小説「まもって守護月天!」(意味なしカオリン)


『ダメだ全然意味がない』

 今は昔のそのまた昔のお話です…。
 とあるフシギそうな国に、お約束の如く姫であるカオリンが住んでおりました。花のエプロンドレスを身につけ、様々な曰くをもつカオリンはある日、とある場所を訪ねました。
 そこはたくさんのキノコが生えている森の中。その中に一際目立って大きいキノコがありました。いえ、実際にキノコそのものは、森の中とは少し違った開けたところにありました。というよりも、森を抜けた向こうのそのまた向こう側、なんにも無い荒地にあったのでした。他に草木はまったく生えておらず、ただ大きなキノコがぽつんとあるだけでした。
 そのキノコの上に…芋虫のカッコをしたキリュリアが座っていました。カッコとはすなわち、着ぐるみです。冬場ならばコタツも不要なほどに暖かそうですが、夏は多分暑そうです。
 そんな格好は何の意図があってかというのは誰にも分かりませんが、とにかくキリュリアは芋虫キリュリアなのでした。
「こんにちは、キリュリアさん。今日はあなたに教えてもらいたいことがあってやってきました!」
 とっても明るいとっても元気なとっても大きな声でカオリンは告げました。びりびりと大気が震えたかもしれません。はるか向こうの森では木々がざわめき、小鳥たちの幾人かは飛び立ち、幾人かは気絶してしまったかもしれません。
 しかし素早く耳栓をした芋虫キリュリアは、少々顔をしかめただけでそれに反応することができました。さすが芋虫キリュリアは長年の経験が並ではありません。
「教えてもらいたいこととは何だ?」
「えっとですねえ、あたしに淋しさを教えてください」
「なんだと?」
 具体的な言葉ながら具体的な事柄では無い“淋しさ”というものに対して、キリュリアは思わず聞き返してしまいます。
 たしかにキリュリアはどこぞの辞典少女(仮称)の影響かどうかは保証できませんが、物知りで誰やかれやに教えるという事をするいわば教授さんです。しかしながら、淋しさといったものを教えてと言われたのは今回が初めてでした。
「あたしの憧れの先輩、タスケード先輩はずっと淋しい思いをしてきたって…。ですから、あたしも淋しさを学んでおく必要があるな〜って。ほら、あたしってそんなに淋しい思いはしないままきましたし…。
 淋しさを学べば、先輩の気持ちをもっともっと分かってあげられるんじゃないかって。それにですね、これを思いついたのは多分あたしが最初なんじゃないかとも思うんですよね。だから…」
 カオリンは止まることなく次々と喋り始めました。それはもう、教えを請いに来たのに逆に教授に教えてしまうのではないかという勢いです。
 しかし、芋虫キリュリア教授は、そこは慣れたもので(正しくは、こういう生徒には慣れているという事ですが)カオリンの話が一区切り付いたところに言葉を挟みました。
「了解した、あなたに淋しさを教えよう」
「本当ですか!?ありがとうございます」
 ふかぶかとカオリンはお辞儀しました。実に丁寧な恭しい礼です。そんじょそこらのお姫様には決して真似できないわよん、と言わんばかりの礼でした。さすが姫であるのはだてではありません。
 しかし芋虫キリュリアはそれを気にすることなく開始を告げました。
「では始めるぞ」
 いよいよ授業の始まりです。緊張のあまりカオリンはついつい身構えます。
 ところが、芋虫キリュリア教授はそれだけ言い残して…
ばさっ
ひゅいーん
 と、短天扇を広げてそれに乗ってどこかへ飛び去って行ってしまいました。なんという事でしょう、何も無いそこら辺には、キノコだけが残ってしまいました。あっけにとられていたカオリンでしたが、すぐに状況を理解しました。
「なるほど、淋しさを教えるための道具を取りに行ったのね!もちろん帰ってくるまで待つもんね!!」
 一人で納得したカオリンはその場に座って待つことにしました。本当は、もう二度と芋虫キリュリアは帰ってこないという事も知らずに…。



