小説「まもって守護月天!」
(虎賁の大きくなろう大作戦「その後」)


『その他編』

「う、うーん・・・朝、でしょうか?」
穏やかな朝の光、いや、朝にしては少し日が高い様です。
どのくらい・・・私は眠っていたのでしょうか。
体を起こしてう〜んと伸びをします。
「ふああ、いつの間に眠っていたんでしょうか。たしか・・・。」
昨日の雪合戦の試練を手伝った後、太助君をおぶったシャオさんが二階に上がり、
それを慌てて追いかけて・・・。
「そうでした、扉から出てきた車騎さんに一撃を食らったんでした。」
一緒に居たルーアンさん、野村君、花織さんも私と同じように攻撃を受けたんでしたね。
ふと隣を見ると、そのうちの二人、野村君と花織さんが並んで眠っていました。
多少すすけて見えるのは、昨日の攻撃の跡、とでもいうのでしょうか。
「ふうやれやれ、昨日は非道い目に遭いましたねえ。」
まあ、うかつに行ってしまった私達も悪いのでしょうが、あれは少し納得がいくものでは無いですし。
「そういえばルーアンさんがいませんねえ。先に起きたんでしょうか・・・。」
しかし、食い気より眠気などということを聞いているのでどうもそれは信じられませんねえ。
ともかく起きるとしますか。二人は・・・まあこのまんま寝かせておいていいでしょう。
「さてと・・・。」
私はゆっくりと立ち上がり、被っていた毛布をのけ・・・ん?
「えらく大きな毛布ですねえ。太助君の家にこんな物があったんでしょうか。」
まあ、この家には色んな物がある事ですし、特に不思議でも無いですがね。
しかし・・・なんだか妙な柄ですねえ。
「“鶴ヶ丘商店”・・・まさか、これってタオルなのでは?」
でかでかとした明朝体の字でそう書かれてありました。
たしか福引の残念賞として私ももらった記憶があります。
あの時は特賞がハワイ旅行。シャオさんをお誘いする為に躍起になっていました。
何回も挑戦したのですが結局はかなわず。ツイてないと思いつつ別の方法を・・・
「じゃなくて!!何故タオルを私達は被っているんですか!?」
もしかしたら特別にあつらえた毛布なのかもと思ったのですが、明らかにこれはタオルです。
断じて毛布じゃないです。(なんといっても布地がそうでしたからね)
「もしかして私達が小さく!?」
最初は信じられなかったのですが、周りを見まわして更にそれを確信されました。
遠くに見える大きな観葉植物、家具等々。そして自分達が居るのは戸棚の中です!!
「こ、これは一体何故・・・。」
原因は一つ、キリュウさんの仕業としか考えられません。
しかしその理由がいまいちわからないですねえ。
「とりあえず二人を起こしましょうか。」
一人で考えて行動しても多大なる被害が出そうですし。
というわけで、まだ寝ている野村君と花織さんの二人を揺すり起こしました。
起きたすぐはかなり戸惑われていた様ですが、私の懸命な説明によりどうやら二人納得したようです。
「それにしても、なんで俺達が小さくされてるんだ・・・。」
「もしかしてキリュウさんの気に触るような事をしてしまったのかも。」
花織さんの心配事は確かに一理あります。
キリュウさんは誰かに言われて万象大乱を使うような人ではありませんし。
「もしかして昨日の試練に関してなのでしょうか。」
「そんな!!俺はしっかり手伝いをしたぜ!!」
「あたしだって!おかげで試練は無事終わったんですし!!」
「それもそうですよねえ・・・。」
考えてみれば、試練を手伝った者達として私達は居るわけです。
という事は、キリュウさんがそれで気に触ったというのは横暴というもの。
第一、キリュウさん自体我々の協力にそれなりに感謝していた様ですし。
「まあ原因は後でつきとめればいいでしょう。問題はどうやって元に戻るか、です。」
「心配しなくても、お昼になればメンバーが足りないって事で探してくれるさ。」
「それもそうですよね。まさかあたし達をほっぽったりしませんよ。」
そういえばそうでした。なんといってもシャオさんがいらっしゃる事ですし。
・・・って、今は居ないようですが。
「家に今居るのは遠藤君だけの様ですね。」
「ほんとだ、リビングの方に。あ、でもルーアン先生も居るぞ。」
私達が今居るのはキッチンの戸棚なのです。ちょっと身を乗り出してみればそれが伺えました。
「ルーアン先生は小さくなっていないんですかね?」
「みたいですねえ・・・ん?何故ルーアンさんも?」
「だって出雲さん、もしキリュウさんが万象大乱を使うとしたら、
あたしたちが七梨先輩の部屋に押しかけた後の時くらいでしょう?
