小説「Kanon」(起床策戦)


素早く教室を飛び出して学食へ。適当にパンを見繕って俺は屋上へ向かう。
正確には屋上ではなく屋上へと続く階段の踊り場、そこにいつもの二人が居た。
「よっ。」
「あっ、祐一さんだあ。さ、どうぞ。」
ビニールシートの上に佐祐理さんと舞が座っている。
もちろんその傍には佐祐理さんが持ってきた重箱入りの御弁当もある。
それの空いてる場所に俺は腰を下ろした。
「よっ、舞。」
「・・・・・・。」
舞は相変わらず無言でお弁当をつついていた。
それでも、ちらりと目では挨拶する。やっぱり舞らしいな。
とりあえず俺は、限りある時間をしっかり使う為にも、食べ始めると同時に口を開いた。
「実は今日は二人に相談があるんだ。」
「相談ですか?」
「・・・・・・?」
「そう。俺の家の朝の事なんだけど・・・。」
俺が朝起きてから名雪を起こして学校に来る経緯まで。
其の時の名雪を起こす方法やらも事細かに、朝の事情を説明。
全てを話し終えた時には、弁当の半分が消え失せていた。
「・・・という訳で、朝にきっちり起きる事の出切る方法の提案をして欲しいんだ。」
「ふぇ〜、大変なんですね。」
「・・・・・・。」
いかにも深刻そう、といった顔の二人。どうやら俺の言いたい事は全て伝わった様だ。
「分かりました、佐祐理も舞も今から考えてみます。ね、舞。」
「・・・・・・。」
こくり、と舞も頷く。
意気込みを伝える佐祐理さん、そして箸の動きをそれなりに止める舞。
途端に二人はやる気になってくれたようだ。
ありがたい。こうもあっさり協力してくれるとは、相談を申し出た甲斐があったというものだ。
そして沈黙の時が流れる。もちろん任せっきりではなく、俺自身も考えている。
数分程して、まず佐祐理さんが顔を上げた。
「寝ないってのはだめでしょうか?」
「いや、それは無理。」
「では学校に泊まるっていうのは?」
「それも無理・・・。」
というか、以前俺が名雪に提案して却下された案じゃないか。
何処かで繋がっているのか、思考が似ているのか。
「それじゃあもっと早く寝るというのはどうでしょう?」
「それも無理っぽいなあ。」
名雪の最近の帰宅時刻は午後六時を優に過ぎている。
それから夕食だの風呂だの明日の準備だのをしていると八時近くになってしまう。
俺なんかが早く寝るってのならその時刻で寝ればいいのだが、
名雪の場合、早く寝るってのは午後七時。とてもじゃないが早く寝るってのは無理だ。
「うーん・・・。」
立て続けに三つの案が却下されては、さすがに深く考えざるを得ない様だった。
弁当を、ぱく、ぱく、と食べながら佐祐理さんが唸る。
「舞はどうだ?何かいい案はないか?」
「・・・・・・。」
そこで舞が顔を上げた。何か浮かんだのかと俺は期待していたのだが・・・。
「・・・ぽんぽこタヌキさん。」
「・・・・・・。」
そしてふいっと下を向いてしまった。
ぽんぽこタヌキさん?・・・ああ、以前俺が言ったっけな。“ノー”って事か。
“イエス”がはちみつクマさん、“ノー”がぽんぽこタヌキさんなんて、
我ながら奇抜な案を思いついたものだ・・・
「っておい!」
「・・・祐一、五月蝿い。」
呼びかけた所で、あっさりと返されてしまった。
五月蝿いと言うとは、要はまだ考え中という事なのだろう。
しょうがない、もうしばらくはシンキングタイムだな。
適度に弁当を突つきながら思案。えらく静かだ。なんだか三人とも舞になった気分・・・
じゃないっ!
くだらない事がふと浮かんで別の方向に行きそうになった頭をぶんぶんと振る。
要らぬ方向に考えが行くってのは悪い癖だよなあ。
と、そこで再び佐祐理さんが顔を上げた。
「目覚ましを沢山設置するっていうのはどうですか?」
「これ以上増やしても多分意味ない。」
起きないからと言って更に目覚ましを増やしてしまったら、
名雪の部屋が目覚ましで一杯になるのは時間の問題である様な気がした。
「では、もっと強烈な目覚ましを探してはどうでしょうか?」
「それもちょっと・・・。」
あの名雪の状態からして、生半可な目覚ましは通用しない。
“バチン!”と勢い良くぶったたいて起こすくらいのものじゃ無いとだめだろう。
しかしそんなものを毎朝使用していたら生傷が耐えなくなる。
さすがにそういうのを使うのも気が引けた。
「うーん・・・。」
またもや佐祐理さんが考え込む。ちょっと難しい事を相談しちまったかな・・・。
「・・・祐一。」
「おっ、舞。なにか浮かんだか?」
「佐祐理をいじめるの許さないから。」
「・・・・・・。」
俺が佐祐理さんをいじめてるとでも思えたのか?