 …2時間が過ぎました。
 カオリンは待っています。ひたすら待っています。
「ふあ〜、なかなか戻ってこないなあ…。そんなに大変なものなのかなあ…。もしかしてとんでもなく大きいとか…でもキリュリアさんだったら小さくするよねえ。ということは、とんでもなく小さすぎて見つからなくて探しているのかしら?でもめざといキリュリアさん(←失礼)だから失くし物なんかはしないと思うんだけどなあ…」
 ぶつぶつと独り言を呟いています。カオリンの他には誰もいないのでそれを聞く者はいませんでした。

 …そして、2ヶ月が過ぎました。
 カオリンはやはり待っていました。2ヶ月も待っていられるなんて、カオリンも辛抱強くなったものです。
「長いな…。でも、タスケード先輩と幸せになるためだもん。頑張ろうっと」
 気合を入れんがため、カオリンはガッツポーズをしました。やはりそれを見る者は誰もいませんでした。

 …そして、2100万年が経ちました。
 さすがに時間経過のほどがひどいのですが、そこは気にしてはいけません。それでももちろんカオリンは待っていました。健気に待っていました。しかし…それでも芋虫キリュリアは帰ってきません。
「もしかして…ただ待ってるだけじゃなくって何かをやってろって事だったのかな?」
 ここでようやくカオリンははたと気付きました。
 そうです、ただ待ってるだけの人にどうして芋虫キリュリアが教えるというのでしょう。これはカオリンを試す試練なのです。…と思ったカオリンは何かをしてみようと思い立ちました。
「…けど、何をすればいいのかな…」
 思い立ったけれどもすぐに詰まってしまいました。困ったものです、カオリンにはいい案が浮かんできません。どうしたらいいのでしょう、何もわかりません…。相変わらず目の前にはキノコがありますが…。
「とりあえず乗っかってみようかな。うん、そうだわ。そうすればキリュリアさんもあたしを見つけやすいよね。ひょっとしたらここが分からなくて迷子になってるかもしれないし」
 そう考えたカオリンは早速キノコの上にぴょんと乗っかりました。少しつま先立ちで、額に手をやって遥か向こうを、芋虫キリュリアが飛び去った方向を見つめています。
 そのまま数分が経ち…
「…つ、疲れた。やーめたっと」
 なんと、早々にカオリンは諦めてしまいました。
「大体、こんな荒地でキノコがこんなにおっきいのに目立たないわけがないじゃない。やめやめ」
 顔をぶんぶんと横に振って、カオリンはキノコからひょいっと飛び降りました。
 そうです、カオリンがキノコに乗ったところで意味が全然ありません。まったくもって何をやっているんだと、カオリンは物凄く疲れてしまいました。
「…そうだ、試しに寝てみようっと」
 と、カオリンはキノコの隣にちょこんと横になって寝始めました。試しにも何も、要するに疲れたから寝てみる、というだけのことです。
 キノコとカオリン。絵になるようで絵にならないような構図です。カオリンのそれは全然意味がありません、何をやってるのかわかりません。
「うーん…」
ごろごろごろ
 寝返りを多少うったりしています。カオリンのそれはまるで全然意味がありません。そんな意味のないカオリンがそこにいたのでした。



