★「御墨付き」
智子「ふっふっふ…。これはね、権力や権威のある人から保証を得ることを言うの」
悟「なんでお姉ちゃん笑ってるの…」
智子「それはね…ナイショよ、ナイショ」
悟「…えっと、使い方は?」
智子「その前に由来を知りたくない?歴史のお勉強〜」
悟「う、うん」
智子「よろしい。昔、将軍や大名が領地替えや石高を上げる時なんかに…」
悟「うん」
智子「黒印を押した文書を家来に渡したことから言うのよ」
悟「へえ〜…。…ねえお姉ちゃん、領地替えや石高って何?」
智子「さあて、使い方は“上長のお墨付きがあるからスタートさせても大丈夫”とかかな」
悟「お姉ちゃんってば。中途半端はよくないよ?」
智子「ここより詳細は更に勉強ー!」
悟「…誤魔化した」
★「遅蒔きながら」
智子「蒔く、ってあるように、種蒔きからきてるの」
悟「ふうん。どういう意味?」
智子「時機から外れた頃に事を成すという事ね」
悟「時代遅れってこと?」
智子「それはちょっと違うんじゃないかな…」
悟「じゃあ…出遅れ、とかってことかな?」
智子「うん、そんな感じね。ちなみに、遅蒔きでも立派に花や実をつける事もあるよね?」
悟「うん」
智子「それで、自分の行為を謙遜して言う場合にも使うの」
悟「へええ…」
智子「使い方は“彼女は遅蒔きながら研究報告を提出した”かな」
悟「ところでお姉ちゃん、忘れてることってない?」
智子「何が?」
悟「記念ものとか…」
智子「ああ…遅蒔きながら、この解説言葉も100を到達しましたーって事?」
悟「うん」
智子「総数が総数なだけに記念ってものでもねえ…」
悟「次は1000だね、お姉ちゃん」
智子「うーん…」
★「お為ごかし」
智子「おおっと!悟君、この言葉知ってる?」
悟「何それお姉ちゃん。新しいパフォーマンス?」
智子「そんな冷めた目で見なくても…」
悟「あ、ご、ごめんなさい。えっと、僕は知らない言葉だけど?」
智子「はいはい。表面上はいかにも相手のためであるようなそぶりを見せながら…」
悟「見せながら?」
智子「実は自分の利益のためや相手の害になるような事をするっていうことよ」
悟「へえ…。要するに嘘つきさんだね」
智子「そ、そんなもんかな。さて使い方は“いい人だと思っていたのに、あれがお為ごかしだったなんて…”」
悟「わっ、お姉ちゃん誰に騙されたの?」
智子「いや、あたしのことじゃなくってね…」
悟「だ、誰なの誰なの?」
智子「あくまでもたとえで使っただけだから…」
悟「なあんだ」
智子「…そこってがっかりするところなの?」
★「遠近」
智子「はーい。これは“おちこち”って読みます」
悟「えっ、えんきんじゃないの?」
智子「ふっふっふ、そうなんだよ。で、あちらこちら、ここかしこって意味なの」
悟「へええ…」
智子「また、未来と現在、とかいった時を表す代名詞でもあるの」
悟「ふうん…」
智子「さて使い方は、“年末の今、この会場は遠近から集まった人たちでいっぱいだ”ってとこかな」
悟「うんうん」
智子「ちなみにそれがどこかは…触れないでおくけどね」
悟「どうして?」
智子「それは企業秘密だからだよ、悟君」
悟「ふ、ふうん?」
★「落ち零れ」
智子「これは落ちて散らばっているもので、残り物とかおこぼれっていう意味なの」
悟「僕はあんまりいいイメージで聞かないんだけど…」
智子「そうね…。授業についていけないような生徒の事をさす時にも使われたりするしね」
悟「ひどい悪口だよね」
智子「一概にそうでも無いんだけどね。さて使い方は、“彼についてゆけば落ち零れにあずかれるかもしれない”」
悟「あれ?ようするにおこぼれって事?」
智子「いや、そういう意味なんだけど…ね」
悟「うん…」
★「乙」
智子「ちょっと変わっていて趣があるってことね」
悟「甲乙丙の乙、だね」
智子「ええそう。邦楽において高い音域の甲音に対する乙音の事で、違った味わいがあるからなの」
悟「へええ、そんなのがあるんだあ」
智子「そうそう。さて使い方は、“このつまみなかなか乙なもんだね!”かな」
悟「ねえねえ、イカすってのとはまた違うの?」
智子「うーん、結構似てるかもね」
悟「本屋のおじさんも乙とかって言えばいいのにね」
智子「いや、あの人の場合はまた違うんじゃないかしら…」
★「追っ付け」
智子「これはね、まもなく、すぐに、直ちにって事なの」
悟「なんか急いでるね、お姉ちゃん」
智子「使い方は“私は追っ付け会場に参上した”ってとこかな」
悟「お姉ちゃんってば」
智子「はいはい、もうおしまいよ」
悟「何も解説外も追っ付け終わりにしなくても…」
★「押っ取り刀」
智子「これはなんだと思う?」
悟「日本語」
智子「あのね、そういう事じゃなくて…。おほん、取るものもとりあえず駆けつける様を言うのよ」
悟「どうして?」
智子「刀を腰に差す暇もなく、手に持ったまま駆けつける意味からね」
悟「そっかあ、昔の言葉なんだね」
智子「まぁ、今じゃ刀はそうそう見ないしねえ」
悟「じゃあ使い方は?」
智子「“彼から一大事の呼び出しをくらって、押っ取り刀で駆けつけた”ってとこかな」
悟「へええ、普通に使えるんだね」
智子「そりゃそうでしょ。…それにしても、やな事思い出しちゃったな…」
悟「なになに?事件でもあったの?」
智子「まぁ、そういう事ね…」
悟「わっ、お姉ちゃんが遠い目してる…」
★「男前」
智子「これは男として観賞に耐えるような容姿。また、男らしい顔つき態度を表すのよ」
悟「要するにかっこいい人ってこと?」
智子「うーん、多分そうなんだろうねえ…」
悟「使い方は?」
智子「“彼は今回の仕事でまた男前を上げた事だろう”とかかな」
悟「へえー?」
智子「ところで悟君は将来男前になりたい?」
悟「どうかなあ…。僕、それよりもっとお勉強したいな」
智子「へええ、学者志望?」
悟「研究者だよ。色んな法則を見つけて見事世の中を操れたら凄いじゃない?まずは知識からだけどね」
智子「そ、そう…」
悟「なんてのは冗談だけどね。でも研究はしたいなって思うよ。お姉ちゃんみたいに」
智子「あー、なるほどね」
★「落とし子」
智子「あたし達には縁が無いような…いや、あってほしくない言葉ね…」
悟「そんな感じだよね…で、どんな意味なの?」
智子「正妻以外の女性に産ませた子供。特に身分の高い人の子供をいう事が多いの」
悟「…身分?」
智子「といわれてもぴんとこないかもしれないね」
悟「うん」
智子「ちなみに落とし胤(おとしだね)とも言うらしいよ」
悟「ふうん?」
智子「さて使い方は“彼はある華族の落とし子と言い張るが、信憑性のほどは皆無だ”とかかな」
悟「…お姉ちゃんはたとえばこの言葉どんな時に使うの?」
智子「使わないってば」
悟「本当に?」
智子「本当よ、本当」
悟「でも、お姉ちゃんがどこかの国のお姫様だったりしたら…」
智子「何の話よそれ…」
★「訪い」
智子「さあて悟君、この漢字が読めるかなあ?」
悟「えええっ?う、うーん…僕には難しいよ…」
智子「おほん。これは"おとない"って読んで、音がたつっていう意味から、それによって感じられる様子や気配なの」
悟「へえ…音がたつ?ふうーん…」
智子「でもって、訪問すること、人の噂や評判のこともさすの」
悟「あ、訪問って出てきた。うんそういう事なんだね」
智子「そう。使い方は…“彼女の訪いはどこからも煙たがられてしまう…”かな」
悟「…彼女って?」
智子「いや、彼でもいいんだけど…」
悟「お姉ちゃんの場合は何人かいそうだね」
智子「あははは…」
★「音に聞く」
智子「これはね、直接ではなくて人の噂や評判などで聞くっていう事なの」
悟「声って音だもんね」
智子「そうそう。また、評判が高いっていう意味でも使うの」
悟「ふうん…で、その使い方は?」
智子「“彼は音に聞くほどの手品師だという事だ”かな」
悟「それって…」
智子「言わずもがな、ね。悟君だって見ればやっぱり驚くでしょ?」
悟「うん、魔法使いみたいだって」