という事は、其の時押しかけたのはあたしと出雲さんと野村先輩とルーアン先生ですから。」
「なるほど、そういう事か!あれ?じゃあなんでルーアン先生は?」
「きっと何らかの理由で大きくしたのではないですか?」
遠藤君が傍にいる、多分それが大きな理由でしょうね。
おそらくキリュウさんに頼んで、小さくなっていたルーアン先生を元に戻してもらったのでしょう。
それにしても、ただじっと見ているだけのようですが・・・。
「遠藤先輩、何やってるんでしょうね?」
「あいつもあいつで奥手だしなあ。まあ、出雲みたく寝こみを襲ったりしないからいいけど。」
「失敬な!私はそんな事はしません!!」
まったく野村君は、なんて事を言うんですか。
私の場合、寝ている隙になんて事をせずに堂々と・・・
「そうですよ野村先輩。出雲さんの場合、寝てても寝てなくても襲うに決まってますよ。」
「花織さん、あなたまで・・・。」
一体私はどんな風に見られていたのでしょうか。
ここまで悪く言われるように振る舞った覚えは無いんですが。
とりあえず私達はそのままじっといるしか出来なくていると・・・。
「ただいまー。」
というシャオさんの声が玄関から聞こえてきました。
なるほど、お買い物に行っていたようですね。という事はもうすぐお昼ですか。
「シャオちゃんの声!良かったあ、やっと元に戻れるな。」
「別に喜ぶほどの事でも無いでしょ、先輩。すぐに戻れるのは分かり切ってるんですから。」
「はは、まあ花織さんの言う通りですけどね。とりあえず待ちましょうか。」
そして私達は、私達をここへ寝かせた張本人、小さくした張本人を待ちました。
家にいる者が集まって昼食の準備を始めました。
何故か太助君はいませんでした。どこかへ出掛けたのでしょうね。
「うわあ、あの人って・・・誰?」
「あの髪型はどっか見覚えがあるんだけどなあ。」
そう、一人だけ見慣れない人がいました。お団子ヘアーの、あの人は・・・。
「離珠さんですね。」
「ええっ!?」
「マジ!?」
「だってあんな髪型の人は他にいないでしょう。
おそらくキリュウさんに頼んで大きくしてもらったのでしょうね。」
なるほど、キリュウさんが試練参加者に与えるご褒美と言うところでしょうか。
あれ?離珠さんは試練に参加してたんでしたっけ?
「心なしか乎一郎の背も大きくなってるような。」
「ほんとですね、ルーアン先生より少しだけ。ずるいです・・・。」
花織さんの言う通り、確かにずるい気がします。
私達は小さくされてこんな所に閉じ込められていたのに。
とにもかくにもここで待つしか出来ず。ところが・・・
「なんで誰も気付いてくれないんですか?」
「きっと昼食の準備が終わったら元に戻そうって事なんだよ。」
「だといいんですが。だれもそんな事を言っていないのが気になりますねえ。」
時間は流れ、誰も私達の事を口にする者はいませんでした。それどころか・・・
「全部で六人なんだよね。・・・なんか忘れてるような気もするけど、まあいいか。」
という遠藤君の呟きが!!
「ちょ、ちょっと待て、俺達忘れられてねーか!?」
「そんなのあんまりです!!遠藤せんぱーい!!キリュウさーん!!」
「シャオさん!!離珠さん!!!」
「山野辺〜!!!ルーアンせんせ〜い!!」
ありったけの声を出して、三人でおもいきり叫びました。
しかし、それはどうやら届かなかった様で、準備を終えた皆はリビングへ行ってしまいました。
呆然とする私達。事態はかなり深刻です。
「なんてこった。俺達ずっとこのままなんじゃないのか!?」
「そんなの・・・そんなの嫌です!!!」
二人はわめき出してしまいました。私はなんとかそれをなだめます。
「落ち付いて下さい、時間が経てば絶対気付いてくれますって。」
「けどよ、それまでどうしろってんだよ!!」
「そうですよ!!このままじゃあお腹空いて倒れちゃいます!!」
花織さんの言葉に一瞬ルーアンさんを思い出してがくっとなりましたが、一理あります。
例えて言うならこれは一種の遭難。運が悪ければ大事になってしまいます。
「こうなったら、皆が食事している今に気付かせるしか無いですね。」
「けど、どうやって・・・。」
「あそこまでいくんだよ!!リビングのテーブルまで!!」
えらく野村君の気合が入ってます。私の意図をつかんだのでしょうか。
こういう時は彼は結構心強い存在ですからね。
「野村先輩、どうやって行くって言うんですか!」
「棚を伝って行けばなんとか・・・。」
「それしか無いでしょうね。」
「えええ〜!?」
さすがに棚から飛び降りると大怪我を負ってしまいます。
なんといっても普段の高さじゃ無いですしね。
「幸いにもこの家の棚は崖だけの作りに成って無いようですから。
とはいえ、油断して足を滑らせればそれでいっかんの終わりですね。」
「そういう事だな。」
「も、もっと安全な方法は無いんですか!?パラシュートを作るとか!!」
余計に危ない気がしますが・・・。
「花織ちゃん、パラシュートったって・・・そうだ!このタオルを使えば!!」
「え・・・。」
野村君が元気良くかけていき、そのタオルをくいっと持ち上げます。
まさか、本気でしょうか?