「おーっほっほっほ」
 高らかな笑い声が辺りに響いてきました。陽天心ほーきとか呼ばれているものに乗って、公爵夫人がそこにやってきたのです。空を飛んでいたらたまたま珍しいものが目に入ってきたと思って降り立ったのでしょう。そんな彼女の声に、寝ていたカオリンは目を覚まし“そうだ、公爵夫人に聞いてみよう”と思いつきました。寝起きなのに大した頭の回転です。
「公爵夫人、キリュリアさんを知りませんか?さっき淋しさを教えてくださいって言ったらそのまま飛び去ってしまっちゃったんです。それであたしは待ってたんですけど、いつまでも戻ってこなくて…。
 何をしたら戻ってくるかわかりませんか?」
 さっきというわけでも無いのですが、事情をとにかく話しました。彼女なら何か知っているかと思ってのことです。
 ところが公爵夫人はそれを聞いても首をかしげたまんまです。彼女にはカオリンの事情などまるでわからなかったのです。
「うーん、足し算と引き算と掛け算と割り算と…」
「は?」
「野村君と遠藤君の見分け方くらいならなんとかなるけどねえ…」
「………」
 意味不明なことを口走っています。
 野村君と遠藤君とは一体なんなのか。しかもそれの見分け方などすぐわかりそうなものです。
 当然、足し算と引き算と掛け算と割り算などといったものは、カオリンでもわかる事柄でした。
「ちょっとぉ、それだけじゃしょうがないじゃないですかぁ」
 呆れてカオリンは文句の言葉を飛ばします。けれども公爵夫人はそれなんてどうでもいいかのようにキノコをぺたぺたと触っています。相変わらず大きなキノコです。おおぐらいの公爵夫人にとって魅力ある品なのかもしれません。
「うーん、煮て食べてみましょうか…。丁度鍋も持ってるし…」
 なるほど、公爵夫人は鍋を持っていました。大きな鍋です。これならキノコはおろか、公爵夫人も一緒に煮込めそうです。
「ちょっと公爵夫人、聞いてます?」
「ああそうそう、そうだったわね。キノコはこの前食ったんだわ。あたしとしたことがうっかりしてたわ〜」
 どうやら公爵夫人はもうカオリンの話を聞いていないようです。いえ、そもそも興味を持っていなかったのでしょう。カオリンがキリュリアがなんてことはどうでもよくって、キノコだけが目的で降り立ったのですから。
「公爵夫人!!」
「でも…背に腹は変えられないわね。よーし、煮てみましょうっ」
 思い立ったが吉日なのか、公爵夫人はてきぱきとキノコを解体して、早速なべに放り込みました。火も起こしてスープと一緒にぐつぐつと煮込み始めています。もちろんカオリンなどほったらかしです。完全に自分のペースです。
「もーぅあったまきた!」
 長い月日を待ちくたびれて、カオリンはかなり気が立っていました。そんな彼女の元へやってきた公爵夫人は運が悪かったのかもしれません…。
がしっ
「へ?」
 カオリンは公爵夫人の頭を持ちました。
「ちょちょちょ、ちょっと!?」
「えーい!!」
 カオリンはそのまま、公爵夫人を鍋にぶちこみました。
ばしゃーん
「きゃああー!」
 断末魔…。
 ともかく、カオリンはキノコと公爵夫人を煮てみたのでした。
「もしかしたら、これがキリュリアさんの求める行動だったのかも?」
 おっ、と思いついたようにカオリンは呟きました。
「それは全然意味がありませんよ、カオリンさん」
「うわっ!」
 カオリンにつっこみを入れるべく登場したのは、シャオリーノでした。二本の触覚(?)がチャームポイントでもある彼女がいつの間にかやってきていたのです。
「…あれっ?シャオリーノ先輩、触覚どうしたんですか?」
「ふえっ?」
 そうです、シャオリーノに触覚はありませんでした。チャームポイントであるそれが無い彼女は、それでもシャオリーノでした。
「いいえ、カオリンさん。私はシャオリーノなんですけど、実は耳の無いうさぎさんなんです」
「は、はあ、そうなんですか…でも、耳が無いって?」
 不思議そうにカオリンはシャオリーノを見つめます。たしかにウサギのような耳はありません。他はまったくのシャオリーノ…まぁ、触覚はありませんが。しかしこれでは、ウサギという説得力は皆無なのでした。
「…っとと、そんな事より、意味がないって…どういう事ですか?」
「ええ、まるで全然意味がありませんから」
「だからそれってどういう…ふぇっくしょん!!」
 意味の無いカオリンがくしゃみをしました。
「あらっ、風邪ですか?でも…一誹二笑三惚四風邪と言いますから、誰かがカオリンさんの悪口を言っているのかもしれませんね」
「へぇ〜、そんな言葉があるんですねえ…って、誰があたしの悪口を?」
「それは…」
 言いかけて鍋をちらりと見やるシャオリーノ。それに伴ってカオリンも同じく鍋をみやります。と、そこでカオリンは状況が変わってしまっている鍋に気がつきました。
「あ〜っ!?火が消えてるっ!」
 あらら、なんと先ほどのカオリンのくしゃみ。その勢いで鍋にかけた火が消えてしまっていたのでした。これでは煮込み続ける事はできません。
「ではカオリンさん、この鍋は私が片しておきますね」
「えっ?ちょ、ちょっと!?」
 カオリンが呼び止めるのも聞かず、シャオリーノはずるずると鍋を引きずって歩き出しました。止めようとするのは当然です。火はまたつければよいのですから。
 しかしカオリンはそれを止める事もできませんでした。いつ芋虫キリュリアが帰ってくるかもしれないキノコから離れるわけにはいかなかったからです。
「うううー、助かったわー、触覚無しシャオリーノぉ〜」
 鍋から公爵夫人がひょこっと顔を出しました。なんとか生きていたようです。
「いえいえ。けど公爵夫人、私は耳無しウサギですよ?それに、鍋から出なくていいのですか?」
「うーん、慣れると平気になってきたわ。ほら、あたしって公爵夫人だし〜」
「それは関係無いと思いますけど…」
 そんなやりとりが向こうから聞こえてきます。カオリンはそれを聞きながら、再びキノコの前に腰をおろしたのでした。
「…うーん、こうなったらどうしよう…。寝てもダメ、煮てもダメ…」
 頭の切り替えの早いカオリンは、早速次の案を構想し始めていました。
「しかもキノコが欠けちゃってるもんねえ…」
 そうです。さきほどの公爵夫人がキノコを解体してしまったのです。もちろん全部ではなく一部分ですが。
「そうだ!さっき煮た鍋の中身をキノコに塗ってみれば何か起こるかも!」
 とっさに思いついたカオリンは、早速鍋の中身を手にとって、キノコにぺたぺたと塗り始めました。
 あたり一面にキノコの香りが漂います。いえ、元々漂っていたものが更に強くなりました。これなら誰が訪れてもキノコを感じること請け合いです。…ただそれくらいしか変わった事はありませんでしたが。
「うーん…なんにも変わらないなあ…。どどーんとキノコが変化するかなあと思ったのに…。キノコの煮汁をキノコに塗るなんて結構いいアイデアだと思ったのになあ…」
 一通り塗り終わった後、カオリンはだるそうに呟きました。しかし結果としては当然のことです。煮汁を塗った程度でそうそう変わるものでもありませんでした。
 カオリンの塗り塗り行動は全然意味がありません。そんな意味の無いカオリンがやはりそこにいました。
「そうだっ!キリュリアさんは芋虫キリュリアとなるべく着ぐるみを着てたから…あたしも着ぐるみを!」
 …というわけで、カオリンはてきぱきと着ぐるみを用意し、それを身につけました。どこからどうやって用意できたのかという事は、それはカオリンが姫であるから気にしてはいけないところです。
 ともあれ、カオリンは着ぐるみを…キノコの着ぐるみを身につけてそこに立っていました。両足ともが一本になっているので歩きづらいのですが、ただ立ってる分には何の問題もありません。意気揚々とカオリンはその場に立っていました。キノコのそばに、キノコになって…。