智子「…そうよねえ。あれは手品じゃなくってむしろ…」
★「鬼の目にも涙」
智子「これはたまに聞くと思うよ」
悟「でも、鬼なんて居ないんじゃないかなあ…」
智子「いやいや、そういう事じゃなくて…」
悟「なに?」
智子「どんな無慈悲な人でも、情にほだされて慈悲の心を持つことがあるという事ね」
悟「鬼っていうのは、無慈悲という事の比喩なんだ?」
智子「そ、そう、そうなの(なんかわざと聞かれてる気がするような…)」
悟「どうしたの?」
智子「な、なんでもない」
悟「ねえねえ、使い方は?」
智子「えーと、“あれだけ厳しかった人が助けを出してくれた事こそ、鬼の目にも涙ではないだろうか”」
悟「…どういう事?」
智子「う、うーん…難しいなあ…」
悟「お姉ちゃんが仮に鬼だったら、涙を流したらそうなるよね?」
智子「…それはまた違うんじゃない?」
★「十八番」
智子「きたきたきた、きたよ悟君!」
悟「随分張り切ってるね、お姉ちゃん」
智子「そりゃそうよ!十八番ってのはね、その人の得意とする芸や技の事を言うの」
悟「へええ」
智子「それが転じて、よく口にする言葉や癖なんだって…あれ?」
悟「そんな意味もあるんだね、ってどうしたの?」
智子「こんな意味もあったんだなあって感心してたの、うんうん」
悟「お姉ちゃん、自分で感心してどうするの…」
智子「おほん。ちなみに由来は、歌舞伎の市川家の十八番の台本が箱の中に納められていたから、だって」
悟「歌舞伎からきたんだね」
智子「だから“おはこ”なのねえ…。あ、使い方は“手品は彼の十八番だから任せときなさい”かな」
悟「…身近な使い方だね」
智子「あたし達にとってはね」
悟「お姉ちゃんの十八番は?」
智子「そりゃあもちろん…」
悟「謎解きだよね。僕知ってるもん」
智子「それについては、どっちかって言えば悟君の方が…」
悟「え?」
★「御祓い箱」
智子「これはね、不用品を捨てたり、会社を解雇される事を言うの」
悟「僕よく聞くよ。世知辛い世の中なんだなあって常々思うんだ」
智子「そ、そう…」
悟「ところで、どうしてお祓い箱って言うの?やっぱり、箱の何かを祓うの?」
智子「ああ由来はね、“昔、伊勢神宮で配られていた御祓いの札を入れた箱を御祓箱”って言ってたんだって」
悟「うんうん」
智子「で、“新しい札が来ると古い札が不要になるから”だって」
悟「へええ…要するに、いらないものってことだね?」
智子「そういう事ね。さて使い方は“働き出して三ヶ月も経たないのに、御祓箱になってしまった”かな」
悟「…ねえ、お姉ちゃんは御祓箱になったりしないよね?」
智子「だって、駄菓子屋なんてあたしの家しかやってないでしょ?だから大丈夫」
悟「でも、街が駄菓子屋を御祓箱にしちゃったら…」
智子「それはさすがにしょうがないよ…」
悟「うーん…」
★「覚束無い」
智子「はっきりしない、ぼんやりしている、心もとなくて不安…そんな意味だね、これは」
悟「ふらふら〜ふらふら〜って感じだよね」
智子「う、うん…。これはね、つかみどころがなくって、不安な気持ちが起きる場合に使うの」
悟「…あんまり冗談でも使えないんだ?」
智子「冗談かどうかは場合によると思うけど…“飲みすぎた酔っ払いの覚束無い足取りを見ていられない”とかかな?」
悟「ああ、危険がいっぱいってことだね?」
智子「そう、多分…」
悟「お姉ちゃんのその反応も覚束無いって言うんじゃないの…?」
★「お神酒」
智子「これは神前に供えるお酒の事なの。単純に酒をしゃれてこう呼ぶ時もあるけどね」
悟「………」
智子「悟君?」
悟「…うん」
智子「どうしたの?どこか具合悪いの?」
悟「…使い方」
智子「…ああ、うん。“お神酒を振る舞われて、まことに申し訳ない限りです”とかかな?」
悟「………」
智子「悟君?」
悟「………」
智子「…もしかして無口なのは長月さんの真似?酒屋だから?」
悟「…うん」
智子「やれやれ…」
★「御眼鏡」
智子「物事の良し悪し、人の能力。こういったものを見抜く能力のこと。または鑑識眼、ね」
悟「よく、御眼鏡にかなう、って言うんだよね?」
智子「そうだよ。それは、上に立つ人から、能力や人柄なんかを高く評価されて、良いと認められる事なの」
悟「へええ…」
智子「さて使い方は、“彼は社長の御眼鏡にかない、重要な地位を任された”とかかな」
悟「この町内じゃあどんな人がそうなのかな?」
智子「うーん、上司っていないからねえ…」
悟「お姉ちゃんの御眼鏡にかなった人っている?」
智子「いやぁ、あたしなんてまだまだ上ってわけじゃ…」
★「思いなしか」
智子「これはね、そういう風に見るとそんな感じがする…とか、気のせいか…っていう意味なの」
悟「思ってるとこう見えてくる…っていう感じ?」
智子「そうそう。先入観を持って物事を見るような場合に使うんだよ」
悟「へええ」
智子「使い方は“彼は思いなしか怒っているように見えた”ってな具合かな」
悟「ねえねえ。お姉ちゃんはレコード屋のお姉ちゃんとかどう思う?」
智子「えっ?ステキな人じゃない。こんなの常識!うんうん」
悟「…それって、お姉ちゃんがそう思ってる、んだよね?」
智子「なぁーにを言ってるかなあ、悟君。あたしちょっと怒っちゃうよ?」
悟「ちょ、ちょっとどころに見えない…んだけど…」
★「思いの丈」
智子「言いたい事ははっきりと!思う存分に言わないと!ね」
悟「ど、どうしたのお姉ちゃん?」
智子「これは相手を思う心情のすべて、思いのありったけって事なの。主に男女の愛情について言うみたい」
悟「なるほど、それで最初はりきってたんだね」
智子「そうよ。さて使い方は、“思いの丈を伝えれば、彼女もきっと振り向いてくれるはず”とかかな」
悟「お姉ちゃんはそういう人いないの?」
智子「あたしの事より悟君はどうなの?」
悟「僕は別に…」
智子「ほらほら、遠慮しないでお姉ちゃんにどーんと話してごらんなさいって」
悟「…お姉ちゃんが」
智子「え?」
悟「って言ったらどうする?」
智子「…どうするって言われても…本気なの?」
悟「ううん、たとえばなんだけど…」
★「思う壺」
智子「これは、物事が期待通りの結果になる事なの」
悟「なんで壷なの?笑いをとるときツボにはまるって言うから?」
智子「そうじゃなくて、さいころ博打で振る壺の事がそれで、思うように目が出る事から、だね」
悟「へえええ?…あ、何かの映画に出てきた気がする…」
智子「そ、そう…」
悟「ねえねえ、使い方は?」
智子「あ、ああはいはい。“こんな事件に巻き込まれてはあの人の思う壺だ”かな」
悟「…それってどんな場面?あ、敵の組織が別場で起こした事件に、重要刑事が飛ばされるってやつ?」
智子「そんな難しいのじゃないけど…」
★「お山の大将」
智子「この山ってのは猿山のことなんだろうね、きっと」
悟「どんな意味なの?」
智子「狭い世界の中や仲間内で獲得した地位や権力を得意げに威張りたがる人ね」
悟「なんだかかわいそうなひとだね…」
智子「あ、ははは…」
悟「ねえねえ、使い方は?」
智子「えーと、“この町内でお山の大将で威張っていてるあの人は、隣町ではいつもへこへこしている”とかかな?」
悟「嫌な人だね、そんな人」
智子「うん、そうね」
悟「僕は絶対にならないからね!」
智子「う、うん」
★「折り悪しく」
智子「ちょうど悪いときに、あいにく…とまあ、時期が悪い様子をいうの」
悟「折り合いが悪い、ってこと?」
智子「それはまたちょっと違うかな…」
悟「うーん…ねえねえ使い方は?」
智子「はいはい。“急いでいるこの時に、折り悪しくお喋りな人に捕まった”かな」
悟「…あからさまな気がするけど、誰?」
智子「それはいうまでもないでしょ」
悟「うん…」
★「折り紙付き」
智子「何かの専門となる店の店長をやってるからには、これくらいの事は言われないとね」
悟「そうなんだ?」
智子「絶対間違い無いと信用できる人や物の事を言うの」
悟「なんで折り紙なの?」