「あの、野村君。それはやめた方が・・・」
「そうですよ野村先輩!!そんないい物がここにあったんじゃないですか!!」
「その通りだ花織ちゃん!!これで万事解決だ!!」
いったい何が解決したって言うんですか。
だいたいこんな布がパラシュート代わりに成る訳でも無いでしょうに・・・。
「って、思ってるそばから制作を始めないでください!!」
「野村先輩、そこはそうじゃなくて、こう。」
「おっ、なるほど。で、こっちは・・・。」
「人の話聞いてませんね。」
目をらんらんと輝かせてしまっているこの二人に、今何を言っても無駄でしょうね。
やれやれ仕方ない、私も手伝うとしますか・・・。
しぶしぶながらもタオルでパラシュート作成というなんとも無謀な事を手伝いました。
そしてそれは、あっさりと完成しました。まああまり時間をかけるわけにもいきませんし。
「出来た!!」
「よし、これで早く向かおう!!」
「しかしですねえ、どうも不安定の様な・・・。」
出来あがったそれは大きな大きなパラシュート。(単にふわってなる程度の)
普通にこんなものを使ってしまえばおそらく大事故になりかねないですね。
「出雲さん、嫌ならここで残ってていいですよ。一人淋しく餓死しちゃってください。」
「・・・いえ、行かせていただきます。」
相変わらずきついですねえ、花織さんは。最初は一番嫌がっていたくせに。
結局は三人でひとかたまりとなって飛び降りる事になりました。
「絶対に危ないと思うんですが・・・。」
「大丈夫だ、俺の熱き魂を信じろ!!」
「そんなもの一番信用できないじゃないですか。」
もはや信じられるのは運のみです。
「・・・行きますよ。いち・・・にの・・・」
「「「さん!!!」」」
ばばっ!!
合図と共に三人で一斉に飛び降りました。すると・・・
ふわわっ
「お、おおっ!?いけるぞ!!」
「当たり前です!!」
なんと、タオルは見事パラシュートの役割を果たしてくれました。
(もっとも、果たしてくれないと困るわけですが。)
急降下していた我々の身体はゆっくりと降り始めます。
そして一分と経たないうちに、無事着地する事に成功しました。
「これは奇跡と呼ぶ他無いですねえ・・・。」
「俺もここまで上手くいくとは思わなかった。熱き魂の勝利だ!!」
「何をお馬鹿さんな事言ってるんですか。運が良かっただけなんじゃないんですか?」
えらく冷めた意見ですねえ。まあ正しいんですが。
「それでは早くリビングへ向かいましょう!!」
「おっけい!!」
「れっつごー!!」
パラシュートの役目を果たしたタオルをその辺へ放り投げて、私達三人はリビングへ走りだしました。

なんとか地面に降り立った俺達。しかし、少しそれは遅かった様だ。
「ごちそうさま!!」
と言ってルーアン先生と駆け出して行く乎一郎。(危うく踏まれそうになった)
シャオちゃんも離珠ちゃんも後片付けの為にキッチンへ。
残って食事しているのはキリュウちゃんだ。そしてそれを見ている山野辺と瓠瓜。
この三人のうちの誰かに気付かせるしか無い!!
