小説「ヨコハマ買い出し紀行」(青い石)

ある日の朝、私は眠りから覚めました。
「う、うーん・・・、もう朝か。あれ?いつもより日が高いような・・・うわっ!寝過ごした―!」
昨日セットしておいたはずの目覚ましが、3時をさして止まっています。
「ちょっとー、止まるんなら私を起こしてから止まってよー!」
急いで顔を洗い、着替えを済ませます。
「早く店の準備しなきゃ・・・痛っ!」
あわてて走っていると、何かにつまずいて転んでしまいました。
「もうー、この急いでいるときに・・・。とりあえず机の上においてっと、さあ、急げ急げ!」
つまずかされたものを拾い上げて机の上に置き、素早く店の準備をはじめます。

しばらくして準備完了。ふう、やれやれ。
えっ?どうしてこんなにあわててたかって?それは、今日ココネが家に来るからなのです。
ココネは、『○月×日にお店の手伝いを兼ねて遊びに行きます。早くて朝10時ぐらい。
遅くても昼前までには絶対着くと思いますから。』
と、わざわざ日時まで予告した手紙を送ってきたの。とりあえず間に合ってよかったー。
椅子に座って一休みしていると、さっき机の上に置いたものが目にとまりました。なんか大きな石です。
「こんなものが店の床に転がってたなんて・・・。危ないからどこかにすててこよっかな。」
そう思って手にとってみると、青い光が目に入ってきました。
「あれ?なんだろ、これ。・・・これってもしかして宝石!?
ってそんなわけないか、でも綺麗・・・。へえー、珍しい石だなあ。」
石の中に、青色の宝石が埋まっている、そんな感じでした。
「・・・せっかくだからおいとこうか。この石で転んだのも何かの縁。
うん、そうしよ。ココネにも見せてあげなくっちゃ。」
石をカウンターの上に置きました。もちろんお客さんに青いところが見えるように。
「あ、忘れてた。コーヒーの豆ひきをしとかないと・・・。」
でもまあ、すぐに客が来るわけじゃありませんし。と思っていたら・・・、
「カロン」
という音と共にお客さんがやってきました。男の人です。
「あっ、いらっしゃいませ!」
「あ、ああ、こんにちは。」
(初めて見るなあ、どこの人だろ。)
席に座ったその人にメニューを渡します。すると、
「ふむ、カフェオレをいただこうか。」
「はい、少々お待ち下さい。」
(待てよ、カフェオレ・・・まだ全然豆ひいてないじゃない!)
「あ、あの・・・。」
「ん?なんですかな?」
「いえ、なんでもありません、ごめんなさい。」
(まさか『今さっき店を開いたばかりです』なんて言えないもんなあ。
とにかく急いで豆ひきをしなくっちゃ。)
豆ひきをはじめますが、あわててすると味がおちてしまいます。
お客さんには悪いけど、少し待ってもらうことにしました。
ようやく豆引きが終わり、カフェオレを作りました。お客さんにそれを差し出します。
「すみません、お待たせしました。」
「いやいや、ところでその石はどうしたのかね?」
お客さんがカウンターの石を指差して尋ねてきました。
「あ、これですか?綺麗でしょう。今日偶然見つけたんで飾ってあるんです。」
「ふむ、見ていると心が洗われるようだな。実にいい。」
そう言ってカフェオレを1口すすります。
(なかなか好評じゃない。この石はやっぱり置いとこっと。)
しばらくその石に見入っていると、意外なことを言ってきました。
「ところで、突然で申し訳ないのだが、その石を譲ってはくれまいか?」
「え?」
本当に突然です。今さっき見たばっかりなのに・・・。
「お金ならいくらでも・・・と思ったら今日は余り持ってきてなかったな。
まあいい。また近いうちに来るから、そのときまでそれは誰にも譲らずにおいといてくれないか?」
「置いとくのはいいですけど、譲るのはちょっと・・・。」
せっかくいいもの見つけたのに、すぐさま譲るのはちょっともったいない気がしました。
「そうか、なら仕方ない。それでは大切に置いといてくれ。また私が来るときまでな。」
「はい、分かりました。」
なおもその石は、青い輝きを放っていました。
(早くもお客さんに気に入られるなんて、さすが私が躓いただけのことはあるなあ、なーんてね。)
「それではカフェオレごちそう様。いいものも見せてもらったし。
つりはいらん、とっといてくれたまえ。」
そう言って出してきたのはなんと一万円札!
「ちょ、ちょっと、こんなにたくさん・・・。」
「いいからもらってくれ、私の気持ちだ。それではまた。」
そう言い残してそのお客さんは出て行きました。
(まさかこんなことになるとは・・・。ひょっとしてこの石すごい価値があるんじゃ・・・まさかね。)
カップを片付けた後、外の景色に目をやります。
どこまでも青い空が広がっていて、雲一つ見えません。
(この天気なら、ココネも安心して来れるわね。でも遅いな、迎えにいこっかな。一本道だし・・・。)
もうすぐお昼になろうというのに、来る気配すらありません。
「うーん、もう少しがまんして待ってみるか。」
窓際の席に腰を下ろします。穏やかな日差しの中、
蝶やトンボが飛び交うのどかな風景が窓のそとに広がっていました。
(そういえば朝はあわただしかったからなあ。といってもついさっき起きたようなもんだけど。)
そして、再び石を見ます。やはり綺麗な輝きを放っています。
外の景色もいいけど、こっちも落ち着けますね。
「ふあーあ。」
大きなあくびが自然と出てきました。そのとき・・・。
「こんにちはー。」
(来た!)
「アルファさん、遅くなってすいません。少し寝坊しちゃったもんで。」
「ううん、気にしなくてもいいよ。私も寝坊しちゃったし。」
「え?そうなんですか。大きなあくびをしてるのが見えたから、
てっきり待ちくたびれてるものとばかり・・・。」
「い、今のみたの?うわー恥ずかしい・・・。ま、とにかく座って。コーヒー入れるね。」
「はい、それじゃおじゃまします。」
お店の椅子へと腰を下ろすココネ。平生を装ってるけど、心なしか息が荒いみたい。
息せき切らしてやって来たのかしら。無理に慌てる事無いのに、きっちりしてる子だなあ。
そうして心の中でくすくす笑っていると・・・
「アルファさん。」
「は、はいっ!?」
「?どうしたんですか?」
「い、いや、べ、べつに・・・。」
ふう、あんまり人の事笑うもんじゃないな。反省反省。
今度は心の中で反省です。きょとんとしていたココネでしたが、すっとある物を指差して尋ねて来ました。
「あの石はなんですか?」
「え?ああ、これは今朝店の中に落ちてたものでね・・・。」
コーヒーの用意をしながらのんびりと説明。
とっても綺麗だったのでココネに見せてあげようと取っておいたって事や、
ついさっき来た御客さんからとんでもない代金をもらったことや。
「・・・でね、こうして飾ってあるってわけ。」
「へええ・・・。宝石とはまた違うんですか?」
「そうかとも思ったんだけどね。ま、私にはなんでもいいかなって。」
そう。ちょっとした話の種、ってだけなのも勿体無いけど。
ごたいそうな代物よりは、綺麗に光る石ってだけで私には十分。
都会に持っていけば、高値で取引されるものかもしれないけど、
この場所では、そういうものとは又違った価値がある気がします。
ただ綺麗、というだけでなくてね・・・。

<おしまい>

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