そりゃまあ、折角の案を無下に却下しまくってる様子はそう見えなくも無いけど。
「舞、違うよ。佐祐理がいい案を出せないでいるから。」
「・・・・・・。」
佐祐理さんの言いたい事が分かったのか、少しだけこくりと頷く。
それでも、俺自身ずきずきと心が痛んだ。
あっさり却下せずにもうちょっと捻って考えればいい案に繋がったかもしれない。
それにやはり舞の言う事も一理ある。なんといってもこちらから相談したのだから・・・。
また、佐祐理さんてやっぱ頭いいよな、とも思った。
次から次へと案が出てきている。俺一人では決してこうはいかないだろう。
内容はどうあれ、数というのも大事な要素だしな。
ともかく考察時間に戻る。それでもなかなかいい案は浮かんでこないが。
「うーん・・・。」
どうにもこうにも浮かんでこない事にイライラして頭をかきむしる。
と、舞がふっと顔を上げた。
「・・・祐一。」
「なんだ?」
「三人寄れば文殊の知恵。」
「・・・で?」
「・・・だから大丈夫。」
そして考察に戻る。
焦っている俺を心配してくれての言葉だろうか。(別段焦る必要も無いが)
舞のその文学的な言葉を聞いてか、佐祐理さんも穏やかな笑顔を見せていた。
そうだよな、別に切羽詰ってるわけじゃ無い。この昼休みが終わっても、放課後考えればいい。
幾分楽になって、考えるより食べる方に集中し始めた。
するとこういう時にこそふと浮かんでくるものだ、意外な案が。
「そうだ、舞と佐祐理さんは朝どうやって起きてるのかな?もしかしたら参考になるかも。」
ひょっとしたら変わった起き方をしていて、なんらしかの手助けになるかもしれない。
「えっと、佐祐理は普通に目覚まし使って起きてますけど。」
「・・・佐祐理と同じ。」
「・・・・・・。」
なんの参考にもならなかった。
よくよく考えてみれば、この二人が普通じゃ無い起き方をしているなら、
とっくに最初からその案が出ていても良いはずだ。
「はあ、どうしよう・・・。」
再び頭を抱え込む。弁当は食べ尽くしたし、もうそろそろ昼休みも終了だ。
こうなったらやはり放課後に再び作戦会議を開くっきゃないか。
「祐一。」
「なんだ、舞。」
「たたき起こすのは。」
「それができるんなら苦労はしない。」
「そう・・・。」
いとこといえど名雪は女の子だから、せいぜいぽかっと殴るくらいにしておくべきである。
本当に手加減無しでやれば確かに起きるだろうが、そんな事をしていると家から追い出されかねない。
結局昼休み中には何の解決策も浮かばなかった。
三人そろって唸りながらその場を後にする。
「しょうがない、また放課後。」
「はいっ。ではまたーっ。」
「・・・・・・。」
チャイムの音を聞きながら二人と分かれて教室へと戻る。
四六時中難しい顔をしていた俺に声をかける者は居なかった。
いや、何人かは居たんだろうが、俺にはそれがまったく聞こえなかったのだろう。

午後の授業。
午前中と同じく俺はまったくそれを聞いていなかった。
普段からあんまり使っていない頭をここぞとばかりに使いまくる。
熱心に授業を受けている様にもしかしたら見えているのかもしれない。

放課後。結局授業中もずっと考えっぱなしだったな、と思いながら席を立つ。
すると・・・
「祐一さんっ。」
「おわっ!さ、佐祐理さん!!」
「作戦会議の為に、早速やって来ました〜。」
俺の席の前には既に佐祐理さんが立っていた。別の場所では舞も待機中。
そういやそうだった。教室に何事も無いかの様に入って来るのは分かり切った事だったじゃないか。
頭を抱えていると、横から名雪がそっと告げてきた。
「なんだか大変そうだね、祐一。」
「あ、ああ。」
くっ、俺がうかつだったばっかりに・・・って、半分はお前の所為なんだぞ?
「じゃあわたし、部活があるから。」
「ああ、じゃあな。」
手を振って名雪を見送る。一緒になって佐祐理さんも手を振っている。
名雪の姿が見えなくなると、くるっと俺のほうを向いた。
「さて、それじゃあ会議を。」
「あ、いや、その・・・。」
「はい?」
佐祐理さんは分からないといった風の顔だったが、明らかに自分達は目立っている。
皆の視線が集中しているのが、俺には痛いほど良く分かったのだ。
更に舞は舞で、以前と同じくムカデを外に箒で弾き飛ばしたりと、再び人気を集めている。
頭が混乱して、今の俺は作戦会議どころじゃなかった。
やがて、教室から一人二人と人が減り、ようやく落ち着いた俺は、二人に傍の席に座る様に促した。
「ふう、まったく・・・。」
「祐一さん、どうしてそんなに疲れているんですか?」
「いやあ、ははは。」
「祐一は体力が無いから・・・。」
「おい。」
俺がこんな状態になってる理由を、この気持ちを少しは汲み取ってくれよ。
「それはいいとして、作戦会議。」
「いい案が出たんですよ。」
「はあ、そう。」
あっさりと本題に移られてしまった。
やっぱり俺の立場って弱・・・
「ええっ、いい案が出た!?」
「ええそうです。ね、舞。」
にこにこ顔の佐祐理さん。しっかり、こくりと頷く舞。
二人そろっての案ならきっとすごいものに違いない。
なんといっても二人とも自信たっぷりそうだ。これは期待していいかも!
「で、どういう案なの?」
「はい、舞が起こしに行くんです。」
「へ?」
舞を見ると彼女はこくりと頷いた。舞が・・・起こしに行く?
