小説「まもって守護月天!」
(虎賁の大きくなろう大作戦「その後」)


『昼食編』

昼食のしたくはルーアンを除く食べるメンバー。
すなわちシャオ、離珠、翔子、キリュウ、乎一郎の五人で行われた。
メニューは麻婆豆腐。シャオと離珠がスーパーで決めたメニューである。
「シャオ殿、なるべく辛くないように・・・。」
「何言ってんだよキリュウ。辛いからこそ麻婆豆腐じゃないか。
あ、シャオ、トウバンジャンを入れるのを忘れるなよ。」
「はい、分かりましたわ翔子さん。離珠、乎一郎さんとお皿を並べてて。」
(はいでし)
「全部で六人なんだよね。・・・なんか忘れてるような気もするけど、まあいいか。」
材料は例のごとくキリュウが大きくし、調理担当のシャオを除くメンバーで料理のしたく。
そうして、あっという間に昼食が出来あがった。
「ありがとうございます、みなさん。おかげですごく早く出来あがりましたわ。」
シャオの感激の言葉に、翔子が手を振って答える。
「何言ってんだよ。働かざる者食うべからずってね。・・・っと、一人だけ例外がいたか。」
「あ、僕ルーアン先生を起こしてくるね。」
乎一郎がトタタとリビングへ駆けて行く。
しかし、キッチンで六人一緒に座れない事に気付き、結局リビングへ持っていくことになった。
「まったく、なんのために皿を並べたんだか。シャオもぬけてるよなあ。」
「ごめんなさい、ちょっと浮かれていたもんですから。今度からはちゃんと気を付けますね。」
(シャオしゃま、離珠はそんな事ちーっとも気にしてないでしからね。)
「ありがとう、離珠。」
笑顔で食器等を運ぶ三人。しかしキリュウの表情は少し暗かった。
「トウバンジャン・・・。あれだけ入れてしまっては・・・。
きっとものすごく辛いに違いない・・・。」
周りの皆は、そんなキリュウを気にも止めていなかったが。

「ルーアン先生、お昼御飯ですよ。起きてください。」
「ふえ?お昼御飯?」
昼御飯という言葉に反応して、ルーアンが目覚めた。
大きなあくびをして、テーブルに乗っかった料理を見つめる。
「へえー、今日は麻婆豆腐なの。おいしそうね。」
「ルーアンさん、これ皆で作ったんですよ。早く食べましょう。」
ニコニコ顔のシャオを見て立ちあがるルーアン。
「すぐに顔を洗ってくるわね。・・・たー様は?」
「太助様は虎賁とお出かけしてますわ。夕方には帰って来るかと。」
「へーえ、そうなんだ。珍しいわねー。」
素早くリビングを出ていき、一分と立たないうちに戻ってきた。
そして食べられるようにソファーに座りなおすルーアン。
と、そこで少し様子が違う事に気が付いた。
「ねえシャオリン、あんたの隣に座ってるのって・・・。」
「離珠です。キリュウさんに大きくしてもらったんですよ。」
「ええっ!?そうなんだ。これがあのゴミチビ・・・。」
(ゴミチビで悪かったでしね。でもルーアンしゃん驚いてるみたいでしね。)
照れ笑いを浮かべる離珠を見て、乎一郎がルーアンの服を引っ張る。
「ねえルーアン先生、僕の姿も見てよ。何か変わったと思わない?」
「遠藤君も大きくしてもらったの?でもそんなふうには見えない・・・
ああなるほど、背を大きくしてもらったのね。
キリュウも暇人ねえ、もう少し他にやる事があるでしょうに。」
ルーアンのそっけない言葉に乎一郎は涙目になり、キリュウは少しむっとして言った。
「暇だから大きくしたのではない。これは報酬なのだ。」
「あーら、報酬なんてあげる暇があったら、試練の一つや二つ考えられたんじゃないの?
・・・そう言えばあたしは報酬をもらってないわね。たー様をあれだけ応援したのに。」
「ルーアン殿、だから応援程度で・・・」
「はい!とりあえず昼食食べようぜ。いつまでも言い争わない。
それじゃ皆、手を合わせて!」
翔子の声に、みんなが慌てて手を合わせる。そして、
「いただきまーす!!」
六人がいただきますを言った。ちなみに席順は・・・昼食の会話でつかんでいただくとしよう。