というわけで今はテーブルの下で作戦会議中だ。
「野村君。」
「なんだ?」
「なぜこんな所で会議をやる必要があるんですか。」
「テーブルになんて上れ無いだろ〜が。」
「野村先輩が熱き魂とやらで上ればいい事じゃないですか。」
「熱き魂でも出来ない事もある!」
たく、出雲も花織ちゃんも文句をつけてきやがって。
さっきの下降が上手くいったのは誰のおかげだと思ってるんだ。
「で、どうするんです?これから。」
「そりゃあお前、キリュウちゃんか山野辺に気付いてもらうしか無いだろ。」
「どうやって。」
「だからそれを考えてるんじゃないか!!」
「だからあ、野村先輩がテーブルの上にのぼって・・・。」
「もっと別な方法を!!」
さっきからこんな調子だ。少しは考える事をしやがれってんだ。
とはいえ、ほんとどうしたもんかなあ。ここから叫んでも声が届くわけねーし。
「直に訴えるしか無いかもしれませんね。」
「「直に訴える?」」
出雲の新たな提案に俺と花織ちゃんの声がハモった。
さっきのパラシュートの時といい、えらく合うもんだ。
「訴えるったって声は届く訳無いじゃんか。」
「そうですよ。声が枯れたって無理ですよ。」
「いえ、声じゃなくて直に、ですよ。つまり、キリュウさんの足にでもつかまれば。」
出雲がすっと指差す方向を見ると、なるほどキリュウちゃんの足がある。
あれにつかまって、なんだろうと不審に思ったキリュウちゃんに見つけてもらおうって訳だな。
「へええ、なるほど。さすがは出雲さん!」
「問題は誰がそれをやるかなんですが・・・。」
「んなもん、三人でやるに決まってるだろ!!」
「やはりそうですか。」
「当然ですね!」
乗り気な花織ちゃんとは反対に、出雲は提案者のくせにしぶしぶ顔だ。
いい案じゃ無いのか?そんなに心配しなくても成功するって。
「よーし、一斉に飛びかかろう。」
「先ほどの降下と同じ要領ですね。」
「すみません、やはり私は・・・。」
たく、なんでこの後に及んでまで出雲の奴。
と、そこで花織ちゃんがにこりともしないでこう告げた。
「出雲さん、そんな事言うのなら一生このテーブルの下で暮らしててください。
そのうちにふらっと誰かに踏み潰される事うけあいですから。」
「・・・分かりましたよ、ちゃんとやりますから。」
しぶしぶながらも再び出雲も準備にかかる。
しっかし相変わらずきっつい事言うなあ。当たってるといえば当たってるけど。
そしていよいよ俺達三人はキリュウちゃんの足の目の前まで来た。
まだ食事中なのか、キリュウちゃんが立ち上がる様子は無い。
「よーし、行くぞ!いち・・・にの・・・」
「「「さん!!」」」
ばばっと、一斉に足に飛びかかる。
これでかなりの衝撃がキリュウちゃんの足に伝わったはずだ。
「後はキリュウちゃんが気付いてくれて・・・えっ?」
不意にキリュウちゃんの足が大きく揺れ動いた。そして次の瞬間には・・・
ぶんっ!
「「「うわあああ!!!」」」
勢い良く振られた足によって、俺達はおもいきり吹っ飛ばされてしまった。
そしてそのまま・・・
ドガン!!
「うげっ!!」
「ぐわっ!!」
「きゃあっ!!」
ソファーに身体をぶつける。そしてそのまま気を失ってしまった・・・。


「・・・ぱい、野村先輩。」
「う、うーん・・・?」
ぼんやりとした目を開けると、花織ちゃんの顔がそこにあった。
「こ、ここは?」
「リビングのテーブルの下です。あたし達気絶してたんです。」
「へ?気絶?」
「野村君、大丈夫ですか?
後から、出雲が心配そうに顔を覗かせた。
強い衝撃を受けた所為か頭がまだぼんやりしている。
そうだ、気絶したんだ。キリュウちゃんに俺達の事を気付かせる作戦が失敗して。
「だから私はあんまり気が進まなかったんですが・・・。」
「もう!出雲さん、そういう事はやる前にはっきりと言ってくださいよ!!」
「すみません・・・。」
なるほど、やる手前に出雲がためらったのはそういう事だったんだ。
キリュウちゃんが気付かずに俺達を振り払った時の事を・・・。
「まあ過ぎた事はしょうがないだろ。それより他に方法は?」
「方法って?」
「キリュウちゃんを気付かせる方法さ。」
「既に食事終わったみたいですよ。さっきシャオ先輩も二階にあがっていきました。」
「なにー!?」
そうか、もはやここには誰もいないって訳なんだな。
「一応呼びかけてはみたんですけどねえ・・・。」
「一瞬聞こえたみたいだったけど、やっぱりダメでした。
もう、肝心な時に野村先輩ったら気絶したままなんだから。
いつも五月蝿いだけの大声を発揮する絶好のチャンスだったのに。」
「悪かったな、五月蝿いだけで・・・。」
しっかし花織ちゃんの言う事は当たってるな。俺は大事な時に起きていなかったのだから。
「それでどうするんだ?」
「どうするつもりですか?」
「たまには野村先輩が案を出してください。」
「なっ・・・。」
なんだと!?たまには俺が案を出すだと!?