頭の中を整理して再び舞を見る。と、またもや舞は頷いた。
「舞が起こすって・・・どういう事?」
聞き返すと、佐祐理さんが説明を始めてくれた。
「舞が早起きします。そして祐一さんの家へ行くんです。
それから名雪さんの部屋ヘ行って・・・という計画です。
もちろん其の時は祐一さんにも早く起きてもらって。そして舞を迎えてあげてください。」
「へええ・・・。」
なるほど、いわば早起こし出張サービスって事か。
舞がやってきて、多分プロフェッショナル的な起こし方を実行するわけだな。
しっかし、そんなものを受けなければならない名雪って一体・・・。
「待てよ、舞が起こす方法で俺が実行できないかな?」
「・・・祐一には無理。」
「だそうです。舞には舞の考えがあるようですよ。」
「なんだそりゃ。」
というかなんで秘密なんだ?非常に不安だが・・・任せるとしようか。
おそらくは、これ以上の案は無いからこうやって言いにきたんだろうしな。
“はあ”と疲れたため息を吐き出し、俺はふと疑問にかられて顔を上げた。
「佐祐理さんは?」
「あ・・・。佐祐理はこの計画では不参加になってしまいます。
せめて、いつもより沢山お弁当を作っていくくらいしか・・・。」
「いや、別にそれでも十分だけど。」
沈んだ表情に成った佐祐理さんを慌てて慰める。
今の俺の質問は明らかに余計なものだった。“佐祐理さんは?”なんて言葉は・・・。
説得力のない慰めを行っていると、舞が俺の片腕を取る。
「祐一、佐祐理を責めないで。」
「いや、別に責めたつもりは・・・。」
弁解するも、なんだか心が痛む。
しかしそこで、妙案が俺の中に浮かんだのだった。
これなら佐祐理さんに疎外感を与えずに済む、というような案が。
「そうだ!」
「「?」」
二人がハッと顔を上げて俺を見る。そして俺は喋り出した。
「あのさ、二人して俺の家(正確に言えば俺が寝泊りしている家だが)に泊まりに来れば?」
「「え?」」
佐祐理さんも舞も驚いて顔を見合わせる。俺は更に言葉を続けた。
「二人で泊まれば、わざわざ朝早く家に来なくてもいいしさ。なによりその方が確実だろ?」
「そうですけど・・・。」
「あ、もしかしたら人の家に泊まるなんて事はダメだとか?」
「それに関しては大丈夫です。でも・・・構わないのですか?」
「多分大丈夫。」
秋子さんはおそらくあっさりと了承を出してくれる、はず。
さすがに二人だと少し不安があるが、まあ大丈夫だろう。
「それで、祐一と一緒の部屋に寝るの。」
「そう、一緒の部屋に・・・じゃないって!!
舞がもちろん名雪の部屋!!で、佐祐理さんには真琴の部屋で寝てもらえば。」
「ふぇ〜、部屋割りももう決まってるんですね。」
「ははは、もちろん。」
正確には俺が今勝手に決めただけなんだが、多分これで問題無いだろう。
「お弁当はどうしましょう?」
「材料くらいを買っていけばいいんじゃないかな。それで、朝作れば。」
「なるほど。では沢山買っていかないといけませんね。」
俄然張り切りだした佐祐理さん。
つられて舞も腕まくりをしている。
って、今何かする訳じゃないんだけど・・・。
「と、とりあえずやることも決まったし。早速向かおうか。」
「あっ、待ってください祐一さん。佐祐理と舞は一度家に帰ります。」
「・・・準備。」
そうだった。明日の用意とかをしなければならないんだったな。
俺なんかはもともと部屋にそれがあるから問題ないけど。
となると、先に帰ってぬくぬくとしてるわけにもいかないな。
「よし。じゃあ俺が商店街で弁当の材料とか買ってるから。
その間に用意を全部してきてください。そして、商店街で落ち合いましょう。」
「わかりましたっ。じゃあ舞、いこっ。」
「・・・・・・。」
こくりと頷いた舞と共に、佐祐理さんが駆けだしていく。
手を振って見送った後。俺ははたと重要なことに気がついた。
「弁当の材料って・・・何買えばいいんだ?」
既に後の祭り。二人の姿はとっくに見えなくなっていた。
仕方ない。とりあえず商店街で待っていれば出会うだろう。

そんなこんなで商店街。てきとーにうろついているとあっという間に出会うことが出来た。
学校の鞄にプラスして、大きな手提げ鞄を一つ。そして二人とも私服に着替えていた。
「・・・あの、制服のままの方が良かったんじゃ?」
泊まりに来るのなら私服1セットがはっきり言って邪魔になりそうに思えた。
「舞が、私服姿を祐一さんに見てもらいたいって言うもんですから。」
「えっ?」
ぽかっ
佐祐理さんの頭に舞のチョップが炸裂した。
「もう、舞ったら照れちゃって。」
ぽかっ
「あははーっ。」
ぽかっぽかっ
二人してなにやら楽しそうだ。
本当は言い出したのは佐祐理さんだと思うんだが・・・。
しかし照れると言えばそれは俺の方かもしれない。
実際こうやって私服姿の二人を見るのは初めてだったし・・・。
いつも昼に見ている二人とはまた違った印象を受けていた。
「新鮮・・・。」
「はぇ?心配しなくても新鮮なお野菜を選んで買ってきてますよっ。」
笑顔で買い物袋を見せる佐祐理さん。
みずみずしい野菜達が顔を見せた。真っ赤に熟れたトマトに大きなカボチャ・・・。
なるほど、既に買い物は済ませたって訳か。
「随分早いですね・・・って、俺が買う予定じゃなかったっけ?」
「舞から、先に買ってびっくりさせようって誘われたもんですから。」
さすがにいくらなんでもそれは無いだろ。これも佐祐理さんの提案かな。
「でも祐一さん、まだ買ってませんよね・・・。佐祐理はなんだか悲しいです。」
「あ、いや、その、二人が買ったのが早かったわけで、その、メニューも決まってなかったし。」
ぽかっ
「いてっ。・・・舞?その、悪かったって。驚くより別の反応だったのは。」
「・・・新鮮?」
「は?」
「佐祐理と私・・・新鮮?」
「・・・・・・。」
何を言ってるのか最初全く分からなかった。
しかし記憶をたぐり寄せていくと、思い当たるものに出会った。
「私服姿?」
「・・・・・・。」
こくりと頷いてくれた。やった、あたりだ!