「うーん、おいしいわあ。寝起きの食事ってのもなかなかオツなもんねえ。」
「ルーアン先生・・・。やっぱり背が大きくなっただけじゃだめなのかなあ・・・。」
(乎一郎しゃん、さっきから全然箸が進まないでしね。
でも離珠はルーアンしゃんみたいに人の皿を狙ったりしないでしよ。)
「ああ、おいしいですぅ。これも皆さんがいろいろ手伝ってくださったおかげですわ。」
「いやいや、シャオの料理の腕が良いんだよ。やっぱり時々ご馳走になりに来ようっと。」
「あまり辛くない。さすがはシャオ殿だな。うむ、ちょうど良い・・・。」
一言ずつ喋ったかと思うと、六人とも食べる事に熱中しだした。
リビングに響いている音は、食器が当たる音、食べる音、それだけである。
やがて半分近くまで大皿の料理が減った所で、翔子が口を開いた。
「しかしなんだな、ずいぶんと皆おとなしいな。
確かにおいしくて食べるのに熱中する気も分かるけどさ、なんか話くらいはしようぜ。」
「そうか、そうよねえ。それじゃ昨日と同じく・・・」
「ル、ルーアン殿!もうそれはよいではないか。や、やめ・・・」
キリュウの隙をついて、まず料理を奪ったのは翔子だ。
「わーい、いただきっと。ほーら瓠瓜、しっかり食べろよ。」
「ぐえ。」
翔子に渡された料理をおいしそうに食べる瓠瓜。
それを見て、キリュウは恨めしそうに言った。
「・・・翔子殿、どうして私の取り分を瓠瓜殿にあげる必要があるのだ。
自分の分をあげればよいではないか!」
「分かってないわねキリュウ。昨日のあたしの試練がさっぱり身になってないじゃないの。
・・・そうだわ!遠藤君、あたしの皿に余っている分を食べなさい。
あたしはキリュウの皿のを食べるから。」
「いいんですかルーアン先生!?でも全然余ってませんね、空っぽですよ・・・。」
「細かい事は気にしないの。あ、そうそう。
キリュウはちゃんと自分の皿にとった分を食べるのよ。他は食べちゃだめだからね。」
「ななな、何を勝手に決めて・・・って翔子殿もその気になって私の分を狙うでない!」
「なーに言ってんだよ。試練だよ、し・れ・ん。
面白くなってきた。やっぱりこうでなくっちゃ。」
笑みを浮かべるルーアンと翔子を見て、離珠がシャオに尋ねる。
(ひょっとして離珠は乎一郎しゃんの分を食べればいいんでしかねえ?)
「離珠、人の物をとるなんてお行儀悪いですよ。私達二人はちゃんと自分の分を食べましょ。」
「そうそう、あたしと不良じょーちゃんでバトルよ。
どっちがキリュウからおかずを多く奪えるか。」
「おっ、それってあたしに挑戦しようってわけ?負けないぞ。」
「どうして・・・。私はただ昼ご飯を食べたいだけなのに・・・。」
しばらくその戦いが続いた。しかし五分もしないうちに翔子が負けを宣言した。
「あーつかれた。やっぱめんどくさい、一抜けたっと。
瓠瓜と一緒にゆっくり食べることにするよ。」
「あらそう?残念ねえ・・・。ま、いいわ。あたしもこのへんでやめておくわね。」
あっさり引き下がった二人だったが、キリュウがそれを許さなかった。
「二人とも、やるならやるできっちりやったらどうなのだ!?
散々おかずを奪って、挙句の果てにはお茶碗に入っていたご飯まで!!
まったく・・・。」
そして湯のみに手を伸ばしたキリュウだが、それより早くルーアンがその中身を飲み干した。
「ああおいし。ほい、きっちりやったわよ。まだなんか食べて欲しい?」
「いや、もういい・・・。シャオ殿、すまぬがおかわりをついではくれま・・・もが!」
言いかけて翔子に口を塞がれるキリュウ。
「自分でしてこいよ。シャオを使おうなんてむしが良すぎるぞ。なあ、瓠瓜。」
「ぐえ。」
「・・・わかった、自分でしてこよう。まったく、こんなのが試練とは・・・。」
文句を言いながらキリュウはキッチンへ向かった。
それを見た乎一郎が心配そうな顔で言う。
「二人とも、あれはやりすぎたんじゃ・・・。」
「何言ってんのよ。しっかりあたしのお皿の分を食べてたじゃない。遠藤君も同罪よ。」
「同罪って・・・。ルーアン先生、罪の意識があるんならやめとけば良かったんじゃないんですか?」
「やーねえ、言葉のあやよ。罪の意識なんてあるわけないでしょ。これは試練なのよ。」
ルーアンの言葉を聞いたシャオと離珠が真剣な目つきで言った。
「試練という事は、私達も手伝った方が良いんじゃないんですか?ねえ、離珠。」
(そうでし。キリュウしゃんをきたえるなんてそんな大事な事。離珠も手伝うでし。)
「離珠も手伝うって言ってますわ。もちろん私も。」
二人の言葉に、腕組しながらルーアンが答える。
「うーん、そうねえ。シャオリンと離珠が手伝ってくれるんならあたしも助かるわね。」
「ルーアン先生の言うとおりだな。よし、席替えだ!」

