれと思いながら、あの言葉を発しようとした。
ところが、それより速く、一筋の剣閃が走った。
その次には、一つの人影が立っていた。そして化け物から血しぶきが飛び、どうと倒れる。
「ふん、こんなもんか。」
そう呟いた者は少し色黒で、紫色の長髪。瞳は真っ赤であった。
2人が唖然として見ていると、新たに人が現れた。
1人はマントをはおった金髪の剣士。もう1人は黒髪の幼い少年のようであった。
さらには、その少年の肩には、翼を持った蛇のようなものがいる。
金髪の剣士が倒れて絶命している化け物を見て言う。
「ジェンド、相変わらずだなあ。いきなり飛び出したと思ったら・・・おおっ!?」
突然その剣士は、翔子とキリュウのそばに走りよってきた。
いつのまにか、手にはバラを持っている。
「これはこれは素敵なお嬢さん達。どうですか、私とお茶でも・・・。」
ひざまづいてくどきはじめる剣士を、翔子はひじでついた。
たまらずその剣士は後ろにこける。
「いきなり何するかと思ったら・・・。ナンパなんてあとにしろよ。」
しかしその剣士は負けずに起き上がって言う。
「なにをおっしゃる。あなた達の瞳は、100万ボルトのうなぎの瞳に値する・・・。
あ、俺はカイっていいます。お嬢さん達は?」
翔子がやれやれと名前を告げようとしたその時、大きな岩がずしんと、カイの上に降ってきた。
カイはたまらず、その下敷きになる。しかしそれには慣れた口調でつぶやく。
「相変わらず岩投げが絶好調だな・・・。」
「ふん。」
どうやら紫色の髪の剣士、ジェンドが投げたものらしい。
その様子を見たキリュウがぽんと手を打ち、早速試練ノートに書き始めた。その途中、
「ジェンド!なんで殺したの!」
黒髪の少年がジェンドに向かって泣きながら叫んだ。
体中に血がついているところを見ると、化け物の体のあちこちを調べていたようだ。
おそらく、生きているかどうかを確かめていたのだろう。
しかし、少年の言葉に、ジェンドは冷たく返した。
「十六夜、こいつはあの2人を襲うところだったんだぞ。それを私は止めただけだ。」
「でも、なにも殺さなくても!」
それでも激しく言い返す十六夜。
この一連の会話で、翔子とキリュウは、3人の名前、
そしてそれぞれの大まかな性格をつかむ事ができた。
十六夜を止めるため、翔子が口を開く。
「まあまあ、とりあえずあたし達は助かったんだし・・・。」
すると十六夜はきっと翔子をにらみつけた。
「なにいってんの。この魔物さんは死んじゃったんだよ!そんなのひどいよ!」
翔子も、それには反論できなかった。他のみんなも黙っていたが、キリュウは口を開いた。
「十六夜殿だったかな。確かにその魔物は死んだ。
しかしいつまでもそんな事を言ってても、その魔物が生き帰るわけではあるまい?
大切なのはこれからどうすれば良いかを考える事。違うかな?」
十六夜はぽかんとしていたが、やがてこくりとうなずき、魔物のお墓を作り始めた。
他のみんなもそれを手伝う。数分後にそれは完成し、
しばらくの黙とうの後、翔子が最初に口を開いた。
「えーと、とにかくありがとな。あたしは・・・翔子。こっちはキリュウだよ。
よろしく。ところでその肩に乗ってるのは?」
「ツァルだよ。ケツァルコァトルっていう魔物なんだって。僕の友達。」
そしてそのツァルはシャギャ―とあいさつした。
なんの違和感もなく一緒にいるところを見て、キリュウはたずねてみた。
「先ほどの事もふまえてみると、十六夜殿、そなたは魔物と仲が良いのか?」
「うん、全部ってわけじゃないけど、
いつか人間も魔物も仲良く暮らせるようになるんだ。みんな友達だよ。」
その言葉に翔子は驚いていたが、キリュウはうんうんとうなずく。
「良い心がけだな。争い事はないのが一番だ。
なるほど、これでは怒られるのも無理はないぞ、ジェンド殿。」
「なんだと?貴様、一体なにが言いたいんだ!」
ケンカになりそうなところを、あわててカイがとめた。
「まあまあ、そんな事より、とりあえず町を目指そうぜ。
こっからそう遠くないし、こんなとこで立ち話もなんだしさ。」
「うん、みんなで一緒に行こうよ。」
カイの提案にみんな従う事にした。林をぬけ、街道を歩いて町を目指す。
当然だんまりではなく、話をしながら・・・。
「へえ、ダークエルフ?」
「そうだよ。ジェンドの耳がとがっているだろ。
それはエルフって種族の特徴なんだ。それで・・・。」
話をする組は2つに分かれていた。翔子とカイ。
そしてキリュウ、十六夜、ジェンド、ツァルの組。
性格的に話がしやすいように、自然とこうなってしまったのだろう。
「ふむふむ、邪神竜に会って、仲良くするよう説得か。」
「そう。魔物さんたちが狂暴なのがその邪神竜さんのせいなんだったら、
僕はその邪神竜さんを説得しようと思って。」
