あたしが今居るのはリビング。ルーアン先生を探している最中だ。
それからいくつもの悪口をキリュウは発した。
『昼食編』に続く。
遠藤が話をする予定のルーアン先生寝かしたのはあたしだからな。
ようやく見つけ、キリュウの所へ持っていく。
「ルーアン先生はこれだ。それじゃキリュウ、頼むよ。」
「うむ、万象大乱!」
みるみるうちにルーアン先生が大きくなる。
小さい時に、黒い所はあたしがふき取ってしまったので、すっかり元通りだ。
「こうやって、とりあえずソファーに寝かしといたらいいよな。」
「うん、2人ともありがとう。」
「なに、一応報酬だからな。それでは遠藤殿、頑張られよ。」
そしてあたしとキリュウは、リビングから出て行こうとした。
そのとき遠藤に呼びとめられた。
「あれ?2人ともどこへ行くの?」
やれやれ、説明ぐらいはしてやるか。そしてあたしは振り返った。
「あたしの報酬をもらいにキリュウの部屋へ。瓠瓜も待たせてるしな。」
「そういう事だ。いろいろとするので、主殿達に絶対入ってこないよう、強く言っておいてくれ。」
すると、さらに遠藤が付け足して言ってきた。
「2人とも、離珠ちゃんや虎賁くんの洋服姿は見ないの?」
「後でいいって言っといてくれよ。それじゃあな。」
軽く流し、キリュウの部屋へ。どうせ昼食時間には会えるんだし。
それより一刻も早く試してみたいんだ。
「おまたせ、瓠瓜。」
「ぐえ。」
そして瓠瓜を抱き上げて座布団に座る。
「じゃあキリュウ、始めようぜ。」
「翔子殿、危険ではないのか?瓠瓜殿に影響が及ぶかも・・・。」
ベッドの上に座っていたキリュウが心配そうな顔をする。
そうか、あたしとしたことがうかつだったな。
「というわけで瓠瓜。ちょっと悪いけど、横のほうで見ててくれよ。」
「ぐえ。」
そしてよちよちと瓠瓜が歩き、横のほうにあった座布団にぽふっと座った。
うひゃあ、歩く姿もなんて可愛いんだ。今度一日一緒に遊ばなきゃな。
にこにこ顔で瓠瓜のほうを見ていると、
「翔子殿、用意はいいか?」
キリュウに呼ばれ、慌ててキリュウのほうを見る。
「あ、ああ。それじゃ始めてくれ。」
「うむ、万象大乱!」
キリュウが短天扇を広げてれいの呪文を唱えた。
しかしあたしの外見に変化はない。
瓠瓜は“?”といった感じで首を傾げていた。
「どうだ翔子殿。何か変わった感じは?」
「うーん、別に・・・。なあ、本当に大きくしたのか?」
「無論そのつもりだが、何か試してみなければならぬみたいだな。」
「そうか。よーし、それなら・・・。」
あたしはきょろきょろと物を探し始めた。
本棚が目に入ったので、さっそく本を一冊取り出してくる。
「さあてキリュウ、こいつでばしっと。」
「・・・良いのか?私は知らぬぞ。」
本を手渡すと、キリュウが不安な声で言った。
「平気平気。さあ、やってくれ。」
そして床に座る。
「ではいくぞ・・・。それっ!」
キリュウが手に持った本を振り上げて、
あたしの頭をばしっと・・・いや、“ごんっ”という音がした。
あまりの痛さに、頭を押さえて立ち上がる。
「いってー!!キリュウ、なんで背表紙でやるんだよ!!」
「い、いや、ついなんとなく・・・じゃなくて、手元が狂っただけで・・・。」
「うるさーい!!おかえしだー!!」
キリュウの持っていた本をすばやくひったくって、抵抗する間も与えず背表紙で頭をぶつ。
“ごんっ”という音がしたかと思うと、キリュウが頭を押さえてうずくまった。
「うう、いたた。翔子殿が平気だというからやったのに・・・。」
「そんなことより全然効果なかったな。もう一度試してみようぜ。」
そして最初座っていた座布団の上に座りなおす。
「ほらキリュウ、早く。」
「まったく・・・万象大乱!」
再び万象大乱が唱えられる。やっぱりあたしの外見は変わらないけど。
「よし、それじゃあもう一度・・・」
あたしが言いかけると、キリュウが本を持ったまますっと立ち上がった。
「今回はさっきとは違う方法を試してみる。失礼、瓠瓜殿。」
「ぐえ?」
失礼、瓠瓜殿?キリュウのやつ、まさか!