 そうして…幾度キノコの上に陽があたったのでしょうか。
 それは2100万年の陽。
 結局、カオリンはひたすら待っていました。
 待っている間に…カオリンは石になっていました。
 そのカオリンもすっかり苔むしていました。
 そんなカオリンにも、やはり陽はあたるのでした…。
 キノコも意味がないカオリンも関係ありません。
 陽は、すべてに平等にあたるのです…。
 いつまでも、いつまでも…
「…なんて、ちょっと言いすぎだったな…いや、こういう場合行き過ぎっていうのかな…う〜、だめだ〜、だめだ〜…」
 日本のどこかにあるさりげない八畳一間のアパートの一室で、カオリン…もとい、愛原花織は頭をかいていた。
 大学に入ると同時に一人暮らしを始め、学業の傍らで絵本作りをするという予定だったのだが…どうも創作力が沸いてこない。実際は、時間があれば絵本をひたすら作っているというわけでもなく、ただぼーっとしたりして過ごすことがほとんどの毎日。
 そして、ろくすっぽ大学の講義に顔を出していない彼女にとっては時間は余りあるほどあり、退屈な毎日であったのである。
「ふう…あっ、足の爪伸びてるな…切ろうっと」
 ちらりと目に入った自分の足。休日が来るたびに暇つぶしの材料となっているその爪きり。もちろん、つぶせる時間はごくわずか。それを思って、改めて退屈だと、花織は感じていた。
「何にもないなあ…ほんと」
 思い起こせば、中学時代は楽しいものであった。
 激しい激しい恋に落ちたこともあった。残念ながら、その行方は自分の譲歩により幕を閉じてしまったが…。
 想い人と恋敵の二人は今、仲良く中国へ旅立っている最中なのだ。が…花織の心の底ではまだ諦めがつかない。
 ならばそんな昔を元として、それを振り返りながら、めるへんちっくに絵本を作ってゆこう。乙女な自分が作ったならば、きっと素晴らしい作品が生み出せる。それを見せればいつかきっと…。
 そう決めて今に至った…はずなのだが…。