「何言ってるんだよ、なんで俺が・・・」
「パラシュートはあたしの案です。」
「キリュウさんに直に訴えるは私の案です。」
「・・・そっか。」
よくよく考えてみれば、ここまで花織ちゃんと出雲の案に従ってきたんだ。
なるほど、ここでいっぱつ俺が素晴らしい案を出してやるとしよう。
なんてな、考えるまでも無く一つ案が浮かんでるんだよな〜。
「シャオちゃんの後を追いかけよう。こうなったらシャオちゃんに訴えるしか無い!!」
「あの、野村先輩、追いかけるって・・・。」
「シャオちゃんは二階へ上ったんだろ?だったら俺達も!!」
「野村君、本気ですか?」
「本気も本気。ここでじっとしていたってしょうがないだろうが。
第一、俺に意見を求めたからには絶対したがってもらうぜ!」
ここで二人はげんなりしたかと思うとゆっくりと頷いた。
まあ当然だ。俺に案を出せと言っておきながら却下されちゃあたまらない。
なんといっても、二人の案は却下されずに実行されたんだしな。
「それじゃあ行くぞ、二階へ!!」
「いい運動になりそうですね・・・。」
「これも試練ですかねえ・・・。」
ずんずんと歩き出した俺の後ろで、二人はものすごくやる気無さそうである。
たくう、こんなんで二階へ上がれるのかよ。
そこはまあ俺の熱き魂でカバーしてやるさ!!
実は、俺には一つの算段があった。
この小さい体で懸命に階段を上る。辿りついた後に余裕の表情でシャオちゃんに会う。
元に戻してもらった後、そんな俺のとった行動を聞いてシャオちゃんは、
“たかしさん、すごいですわ!!”と言うに違いない!!
雪球の試練より絶対上なはずだ。なんといってもこの家の階段を・・・
「野村先輩、着きましたよ。」
「そう、この家の階段を・・・。」
「何をぶつぶつ一人で言っているんですか。そんなにこの階段を上りたかったんですか?」
「は?あ、ああ、わりいわりい、考え事してたから。
そっか、階段に到着したか・・・って、ええっ!?」
見あげたそれは、階段とは思えない代物だった。
いや、確かに遠くから見れば階段に見えたかもしれない。
しかし、今の俺達から見ればこれは階段ではなく崖だ。恐ろしい崖だ。
これは生半可な経験で上れるものでは無い、そう思わせる。
「さて、どうやって上りますかねえ。」
「ロープか何かで引っ掛けて上るとかしないといけないんじゃ?」
「そういえば、あそこに毛糸が落ちてましたねえ。ちょっと持ってきます。
花織さんは、何かくいになるような物をお願いします。」
「はーい。」
俺が呆然としている前で、出雲と花織ちゃんは行動を開始した。
山登り、もとい階段上りの準備といったところだ。
二人が道具をそろえた所で、俺はようやく金縛りから解けた。
「ちょ、ちょっと待てよおまえら。こんな階段本気で上るのか?」
「野村君がそう言ったんじゃないですか。まあそれだけじゃあありませんがね。」
「へ?」
出雲の妙な言葉に花織ちゃんを見る、と乙女チックな顔をして彼女は答えた。
「こぉーんな凄いものを上ったとなったら、七梨先輩、絶対に感心してくれるはずです。
もしくはすっごく心配してくれたりして・・・。だからとにかく上るんです!」
「なるほど・・・。じゃあ出雲は・・・。」
すると出雲はふぁさぁと髪をかきあげて(相変わらずキザったらしいやろうだ)
自信ありげにこう答えた。
「こういう難関を突破すれば、必ずシャオさんは驚くでしょう。
しかも、あえてキリュウさんの試練を受けたと答え、何故と聞かれたら、
“太助君だけが試練を受けているのはなんだか申し訳無い気がして”とでも答えるのです。」
なるほど、俺と同じみたいな考えってことかよ。
なんだ、考えることは三人とも似た様なもんか。
「しっかし、そういう理由でここを上ろうってのはすげ〜な。」
「野村君もね。」
「そうですよ。自分一人だけかっこいい思いしようったってそうはいきませんからね。」
確かにそれは当たっているかもしれない、いや、当たっている。
実際そう考えながらここへ来たから・・・って待てよ?