智子「元は美術品などに鑑定保証書が付いていることを指してたみたいね。それが転じたわけ」
悟「へええ…」
智子「使い方は“彼女は先生折り紙つきのコーディネーターだから心配いらない”とかかな」
悟「お姉ちゃんは何の折り紙付き?」
智子「そりゃあもちろん…」
悟「師走おじさん折り紙付きの探偵業?」
智子「いや、違う…ことはない、かもしれないけど…うう…」
★「折しも」
智子「これは、丁度その時、っていう風に、何かが重なって起きる場合に使うの」
悟「そこへ折しも一羽の黒蝶が舞い降りた!とかだね」
智子「う、うん、そんな感じ(そんなのどこで覚えたんだろ…)」
悟「じゃあ使い方は…って、もう僕が言っちゃったね」
智子「ま、まあまあ、一応ね。“実家から父母がやってきたのに、折しもその日は出張の日だった”とか」
悟「お姉ちゃんどこに出張するの?」
智子「いや、あくまでもたとえで、あたしに出張なんて無いし…」
★「折節」
智子「その時々、とかその季節って事ね」
悟「季節の節が使われてるね」
智子「うんそうそう。あと、丁度その時、とか、たまに、とか副詞的な使い方をするんだって」
悟「たとえばどう使うの?」
智子「“折節人と会う事が億劫になってしまう時がある”とかかな」
悟「お姉ちゃんの折節って何?」
智子「季節限定のね、駄菓子をね、作りたいとは思うんだけどね、なかなかね…」
悟「お姉ちゃんなんかいいわけしてるっぽいよ…」
★「温床」
智子「苗を促成したり、寒害から護ったりするために、人工的に熱を加えた苗床だって」
悟「なんだか難しそうだね。でも、要するにあったかい場所なんだ?」
智子「まあ、苗にとっちゃあそういう事なんでしょうね」
悟「でも、別の意味もあるんだよね?」
智子「そうよ。転じて、ある風潮や習慣が育まれるのに丁度いい場所だって」
悟「あ、なんか聞いたことあるかも。えーとえーと…」
智子「たとえば、“悪の温床”とかね」
悟「ああうんそれそれ。何かの曲の題名だったよ」
智子「へえ、よく知ってるね」
悟「たまたまそれっぽい字が見えたんだ」
智子「そ、そう」
★「女手」
智子「女性の手がか弱いとか、女性の働き手、女性の筆跡って事なんだって」
悟「じゃあお姉ちゃんはまさにそれだね」
智子「まあ、たしかにあたしは女の子だからね」
悟「…どこか違うの?」
智子「か弱いってほどのもんでも…」
悟「強くないと店長さんはやってけない?」
智子「そうそう。いい事言うじゃない。例外もあるけどね…」
悟「ふうん?」
智子「さあって、使い方は“女手一つで子供を育ててきた”かな」
悟「お姉ちゃんは女手一つで店長さんやって…凄いよね」
智子「あたしの場合女かどうかってより年齢を気にしてほしいんだけど…」
★「垣間見る」
智子「これはね、物陰からこっそり覗き見る、ちらっと見るって事だよ」
悟「一部分を見てる、ってこと?」
智子「そうそう、そんな感じ。物事の一面だけを知ってるような場合にも使うんだって」
悟「どんな風に?」
智子「“あの会議で、彼女の口調の激しさを垣間見た”とかかな」
悟「お姉ちゃんはいつも誰のどんなとこを垣間見てるの?」
智子「そうだねえ、悟君の理知的なとことか」
悟「またまたあ。お姉ちゃんに比べれば全然だよ」
智子「…そんなとことか」
悟「え?」
★「返す返す」
智子「かえすがえす、って読むんだよ。間違えないようにね」
悟「どういう意味なの?」
智子「どう考えても、本当に。また、くれぐれもっていう風にくり返す意味…ってとこかな」
悟「何度も何度も、という事?」
智子「そうそう、そんな感じにくり返して…。念入りにって意味で使うこともあるね」
悟「へええ…」
智子「使い方は“あの実力が認められなかったのは返す返すも残念だ”とかかな」
悟「要するに、未練がましいんだね」
智子「こらこら、要するになんて言わないの。しかも未練がましいって何…」
悟「そんな感じがするんだけどなあ…」
★「帰らぬ旅」
智子「死んであの世に行くって事だよ」
悟「単刀直入、ってやつだね」
智子「死ぬことを旅に例えた言葉で、“死出の旅”とも言うんだって」
悟「へええ…」
智子「使い方は“あれほど止めたのに、結局彼は帰らぬ旅に出てしまった”とかかな」
悟「怖いし寂しいね」
智子「そうだね…」
悟「お姉ちゃんは旅立っちゃ嫌だよ?」
智子「さすがにあたしはそんな事しないよ…」
★「かかずらう」
智子「これはねえ、つまらない事やちょっとした事にこだわり続けている状態って事なんだよ」
悟「へええ…初めて聞いたよ」
智子「また、つまんない事や面倒ごとに関わる場合にも使うかな」
悟「ふうーん…。じゃあ使い方は…」
智子「“あなたのようなお調子者にかかずらってる暇はありません!”とかかな」
悟「お調子者…誰のこと?」
智子「別に誰のことでもないけど…」
★「かかる」
智子「このような、こんなって事だね。“かくある”というのが転じたものなんだよ」
悟「こぼした水がかかる、のかかるじゃないんだね」
智子「そういう事だね」
悟「使い方はどんななの?」
智子「“かかる事情があるにも関わらず駈け付けてくださった貴方に、感謝の言葉もありません”かな」
悟「どんな事情だったの?」
智子「それは秘密、かな」
悟「けど、とっても大事なものだったんだね…そう聞こえる」
智子「うん、そうだね…」
★「かき抱く」
智子「しっかりと抱く!抱き込むようにする!っていう事だよ」
悟「…なんで強調してるの?」
智子「“かき”っていう言葉は状態を強める言葉だからね」
悟「へ、へえええ…」
智子「使い方は“雨の中、彼女は幼い我が子をかき抱いて走っていた”とかかな」
悟「どういう情景なんだろ…」
智子「さあっ、ここまでここまで!」
悟「お姉ちゃんもなんかすごいけど…」
★「かき口説く」
智子「これは相手の納得や承諾を得ようと、くどくどと繰り返し述べるさまなんだよ」
悟「かき、ってあるってことは…」
智子「察しがいいね、悟君。“口説く”を強めた表現なんだよ」
悟「やっぱりねっ」
智子「あと、異性を自分の意に従わせようと言葉で迫るときにも使うんだって」
悟「えっと、それってどんな時?」
智子「“口から先に生まれてきた彼女にかき口説かれ、彼はとうとう交際を決意した”とかかな」
悟「…どういうこと?」
智子「いいんだよ、これ以上は気にしなくて。ね?」
悟「うーん…」
★「蝸牛の歩み」
智子「これはね、物事がなかなかはかどらないさまを言うんだよ」
悟「かたつむり、ってこういう字を書くんだね…」
智子「解説する前から読まれて納得されても…」
悟「ねえねえ、使い方は?」
智子「えっとね…“彼女の行動は蝸牛の歩みで、一緒にいるとこちらまでのんびりになってしまう”」
悟「身近にそういう人っているかな?」
智子「いそうだけどなー…。ま、のんびりもたまにはいいもんだよ」
悟「お姉ちゃんはせかせかしてそうだよね」
智子「そうそう…。…どういう意味?」
悟「えっと、いっつも忙しそうだなーって」
智子「…そう、そうなんだよねえ。あーあ、もっとのんびり暮したいなー」
悟「………」
★「限りの旅」
智子「これはね…」
悟「旅に人生をあずけた、とか?」
智子「もう二度と出かけることのない最後の旅で、冥途へ行くことなんだよ」
悟「それって…」
智子「はい、それじゃあ使い方いくね。“苦しみに顔を歪める彼女の限りの旅は近づいているようだ”」
悟「ねえお姉ちゃん、僕らの周りにはまだそういう人いないよね?」
智子「うーん、そうだね。…そんなに悲痛な顔しなくても大丈夫だって」
★「かくして」
智子「このように、こんな状態で、っていう意味でね…」
悟「うんうん」
智子「接続詞と副詞の用法があるんだって」
悟「…接続詞と副詞?」
智子「それについてはまた改めて…“かくして、解説の道は果てしないのであった”とかね」
悟「…誤魔化したね?」
智子「いや、そういわれても…」
悟「お姉ちゃん誤魔化した〜」
智子「………」
★「斯くの如し」