「じゃねえ!つっこみが遅いっての!!」
「・・・残念。」
全然残念そうじゃなかった。らちがあかないので話を進めることにする。
「佐祐理さん、結局買い物は全部終わってるんですか?」
「ええ。一応は。」
「それじゃあ早速向かいましょう、俺の家まで。あ、荷物俺が全部持ちますから。」
「大丈夫ですか?」
「平気ですよ、これくらい。買い物できなかったお詫びです。」
「じゃあお願いします。」
すっすっすっすっすっすっ
舞と佐祐理さんが手荷物をすべて渡してくる。
買い物袋二つ、学生鞄二つ、更に大きな手提げ袋二つ・・・
「って、一人でこんなに持てるか!!」
「祐一、だらしない。」
「そんなこと言うのなら舞、お前が持ってみろ!」
「ぽんぽこタヌキさん。」
「・・・はいはい、分かったよ。言い出したからにはしっかり持ちます。」
二本ある腕を懸命に使って荷物を持ち上げる。
重さも相当な物だが、何より量的に凄い。一部は背中に負わねばならぬほど。
「将来の俺の姿だったりして。」
のんびりと二人が歩く後ろで、極力聞こえないような声で呟く。
・・・そんなことよりこれを確かめておかないと。
思い出したことがあり、歩を頑張って進めて舞の隣に寄った。
「ところで舞。」
「なに。」
笑顔で歩く佐祐理さんに聞こえないようにするため、俺は舞の腕を引っ張った。
「今夜は、魔物は大丈夫なのか?」
「それは大丈夫。運良く今日は出ないみたい。」
「そうか、そりゃ良かった。」
都合が良すぎる気もしたが、舞の顔を見て信用することにした。
無理をしている風にもとれない。出ないとみていいということだろう。
・・・しかし、舞は手に剣を携えていた。名雪を起こす時にでも使うつもりだろうか?
一応鞘というかカバーは掛けてあったから、ただの棒に見えないこともない。
目立たぬように作ったのだろうか。用意周到で結構なことだ。
佐祐理さんもツッコんでないからこれ以上は触れないことにしよう。

そのまま歩き続け(途中からは俺が先頭に立って歩き)家に到着した。
まだ空も赤くない。なかなかに早い時間で良かった。
「さて、ここが俺のアジトだ。」
「ふぇ〜、アジトですか〜。凄いですね〜・・・。」
「・・・・・・。」
二人の視線が泳いでいる。俺のボケはむなしくあっちの世界へ旅立ってしまった。
「・・・言い直します、家です。」
「ふぇ〜、家ですか〜。凄いですね〜・・・。」
「・・・・・・。」
やはり二人の視線は泳いでいる。こんな悲しくなる反応ってありか?
