翔子と紀柳のパラレルワールド日記(「ドラえもん」編)


「出会い」

風景はどこにでもあるような、そんな感じだ。
明らかに違うのは雰囲気。確かに違う世界だと思わせる、独特の雰囲気があった。
困っているのは、今私一人だということ。翔子殿と扉を開けて中に入ったまではよかった。
しかし、この世界に着いた時には、翔子殿の姿は無かった。近くにいる気配すらも・・・。
「翔子殿。一体どこに行ってしまったのだろう・・・。」
当然、大騒ぎになるといけないので、短天扇を使うのをやめ、道を歩きながら翔子殿を探す。
しかし道ですれちがう人すらいない。何故こんなに静かなのか。
そんな事はもちろん、私に分かるはずもなかった。
「一人とは寂しいものだな。
とうの昔に、そんな事には慣れてしまったと思っていたのに。翔子殿・・・。」
一人つぶやきながら、町中を歩く。
それが30分は続いたろうか。やっと前の方から誰か歩いてくるのが見えた。しかし、
「あれは・・・一体なんだ?」
明らかに人ではない。まん丸くて青くて・・・。
最初は狸にも思えたが、2本足で立って歩く狸などいるはずも無い。
手には袋を持って、上機嫌に口笛を吹きながら歩いている。
よく見ると動物でもないように思えた。一体これは・・・。
驚いて立ち止まっていると、その丸いのがこちらに向いた。
「どうしたんですか?」
なんとしゃべった。しかも日本語だ。うーむ、ますますわけがわからん。
しかし、細かい事を気にしている場合ではないな。初めて会った人(?)なのだから。
少したずねてみることにしよう。
「人とはぐれてしまってな、それで困っていたのだ。山野辺翔子という女の子なのだが、知らないか?」
するとその人はこう答えた。
「人探しだったら手伝いますよ。ちょっと僕に付いてきて下さい。」
なんと、親切な人もいたものだ。話をして正解だったな。おっと、自己紹介をせねば。
「私は紀柳という。そなたは?」
「僕ドラえもんです。よろしく。」
ドラえもん・・・。なんとも不思議な名前だ。
数分ほど歩き、空き地に到着した。そこにある土管に腰を下ろす。
「これちょっと持ってて下さいね。えーと、たしか・・・。」
私に袋を手渡して、お腹のあたりにあるポケットに手を入れ、
なにやら探し始めた。何をするつもりだ?
「あ、そうか。あれは修理中だった。どうしよう・・・。」
そうこうしているうちに雨が降ってきた。
踏んだり蹴ったりとはこのことだな。
袋がぬれないように、あわてて抱え込む。
「まったく、どうして雨なんか・・・。」
「雨・・・そうだ、あれがあったんだ。人探し傘!」
ドラえもん殿が名前を叫びながら一本の傘を取り出す。
むむっ、あんな小さいポケットからどうやって取り出したのだ?
しかしそれよりも驚いたのは、傘を出すと同時に、
辺りがなにやら光った事だ。なんだったんだ?一体。
「この傘をさして歩くと、探している人がどこにいるか、矢印が教えてくれるんです。
ハイ、どうぞ。」
袋と交換したかたちでその傘を受け取る。
人探し傘など・・・いくらなんでもできすぎではないのか?
その傘をさしてみると、てっぺんについた矢印がくるくると回りだし、ある方向を指して止まった。
「その矢印にそって歩いていけば、必ず見つかりますよ。」
「そうなのか?うーん、すまぬが一緒に付いて来てもらえぬか?
この町は初めてなのでな。」
「いいですよ、それじゃ行きましょう。」
2人とも立ち上がって、傘をさして並んで歩く。
傘を持っているのは当然私で、ドラえもん殿は袋の中のお菓子を食べながら歩く。
「それはなんだ?」
「ドラ焼きですよ。一つどうですか?」
「いいのか?ならいただくとしよう。」
ドラえもん殿からドラ焼きを受け取って一口食べてみる。
甘いな・・・、しかしなかなかのものだ。
「ふむ、おいしいではないか。」
「でしょう。僕はこれが大好物なんです。」
ドラ焼きが大好物なドラえもん殿か。
ふふ、なかなかしゃれが効いているではないか。
そうそう、この傘をどうやって出したのか訊いておかねば。
「ドラえもん殿、さっきどうやってこの傘を出したのだ?」
「この四次元ポケットから出したんです。」
「四次元ポケット?」
「そうです。ここにはいろんな道具が入ってるんですよ。」
なんと、すごいものがあるのだなあ。
それなら短天扇の力を使ってもよかったのではないか。
ふむ、後でお礼がてら使ってみることにしよう。
傘の矢印に従って歩いて10分は経ったろうか。一軒の家の前に到着した。
「あれ?ここってスネ夫くん家だ。この家にいるみたいです。」
「スネ夫?まあいい。さっそくたずねてみよう。」
玄関のドアの前まで行き、呼び鈴を鳴らす。
すでにドラえもん殿は傘をポケットにしまっていた。
「はーい。あれ、ドラえもん。どうしたの?」
中から出てきたのは、頭も口もとがった少年だった。おお、初めて人に会えたぞ。
「この人の探してる人が、スネ夫くん家にいるって傘が教えてくれたから来たんだけど。」
「そうなの?まああがってよ。そちらのおねーさんも。」
「うむ、おじゃまする。」
家の中は豪華なつくりになっていた。きっと大金持ちなのだろう。
途中で紹介もしてもらった。もちろんこちらも名乗る。
リビングに案内されると、すでに客が4人いた。そのなかに、
「紀柳!よかった、やっと会えたよ。」
「翔子殿!おお、本当にいるとは。ありがとう、ドラえもん殿。」
部屋に入ると同時に2人で手を取り合って喜ぶ。他のみんなは少し唖然としていたが、
「よかったですね、見つかって。」
「ほんと、これで招待したかいがあったってもんだ。」
口々にねぎらいの言葉をかける。本当によかった・・・。
しばらくの感動の後、全員で自己紹介をする事にした。
「さてと、あたしからいくぜ。と言っても知らないのはそこのドラえもんだけか。
あたしは山野辺翔子。よろしく。」
「次は僕。野比のび太です。よろしく。」
眼鏡をかけた少年はのびた殿か。もう少しなにかしゃべればよいのに。
「つぎはあたし。源しずかです。女の子どうし、仲良くしてくださいね。」
おさげの女の子は、しずか殿か。もちろん、こちらもよろしく頼むぞ。
「えーと、この家に住んでる骨川スネ夫です。容姿も頭も抜群でーす。」
とんがった少年は早々に終わらせた。スネ夫殿、少し勘違いしてないか?
「次はおれ。剛田たけしです。歌とケンカが大得意。というわけでこれから一曲いきまーす。」
「じゃ、ジャイアン、歌は別にいいよ。」
「そうそう、まだ紀柳さんが終わってないし。」
なんだ、私の名前はもう知っているのか。おそらく翔子殿が言ったのだな。それなら、
「私の事はすでに翔子殿から聞いたのであろう?なら歌とやらを聞かせてもらおうではないか。」
「そうこなくっちゃ。というわけでいっくぜ〜!」
いきなり懐からマイクを取り出し、その大柄な少年、たけし殿が歌い出した。
「ぼげぇ〜!!」
おおっ!?こ、これは・・・。そして私は気絶した。