智子「このようである、手前に述べたとおりであるっていう事かな」
悟「なんだか固い感じがするね。かきくけこって…」
智子「そ、そうだね…」
悟「ねえねえ、使い方は?」
智子「“貴方が失敗する原因は斯くの如し、重々わきまえなさい”とか」
悟「…なんで言い方もそんなに固いの?」
智子「固いかな…」
悟「固いよ。お姉ちゃん、もうちょっと柔らかくなろう?僕たち子供だよ?」
智子「あのね…」
★「楽屋話」
智子「これは劇場なんかで出演者が出番を待つ間楽屋でする話だね」
悟「そのまんまなんだね」
智子「そう。転じて…内輪の話、内緒の話って事なんだよ」
悟「ふうん…」
智子「使い方は…“店内の楽屋話はとても表沙汰にできない”とかかな」
悟「僕とおねーちゃんで出来る楽屋話って何かな?」
智子「そりゃあ…なんだろうねえ…新製品の駄菓子?」
悟「えっ!?新製品!?」
智子「そんなに驚くことでも無いと思うんだけど…」
悟「だって、僕の知らないところでそんなものがあったなんて!」
智子「いや、たとえばなしだし…。それに、悟君はとっくの昔に知ってるよ」
悟「なあんだ」
★「駆け出し者」
智子「これは…身近な例が特にいないなあ…」
悟「ねえねえ、どういう意味?」
智子「物事を始めたばかりの初心者や未熟な者の事をいうんだよ」
悟「未熟…えっと、お姉ちゃんの知り合いは大体店長さんだから…」
智子「そもそも未熟だったらやってけない、ってね」
悟「そうだね」
智子「またこれは、田舎を飛び出して都会に来た者の事もいうの」
悟「へええ…」
智子「で、使い方は…“まだまだ駆け出し者の私ですが、精一杯頑張ります”かな」
悟「お姉ちゃんは、駆け出しの頃はどうやってたの?」
智子「ああ、駄菓子屋?うーん、実は小さい頃からお父さんとお母さんとずっと仕事してきたから…」
悟「え?」
智子「だから、あんまり苦労はしてないんだよ。駆け出しの頃はもう終わっちゃった」
悟「へええ、そうなんだ…探偵業は?」
智子「あれは趣味だし…駆け出しも駆け出しすぎなんじゃないかな…」
悟「………」
★「陰で糸を引く」
智子「自分は表に出ないで、裏で人を操る…ってことだね」
悟「すごそうだしえらそうだね」
智子「人形遣いが、糸をひいて自由に人形を操ることから言うんだよ」
悟「へええ…」
智子「使い方は“陰で糸を引いて彼女を動かしてる人物がどこかにいるはずだ”とかかな」
悟「お姉ちゃんは誰の糸を引いてるの?」
智子「…そんなもん引いてないけど」
悟「僕にだけ教えてよ。ねえねえ」
智子「だからあ、引いてないって!」
★「風向きが悪い」
智子「置かれた立場、状況、それらが不利。または形勢が悪い…という事だね」
悟「いっぱんに、ヤバイ、って聞くとそういう事だね」
智子「いや、それはそれでまた違ってくるんじゃ…」
悟「え?違うの?違わないと思うんだけど…」
智子「え、えーっと…あ、それからね、相手の機嫌が悪くて上手くいきそうも無いさまも言うんだよ」
悟「お姉ちゃん、違うの?」
智子「いや、あの、うーん…そうそう、こういう時こそ風向きが悪いっていうのかな」
悟「え?」
智子「ほら、悟君がこだわってて、あたしの説得じゃ納得しないっていうか…」
悟「………」
智子「え、えーと、使い方は…“今日こそ交渉を成立させようと思ったが、不意の事件に風向きが悪くなった”とか」
悟「お姉ちゃんってば。ヤバイ、って言葉は違うの?ねえねえ」
智子「ち、違わなくはないんじゃないかな…うん…」
悟「ふーん…?」
智子「う…(なんか疑ってるよぉ…)」
★「姦しい」
智子「やかましい、耳障りで五月蝿いっていう状況のことだよ」
悟「どうしてこんな漢字を書くの?」
智子「女三人寄ればかしましい…っていう言葉があるんだよ」
悟「えーっと、お姉ちゃんと、如のおねえちゃんと…」
智子「ちょいちょい、それってどういう意味?」
悟「あっ、睦月のおねーちゃんだ!この三人が集まると多分一番うるさくなるよね」
智子「…悟君、その認識は変えて頂戴ね」
悟「ねえねえお姉ちゃん。それでたとえばどんな使い方なの?」
智子「………。“女性が三人寄れば姦しいとはよく言ったものですよね”かな」
悟「先に言ったよね?」
智子「そんな事より、さっきの認識は変えてね?」
悟「何が?」
智子「………」
★「華燭の典」
智子「これはね…華やかな明かりの元で行われる儀式…」
悟「うんうん」
智子「結婚式をたとえて言う場合に用いられるんだよ」
悟「へええ…」
智子「“大勢の方が出席、感激した、素晴らしい華燭の典であった”なんてね」
悟「お姉ちゃんは結婚式って出たことあるの?」
智子「いやあ、さすがに無いなあ…」
悟「出たら何やるの?ねえねえ」
智子「何やるって、何…」
★「霞に千鳥」
智子「ありえないこと、につかわしくないこと、をたとえて言うんだって」
悟「どうして?」
智子「霞は春に立って、千鳥は冬に来る鳥だからね。そこからきてるんだよ」
悟「へええ…」
智子「使い方は、“普段から素行の悪い彼にあんないい彼女ができるなんて、霞に千鳥だ”とか」
悟「とても信じられない、って光景なんだね」
智子「まあそんなとこかな…」
悟「僕にとっても、もしお姉ちゃんが誰かカッコイイお兄ちゃんと歩いてたら霞に千鳥だよ」
智子「ちょっと悟君、それってどういう意味?」
★「風の便り」
智子「風が吹き送ってくる便り、っていう事で、どこからともなく伝わってくる噂や評判のことだよ」
悟「風ってどこから吹いてくるかよくわかんないしね」
智子「そんなイメージだね。出所がはっきりしていないが、なんてニュアンスが含まれるから」
悟「たとえばどんな使い方するの?」
智子「“風の便りに、彼女の活躍を耳にしているのです”かな」
悟「あ、わかった。隣町からお姉ちゃんを訪ねてくるんでしょ」
智子「さすがにそこまでは…」
悟「…違うんだ?」
智子「あたしはしがない駄菓子屋だしねえ…」
悟「お姉ちゃんおばさんくさいよ」
智子「…ほっといて」
★「乞丐」
智子「道端に居て人に金品を乞うものもらい、のことだよ」
悟「物もらい…?」
智子「うんそう。また、相手をののしったり自分を卑下したりする時にも使うんだって」
悟「へええ、どんな風に?」
智子「“乞ヰにならないように、しっかり働きなさい”とかかな…」
悟「でもって…それってなんて読むの?」
智子「今更だよ、それ…。えーっと、“かたい”って読むんだよ。しかも実は違う漢字らしいよ」
悟「何それ…」
★「形代」
智子「身代わりになるものだったり、根拠や証拠になるものってことだよ」
悟「かたしろ、って読むの?」
智子「そう。紙で人の形をつくって、それにわざわいをうつして川に流したことからいうみたいだよ」
悟「要するに、人形、がそうなのかな…」
智子「そうだね。雛人形とか…」
悟「ふーん…」
智子「使い方は“貴方の形代になるようなものなど何もありません”とかかな」
悟「お姉ちゃんの形代は?」
智子「そんなもんないけど…」
悟「命を狙われたりしたときに、まじないの人形をやられない限りは不死身とかじゃないの?」
智子「なにそれ…」
★「片腹痛い」
智子「おかしくてたまらない。または…傍で見ていて心が痛むという事だよ」
悟「なんだか大変そうだね」
智子「まあ、ね…。ちなみに傍ら痛し、っていうのが本当の表記なんだって」
悟「ふうん…」
智子「使い方は、“このような条件で取引しようなんて、片腹痛い”とかかな」
悟「取引かあ…お姉ちゃんは誰と取引するの?」
智子「いや、しないけど…」
悟「どうして?」
智子「どうしてって言われても…」
悟「店長さん達はそういうのしないの?」
智子「う…うーん、それについてはまた今度ということで」
悟「そんな誤魔化し方されると片腹痛いよ…」
智子「………」
★「語らい」
智子「これはね、互いに話をする、懇談するっていう事だよ」
悟「お話するんだね。うん、僕でもわかるよ」
智子「また、男女が契りをもつことを言う場合もあるんだよ」
悟「…契り?」