いつまでも外に立っててもしょうがないので、中へ入るように促す。
玄関で重たい荷物をゆっくりと下ろし、声をあげた。
「ただいまー!」
「お帰りなさい、祐一さん・・・あら?」
秋子さんが素早く出迎えてくれる。
すると俺と一緒にいた舞と佐祐理さんに目が留まったようだ。不思議そうに首を傾げている。
「お客さんですか?」
「ええ。二人は・・・」
「あっ、祐一さん。佐祐理がお話しします。」
すいっと佐祐理さんが前に出る。厄介になるという意識からだろうか。
俺は彼女に説明を任せることにした。
つとつとと、自己紹介から始まって昼間の俺の依頼話から今日ここに来るまでの経緯を丁寧に喋る。
肝心の頼みである、この家に一泊させて欲しい、という願いと共に佐祐理さんが頭を下げる。
すると、秋子さんは頬に手を当てるといういつもの動作で、笑顔ながらにこう言った。
「了承。」
「ふぇ〜・・・本当に一秒で了承されてしまいました。」
「・・・・・・。」
佐祐理さんも舞も驚きを隠せない。それは顔を見て十分にとれる。
そのすぐ後に秋子さんも簡単に自己紹介を済ませた。
「家族が増えて嬉しいわ。さっ、早くあがって。」
「お、お邪魔します。」
「・・・お邪魔します。」
一礼をしつつ、二人が足を踏み入れる。
荷物を持ちながら、俺はその後に続くのだった。

家の中に居たのは秋子さんのみだった。真琴は買い物に出かけているのだとか。
帰ってきたらまた説明しないといけないだろうな。
あいつは一度舞と顔を合わせて、自業自得の酷い目に遭ってるから騒ぎそうだが。
もっとも一緒に寝るのは佐祐理さんだ。問題ないだろう。
「さて、ここが俺の部屋だ。」
両手に荷物を伴って案内する。
「あっ、ここが名雪さんの部屋なんですね。ほらほら舞、ここがそうなんだよ。」
「・・・・・・。」
ガイドの案内を無視して二人は俺の部屋の隣の部屋で立ち止まっていた。
“なゆきの部屋”と書かれたドアプレートを見ながら何やらはしゃいでいる。
「あの、二人とも・・・。」
「ねえ舞、ノックしてみようか。」
「・・・佐祐理、お願い。」
「よ、よ〜し。」
コンコン
ふるえる手で佐祐理さんがノックする。
しかし中からの反応は無かった。当然だ、名雪は今部活で学校のはずだ。
「うーん、返事がないね。」
「・・・下がってて佐祐理。」
「えっ?」
「強行突破する。」
佐祐理さんを手で制し、舞が構えた。その手は剣の柄にのびている。
「待て待て待てー!!!」
慌てて俺は傍に駆け寄った。
「二人して何勝手にやってんだ!!まずは俺の部屋に来るの!!」
「す、すいません。つい・・・。」
「部屋の偵察・・・。」
「んなもん後で俺が案内してやる!!ほらこっち!!」
どことなくズレてる二人にため息を付きながら、俺は今度こそ自室へと招き入れた。
部屋の中は三人で居られる空間は十分にあった。
どっかと隅に荷物を下ろし、二人に床へと座ってもらう。暖房のスイッチを入れて俺は同じく床に座った。
「ふぇ〜、ここが祐一さんの部屋なんですね〜。」
「・・・・・・。」
この家に来たときにも見たような反応をする二人であった。
「さて、まずはくつろいでくれ。何がしたい?」
「それではおやつを戴きましょう。家から持ってきたんですよ。」
笑顔で告げると、さゆりさんは手提げ鞄の中をごそごそと探り出す。
やがて、中から三つのカップに入ったゼリーが出てくる。
買った物かと思いきやラベルが貼られていない。どうやら手作りのようだ。
「どうぞ、召し上がってください。」
「これ、佐祐理さんが作ったの?」
「はいっ。こんな日のために仕込んでおきました。」
この家に泊まりに来ることを予想していたのならそれはかなり凄いことだ。
「・・・いただきます。」
「いただきます。」
舞に先を越されつつもそれを食す。
もぐもぐ
「おおっ、美味いっ!」
「そうですか?良かったです。」
そこはかとなく甘美な風味を・・・。
コンコン
浸っているとドアをノックされた。
“どうぞ”と答えると、そこに顔を出したのは秋子さんだった。
手にはお盆を持ち、その上にお茶とお菓子を乗せていた。
「お客さんがたくさんいるなら、と思って持ってきたんですけど・・・必要無かったかしら。」
「いえいえ、ありがたく戴きますよ。」
立ち上がってそれらを受け取る。もはやここは憩いの場と化していた。
床にお盆を置くと、佐祐理さんが申し訳なさそうに頭を下げる。
「すみません、気を遣っていただいて。」
「いいのよ、ゆっくりしていってね。・・・ところで、それは何かしら?」
興味をひかれたのだろうか、俺達が食べてる品について尋ねる。
「これはイチゴのゼリーなんです。」
「イチゴのゼリー?」
「はい。秋子さんも食べてみませんか?」
積極的に佐祐理さんが勧める。笑顔でそれを受け取ると、秋子さんはそれを食した。
言われてはたと気が付いた。そうか、これはイチゴだったのだ。
手作りでこんなものを作ってしまうのだからさすがは佐祐理さん。
「へえ・・・。これ、手作りなのよね?」
「ええそうです。」
「作り方、後で教えていただけないかしら?」
珍しいな、秋子さんがこんな事頼むなんて。ゼリーなら秋子さんだって手作りでしてたような・・・
いや、味が違ってたって事かな?