「俺は同じ意見だって一言も言って無いけど?」
「顔に書いてあります。」
「野村先輩はすぐ顔に出ますから。」
「うっ・・・。」
既に二人はお見通しだったってわけかよ。ふっ、やられたな。
「ま、とりあえず頑張って上ろうぜ。三人力を合わせてな!」
「言われるまでもありませんよ。かなり大変だとは思いますけどね。」
「七梨先輩、今花織が向かいますからね!!」
「いや、二階に居るのはシャオちゃんなんだけど・・・。」
「いいじゃないですか。七梨先輩に会うまでの布石ですよ。」
「ふ、布石ってあなた・・・。」
凄いこと言うなあ。こんな布石聞いた事無いぞ。
「それでは上りましょうか。頑張って!」
「おっし、それじゃあ景気付けに・・・。」
「「「えい、えい、おー!!!」」」
暗黙の了解で気合を入れる動作は決まっていた様だった。
お互い顔を見合わせて、そして希望の階段上りが始まったのだった。

「ふう、ふう、結構疲れますね。」
「当たり前です。今私達が何をしてると思ってるんですか。」
「おいこら出雲!しっかり持ってろって!!」
「はいはい、まったくもう・・・。」
出雲さんが持つロープ(本当は毛糸だけど)を懸命に上ってくる野村先輩。
今あたし達は世にも無謀な階段上りの真っ最中だって訳。
あたしは七梨先輩、そして出雲さんと野村先輩はシャオ先輩への好印象度アップ。
それを目指して上り始めたんだけど・・・。
「ふう、ここまでだるいとは思わなかったぜ。」
「野村先輩、まだ三段目じゃないですか。あと十段はあるんですよ?」
「このままじゃあ先が思いやられますねえ。」
出雲さんの言う通り、一番元気がいいはずだった野村先輩が、
あたしよりも出雲さんよりも先にダウンし始めた。
やっぱり当てになら無いなあ・・・。
「ほらほら、頑張りましょうよ。」
「わ、分かってるって花織ちゃん。心配するな、俺の熱き魂はそう簡単に燃え尽きたりしないさ。」
「そういう心配をしてるんじゃないんですけど・・・。」
階段に釘を打ちつつ一人が登ってゆき、段の上に辿りついたらそこで待機。
(丁度小さい釘が沢山あったからほんと大助かり。)
他の二人は一人が垂らしているロープを上る、という寸法。
もちろん、先に登る人は交替交替でやってるから、疲れる度合いは一緒のはずなんだけど。
「うう、もう、もう駄目だあ!休憩しようぜ、な。」
「まったく・・・。」
「まだ六段目なんですけど?」
どうしてこう野村先輩って頼りにならないんだろ。
熱き魂だとかなんだか言ってるくせに一番体力が・・・。
「ところで花織さん。」
「はい?」
「シャオさんに会いにいったとして、どうやって伝えますか?」
「え?そりゃあ・・・どうしましょう?」
「はあ、やっぱり・・・。」
出雲さんが疲れたようにため息をつく。
言われてみてあたしも気が付いた。シャオ先輩に伝える手段が無い。
「叫べば聞こえるんじゃねーの?」
「野村君、シャオさん達が食事中だった時にいくら叫んでも届かなかったじゃないですか。」
そう。だからキリュウさんの足にしがみつくなんて作戦を取ったけど失敗したし。
「直にシャオ先輩の体に引っ付くのはやめといた方がいいですよね。」
「そうです。キリュウさんの時の二の舞に成っては大変です。」
「じゃあどうしろって言うんだよ!」
「だからそれを今のうちに考えようって事ですよ。野村君の休憩時間に。」
なるほど、それはいい案ね。ただこうやって体を休めてるだけじゃあ勿体無いし。
しっかし困ったなあ。シャオ先輩を気付かせる方法・・・。
「普段から体が小さい連中はどうやってシャオちゃんを呼んでるんだろう?」
「もしかして、離珠さんや虎賁さんの事を言っているのですか?