智子「さあて使い方は、“こうして楽しい語らいをの時間を過ごすのは大切なことだ”とかかな」
悟「ねえお姉ちゃん…」
智子「はいこれにておしまい!」
悟「ちゃんと語らおうよ」
智子「………」
★「語るに落ちる」
智子「えーっとねえ、これは問いただしてもなかなか打ち明けない事を、自分勝手に話しているうちに…」
悟「うちに?」
智子「何気なく漏らしてしまうっていう事だね」
悟「喋ってて自爆するってことなんだね」
智子「または身振りや表情などに本音が出てしまう場合にも用いるんだよ」
悟「たとえば…お姉ちゃんの嫌いな食べ物は?」
智子「そんなもの無いよ」
悟「え〜?」
智子「さて使い方は“余裕をみせつけたいかのように喋り過ぎるとは、語るに落ちた証拠ね”とか」
悟「…どういう事?」
智子「どういう事って言われても…」
悟「それで、お姉ちゃんが嫌いな食べ物は?」
智子「だからそんなもの無いって」
悟「ところでここに、食べ物お中元カタログがあるんだけど…」
智子「…そんなもんまで持ってきて、悟君なんでそこまで知りたいの?」
悟「それはねえ、お姉ちゃんの…ううん、僕は喋らないからね」
智子「おっ、なかなかやるねえ」
★「予言」
智子「これは、予め言っておくこと。または、約束という事だね」
悟「なんて読むの?」
智子「ふふん、なんて読むと思う?」
悟「…使い方は?」
智子「…ごめん。えーっとね、これは“かねごと”って読むんだよ」
悟「へえ〜。かねてより、っていうのと、ざれごと、と合わさってるんだね」
智子「どういう認識の仕方なのそれ…」
悟「ねえねえ、それで使い方は?」
智子「はいはい。“彼女の予言は、意外なところでよく当たる”とか」
悟「占い師のおばあさんとか…」
智子「あたしは苦手なんだけどね、あの人は」
悟「お姉ちゃんの将来の姿はあたしだよ、ふぇっふぇっふぇっ、とかいうから?」
智子「極月さんはそういう事言わない!言うなら、いひひひひ、だからね」
悟「お姉ちゃん論点ずれてる…」
★「かばかり」
智子「これほど、こんなにも…と程度が激しい様って事だよ」
悟「そのまま聞くとなんの言葉だ、って感じがするね」
智子「そうだね。でね、この程度、と物事の度合いがそれほどでも無い時に用いるだって」
悟「あれっ?さっきのと意味が逆っぽくない?」
智子「そうだねえ。どういう事なんだろうねえ」
悟「なんでお姉ちゃんそんな他人事なの…」
智子「さて使い方は“かほどの思いならばもう関わらないでほしい”とかかな」
悟「…お姉ちゃん、最近嫌なことあった?」
智子「なに突然…。あたしは元気だよ?」
悟「うーん、元気とかそういうんじゃなくて…」
★「傾く」
智子「これは“かぶく”って読むんだよ。間違えないでね」
悟「そんな読み方知らないよ…」
智子「まあ、そうかもしれないね。さて意味の方は、一目につくような身なりや態度をすること」
悟「ふうん…どうして?」
智子「頭を傾ける行為から転じただって」
悟「へえええ…」
智子「他にも、人並外れたことをする」
悟「うんうん」
智子「ふざける」
悟「うんうん」
智子「歌舞伎踊りを踊るっていう意味があるんだよ」
悟「たくさんあるんだね…」
智子「まあね。さて使い方は…“彼は喜ばしいことがあるといつも傾く”…かな?」
悟「なんで疑問形なの?」
智子「ちょっと…ね」
悟「ふうん…?」
★「兜を脱ぐ」
智子「相手に力や論争などで敵わないことを認めるっていう事だよ」
悟「負けを認めるってことなんだね」
智子「そうだね。兜を脱ぐのは、戦う意志が無いことを敵に示すっていう意味からだね」
悟「ねえねえ、使い方は?」
智子「“貴方の熱心さには兜を脱がざるをえなかった”とか」
悟「お姉ちゃんはたとえばどんな時に兜を脱ぐの?」
智子「そりゃあ…お喋りなお姉さんと喋った時とか…」
悟「………」
★「構えて」
智子「十分に注意して!常に心がけて!必ずきっと!」
悟「………」
智子「と、副詞的に使うんだよ」
悟「…どうしたの?お姉ちゃん」
智子「さて使い方は、“何が起こっても大丈夫なように構えて待機していなさい”だね!」
悟「…僕すっごく構えちゃうよ」
智子「おやおやぁ、どうしたのかな?悟君」
悟「………」
★「仮初」
智子「その場限りで、一時的っていう事だね」
悟「誤魔化すときとかに使うの?」
智子「そういうもんかな…。また、仮初にする、っていうのはおろそかにする事」
悟「うんうん」
智子「更に、下に打ち消しの語を伴うと、少しでも、片時も、決してっていう意味になるんだな」
悟「へえええ…打ち消し?」
智子「“仮初にも考えなかった事はない”とかかな」
悟「ふうん…」
智子「“これは仮初の姿。実は私は…”なんて、よくファンタジー小説であるよね」
悟「…そう?」
智子「まぁ、悟君も読むようになれば分かるよ」
悟「うん。…ところでお姉ちゃん」
智子「何?」
悟「お姉ちゃんのそれって仮初の姿で、実は町内を守るスーパーウーマン、とかって事はない?」
智子「仮初にも絶対ないから」
悟「そんなきっぱり言わなくても…」
★「仮寝」
智子「眠るつもりはないのに、そのまま寝るっていう事だよ」
悟「えーっとね、ここはね…ぐー…。っていう感じでしょ?」
智子「ま、まあそんなもんじゃないかな…。また旅寝、野宿っていう事だよ」
悟「野宿っていうことは…焚火を囲んでお魚焼くんだよね」
智子「…そういうイメージも誤解がる気がするけど」
悟「ねえねえ、それで使い方は?」
智子「えっとね、“本を読んでいたらつい仮寝をしてしまった”とか」
悟「何読んでたの?にいちぇ?」
智子「…それを言うならニーチェだよ。よく知ってるね、悟君」
悟「えへへ、寝るにはこれが一番だって聞いたんだよ」
智子「そう…(もう、誰がそんな事吹き込んだのかなあ…)」
★「仮の情け」
智子「これはね、ほんの束の間の人情っていう事だよ」
悟「友情?」
智子「男女の長続きしない情交を言うんだって」
悟「あいじょー、だね。いっぽーん」
智子「…さて、使い方は“仮の情けに夢中になるなんておろかなことだった…”ってとこかな」
悟「ねえねえ、お姉ちゃんはそういう仮の情けとかは…」
智子「ないっ!はい、もうおしまい!」
★「仮の宿」
智子「一時的に泊まる宿、または旅先で泊まる宿っていう事だよ」
悟「なんだかそのまんまだね」
智子「転じて、はかないこの世世の事も言うんだよ」
悟「…はかない、の?」
智子「そうだねえ。宿っていうからには、一日を越すためのものだからかなあ」
悟「ふうん…」
智子「さて使い方は“もうこんな時間になってしまったので、仮の宿を見つけたい”とか」
悟「お姉ちゃん、仮の宿が必要になったら言ってね」
智子「いや、あたしより悟君が必要でしょ?かくまってあげるよ」
悟「僕は家出なんてしないもん…」
★「枯れ木も山の賑い」
智子「つまらないものや役に立ちそうに無いものでも、数に入れておけばましっていう事だよ」
悟「たとえばどんなのがあるの?」
智子「“使い古した商品でも並べておけば枯れ木も山の賑わいだからね”とか」
悟「使い古した商品?」
智子「ちょっと表現がまずかったかな…。あたしの場合だと、とっくに売れなくなった駄菓子とか」
悟「まさかくさってないよね?」
智子「そんなの売ったら犯罪だよ…。売れ筋が悪くなったやつ、っていう事かな」
悟「ふうん…。じゃあ、それだけ品不足なんだね…」
智子「それはそれでやだなあ…」
★「彼此」
智子「これは“かれこれ”って読んでね。あれやこれや、いろいろって事だよ」
悟「“彼此言うくらいだったら手を動かしなさい”とか?」
智子「そうそう。また、時刻や数量を表す言葉を使って、大体、おおよそっていう意味でも用いるんだよ」
悟「えーと、えーと…」
智子「“約束の時間から彼此1時間が過ぎた”とかって使うんだよ」
悟「ずるいなあ、お姉ちゃん先に言ったらだめだよ」
智子「悟君だって先に使い方言っちゃったじゃない。おあいこだよ」
悟「ちぇーっ」
★「騎虎の勢い」