「もちろんいいですよ。今でも。」
「そう?じゃあ今お願いするわね。」
あれよあれよという間に、佐祐理さんは秋子さんに連れられて部屋から出ていってしまった。
後に残されたのは俺と舞と、二人分のゼリーと、和菓子とお茶・・・。
「なあ舞、目的がずれてきてる気がするんだが。」
ずずずずず
「・・・熱い。」
のんきにお茶をすすっている。
当初の目的などすっかり忘れているようだった。
「これからどうすりゃいいんだ・・・。」
「・・・・・・。」
ただひたすらに沈黙が続く。
よくよく考えたら、特に話し合うこともないんだった。
各々の部屋へ案内し、明日の段取りを立てればそれでOK。
部屋の主が居ない今は、結局何もできないのだ。
ばりばり
「・・・美味しい。」
「お前なに一人でさっきから食ってるんだよ。」
「祐一も食べる。」
すっと菓子を寄せられる。
「いや、欲しくて言った訳じゃないんだが・・・。」
「・・・そう。」
すっと菓子が下げられる。
ずずずず
「・・・丁度いい。」
部屋には、ひたすらに食べ続ける舞の姿があるだけだった。

いつの間にか夕刻。
名雪も真琴も帰ってきて、食事の支度も出来たようなので食卓へ。
テーブルに乗っていたのは、肉に野菜にバランス良く揃ったこれでもかというくらいの豪勢な料理。
どうやら佐祐理さんは、ゼリーの作り方を教えた後ずっと秋子さんを手伝っていたらしい。
椅子は二列。片側に真琴、名雪、俺、俺の正面に舞。そして隣に佐祐理さん、秋子さんと座る。
全部で6人という、普段では考えられないほどの人数がそこにいた。
「今日は一段とにぎやかね。」
いつになく笑顔の秋子さん。
真琴は最初舞を見た時に慌てふためいていたが、秋子さんに諭されておとなしくなる。
とはいえ、警戒を解いたようでもなかったが。
“いただきます”が告げられて始まる食事。
それぞれが舌鼓をうつなか、改めましての挨拶が始まった。
「それでは自己紹介しますね。倉田佐祐理といいます。
こっちは佐祐理のクラスメートの川澄舞。祐一さんとは一緒にお昼ご飯を食べてる仲なんです。
訳あって今晩こちらにお泊まりさせていただくことになりました。よろしくお願いしますーっ。」
恭しく会釈をする佐祐理さんにつられて、俺や名雪も会釈する。
そして遅れて舞も頭を下げた。
「ねえ、なんでお泊まりに来たの?」
「それは・・・」
「秘密よ、真琴。ねえ佐祐理さん。」
開口一番に質問をぶつける真琴。それに困る佐祐理さんへ、秋子さんが助け船を出した。
「えと、そうですね、秘密です。」
「そういうことよ。」
「あぅーっ・・・。」
すっかり仲が良くなったのか、二人してにこにこ顔である。
逆に困らされてしまった真琴。
だが、それ以上追求されることもなかった。
「ところで、寝る部屋はどうするの?」
今度尋ねてきたのは名雪だ。ここぞとばかりに俺が答えてやる。
「佐祐理さんは真琴の部屋。そして舞は名雪の部屋だ。以上。」
「うーん、どうして?」
「どうして?どうしてなんだろう、な、舞。」
不意に戸惑ってつい舞にふってしまう。
すると舞は懸命に動かしていた箸をとめて顔を上げた。
「・・・はちみつクマさん。」
「だそうだ。」
「祐一、言ってることがわかんないんだけど。」
心配するな名雪、俺もわからん。
というか、なんではちみつクマさんが返ってくるんだ。
「舞、お前の話を俺達は待ってるんだ。」
「・・・・・・。」
考え込んでしまった。難しいことをふってしまったのだろうか。
「ほら名雪も応援しろ!」
「えっ?う、うん。ふぁいとっ、だよ。」
「・・・・・・。」
「・・・なんか違う気がするんだけど。」
俺もそう思う。
「がんばれ、舞。」
「・・・・・・。」
横で佐祐理さんも応援する。気が付けば、5人が舞に視線を浴びせていた。
「・・・祐一の提案。」
「へえ、そうなんだ。でもどうして?」
「理由は知らない。この部屋割りがいいって祐一が言った。」
「なるほど。祐一、どうしてなの?」
舞の言葉を頷きながら聞いていた名雪が俺の方へ向く。
結局最初に名雪が言った質問に答えてない気がするんだが・・・。
「海よりも深い事情があった。それだけだ。」
「その事情の中身を知りたいんだけど・・・。」
「気にするな。」
「うー・・・。」
何故か執拗に食い下がる。
手強く思えてきたそのときだった。
「・・・てきとー。」
ぽつりと舞が漏らした。それだけで食事に戻る。
一同唖然、というかびっくりである。
「なるほど、てきとーなんだ。」
訂正。一同じゃなくて俺がびっくりである。
部屋割りをてきとーに決めていたことは、舞には実はバレていたのだ。
おかげで名雪の視線がものすごく冷たくなった。
「ま、待て、名雪。従兄弟の俺と先輩の言葉とどっちを信じる?」
「先輩。」
しまった、余計な肩書きをつけてしまった。
「ってあれ?佐祐理さんも舞さんも先輩だったの!?」
「そういえば言ってませんでしたね、失礼しました。
佐祐理と舞は3年生なんです。」
「言われて見れば教室に来た時に青いリボンをつけてたような・・・。
わっ、こちらこそ失礼しましたー。」
佐祐理さんによる会釈つきの訂正に、名雪も慌てて頭を下げる。
今更そんなことを思い出したってのは置いといて・・・。
名雪は先輩には弱いんだろうか。部活に入ってるせいか?
「先輩って事は祐一より偉いの?」
「こら真琴、なんだその質問は。」
俺が怒る傍ら、舞が顔を上げると、
「・・・・・・。」
こくりと頷いた。
「ってわざわざ答えるな舞っ!」
「あははは、祐一はやっぱり偉くないんだ〜。」
偉くないって何だ、偉くないって。
しかもやっぱりってどういうことだ。
「ふぇ〜、祐一さんって偉くなかったんですね〜。」
「佐祐理さんまで煽らないでください。」
「・・・・・・(こくり)」
「更に頷くな舞っ!」
もとより俺は偉くないが、こうまで言われるとなんだかやるせなくなってくる。
「ちなみにうちで一番偉いのはお母さんだよね。」
「これでも一応家主ですからね。」
頬に手を当てながら秋子さんが答える。
ここでふと浮かんだのは、秋子さんがもし女王様になってもこの調子であろうということ。
民の言う事はすべて“了承”してしまうようなのんびりした国になるに違いない。
軍隊を操るのは舞だろうな。命令はすべてアイコンタクト。
足の速さを考慮して、名雪は偵察部隊だろうか。
佐祐理さんは食糧補給部隊か。真琴は・・・何をするんだろう?