「・・・りゅう、紀柳。」
「う、うーん。」
「良かった。このまま起きなかったらどうしようかと思ったよ。」
「翔子殿・・・?」
いつのまにか見知らぬ地に私はいた。他にいるのは翔子殿だけである。
「他の皆はどうしたのだ?ここはどこなのだ?」
「ここは無人島だってさ。ドラえもんに頼んで連れてきてもらったんだ。
他の皆はもう家に帰ったよ。つまりあたし達だけがいるって事。」
無人島?しかも私達だけ?ということはもう帰るのか?
「翔子殿、私はまだ自己紹介しかしておらぬのに。」
「また今度来りゃいいだろ。とりあえず、詳しく話すよ。」
翔子殿によると、たけし殿、いや、ジャイアン殿が歌った歌により、
私は6時間ほど気絶していたらしい。
翔子殿は気絶を未然に防ぎ、私が気絶している間に、
ドラえもん殿に色々な道具を出してもらって、皆と遊んでいた。
ここに来れたのも、道具の1つである「どこでもドア」とやらのおかげだという。
それから、翔子殿が彼らと知り合ったのは、
たまたま野球の助っ人を翔子殿がかってでたのがきっかけであった。
「とにかくここはすごいぜ。これなら、万象大乱も使い放題だろうな。
というわけで、今回は一度帰ってさ、また別の時に来よう。
あんまり何日も滞在するべきじゃないし。」
「なるほど、それで無人島か。しかし試練は・・・」
「ジャイアンの歌を七梨に聞かせりゃいいだろ。もっとも、紀柳が気絶するぐらいだから、
相当つらい試練になるだろうけど。」
ここまで言われると、何も言えなかった。
ふむ、では帰るとするか。疑問点はまた今度だな。
「じゃあ念じて。」
「うむ。」
次の瞬間、扉が並ぶあの広間に私達はいた。そして、案内人の女性がそこに立っていた。
「すみません、あの世界に行ったとき、2人ばらばらになってたでしょう?
実は立ち入り禁止の札を下げるのを忘れていまして。申し訳ありません。」
いきなり頭を下げて謝ってきた。翔子殿が聞き返す。
「立ち入り禁止だったの?それってかなりやばいんじゃ・・・。」
「いえいえ、危険な事ではありません。ですが、あまり行くべきではなかったということです。
心配しなくても、今度はそんな事がないようにしておきますから。」
ともかく、早く(本当は時間がかかったが)帰ってきて正解ということか。しかし、
「次はそんな事がないようにしてもらいたいものだな。」
と、注意する。すると、
「本当にごめんなさい。もう、だからここの管理人は私には無理だって言ったのに・・・。」
なんと文句を言い出した。ううむ、大丈夫なのか?
「あのさあ、そっちにも事情はあるんだろうけど、あたし達は招待されたんだからね。」
翔子殿がさらに注意すると、
「すみません、独り言ですから気にしないで下さい。ちゃんとしますから。それでは。」
そしてその女性は姿を消した。まあ、心配するのはよすとするか。
「さてと、次はどこに行く?」
「安全そうな場所にしよう。」
当然、扉の札でそれを判断するしかないのだが、怪しそうなのは遠慮できる。
しかし、試練も見つけないとな。私の目的はそれなのだから。
なんとなく、違う世界の怖さが分かったような気がした。