ぴんぽーん
 回想に少しふけっていると、呼び鈴がなった。一室にそれはよく響き、彼女の耳にはよく聞こえる。丁度爪きりに一区切りついた花織は、よいしょと腰をあげると玄関へと向かった。
「はーい…あれっ、熱美ちゃんにゆかりん」
 訪ねてきたのは、彼女と中学からの付き合いである親友二人であった。二人もまた花織と同じ大学へ進学。花織とは違う夢を目指して勉強中であるが、変わらず花織を大切に思う親友であった。
「あれっ、じゃないでしょ花織。今日中間試験だったのに出てこないなんて…。単位落としても知らないからね」
「また絵本作りに没頭してたの?相変わらず乙女チックモードになるとスゴイんだねえ」
 ゆかりんはため息をつきながら、熱美は苦笑しながら挨拶を投げる。
 そんな二人に対して、花織は重苦しく首を横に振った。
「もう、ゆかりんったら相変わらずうるさいなあ…。熱美ちゃん、乙女チックとかそんなんじゃないよ。…ま、二人ともあがって」
 ひたひたとゆっくりした足取りで二人を招き入れる。そのあまりにも元気のなさそうな姿にどうしたんだろう≠ニゆかりんと熱美は顔を見合わせ、部屋にお邪魔した。