「なによぅ、祐一。」
「へ?ああいや、なんでもないぞ。歩兵が限度かなと思っただけだ。」
「歩兵?」
「・・・いや、ほんとになんでもない。」
うっかりじっと見てしまっていたようだ。
その後も、たわいない雑談を交わしながら食事は進む。
終わった頃には、午後9時近くになっていた。

食後、それぞれ風呂に入った後、一度舞と佐祐理さんとは俺の部屋に集まる。
明日の段取りを立てるためだ。
「ではこれから、明日、いかに名雪を起こす、だが・・・。」
「どうしたんですか?祐一さん、しゃべり方が変ですよ。」
「な、なんでもないです、なんでも。」
風呂上がり。というか気づけば舞も佐祐理さんもパジャマ姿。
わざわざ持参してきたというところに驚きを隠せないが・・・思わず見惚れてしまう。
普段はまず見ることの出来ない姿。シャンプーの匂いが、更に更に・・・ぐはっ。
って、やってる場合じゃないな。しっかりしないと。
悟られないように慌てて気を取り直す。
「まず佐祐理さんは、真琴の部屋で、お願いします。」
「はいっ。この後遊ぶ約束をしてるんですよーっ。楽しみです。」
「そうですか・・・。」
いつの間にそんなことをしてたんだか。
なんかしらんが俺も一緒になって遊びてー。
「・・・っていかんいかん、俺は何を考えてるんだ。」
「どうしたんですか?よかったら祐一さんも一緒に遊びませんか?」
「あ、いや、俺は俺でやることがあるから。」
「それは残念です。」
何が残念なのかはよくわかったが、俺は遊んでいる場合じゃない。
そしてまた、佐祐理さんの役目は特にないのは事実だ。
朝名雪を起こす鍵、それは舞のみなのだから。
「とりあえず朝に戦況報告しますんで、また明日です。」
「わかりましたっ。」
笑顔で佐祐理さんは立ち上がった。
「ではおやすみなさい。舞、頑張ってね。」
手を振りながら部屋を出てゆく。
しばらく後に、“佐祐理ーっ”とかいう騒がしい声が聞こえてきた。
佐祐理さんってば知らぬ間に好かれるタイプなのかもしれない。
「さて舞、問題はお前だが・・・一人で大丈夫か?」
「・・・・・・。」
今日放課後立った作戦では、舞が名雪を起こすという漠然としたもの。
何をやるかは知らないが、俺には無理な事なのだとか。
しかしこの一連のことを頼んだ張本人である俺が何もしないわけにはいかない。
「俺に手伝えることはないか?例えば朝・・・」
「心配ない。」
ゆっくりと舞は告げた。相変わらずの無表情ではあったものの、それが頼もしく見えた。
なるほど、俺が出来るのは部屋の案内までって事か。
「わかった。期待してるからな。」
「・・・・・・。」
こくりと頷く。そして俺は舞を連れて廊下に出た。

コンコン
部屋をノックする。今は午後10時。
支度とかいろんなことがあるからさすがに名雪でも起きてるだろう。
とか思っていると扉が開いた。
「祐一?」
「そうだ。舞を連れてきた。」
「・・・・・・。」
無言の舞を前に出してやる。
「いいよ、入って。」
あっさりと中に招き入れられた。
第一印象として目に付くたくさんの目覚ましに相変わらず圧倒される。
“これを見て弱気になってなきゃいいけど”などと思いながらちらりと舞を見る。
「・・・・・・。」
やはりというか無表情だった。それでも、ほんの少しの驚きは見て取れる。
そして途端に真剣な表情になった。気合いを入れ始めたということだろうか。
床には既に布団が敷かれてあった。
「ベッドに二人は無理だから床に寝てもらうことになるけど。」
「・・・構わない。」
こくりと頷く舞。と、ベッドの上に置かれてあった物体に視線を止めた。
「・・・かえるさん。」
「ああ、けろぴーのこと?」
呼ばれたぬいぐるみをひょいっと抱える。そして舞に手渡した。
「じゃあそういうわけで祐一はもう出ていってね。」
「どういうわけだ・・・。」
「わたし、眠いんだよ〜・・・。」
本当に眠そうなくらいにあくびをする。
というか名雪にとっては既に起きていられない時間なんだろうな。
「まあ俺がここに居てもしょうがないか。それじゃあお休み、二人とも。」
「おやすみ。」
「・・・おやすみ。」
挨拶を交わし、部屋を後にする。
「わっ、その手に持ってるの何ですか?」
「・・・・・・。」
「わっ、剣だ・・・びっくり。」
扉越しからのんびりとした会話が聞こえてくる。
どうも不安だ。本当にこれで良かったんだろうか・・・。
しかしこれ以上考えていてもしょうがないのでおとなしく自室に戻る。
明日の朝の事を考えたりしながら、俺は床についた。
長い一日だった。ひしひしとそう感じる。
すべては明日に期待をよせて・・・。


『朝〜、朝だよ〜。朝ご飯食べて学校行くよ〜。』
「・・・・・・。」
『朝〜・・・』
カチッ