「ふん、そんな事ができるものか。十六夜は甘すぎるんだ。」
旅の目的を告げる十六夜に、キリュウとジェンドの反応は正反対だった。
キリュウは納得しつつうなずき、ジェンドはひたすら否定の一点張り。
それでも十六夜は楽しそうに喋っていた。
翔子はそんな3人の様子を見ながら、カイに小声で話しかける。
「なあ、ジェンドってなんであんなにおっかないんだ?」
「あれでもかなりおとなしくなったんだよ。十六夜のおかげでな。
十六夜の事となると、ものすごく一生懸命になるんだぜ。」
カイの言葉にちらりと十六夜を見る。
十六夜は相変わらずの笑顔で、翔子には信じられない事を話しつづける。
なるほど、あれなら確かにおとなしくなるかもな・・・と翔子は思った。
ジェンドのほうを見ると、口ではああ言っているものの、
十六夜に対して、少しばかりの笑顔を浮かべている。
そうこうしているうちに町に到着した。
今日ぐらいは同じ宿にとまろうという事になって、カイが早速宿の手配をした。
「5名様一緒になりますが、よろしいですか?」
「それしかないんなら仕方ないな。じゃあ頼むよ。」
「はい、かしこまりました。」
この時、翔子は嫌そうな声をあげようとしたが、やめた。
どうせそのあとに、キリュウから『試練だ、耐えられよ。』
とか言われるのがおちだと思ったからだ。
案内された部屋はとても広く、さすが5人一緒というだけあった。
ベッドもちゃんと5つある。
「大勢の方も一緒に止まれるようにと作ったんですが、
ほとんど利用者がなくて。ははは・・・。」
そして部屋に入る。それぞれベッドを選んだ後、これからの事について話し合った。
「とりあえず町を見て回らないか。情報を集めるのは重要だぜ。」
カイが提案を出したが、ジェンドは立ちあがり、
「貴様らだけでやれ。私は1人で出かけてくる。」
といって、部屋から出て行ってしまった。やれやれと肩をすくめるカイ。
カイには、ジェンドがなんの目的で出かけたのか分かっていたが、言わないでいた。
十六夜はあわててジェンドを追おうとしたが、
「待った、十六夜殿。」
とキリュウが呼びとめた。足を止めてこちらを向いた十六夜に対し、キリュウが続ける。
「ジェンド殿は1人で大丈夫だろう。というわけで私達4人、
いや、2人2組で町を見て回ろうではないか。」
その言葉に、翔子はふうとため息をついて言った。
「それじゃ、あたしとカイとで・・・」
「いや、そうではない。」
翔子の言葉をキリュウが区切った。そして笑みを浮かべて続ける。
「私とカイ殿。そして翔子殿と十六夜殿だ。
翔子殿、十六夜殿の話は為になるぞ。それを聞いてしっかり精進されよ。」
びっくりして翔子はきき返した。
「はあ?精進?なんであたしがそんな事・・・」
「さあ、出かけようかカイ殿。」
「え?あ、ああ。」
またもや翔子の言葉を区切り、キリュウはカイの腕を引っ張って部屋を出ていった。
残されたのは、翔子、十六夜、ツァルである。3人とも、ぽかんとしてドアの方を見ていた。
が、やがて翔子がのそりと立ちあがった。
「たくう、キリュウのやつ、精進しろなんて言いやがって・・・。
まあいいや。出かけようか、十六夜。」
しかし十六夜は分からないといった顔で、翔子に尋ねた。
「僕の話ってそんなにためになるのかなあ。」
「さあ、そうなんじゃないの?それじゃ行こうぜ。」
そっけなく翔子は答え、十六夜の手を引っ張って部屋を出る。
かくして、それぞれの時間が始まったわけである。

町から少し離れたところにある林。3人と2人が出会ったところとは別の林。
川のせせらぎが、心地よく林の中に響いている。ジェンドはそこにきていた。
もともと、ジェンド達3人は、賞金がかけられたモンスターを退治し、
その報酬によって生計を立てていた。
町の宿屋のはりがみを見て、ここにやってきたわけである。
「ちっ、それにしてもおおざっぱだな。この林の中の川のどこかだと?」
はりがみに書かれてあったのは、こんな文だ。
『この町より西の方角にある林。その中を流れる川の近くに出現する、
魔物の死体を持ちかえる事。そうすれば・・・。』
しっかりと報酬は書かれてあったが、詳しい場所はまるで書かれていない。
ということで、川岸をずんずんと歩いているわけなのだ。
「ふう、こりゃあきらめたほうがいいか・・・。」
そしてくるりと町の方へ向きを変えた時、突然川の中から飛び出したものがあった。
そう、ジェンドが探していた魔物である。
実は川の中に息を潜め、ジェンドが隙をみせるのを待っていたのである。
しかしジェンドは、それを予測していたかのように、
ひらりと攻撃をかわし、素早くその魔物に切りつけた。
川岸に体全体を現した魔物の手から、血が滴り落ちる。
「馬鹿なやつだな。お前の殺気に気付いていない私だと思ったのか?
