そして名雪の部屋。
『朝〜、朝だよ〜』
<おわり>
「・・・という訳で、明日の目覚ましはこれを使うようにしろ。」
「そんなのやだよ・・・。」
俺の部屋、名雪と二人で会議を開いている。
朝の名雪の目覚めの悪さに耐えかねて、俺が新しい目覚ましの提案をしたという事だ。
とある漫画に出て来る少女の、朝起きる為の健気な計画を参考にした画期的な案だ。
何故参考にしたかというと、その少女も名雪も朝に弱いもの同志だから、というわけである。
「いくらなんでも、そんな目覚まし使ったらわたし死んじゃうよ。」
「俺は朝遅くに家を出て倒れそうに成るくらいに走って学校に着いて、
一時間目から体育だという日ごとに死にそうに成る。」
「う〜・・・。」
困ったような顔をして名雪は目をそらす。
そう、ここんところ体育となれば男子はマラソンなのだ。(つまり更に走らなければ成らない)
やはりこの世には神も仏も無いという事を、俺は改めて知ったのである。
「だからな、せめて一時間目に体育がある日くらいは、早めに起きてきて欲しいわけなんだよ。」
早めに起きるよりは朝の準備をてきぱきと済ませられれば良いのだが、名雪の場合そうはいかない。
十分間に合うはずの時間に起きても、のんびりしているうちに遅刻、というパターンだ。
それならいっそ、更に早い時間に目を覚ますしか無い。
しかし、従来の方法でそれはおそらく不可能・・・という事で新たな目覚ましの提案をしたわけだ。
「・・・分かった。」
懇願する様に告げると、とうとう観念した様だ。
了承の言葉と共にこくりと頷く。
「よしっ、それじゃあ早速仕掛けるとしよう。」
「うん・・・。」
元気良く立ち上がった俺とは対照的に、のそりと名雪は立ち上がる。
さすがに乗り気では無いようだが、了承したからにはちゃんと仕掛けさせてもらおう。
まったく同じ仕掛けは作れないので、てきとーに代用品を立てるしか無い。
「さてと、こけしの代わりにこれでいいかな・・・」
「けろぴーはだめだよっ!!」
すっと手に取ろうとしたカエルのぬいぐるみを素早く名雪が奪い取る。
そのスピードたるや風の如き・・・。
「うでをあげたな。」
「けろぴーはだめだからね!」
必死になっている姿を見ると諦めざるをえない。
仕方なく、俺は机の上に立てかけてあったビデオテープを手に取った。
「これでいいか。」
「・・・そんなものわたしの部屋になかったよ?」
「心配するな、いやらしい画像とかは入って無いから。」
「祐一が置いたの?いつのまに?」
「細かい事は気にするな。」
一つの目覚し時計の正面にそのテープを設置。
その目覚し時計とは、時間になるとパンチグローブが飛び出す仕掛けだ。
威力が貧弱で直接名雪を起こすには不足だが、ビデオテープを突き倒すには十分だろう。
「さて、次はトランポリンだな。」
「うちにはトランポリンなんて無いよ。」
「心配するな、こんな事もあろうかと・・・。」
ごそごそとベッドの下から取り出したのはちっちゃなトランポリン。
俺や名雪みたいな人が乗ると壊れそうだが、物を跳ね返すには十分だろう。
「これをここに置いて、と。」
「いつのまにそんな物用意したの?」
「この日の為に商店街で買っておいた。」
「しかもなんでわたしの部屋のベッドの下にあるの?」
「いちいち細かい事を気にしていたら大物に成れ無いぞ。」
「そういう問題じゃ無いよ・・・。」
トランポリンの位置を真剣に確かめている最中、
“今度から出掛ける時は部屋に鍵をかけていった方がいいかな”
と、名雪はぶつぶつ一人言を言っていた。
えらく慎重な意見だが、名雪の事だから明日になれば忘れていそうだ。
「さて、トランポリンも設置できた。最後の仕上げの包丁!」
懐からギランと包丁を取り出すと、一瞬名雪は後ずさった。
「なんでそんな物持ってるの?」
「夕食が終わった後に、秋子さんから貸してもらったんだ。」
「・・・やっぱり別なものにしようよ〜。」
「妥協は許さない。さてと、これを天井に・・・。」
怯える名雪に構わず、俺は天井にそれをくくりつけた。
これでようやく目覚ましの仕掛けは完成というわけだ。
「それじゃ名雪、しっかり寝返りを打ってビデオテープを蹴っ飛ばすんだぞ。」
「無茶だよ〜・・・。」
「ちゃんとトランポリンに向かって蹴るんだぞ。」
「だからできないよ〜・・・。」
「ここまで来て弱音を吐くな。目覚ましによって倒れてきたビデオテープを蹴っ飛ばし、
それがトランポリンによって天井に跳ねかえって、その衝撃で吊り下げた包丁が落ちてくる。
その包丁に突き刺さらない様にがばっと起きる、というスーパーな目覚ましなんだから。」
「そんなにうまくいかないよ〜・・・。」
「ちゃんと上手くいったら、俺が毎日セットしに来てやるからな。」
「しなくてもいいよ〜・・・。」
「それじゃあおやすみ。」
「祐一〜・・・。」
結局最後の最後まで名雪は駄々をこねていた。
それでも、お休みの挨拶を交わすまでにこじつけ、それぞれ寝に入る。
さて、明日が楽しみだ・・・。
「・・・・・・。」
『朝ご飯食べて学校行くよ〜』
カチッ
いつも通りの目覚ましの音に俺は目をさまし、うーんと伸びをする。
時間は七時(普段より早めにセットした)。隣の部屋でもそろそろ目覚ましが発動している頃だ。
上手くいったのなら名雪がしっかり起きているはず。
早々に着替えを済ませて部屋を出る。
コンコン
「おーい、名雪ー。」
一応部屋をノックして呼びかけてみた。
しかし、部屋からの返事が無い。失敗したかな?