いつもの目覚ましで俺は起きあがる。さて、運命の日だ。
一体舞がどんな起こし方をしたのか・・・。
結果が気になり、手早く準備をして部屋を出る。
と、それと同時に他の部屋の扉も開いた。
なんとそこから出てきたのは・・・
「舞?それに名雪!?」
「あ、祐一おはよう。」
「・・・おはよう。」
おきまりの朝の挨拶を交わす。
二人ともばっちりな制服姿だった。
「珍しくきちんと起きたな。」
「そりゃあ・・・ううん、なんでもない。」
「名雪?」
「さ、いこ、舞さん。」
頷く舞を引っ張って、名雪は階下へと降りていった。
あの様子だと寝ぼけては居ない。完全に目を覚ましたようだ。
「舞がちゃんと起こしたって事だな。」
方法は分からなかったが、あの結果は素晴らしいものがある。
更には、夜のうちにすっかり仲良くなったのだろう。
そして接し方をみる限り、先輩後輩だとかいう遠慮の障壁は消えたみたいだ。
“ふっ、完敗だな”などと思いつつ、俺も階下へと向かった。
食卓に顔を出すと、既に名雪と舞、そして真琴が座っていた。
「「おはようございます、祐一さん。」」
「おはようございます・・・って、え?」
重なった二人の声で挨拶を聞いた。思わず顔を上げてみると、
秋子さんに加え、エプロンをつけた佐祐理さんが居た。
「佐祐理さんも朝食を作ってたんですか?」
「ええ、それとお弁当づくりです。今日のお昼はとっても豪華ですよーっ。」
笑顔で告げるその顔はとても嬉しそうに見えた。
そういえば佐祐理さんは朝早くから起きていると聞いた。
「たまにはこういう朝もいいものね。」
終始笑顔の秋子さんは更に嬉しそうだ。
なるほど、佐祐理さんと二人で台所作業をしていたに違いなかった。
「さ、祐一さん、朝食をどうぞ。」
「はい、いただきます。」
トーストが置かれたテーブルの前に腰掛ける。
そして、昨日の夕食と同じく6人が席に着いた。
のどかな朝、楽しい朝、そして輝かしい朝を、俺達は満喫していたのだった。


エピローグ

先日の一件以来、舞と佐祐理さんはちょくちょく家に泊まりに来るようになった。
あの時から名雪は朝にきちんと起きるようになったので、俺としてはどちらでもよかったのだが、
秋子さんや真琴、名雪も二人をかなり歓迎している。
朝の登校時は、秋子さんに見送られながら5人で、というように凄くにぎやかだ。
(当然真琴は途中までであるが)
楽しそうに会話を交わされる隣で、俺は気になることを舞に聞いてみる。
「ところで舞、一体どんな方法で名雪を起こしたんだ?」
「・・・・・・。」
「答えたくないか?」
「はちみつクマさん。」
「よし、じゃあ俺の質問にはちみつクマさんかぽんぽこタヌキさんで答えてくれればいい。
まず第一の質問。名雪を起こすのに剣は使ったか?」
「はちみつクマさん。」
「では次の質問。その剣で突いたか斬りかかったりしたか?」
「ぽんぽこタヌキさん。」
ま、そりゃそうだろうな。
「それじゃあ、起こすのに体力は使ったか?」
「・・・ぽんぽこタヌキさん。」
「声は出したか?」
「ぽんぽこタヌキさん。」
「名雪の体に触れたか。」
「ぽんぽこタヌキさん。」
「何かを見せたのか。」
「ぽんぽこタヌキさん。」
「・・・さっぱりわからん。」
「はちみつクマさん。」
もういいって。
「まあ結果オーライだ。で、どうだった?」
「・・・・・?」
「初めて名雪を起こしてみたとき、手強いと思ったか?」
ここで舞は少し目を伏せた。
少しの間をおき、遠慮がちに顔をあげる。
「祐一、名雪は立派。」
「は?なんでまた。」
「私は、名雪のこと・・・かなり嫌いじゃない。」
「はあそりゃあよかった。・・・で、名雪の何が立派だって?」
「・・・・・・。」
それっきり舞は口を閉ざす。
俺の頭には終始疑問符が浮かんでいた。
起こす方法もわからないし、舞と名雪の間に何があったのかも・・・。
それでも、構わなかった。こうして皆と、のどかに過ごせる時間が俺には嬉しかったから。
「ちょっとした怪我の功名ってやつかな。」
微笑をこぼしながら、俺は穏やかな景色を眺めていた。

<おしまい>


あとがき:そんなわけで、舞シナリオでした(正確には舞&佐祐理シナリオ)
この二人が水瀬家にやってくるお話を一度は書いてみたいと思い、
こうして書いてみたわけですが・・・どんなもんですかねえ?
名雪を起こす云々よりも、二人が来た時の風景がメインですね。
場面がそれなりに伝わるといいな。(それにしてもえらく長い話だ)
魔物については、都合良く出ないってことで片づけました。
更に水瀬家に宿泊する許可を、佐祐理さんと舞それぞれの親が出したのも。(勘弁してくれい)
で、舞が一体どういう起こし方をしたか、ですが・・・
それはご想像にお任せします(爆)