智子「これはもう、物事が調子付いて、途中でやめるにやめられないって事だよ」
悟「き…こ…のいきおい?」
智子「そうそう。字のとおり、虎に乗った人は途中で降りることができないからだね」
悟「うーん、実際やろうと思えばできるんじゃないの?」
智子「さて使い方は“革命の発端を担ったが、もはや騎虎の勢いに乗って止める事はできない”かな」
悟「ねえお姉ちゃん、虎の背中からでも…」
智子「はいはい、もう終わるからねー」
悟「…もう、そうやってすぐ終わろうとするんだから」
★「階」
智子「これは読んで字のごとく、階段のことだよ」
悟「…何て読むの?」
智子「“きざはし”って読んでね、きざは段で、はしは階の事だよ」
悟「へええ…」
智子「使い方は“この木の階には深い思い入れがある”かな」
悟「なんでわざわざきざはしなんて読むの?」
智子「さあ、今回はここでおしまい。それじゃあ悟君、階段上る時躓かないよう気をつけてね」
悟「うー、僕は大丈夫だもん」
★「机上の空論」
智子「頭の中で考えただけで、実際には役に立たない考えや計画という事だよ」
悟「妄想とかってこと?」
智子「それとはまた違うような…」
悟「たとえばどんな?」
智子「“彼はいつも机上の空論ばかり並び立てて、ちっとも会議に貢献していない”とか」
悟「違うよ、使い方じゃなくってどんなものがあるのかって知りたいの」
智子「ああそれは…そうだね、たとえば悟君が学校に遅刻しそうだとする。どうすれば間に合うかとか」
悟「…どうするの?」
智子「空を飛べばいいんだよ」
悟「…僕飛べないよ」
智子「そう、そんな感じだね。他にも、倒産しないためには宝くじで一等当てればいいんだよとか」
悟「それって、空論っていうよりただの希望じゃないの?」
智子「じゃあ、有名になるのはUFOを見かけて宇宙につれてゆかれればいいんだ、とか」
悟「もういいよお姉ちゃん…」
★「機先を制する」
智子「相手の気配を察知して先手を打ち…その意図を抑えて自分が有利になる!という事だね」
悟「先手をとって優勢になるってことだね」
智子「まあそういう事だけど…」
悟「ねえねえ、使い方は?」
智子「はいはい。“彼が切り札を出す前に、機先を制してこちらも対抗策を練っておいた”とか」
悟「お姉ちゃん、対抗策を練って先に何かしないと機先を制することにならないんじゃないの?」
智子「うっ、そうかも…」
悟「もう、しっかりしないといけないよ?」
智子「はい…。うう、なんで悟君にしてやられてるんだろ…」
★「後朝の別れ」
智子「これは“きぬぎぬのわかれ”って読むんだよ」
悟「全然わかんないよお姉ちゃん。どうしてそう読むの?」
智子「後朝は衣々とも書いて、男女が共寝した翌朝、互いに衣服を着けて別れていくこと」
悟「つ、つまり?」
智子「別れを惜しんでいる気持ちを表すんだよ」
悟「…どういう辺りが別れなの?また明日会ったりしないの?」
智子「えーと、その前に使い方。“後朝の別れを惜しむ恋人達は情緒ある”ってとこかな」
悟「ねえねえ、どうして別れなの?そりゃあ、ばいばいってすると思うけど、また会えるよね?」
智子「え、えーと、会うんじゃないのかな…」
悟「なあんだ。じゃあ安心だね」
智子「うん…」
★「九牛の一毛」
智子「多数の中のごく一部。たくさんの中の取るに足らないつまらないものの一つっていう事だね」
悟「…なんで九牛なの?九匹の牛さん?」
智子「たくさんの牛の中の一本の毛を言うんだよ」
悟「ねえお姉ちゃんってば」
智子「さて使い方は“九牛の一毛にしか過ぎないそれも、何か重要な役割を担っているはずだ”とかかな」
悟「…お姉ちゃん。沢山解説があるからって一つを無視してちゃだめだよ。質問にはちゃんと答えてほしいな」
智子「だって…」
悟「だって?」
智子「わからないものはわからないもん…」
悟「………」
★「窮すれば通ず」
智子「物事に行き詰ってどうしようもなくなったその時!」
悟「その時?」
智子「案外打開する道が開けるもんだっていう事だね」
悟「…どうして?」
智子「へ?さ、さあ…。えーっと使い方は、“人間誰しも、必死になれば窮すれば通ずで、案外何とかなるものだ”とか」
悟「ねえねえねえ、どうしてなのお姉ちゃん」
智子「さ、さあ、わかんないなあ、あははは」
悟「もう、そんないいかげんなので解説されても安心できないよ。ぷんぷん」
智子「そう言われても…」
★「虚勢を張る」
智子「自分の弱さを隠すために、うわべばかり威勢がいい様ってことだよ」
悟「が、がおー、とか?」
智子「…さあて、使い方いくね」
悟「うう、僕頑張ったのに…」
智子「“彼はいつも得意そうに話をしているが、虚勢を張っているに過ぎない”とかかな」
悟「お姉ちゃんがやれって言ったんじゃないかあ。僕悪く無いからね」
智子「いや、そんなこと言ってないでしょ…」
悟「もう、僕怒ったからね!わーっ!」
智子「…え、えーと終わろうね、ね」
★「漁夫の利」
智子「他人が争っている間に第三者が利益を得るという事だよ」
悟「なんで漁夫の利って言うの?」
智子「シギとハマグリが争っているところを漁師がまんまとふたつとも捕えてしまったという中国の故事から言うんだよ」
悟「シギとハマグリ…って、争うんだ?へええ、僕一度そういうの見てみたいなあ」
智子「えーっと、使い方は“友達と好きな服を争っているうちに、漁夫の利とばかりに別の人が買い上げてしまった”」
悟「ねえねえお姉ちゃん、シギとハマグリが争うところ見せてよ」
智子「いや、あたしはそういうの専門外だから」
悟「ええー?お姉ちゃんは何でもできるんじゃないの?」
智子「絶対にそんなことないから」
悟「…それもそうだよね。お姉ちゃんはしがない駄菓子屋の店長さんだもんね」
智子「そうそう、そういう事…って、なんか引っかかる言い方なんだけど?」
★「琴瑟相和す」
智子「琴瑟っていうのは“きんしつ”って読んで、琴と瑟の事なんだよ。瑟っていうのは大きな琴のこと」
悟「ことことってよくわかんなくなっちゃうけど…で、意味はなんなの?」
智子「琴と瑟で合奏すると調和がいいことから、夫婦が仲睦まじいことだよ」
悟「夫婦…へええ」
智子「使い方は“あの店の夫婦のように、将来は琴瑟相和す夫婦になりたいね”とか」
悟「たとえば誰と誰?」
智子「誰と誰ってのはどういうこと?」
悟「お姉ちゃんと誰なの?っていうことだよ」
智子「…却下」
悟「………」
★「琴線に触れる」
智子「ちょっとしたことにも反応する。心底から共鳴するさまっていう事だよ」
悟「琴線って、琴の線のこと?」
智子「そ。琴の糸は、少し触れても音が出ることからきてるんだよ」
悟「つかいかたは?」
智子「“彼女が描いた物語は、私の琴線に触れた”かな」
悟「感動したってことなのかな?」
智子「そんな感じかな…」
悟「お姉ちゃんはどんなことに琴線が触れるの?」
智子「そりゃあ…睦月さんとか、カッコイイしねえ…」
悟「………」
★「金箔が剥げる」
智子「これはね、見せ掛けが剥がれて隠れていた本質が現れるって事だよ」
悟「金箔って高いんだよね…」
智子「…えーっと、表面を飾っていた金箔が落ちて、木地が現れるっていう意味だからね」
悟「もったいないよね、はがれた金箔…」
智子「え、えっと、使い方は“散々自信ありげに言っていたが、いざ本番になると金箔が剥げた”とかかな」
悟「誰が回収するんだ、金箔。ただじゃないのになぁ…」
智子「あの、悟君。さっきから何言ってるの?」
悟「お姉ちゃんにはわからないよ…」
智子「いや、あのね…」
★「金蘭の交わり」
智子「かたい友情や親密な間柄のことで、金蘭の絆とも言うんだよ」
悟「たとえば誰と誰がそうなのかな?」
智子「あたしの知ってる皆は基本的に仲良しだけどね。ここまでかたいとなるとすぐには…」
悟「じゃあ使い方は?」
智子「“彼女とは、40年以上の金蘭の交わりを保っている仲なんですよ”とか」
悟「あ、じゃあお姉ちゃんと八百屋のおばさんかな」