1人芝居にまんまと引っかかりやがって。」
不敵な笑みを浮かべたまま、剣を構えるジェンド。
魔物はおびえたように命乞いを始める。
先ほどの一撃で、勝てる相手ではないと判断したのだろう。
油断させてその隙に、という作戦に出た。
『オ、オマエノカチダ。ダカラミノガシテ・・・』
しかしその言葉が終わらないうちに、
ジェンドは素早く懐に飛びこみ、その魔物の急所を刺した。
声も立てずにその魔物は倒れ、そして絶命する。
「そんな見え見えの芝居はするなよ。まあ、簡単に終わって楽だったぜ。」
最初に切りつけた時以外の血は流れていない。当然返り血も浴びていない。
それを見てジェンドは、
「これなら十六夜にばれずに済むな。」
と少しつぶやいて、血がついた剣を川の水で洗い始める。
実は十六夜には、こういった仕事は秘密にしてある。
十六夜に知れると、当然猛反対してくるのが分かっているからだ。
ジェンドは剣を洗い終わるとそれをさやに収め、死体を担いで町へと歩き出した。

「うーん、このまんじゅうはうまい。」
ここは町の食品市場。カイの提案で、キリュウはここにつれてこられたわけだ。
さっきからカイは、手当たり次第に食べ物を買っては食べているのだ。
そんなカイを見ながら、キリュウは後悔の念でいっぱいだった。
一向に情報収集に入らないのだから。
もっとも、キリュウの目的は試練探しだから、そんなに急ぐ必要はないのだが、
こうばくばくと目の前で物を食べられていては、いらだってくるのも時間の問題だった。
「カイ殿、情報集めをするのではなかったのか?」
りんごにかじりつくカイに向かって、しびれを切らしたキリュウがたずねた。すると、
「だからこうやって、食べ物の情報を集めてるだろ。キリュウさんもいろいろ食べてみなって。」
と言って、りんごを投げてよこした。仕方なく受け取ったそれにかじりつきながら、
キリュウはぼそっとつぶやいた。
「まるでルーアン殿だな・・・。」
みさかいなく食べ物を食べつづける姿は、まさにルーアンに通ずるものがあった。
そして、ようやく市場をぬける。
「それじゃ酒場ヘレッツゴーだ!」
相当な元気のカイに引っ張られ、キリュウはなすすべもなく酒場へと連れられていった。
酒場に入ると同時に、2本の酒を注文するカイ。
テーブルの上にでんと置かれた大きなコップを見て、キリュウは言った。
「カイ殿、私は酒は飲みたくないのだが・・・。」
「なんだそうなのか?じゃあ俺が全部飲むよ。・・・ぷはー、やっぱり酒はうまいなー!」
上機嫌に酒を飲むカイ。実はこれは、カイが宿屋を出た時に考えた作戦で、
おとなしいキリュウが一緒なら、自分の好きなことが思う存分できるとふんだのである。
結果、こうして食べて飲んでしているわけだ。
2本目の酒を飲みにかかるカイを、キリュウが唖然と見ていると、
突然目の前のカイが岩に変わった。いや、どこからか飛んできた岩に、カイがつぶされたのである。
驚いてキリュウが酒場の入り口の方を見ると、そこに、報酬を袋に抱えたジェンドが立っていた。
「おお、ジェンド殿。さすがだな。」