離珠さんはテレパシー。虎賁さんは声が十分届きますから。」
「ですよねえ。あたし達って今は多分声も小さくなってるんですよねえ。」
「なんだ、それじゃあダメだよなあ。」
キリュウさんの万象大乱って色んな効果があるって事よね。
それにしてもなんで声まで小さくされなきゃならないのかしら。
「ちょっと待てよ、羽林軍達はどんなだ?」
「なるほど。言われてみれば彼らも小さな体ですもんね。」
「でも、羽林軍さん達は大勢居るから分かるって事なんじゃないですかあ?」
「「・・・確かに。」」
ふりだしに戻っちゃった。なかなかうまい案が出ないもんよねえ。
もうちょっと別な考え方をしなきゃいけないかしら。
「野村先輩、普段小さなものに反応する時ってどんな時ですか?」
「は?そりゃあ、視界に入ったら、じゃないのかな。
けどさあ、視界に入ったからって即座に反応するもんじゃ無いぜ。」
「そうですよねえ・・・。」
あたしもちっちゃな虫がそばを飛んで行っても知らん振りする時があるし。
第一、その視界に入れるにはどうすればいいかって事が問題だし。
「そうだ、何か大きな目印を作ってはどうでしょう?」
「目印?」
「そうです。大きな紙に印を書いて、その傍に私達が居れば・・・。」
「なるほど!!そうすれば視界に入った時点であたし達が見付かりますね!!」
さっすが出雲さん。頼りになるなあ。
「それじゃあ太助の部屋にでも行けばそんな道具があるんじゃないのか?
そこで大きく紙に書いて、それを使おうぜ。」
「なるほどなるほど。では二階に上がったらまずは太助君の部屋を目指しましょうか。」
「あれ?ところでシャオ先輩はどこに居るんでしたっけ?」
素朴な疑問だけどこれは重要だと思う。
なんといっても、あたしと出雲さんはシャオ先輩が二階に上がるとこしか見てないから。
「それはまた後で探索すればいいでしょう。
もしくはシャオさんではなくともキリュウさんの部屋へ行けば、
キリュウさんと翔子さんの二人が居るはずです。」
「そういえばそうだよな。よしっ、とりあえず予定は決まった!
まずは太助の部屋へ。そこで工作を行ってシャオちゃんを探す!それかキリュウちゃんの部屋へ!」
張り切って告げたかと思うと野村先輩は立ち上がった。
「もう休憩はいいんですか?」
「作戦が決まったんだ、のんびりしてられないよ。」
「妙に元気ですねえ。まあいつまでもこうしていられませんし。」
「ようし、上りを再開しましょう!!」
野村先輩の勢いに乗ってあたしも元気良く宣言。
それに活気付いてか、出雲さんもビシッと立ち上がった。
三人ともがやる気になってる!こういう時は心強いよね〜。
これでちゃっちゃかちゃっちゃかと階段を上れる!!・・・はずだったけど。
「ふう、ふう、休憩〜。」
「野村君、あなたって人は・・・。」
「どうしてそんなにすぐに休憩にはしるんですか!後三段なのに!」
「後三段だからこそ休憩させてくれよ〜。」
再び野村先輩がダウン。後少しってところなのに〜。
「出雲さん、二人だけで先に行きませんか?」
「・・・考えてみればそれがいいですね。無理に野村君を連れて行かなくても。」
そう、冷静に考えてみれば三人固まって行く必要なんて無いんだった。
先に上った一人がロープを持って待ってると言っても、ほとんど気休めみたいなもんだし。
失敗したなあ。さっさと行けば良かった。
あ、でも一回目の休憩の時は作戦会議もしたし、あれはあれで良かったのか。
「それじゃあ先行きますよ、野村先輩。」
「別にロープは無くならないんで後から来て下さいよ。」
「ま、待ってくれよ〜。俺を置いていくのか?」
なんだか“薄情者”と言ってるみたいだった。
「あのねえ、野村先輩がちんたらしてるのがいけないんですよ。
とっとと上って印作ってってしないと日が暮れちゃいますよ!?」
「あんまり遅くなると、それこそ見付けてもらえないかもしれませんしね。」
「・・・分かった、とりあえず上り詰めるまで休憩は無しにする。」
ぐぐっと野村先輩は起き上がった。無理しなくていいのに・・・。
「別に休んでていいですよ?先にあたし達が行くだけですから。」
「だからそういう訳にはいかないっての。いいから行こうぜ。」
「しょうがないですね。ではさっさと上って、太助君の部屋で休憩としましょう。」