智子「ああ、そりゃあたしかにあたしはおばさんにいろいろ世話に…って!何十年も世話になってないよ!」
★「臭い物に蓋をする」
智子「都合の悪いことを隠すっていう事だよ」
悟「たしかに、臭うものは蓋をしちゃって臭いが漏れないようにしないとね」
智子「で、根本的な解決をとらず、一時しのぎの手段を取るっていう事だよ」
悟「ああ、臭いものを捨てないと、いつか蓋をやぶって襲ってくるかもしれないよね」
智子「そうそう…って、襲う?」
悟「ねえねえ、使い方は?」
智子「え、ええと、“臭い物に蓋をするような考え方を捨てない限り、貴方はよくならない”とか」
悟「大変だよねえ。会社の社長さんとかって、いっつもそうなんだよね。もうやんなっちゃうよね」
智子「…あのう、悟君。何に影響受けたの?」
悟「お父さんが新聞見てしょっちゅうこんな事言ってるんだよ」
智子「そ、そう…」
★「草の宿り」
智子「これ、何だと思う?」
悟「えっと、草の神様とか…あ、何か力が宿ったとか?」
智子「そうじゃないんだなー。草の上に寝る事。また、草葺の粗末な家っていう事だよ」
悟「ええー、そういうことなんだ」
智子「そう。“この様な土地では、草の宿りも仕方あるまい”とかって使うの」
悟「…そんな事あるの?お姉ちゃんが?」
智子「なんであたしなの…」
悟「あれ?実践するとか言ってなかったっけ?」
智子「何を…そんな事言ってないから」
悟「ええー?」
智子「ええー、じゃないっ!」
★「草葉の陰」
智子「これはねぇ、墓の下。あの世ってことだよ」
悟「なんで草葉なの?」
智子「墓石がなかった頃は、死者が葬られた後に草が伸び放題になってたからだって」
悟「へええ…場面が想像できるね。じゃあ使い方は?」
智子「“いつまでも草葉の陰で貴方を見守ってるよ”とか」
悟「…背後霊?」
智子「なんで背後なの…」
★「草枕」
智子「草を敷いて枕の替わりにするってことで、旅寝をする事だよ」
悟「旅寝?」
智子「たとえば悟君がどこかへ旅へ出て、どこか野原で寝るとか。旅そのものでもあって、旅にかかる枕詞でもあるの」
悟「枕詞?草枕って言葉と関係あるの?」
智子「えーっと使い方は、“のんびりした草枕も、私は好きだ”とか」
悟「ねえねえ、お姉ちゃん」
智子「さて、悟君。あたしは旅にでるから。そう、言葉の真実を探す旅に…」
悟「逃げちゃだめだよお姉ちゃん。早くおしえて?」
智子「ああ、旅って言わずに草枕だね。真実を探す草枕に…」
悟「もう、ごまかすのは本当に得意だなあ。お姉ちゃんの専売特許だね」
智子「…ちょっと、それひどくない?」
★「草分け」
智子「これはね、草深い土地を開拓して、町や村の基盤を作ることだよ」
悟「先住民とかがやらなきゃならないことだね」
智子「う、うん。で、転じて、物事を創始することやその創始者を言うんだって」
悟「へええ…。ねえねえ、使い方は?」
智子「“彼はこの業界の草分けとなった人物だ”とか」
悟「お姉ちゃんも草分けじゃない?たとえばこの言葉解説とか」
智子「こういう事をやってる人はたくさんいるよ。だから草分けってわけでもねえ…」
悟「そうなんだ?じゃあ、お姉ちゃんは何の草分けなんだろ…」
智子「いや、あの、あたしは草分けじゃないから」
★「件の」
智子「これは“くだんの”って読んで、前に述べた事柄を言う時に用いるんだよ」
悟「なんで、くだんの、って読むの?」
智子「また、例のこと、いつものことっていった場合にも使うの」
悟「お姉ちゃんってば…」
智子「使い方は“件の事はどうなったかご存知ですか?”とか」
悟「…また件の話だけど、お姉ちゃんよくごまかすよね」
智子「いやあ、それほどでも」
悟「ほめてないから…」
★「口惜しい」
智子「惜しい、残念だ、期待はずれだ…っていう時に用いるんだよ」
悟「口が惜しいんだね」
智子「それは何か違うような…。あと大したことはないという意味でも使うんだよ」
悟「多分口が関係してると思うんだけど…」
智子「使い方は“あんな男にだまされるなんて、口惜しい限りだ”とか」
悟「あ、思い出した。くちおしや…ってよく使うよね」
智子「そ、そうなの?」
悟「そうだよ!あれ?くちおやし、だっけ…」
智子「いや、それ違うから。くちおしや、で合ってるよ」
★「苦肉の策」
智子「相手を欺くために、自分の身も苦しめることだよ」
悟「大変そうだね…僕同情しちゃうよ」
智子「何を早合点してるのか知らないけど…。えっと、苦し紛れに考え出した手立てという事だよ」
悟「お姉ちゃん…相談してくれればよかったのに…」
智子「あのね…。えーと使い方は“赤字を解消する苦肉の策として、人員を削減することにした”とか」
悟「お姉ちゃん…そこまで行き詰ってたなんて…」
智子「あの、さっきから何言ってるの?」
悟「なりきりだよ」
智子「………」
★「蜘蛛の子を散らす」
智子「これはね、大勢が四方八方に散らばって逃げる様だよ」
悟「なんで蜘蛛なの?」
智子「えーとね、蜘蛛の子が入ってる袋を破ると、四方八方に散ることからだね」
悟「…お姉ちゃん、気持ち悪いよ」
智子「そう言われてもねえ…。さて使い方は“野次馬たちは彼の怒鳴り声で蜘蛛の子を散らすように逃げていった”とか」
悟「ねえ…なんでこんな語源なの?」
智子「いや、あたしに言われても…」
悟「しかもどうしてお姉ちゃん平気なの?」
智子「そう平気でもないけど…」
悟「だって、今にもその散った蜘蛛を取って食べそうな勢いの顔だよ?」
智子「いくらあたしでもそこまでは…ってちょい待ち悟君。今なんつった!?」
★「雲行きが怪しい」
智子「物事が平穏に終わらず、悪い方向に向かいそうな様っていう事だね」
悟「お天気が崩れそうな様からそれを言うんだね」
智子「そうそう、そういう事」
悟「じゃあ使い方は?」
智子「“件の計画については、昨日の会議から雲行きが怪しくなってきた”とか」
悟「おねえちゃんはいつも雲行きばっちりだよね」
智子「…そういう使い方?」
★「暗がりの牛」
智子「これはね、物の見分けがつかない。のろのろして動作が鈍いという事だよ」
悟「見分けがつかないってのはなんで?たしかに暗いと見えにくいけど…」
智子「暗いところにいる黒牛はよく見えないからなんだよ」
悟「そんなの当たり前なんじゃ…」
智子「さて使い方は、“暗がりの牛みたいにのろのろしてないで、早くこっちに来たらどうなの”とかだね」
悟「…お姉ちゃんはさ」
智子「うん?」
悟「全身真っ黒に塗って隠れようとか思ったりは?」
智子「そんなことあるわけないでしょ…」
★「鞍を替える」
智子「今までの事をやめて別の事をする。仕事や相手を替えるという事だよ」
悟「鞍っていうのはどうして?」
智子「乗る馬には鞍があるよね?別の馬に乗り換える事からだよ。鞍替えとも言うの」
悟「へえ〜」
智子「使い方は、“今のままではやっていけないと思い、鍛冶屋に鞍を替えた”とか」
悟「家事屋?」
智子「家事じゃなくって鍛冶。ほら、とんてんかん、って」
悟「…お姉ちゃん、それってそんな簡単に鞍替えってできるものなの?」
智子「え、無理…?」
悟「親方さんとかに習ってつらいつらい修行に耐えないといけないんじゃないの?」
智子「そ、そうだったかな…」
悟「だいたい、やっていけないからって鍛冶屋に鞍替えなんて、絶対親方さん怒るよ」
智子「ご、ごめんなさい…(なんでここまで言われなきゃいけないんだろ)」
★「繰り言」
智子「同じことを何度も言う。またはその言葉という事だよ。」
悟「繰り返す言葉、ってことだよね」
智子「そうそう。特に小言や愚痴についていうんだよ」
悟「お姉ちゃんがよく言ってるよね」
智子「えーっ?…おほん、使い方は“繰り言ではあるがよく聞きなさい”とか」
悟「だってお姉ちゃん、よくいらっしゃいませーって」
智子「そりゃ店長だし…」
悟「その後必ず“あたしは駄菓子や探偵でーすっ”って」
智子「う……」
悟「ね?」
智子「う、うん…」
★「暗れ惑う」
智子「これはねえ…」
がばーっ!