キリュウの声を聞かずに、つかつかとテーブルにジェンドが歩いてきた。
「カイ〜。貴様、真っ昼間から飲んだり食ったりと。ゆるさーん!」
「ジェ、ジェンド。いや、これは情報集めに・・・。」
そこでカイは言うのをやめた。キリュウが不敵な笑みを浮かべているのが見えたからだ。
キリュウはジェンドを押しのけ、短天扇を広げてカイのまん前に立った。
「まったく、あからさまに情報集めではないぞ。うそをつくのはいかんな。」
「い、いや、その・・・。」
「どけ、貴様。カイへのお仕置きは私がやる。」
すごい剣幕のジェンドを見て、キリュウは言った。
「とりあえず私にやらせてくれ。万象大乱!」
そしてカイの上に乗っていた岩が巨大化する。
「うわー!!」
たまらず叫び声をあげるカイ。
「試練だ。耐えられよ。」
冷静な表情でキリュウは言い放ったが、
それを周りで見ていた他の客は、唖然としてそれを見ていた。
そしてジェンドは、少し驚きながらもキリュウにたずねる。
「なんだ、今のは?魔法か?」
魔法の意味が少し分からなかったキリュウだが、少し笑ってこう答えた。
「これが私の能力というわけだ。ジェンド殿が剣術の使い手であるのと同様にな。」
それを聞いたジェンドは、キリュウと同じように笑った。
「ははは、そうか。なかなかにすごいやつだな。」
「そなたもすごいぞ。あんな岩をどこから投げるのやら。」
「それは秘密だ。さて、宿に戻るとするか。
カイ!貴様はもうちょっとそのまま反省していろ。ちゃんと後始末もしとけよ。」
そしてジェンドとキリュウは酒場を出ていった。
あとに残されたカイはしくしく泣きながら、
「うう、動けないよー。だれかー。」
と、助けを必死に求めていた。

少し時間を戻そう。翔子と十六夜、そしてツァルは、広場の噴水のそばに腰掛けていた。
キリュウが言ったことだから、せめて話ぐらいは聞かないとまずいだろう、と翔子は思い、
ひたすら十六夜の話を聞いていたのだ。
「ふーん、魔物と仲良くするためにねえ・・・。」
「そう、ぜったいみんな友達になれるはずなんだ。」
この町に着くまでに、翔子にはちらちら聞こえていたので、言いたいことはおおよそ分かっていた。
しかし分からない事があった。十六夜の言っていることはほとんどそういう事で、
いったい何がためになるのかという事が、翔子にはまるでわからなかった。
確かに、争いごとが無くなるのはよいことだ。だが、そんな事は翔子もまったく承知の上である。
やはり訳がわからず、翔子は十六夜にたずねてみた。
「なあ、ほかにキリュウに話したことってないの?」
「うーん、多分それで全部だよ。ねえ、ツァル。」
「シャギャ。」
鳴き声と共にツァルがうなずく。
それを見て翔子は、これで全部なのか、と納得した。
もっとも、頭の中は疑問符でいっぱいだったが。
(結局あたしが分かったのは、争い事をしないのがいいっていう事と、
種族が違っても仲良く出来るという事か。これで精進になんのか?
こんなことぐらい、どっかの本にでも載ってそうじゃないか。
ひょっとしたらまだ分かることがあるのかなあ。キリュウが深く考えすぎたんじゃないのか?