どうやら方針が決まったみたい。三人でこくっと頷いて再び上り出した。
少し息切れしてる野村先輩の所為で、多少のんびりぎみだったけど。
もちろん、あたしも出雲さんもまったく元気って訳じゃなかった。
当然上っていれば疲れるのは当たり前だし、休憩も少しはしたかった。
けれども、そんな事より早くこのごたごたを終わらせたかったし。
だから疲れなんてそんなに感じなかったのかもしれないな・・・。
「よっと、ようやく着きましたね。」
「ふうー、長かったー!!」
「大変でしたけど、そう難しくは無かったですね。」
ようやくあたし達は階段を上り切った。
それと同時に“やっとか”という気持ちでいっぱいのあたしと出雲さん。
で、野村先輩ったら寝っ転がっちゃってる。
「野村君、休憩は太助君の部屋ですよ。」
「わ、分かってるって。ちょっと転んだだけだよ。」
「何かにつまずいたんですか?まあ普段からドジですしねえ。」
「花織ちゃん、さらっときつい・・・。」
疲れた目で野村先輩は反論してきたけどそんなのはお構い無しだもん。
数分歩いて、七梨先輩の部屋の前に到着した。
遠目にキリュウさんの部屋が見えた。中から声が聞こえてくる所をみると、
山野辺さんもキリュウさんも部屋に居るみたいだ。
「ところで・・・扉が閉まってますね。」
出雲さんが沈んだ声でおもいきりつぶやく。
確かに扉は閉まっていた。これを開けるのは大変そう・・・。
「気合で開けないかな?」
「そんなのやろうとするのは野村君だけですよ。しょうがない、三人で力を合わせて・・・」
ギギーッ
「「「え?」」」
偶然か、扉が音を立ててゆっくりと開いた。
そして、部屋の開いている窓から風が入りこんでいる所為か、ドアの隙間からも風が。
「なんで開いたんですか?」
「俺の熱き魂に反応したのさ。」
「ただの閉め忘れでしょう。ま、良かった良かった。」
安堵のため息をつきつつ、あたし達は七梨先輩の部屋へと足を踏み入れた。
あーあ、こんな用事で来たくは無かったな〜。
「とりあえず大きな紙と筆記具を探そうぜ。」
「机の方に行けばあるでしょう。問題はどうやって取るか。」
「それは行ってから考えましょうよ。」
とりあえず行動。それを二人にも促して歩き出そうとした其の時!
ドシーン!!
「うわっ!?」
「ひええっ!?」
「きゃあぁ!!」
突然大きな地震が起こったかと思うと、あたし達は空中へ跳ねあがった。
地震っていうよりは何かの衝撃。机を叩くと物が跳ねあがる現象と同じよ!
思ったより高く舞い上がり、床にそのまま落下。そして・・・
ズーン!!
激しい衝撃が体中に走り、あたし達三人、そのまんま気絶しちゃった・・・。

その後、意識を取り戻した時はシャオ先輩の手の平の上だった。
一体シャオ先輩がどうやってあたし達に気付いてくれたか、そんな事はどうでもいい。
とにかくこれで元に戻れる!!やっと苦労から解放される!!
で、やっぱりシャオ先輩達はあたし達の事をすっかり忘れていたみたい。
昼食時間からしてだいたい変だと思った。いつまでも気付かないなんて。
だから、夕飯はたっぷりもらうと宣言した。もちろんルーアン先生の妨害無しに!
でも、そういうのってキリュウさんに被害が及びそうよね。でもいっか。
いっそのことあたし達もそれに参加しちゃおうかな。
今回のこのとてつもない苦労はキリュウさんの責任でもあるんだし。
元の大きさに戻って、夕飯直前に三人でちょこっと話をした。
「それにしても野村先輩も出雲さんもアピールしないんですか?」
「もういいです。なんか言っても無駄のような気がしましたし。」
「食事中だって、そんな話題軽く流されそうだしな。」
ふーん、最初と随分違うな〜。別にいいけど。
「あたしはばっちり言うつもりですよ。七梨先輩に!」
「けどさあ、言ったからってキリュウちゃんが注意されるだけなんじゃないの?」
「太助君ならありえますねえ。別に花織さんを誉めるなんて事は無いと思いますよ。」
「なっ・・・。」
二人してそんなに言わなくたっていいじゃ無い。
でも正論よね。今回の事はちょっとした冒険だったって事で置いておこうっと。
お腹を空かせたあたし達三人はそのまま夕飯を心待ちにしていたのでした。

『夕食編』に続く。


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