「もうね、何をやってるのかわかんないくらい毎日が過ぎてくの。全然意味がないよね〜…何したらいいのかわっかんない。わかんないんだよ」
 もてなしのお茶を入れ終わるなり、花織は堰を切ったように話し始めた。いや、正確にはそれは愚痴に近い。
 絵本作家になろうと決めた事が全然実りそうにないという事。毎日毎日、絵本を作ろうとしてはすぐにやめてしまい、たまに書いても自分が思うとおりのメルヘンチックにはほど遠いという事。それでいて講義はほとんどサボっているが、やはり毎日が何もできずに過ぎていっていること…。
「ふーん…あ、そこにあるのが新作?」
「新作っていうほどのもんじゃ…」
 机に目を向けたゆかりんに、花織はぶつぶつ言いながらその原稿を二人の手元までもってきた。とりあえずは試作品という形であるので、試しに見てもらうという事なのだが…。
「…意味無しカオリン?」
「そう。やおいの一部の意味無しってのだけを強調しようかと思ったんだけどね…」
「やおいってあんた、同人誌じゃないんだから…」
「相変わらず飛んだ話だよねえ…さすが花織だね…」
 ぱらぱらと原稿をめくる二人はそれなりの感想を述べる。ある程度途中まで見た辺りでゆかりんも熱美も、ちょっと小難しい顔をし、ぱさりと原稿を置くのであった。
「ダメだよ花織、こんなんじゃ。ぜんっぜん本当に意味がないよ?何の為にこんな生活始めたの?」
「そうだよ。それに講義をさぼってる絵本作家になるために時間を作ってるんじゃないの?」
 やっぱりか…≠ニ花織は心の中で思いながら、ふう、と重く重くため息を吐き出した。予想はしていたが、直に言われる事は彼女にとっても堪えるものがある。
「いいのよ…どうせあたしは2100万年座ったきりだもん」
「「はぁ?」」
 ぼーっとした表情。空ろな目で花織はただ返事するだけだった。ついさっき書いていた話に出てきた言葉をちらりと出してみたりする。思わず目を丸くして反応してしまう二人であったが、花織にはそんなことなどどうでもよくなっていた。
 そしてそのまま、動かない。
 口を閉ざしたまま、反応をしない。
 親友二人の声も届かない…。
 …だがそこで、とっておきの物を出す、といわんばかりの面持ちでゆかりんは口を開いた。
「…じゃあさ、花織。七梨先輩が今日本に戻ってきているって聞いたらどう?」
「…ゆかりん、今なんて?」
 わずかに花織は反応した。ぴくっと頭を震わせて。
「だからあ、七梨先輩が…」
「日本に戻ってきてるの!?うそっ!いつ?ねえいついつ!?」
「つい昨日だよ、それで…」
「七梨先輩が…って、こうしちゃいられない!早速会いにいこうっ!」
 花織の目がらんらんと輝き出した。
 ゆかりんや熱美の更なる言葉などもうどうでもいい。憧れの先輩に久しぶりに会える。それだけで世界が開ける、幸せが降ってくる。…まだ彼女は、実は昔のままのようである。
 何かが爆発したように、花織はフル回転で出かける準備を始めた。そんな彼女の様子を、ゆかりんも熱美も、ただただ見ているだけしかできなかった。
「相変わらず七梨先輩の事となったらつっぱしってるねえ…まぁ、花織はこうでなくっちゃね」
「熱美ちゃん、そんなのんきな事言ってる場合じゃ…」
「二人とも!何のんびりしてるの、出かけるよ!?」
 身支度をすっかり整えた花織は、扉の外で親友二人を手招きしていた。せっかちにぶんぶんと、とてもとても待ちきれないといわんばかりに。
「って、用意するのはや…」
「分かった分かった。今行くから」
「あぁ〜、七梨先輩〜!淋しさを知ったあたしはもう立派な不思議の国のカオリン姫ですからね〜!」
「「また意味わかんないこと叫んでる…」」
 猛烈な勢いで、乙女が駆け出してゆく。
 その後を追う親友二人。
 そんな彼女らにも、変わることなく陽はあたるのであった…。

<おしまい>


「あとがき」
谷山浩子さんの歌「意味無しアリス」をもじって書いてみたお話です。
とりあえず、誰を主人公、つまりはアリスの役をするかということで結構悩みました。
でもって、歌詞による話の流れそのものも結構破天荒(元より、これが理由でこの曲を選んだのですが)
なもので、それで最も都合が付きやすいのは誰かと考えると…花織ちゃんとなったわけです。
しかもアパート一人暮らしって設定のおかげで大学生なんてやってますが。
瑠樹さんへの誕生日SSとして…差し上げたものではありますが…
うーむ…まぁ、細かいことはおいといて、そんな話です、はい。
(※本当はこの話はおまけとして差し上げる予定…
のはずだったのですが、本命である話が挫折しまったという体たらくな事情により、
結局こちらを誕生日SSとして差し上げる形となってしまいました…。というわけです。
いや、本命としたのはおいしくたべようの方だっけか…。まぁ、どっちでもいいですけど<苦笑)

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