でもなあ、あの自信のありようはただ事じゃなかったし・・・。)
難しく頭をひねっている翔子を見て、十六夜は言った。
「ねえ、今度は翔子さんが何かお話してよ。ツァルも聞きたがってるよ。」
「へ?あたしが?」
一転して別の問題に頭を悩ませる翔子。
長々と話を聞かせてもらったのだから、そう邪険には出来ない。
しかし、話を聞いているうちに翔子も疲れてきている。
どうしたもんかと考えているうちに、翔子はピンとひらめいた。
「あたしの話は、何か食べながらじゃないと話しちゃいけない決まりになってるんだ。
というわけで、何か食べに行こうか。」
「そうなの?じゃお買い物に行こう。」
そして3人は食べ物を求めて、食品市場へとやってきた。
このとき、すでにキリュウとカイは酒場へ向かっていたので、当然ここにはいなかった。
「うっひゃあ、いろいろあるねえ。さっすが。」
ものめずらしそうにきょろきょろしながらも、次々と買いあさる翔子。
お金に関しては、十六夜が持っていたので、それを借りているわけだ。
たくさん買ったところで市場を後にし、さっきいた噴水のそばに腰を下ろす。
「でもなんか様子が変だったなあ。ついさっきいた剣士さんにそっくりだね、なんて言われちゃって・・・。」
「翔子さんみたいにたくさん買ったんだね、その人も。
それより、早くお話聞かせてよ。」
すると翔子は食べ物をほおばって話し始めた。
「んんんーんんーんんん。」
当然十六夜にそれがわかるわけもない。
「ちゃんと口の中を空にしてしゃべってよ。」
それを聞いた翔子は口の中を空にして、
「食べながらじゃないと話しちゃいけないって言っただろ。」
と、にやりと笑った。十六夜は最初はぽかんとしていたが、
やがてほっぺをぷうとふくらませて言った。
「そんなのずるいよ。それじゃ僕には分からないじゃない。」
「ははは、冗談だよ。ちゃんと話はしてやるからさ。昔々・・・。」
翔子は、自分が普段経験していることを、当り障りの無いよう、物語風にして聞かせてやった。
全てを話し終わったとき、十六夜はすやすやと眠っており、翔子はくたくたになっていた。
「ふうー、疲れた。慣れないことはするもんじゃないな。
それにしても途中で寝ちまうなんて、やっぱり子供だな。
まあツァルが聞いてくれてたからいいか。それじゃ宿に帰ろう。」
「シャギャ。」
十六夜をおぶり、ツァルを肩に乗せて、翔子は歩き出した。

そして夜。宿の5人部屋で、キリュウ、カイ、ジェンドが話し合っていた。
十六夜、翔子、ツァルはもう眠っている。
「結局邪神竜の情報はなしか。うーん・・・。」
「カイ、食って飲んでた貴様が言えるセリフではないだろ。」
「まったくだ。散々私をひっぱりまわしておきながら・・・。」
「ま、まあ、詳しい聞きこみはまた明日ってことにしようじゃねーか。」
「断っておくが、私と翔子殿は、明日別の場所へ行くのだからな。」
「なんだそうなのか。せっかくカイをいじめる、いい相棒が出来たと思ったのにな。」
「ジェンド・・・。俺はもう寝る。おやすみ。」
「カイ殿、試練だ、耐えられよ。」
「昼間も聞いたな。一体なんなんだよ、それ。俺は寝るんだからな、お休み・・・。」
そのままカイはいびきをかいて眠りだした。
「ははは、それでは私も眠るか。今日は楽しかったぞ。おやすみな、キリュウ。」
「楽しかったなら結構だ。おやすみ、ジェンド殿。」
そして明かりが消され、真っ暗になった後、翔子がむくりと起き上がった。
横からキリュウをつつく。
「なんだ翔子殿か。どうしたというのだ。」
「実は何がためになるかって事を訊こうと思ってさ。いいかげん教えてくれよ。」
翔子の必死に頼む姿を見て、キリュウは少し笑みを浮かべた。
「ふふ、翔子殿には難しかったか。では教えよう。それは自然との調和だ。」
「調和?待てよ、話を聞いただけでそんなものは分かる訳ないだろう?」
するとキリュウは仰向けになって言った。
「自然の中に存在する。これは人間だろうが魔物だろうが、生物はみな一緒だ。
しかし人間だけは、人工というとりでの中にこもっている。これでは人間を自然と呼ぶのは難しい。」
「でもここの人たちは、そんなに人口の中で生活してるってふうには見えないけど・・・。」
「いずれそうなる。私にはなんとなく分かるのだ。現在と未来は違うからな。」
キリュウのしっかりした口調に、翔子はうなずくしかなかった。さらにキリュウは続ける。
「十六夜殿の考えはそれを崩す。つまり、自然の戒律に従って生きる魔物達と仲良くしてこそ、
初めて自然に近づける。つまり自然への一体化が可能となるわけだ。」
しかし翔子は反発する。
「そんなんでうまくいくのか?結局は主従関係が出来たりするんじゃないのか?」
再びキリュウは横に向いて言う。
「私はそうは思わぬ。ジェンド殿から、“魔物は賢いやつが多い”と聞いた。
となれば、十六夜殿が橋渡しの役となって、見事調和につながるはずだ。
そして自然の摂理なるものを、人間達に教えてくれるはず。
ふふ、実にこの世界は興味深い。おおそうだ、今思いついた試練を書きとめておかねば。」
そしてキリュウは起き上がると、試練ノートに文字を書き始めた。
「どんな試練なんだ?それは。」
「陽天心のかかった物達と仲良くなる、というものだ。」
それは絶対に無理だと翔子は思いつつも、眠りに入った。
そして夜が更けてゆく・・・。