悟「わわわっ!?お姉ちゃん、布かぶせられちゃ何も見えないよー!」
智子「目の前が真っ暗になる。どうしたらよいかわからず途方にくれるという事だよ」
悟「のんきに解説してないでこれとってよー!」
智子「使い方は“突然の訃報に、彼女は暗れ惑った”とかかな」
悟「うわーん!お姉ちゃんひどいやー!こうなったらある事無いこと言いふらしてやるー!」
智子「え!?」
悟「お姉ちゃんは睦月おねーさんの等身大抱き枕を部屋に5つも並べてるんだーってー!」
智子「わわわわーっ!そんな本当のこと言っちゃだめー!」
悟「…本当?」
智子「いや、さすがに5つもは…」
悟「え…?」
★「怪我の功名」
智子「これはね失敗したことがよい結果を生むって事だよ」
悟「たとえば、転んだ拍子に背負ってた野菜なんかが相手にぶつかって大打撃、とか?」
智子「それってよい結果?…あと、無意識に遣った事柄が思いがけない成功となるって事だよ」
悟「手品をたくさんしているうちに、なんと家を建ててしまった!とかだね」
智子「そんなことあるの?使い方は…“飛行機に乗り遅れたおかげで連絡が繋がったのは怪我の功名だ”とか」
悟「もう、お姉ちゃん夢がなさすぎるよ」
智子「いや、っていうか…夢の問題?」
悟「そうだよ」
智子「そうなんだ…」
★「毛嫌い」
智子「これはね、はっきりした理由もなく嫌うことなんだよ」
悟「よく聞くよね。でも、なんで毛嫌いって言うの?」
智子「鳥や獣が、相手の毛並みを見て好き嫌いの基準にするところから言うんだよ」
悟「…じゃあそれって、毛並みが理由なんじゃないの?」
智子「そうともとれるけど、人間は毛並みとかで決まるもんじゃないでしょ?」
悟「あ、そっか…。僕も髪型で判断されちゃあ嫌だしね」
智子「そうそうそういう事」
悟「じゃあ使い方は…」
智子「“どうも彼は彼女を毛嫌いしているようだ”とか」
悟「…彼って誰?」
智子「いや、特に誰をさしてるもんでもないけど…」
悟「ところで、お姉ちゃんは誰かを毛嫌いしてるよね?」
智子「え?さ、さあ…」
悟「誰を毛嫌いしてるの?ねえねえ」
智子「手前でああいう納得しておきながらなんでそういう事聞いてくるかな…」
★「逆鱗に触れる」
智子「天子が怒ること、天皇の怒り…多くは目上の人を激怒するような時に使うという事だね」
悟「それだけよっぽど激しい怒りってことなんだね」
智子「そうそう。ちなみに逆鱗っていうのは龍のあごの下に生えたうろこのことで…」
悟「これに触れると龍が激怒するっていう伝説があるんだよね」
智子「そうそう。使い方は“何気ない彼女の一言が、社長の逆鱗に触れた…”とか」
悟「たとえばお姉ちゃんは何が逆鱗に触れるの?」
智子「さあねえ、なんだろうねえ」
悟「お姉ちゃんは別にのほほんとしてないから何かあるんだろうね」
智子「…どういう意味?」
★「気色立つ」
智子「心中を顔や態度に表す。またはそれらしい態度が現れるってことだよ」
悟「血の気の色が表に立つ、っていう感じだね」
智子「そ、そう…かな…。あるいは、気取った様ってことだよ」
悟「気取った、の気が関係してるんだね」
智子「う、うん…。えーっと使い方は“彼女はその言葉を聞くと顔に怒りが気色立った”とか」
悟「え…お、お姉ちゃん何怒ってるの?」
智子「いや、これはたとえだから…」
悟「ごめんねごめんね、僕子供だから知らない間にお姉ちゃんを怒らせちゃったんだ。うわーん」
智子「悟君こそ何言ってるの…」
★「気色ばむ」
智子「怒りや不満の気持ちが外に表れる。またはある兆しが見えるという事だよ」
悟「たとえばお姉ちゃんはどんな感じ?」
智子「えーっと、語調がきつくなったりするかなぁ…」
悟「どんな感じ?」
智子「…それはそれとして、“彼女は気色ばんで私につっかかってきた”って使い方かな」
悟「ねえねえ、お姉ちゃんはどんなになるの?実際は?」
智子「なんでそんなのみたがるの…」
悟「いざって時に僕逃げないとまずいでしょ?ほら、今も一緒にいるし」
智子「…あたしってそんなに危険?」
★「懸想」
智子「これはね異性に想いをよせることなんだよ」
悟「へえ〜」
智子「懸想文っていうのは、恋する想いを綴った文だって」
悟「へえ〜」
智子「使い方は“彼に懸想してご飯も喉をとおらない”とかかな」
悟「ふーん」
智子「さっきからそっけない返事だね。ま、悟君にはちょっと早いかな?」
悟「お姉ちゃんだって。異性相手じゃないじゃない」
智子「はあ!?」
悟「……あ、う、ううん、なんでもない、冗談だし、だから聞き流して、ね?」
智子「さ〜と〜る〜く〜ん?ちょっと灸をすえておこうかしらね〜?」
悟「う、わ、わーっ!」
★「けだし」
智子「もしかして、ひょっとすると、という疑いの気持ちでの推量っていう事だよ」
悟「けだし…僕あんまり聞いたことないなぁ」
智子「または、多分、恐らく、という確信を持った推量っていう事だよ」
悟「ふうん…。ねえねえ、使い方は?」
智子「“彼の言動は、けだし誤魔化しであると私は思う”とかかな」
悟「お姉ちゃんはけだし探偵屋さんでしょう、なんてね」
智子「それは微妙に使い方が違うような…」
★「げに」
智子「実に、まことに、まったく…とまぁ、ある事柄に共感したり賛成する気持ちを表しているんだよ」
悟「短い言葉だけど色々含まれてるんだね。多分“げ”って言葉に」
智子「そうだねぇ。あと、なるほど、本当に、と評判どおりや予想通りである時にも使うんだよ」
悟「うーん、ほんと色々だね。じゃあ使い方は?」
智子「“げに恐ろしきは彼女のお喋りよ”とか」
悟「…恐ろしいの?」
智子「真顔でそう聞かれると困るんだけど…」
★「気も無い」
智子「それらしい様子も気配ない。とんでもない、思いがけないという事だよ」
悟「智子おねえちゃんが医者になるなんてとんでもない!」
智子「使い方は、“まだ降雨の気も無いから、そんなに天気を気にしなくていいよ”とか」
悟「智子おねえちゃんが宇宙飛行士になる気も無い!」
智子「…なんかあったの?悟君」
悟「智子おねえちゃんが政治家になる気も無い!」
智子「いいかげんにしなさいっ!」
★「剣が峰」
智子「ふふん、これはたくさんの剣が峰になってるってことじゃないからね」
悟「それくらいはわかるよ」
智子「…えっとね、火山の噴火口周辺のことなんだよ」
悟「あ、なんとなくわかるよ」
智子「絶体絶命の瀬戸際、追い詰められて後がない様っていう事だよ」
悟「噴火口に立ってると危ないもんね。使い方は?」
智子「えーと“用意していた隠し玉を封じられて、剣が峰に立たされた”とか」
悟「お姉ちゃんは立たされた時どうするのかな?」
智子「なんとか頑張るけど…」
悟「お姉ちゃんなら剣が峰の更に向こうに橋を作っちゃいそうだね」
智子「…それって余計に危なくない?」
★「けんもほろろ」
智子「人の頼みごとや相談事を冷たく拒絶する、つっけんどんな態度っていう事だよ」
悟「いつも電気屋のおじさんをあしらってるお姉ちゃんみたいな?」
智子「なんでそういう事言われなくちゃいけないかな…。けん、も、ほろろ、もキジの鳴き声でね…」
悟「剣突くなどの、けん、にかけたものなんだよね」
智子「そうそう。使い方は“彼女に頼みごとをしたら、けんもほろろに断られた”とか」
悟「あ、やっぱりお姉ちゃんの…」
智子「違う!違うからね!」