トントン
「おーい、名雪ー。起きてるかー?」
再度呼びかけてみたが返事は無い。
もし起きていなかったとしても、この声でなんらしかの反応が聞こえてくるはず。
ドンドン!
「おおーい!名雪ー!!」
三度目、やはり返事はなかった。
返事どころか、物音一つ聞こえてこない。
「まさか・・・!?」
一瞬頭の中に嫌な情景が浮かんだ。
体に包丁が突き刺さって血を流している名雪の姿が・・・。
ドンドンドン!!
「名雪!!名雪!!!」
激しくドアを叩いて今までよりも大きな声で呼びかける。
しかし、やはり返事は無い。
「名雪・・・。大変だ!!!」
扉を開けようと試みたが、ガチャガチャと音がするだけで開かない。
鍵がかかっているようだ。
「名雪!!」
「なに?祐一」
「おわっ!!?」
不意に後ろから呼びかけられて飛びあがる。
恐る恐る振り返ると、そこには制服姿の名雪が立っていた。
「どうしたの?」
「どうしたのじゃないって。心配して・・・って、いつのまに起きてたんだ?」
「六時だよ。」
「六時!?なんで・・・。」
いつも七時半に寝ぼけ眼で起きている名雪が六時で起きたのは奇跡に近い。
しかも、目覚ましは七時に仕掛けたはずなのに。
「だって、祐一が仕掛けた目覚ましが恐くって・・・。
それで別の目覚ましを早めに鳴る様にセットしておいたんだよ。」
「・・・・・・。」
なるほど、俺のアイデアはあっさり無視されてしまったというわけか。
着々と進めていた準備行動は無に帰してしまったんだな。
そんな事よりも気になるのは・・・。
「よく普通の目覚ましで起きられたな。」
「起きないと死んじゃうと思ったから・・・。わたしまだ死にたくないよ。」
真顔で縁起でも無いことを言われるとこっちが恐い。
しかし、あれはそういう目覚ましだから別におかしくは無いが。
「ところで名雪、眠たくは無いのか?」
「うん、全然。」
確かに、ぱっちりと開いた目からは眠気なんてものは微塵も感じられない。
いかにのんびりとした名雪といえど、生命の危機には敏感だったという事だな。
「なんか失礼なこと考えてない?」
「い、いや、そんな事は無いぞ。」
「・・・祐一。」
「な、何?」
「おはようございます。」
「・・・お、おはよう。」
いやにすがすがしい声で挨拶をされてしまった。
なんだか違和感が・・・。
「それじゃあ朝ご飯食べに行こう。」
「え?」
「朝ご飯だよ。祐一が七時過ぎても降りてこないから迎えに来たんだよ。」
「そ、そうか・・・ん?」
ここで俺には一つの疑問が浮かんだ。
慌ててそれを訊いてみる。
「起きてたんならなんでその時起こしに来なかったんだ?」
「早めに起こすとかわいそうだと思って。」
「そうか・・・。」
睡眠不足(といってもこの場合高々一時間だが)の辛さを良く分かってる名雪なりの配慮なのだろう。
まさか彼女にそんな気遣いをさせるとは夢にも思わなかった。
そして俺達は一階へと降りていった。
「ところでなんで部屋に鍵かけてたんだ?」
「昨日の祐一の行動を見てて思ったんだよ。絶対に鍵をかけなきゃって。」
「そ、そうか・・・。」
次の日には忘れると思ったのに、なんかえらくしっかりしてるぞ。
また、名雪の手には昨日俺が参考にした一冊の漫画が握られていた。
おかしい、昨日のうちに俺が自分の部屋に持ちかえったはずだ。
なんだか名雪じゃ無いみたいな気が・・・。
「おはようございます、祐一さん。」
「おはようございます。」
いつも通りの秋子さんの笑顔に迎えられて椅子に座る。
と、テーブルの上には大きな瓶が置かれてあった。
「こ、これは・・・。」
「はい祐一、ちゃんとジャムをつけて食べるんだよ。」
名雪からトーストを手渡される。
「ジャム・・・。」
ジャムらしきものはテーブルの上に乗ってるそれしか見当たらなかった。
「ほら祐一、美味しいよ。」
名雪は既に、幸せそうな顔ではぐはぐとトーストを頬張っていた。
イチゴジャムではない。秋子さん特製の・・・このジャムだ。
「祐一。」
「な、なんだ?」
「試練だ、耐えられよ、だよ♪」
「・・・・・・・。」
別の意味で屈託の無い笑顔を見せられて、俺はそのジャムをつけざるをえなかった。
その日の朝食は、ものすごく敗北の味がした。