『ばしっ!!』
「ぐええ!」
慌てて立ち上がったときには遅かった。
キリュウが振り上げた本は瓠瓜の顔に命中。
たまらず瓠瓜はひっくり返った。
「こ、瓠瓜!」
駆けつけて抱き上げる。幸い、大した怪我は負っていないようだ。
「きりゅうぅ・・・!」
「うむう、その様子ではまたも失敗のようだな・・・。」
なるほどね、あたしのお気に入りの瓠瓜に手を上げたわけなんだ。
ふーん・・・。
「瓠瓜、ちょっとおとなしく待ってろよ。」
瓠瓜を座布団の上に降ろして、キリュウの持つ本を素早く取り上げる。
そしてばしばしと2,3発ひっぱたいた。
「いたたっ!ま、待った翔子殿!」
しかしあたしはそれを無視し、無言ではたきつづけた。
キリュウがぶんぶんと手を振りながら言う。
「お、落ち着いてくれ、翔・・・」
『ごんっ!!』
とどめの一発、本の角での攻撃をくらわしてやった。
「・・・・・・!!」
よほど効いたのか、とたんに黙り込んでうずくまった。
その辺でやめてやり、瓠瓜の隣に腰を下ろす。
しばらくの後、ようやくキリュウが顔を上げた。
顔には涙の跡が残っている。
「ぐすっ、ひどいではないか。私は試しただけなのに・・・。
ぐすっ、ちゃんと手加減もしたのだぞ・・・。」
いや、まだ泣いていたのか。打たれ弱いやつだな、まったく。
よくこんなんで万難地天なんかやってるな。
「キリュウ。どんな理由であれ、瓠瓜に手を上げた事はあたしにとっては許せない。
そういう事だ、分かったか?」
「・・・・・・。」
キリュウは涙を浮かべたまま、無言でベッドに座った。そしてぶつぶつと言う。
「まったく・・・。それならそうと最初に言っておいてくれれば良いものを・・・。」
あたしに丸聞こえな文句をわざわざつぶやいてんじゃねーって。
「キリュウ、文句は後で一人になったときにでも言いなよ。
とりあえずもう一回やってみようぜ。」
それを聞くと、キリュウはものすごく嫌そうな顔になった。
しかしすぐにあきらめたように言った。
「分かった。今度は別の方法を試す。では・・・万象大乱!!」
相変わらずあたしの外見は変わらない。
まずあたしはキリュウに尋ねてみた。
「別の方法ってなんだ?」
キリュウはしばらく答えずに黙っていたが、やがて大きな声でこう言ってきた。
「しょ、翔子殿・・・いや、翔子の馬鹿!」
「な、なにぃ!?」
驚いた、キリュウがこんな事を言うなんて。
そんなに腹が立っていたのか?
でも無理に今文句を言わなくたっていいじゃないか。
「愚か者!えーと、えーと、未熟者!えーと・・・。」
なんかキリュウの顔が赤くなってきた。
「おせっかい!えーと・・・。」
えーえー、確かにあたしはおせっかいだよ。
「世話焼き!えーと・・・。」
ひょっとして、悪口を適当に言って、あたしを試すつもりなのか?
でも世話焼きって悪口に入ったっけかなあ・・・。
「なあキリュウ、別の方法ってこれ?」
「そ、そうだ!えーと・・・。」
子供じゃあるまいし(いやまあ、実際あたしは子供だけど)、
こんなんで起こるやつの気が知れないなあ。
「おおぐらい!自己中心的!わがまま!傍若無人!
どうだ!四連発だ!えーと・・・。」
何をわけのわかんない事で威張ってんだか。
それにその4つってルーアン先生の悪口になってねーか?
「ノーコン!へなちょこ球!えーと・・・。」
ついには昨日の野村に浴びせられた悪口を言い始めた。
面白そうだからこのまましばらく見てようっと。
どこでこんなにたくさん覚えたんだろ、と感心するほど。
さすがに疲れてきたようなので、止めてやることにした。
「もういいよキリュウ。ごくろーさん。」
「はあ、はあ。ど、どうだ?翔子殿。」
キリュウは息を切らしながら、完熟のトマトよりも真っ赤な顔で聞いてきた。
どうだも何も、おめでたいやつだなあ。
いや、ここは努力家だなあとでも褒めておくべきかな。
でも一応これだけは言っとかなきゃ。
「キリュウ、あたしがそんなあほらしい悪口で怒るわけないだろ。
もうちょっと考えろよ。」
それを聞くと、キリュウはベッドの上にごろんと横になってしまった。
そして大声で叫び出した。
「もういやだー!!翔子殿、こんな実験は土台無理があったのだ。
心を大きくするなど、できるはずがないではないか!!」
むっ、弱音を吐くとはだらしのないやつだな。
「渇を入れなきゃな。瓠瓜、頼むよ。」
「ぐえっ。」
そして瓠瓜が大口を開ける。
それに気づいたキリュウは、
「!!ま、待った瓠瓜殿!!」
と起き上がった。しかし瓠瓜は“ばくっ”とキリュウを呑み込んだ。
前に七梨も呑まれたっけな。まったくすごいやつだよ。
その瓠瓜を抱いたまましばらく座っていると、
「ただいまー。」
というシャオの声が下から聞こえてきた。
そうか、もうすぐお昼だな。料理ぐらいは手伝いに行かないと。
それに離珠の姿を見てやらないといけないな。
「それじゃ瓠瓜。」
「ぐえっ。」
瓠瓜が“ぺっ”とキリュウを吐き出した。うつ伏せに床にころがるキリュウ。
「キリュウ、シャオと離珠が戻ってきたから、飯の手伝いに行こうぜ。」
あたしが瓠瓜を抱いてドアの前で告げると、
しばらくの沈黙の後、キリュウがのそりと立ち上がった。
かなり暗い表情だな。
「なんで私がこんな目に・・・。」
そこであたしは言ってやった。キリュウがいつも使っているセリフだ。
「キリュウ。試練だ、耐えられよ。」
それを聞くと、キリュウはふうとため息をついて言った。
「分かった、耐える。」
「そうそう、その調子。昼食後もばっちりやるからよろしくな。」
キリュウはまたもや暗い表情になったが、しばらくすると元に戻った。
このぶんじゃ大丈夫そうだな。さあ、昼飯だ。
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