そしてキリュウが戻ってきた。様子が違うのに少し戸惑っている。
「・・・私の席はここで良いのか?」
「ええ、私と離珠の間ですよ。席替えをしたんです、どうぞキリュウさん。」
「そうなのか?では座らせてもらおう。」
納得がいかないながらも座ったキリュウに、翔子が話しかける。
「なあキリュウ、さっきはごめんな。あたし達が中途半端にやっちゃったばっかりに。」
「いや、別にもう気にはしていないから・・・」
「それでね、今度はシャオリンと離珠がやるんですって。もう、この幸せ者!
今度はきっちりやってくれるはずよ。そういうわけだから頑張ってね。」
「な、なにぃ!?」
「ごめんなさい、キリュウちゃん。僕は止めたんだけど・・・。それじゃスタート!」
乎一郎の合図と共に、キリュウの取り分が横の二人に次々と奪われていった。
「よーし、ご飯を半分いただきですう。」
(離珠はお茶をいただきでし!)
「ちょ、シャオ殿も離珠殿もやめ・・・うわああ、せっかく入れてきたご飯が!」
「なんだかんだいっても楽しそうだよなあ。いい試練じゃないか。なあ、瓠瓜。」
「ぐえ・・・。」
大変なキリュウを見て瓠瓜に感想を述べる翔子。ルーアンは白熱してきたようだ。
「離珠!そんなかけらなんかほっときなさいって!
シャオリン!お茶碗に隙が出来てるわよ!」
「はいっ、ルーアンさん!」
(だったらこれだけの量を一気にいただくでし!)
「何をそんなに真剣になっているのだ二人とも!
だからこれは私が食べる分で・・・やめてくれー!!」
悲鳴を上げるキリュウに、乎一郎はぽつりと言った。
「なんかかわいそう。後でキリュウちゃんに僕の分をあげよっかな・・・。」
「遠藤君!だめよ、キリュウを甘やかしちゃ。
そんな事をしてたら、いつまでたってもキリュウは成長しないわ。」
「ルーアン殿!私がなぜ今更成長する必要が・・・シャオ殿、それは返してくれー!!」
「だめです、これは試練なんですから耐えてください。
それでは、このお茶碗の中身すべていただきますね。」
(さすがでし、シャオしゃま。離珠も負けてられないでし。)
「や、やめろ離珠殿。お皿ごと持っていかないでくれー!!」
キリュウの悲痛な叫び声は、空しく響いただけだった。
(ふう、ごちそうしゃまでし。)
「・・・お茶碗も、お皿も、ゆのみもすべて空っぽに・・・。
私はまだ何も、一口も食べていないのに・・・。」
「こりゃーみごとにすっからかんだな。なかなかやるなあ、二人とも。」
感心する翔子に、シャオと離珠は笑顔で答えた。
「ありがとうございます、翔子さん。」
(えっへんでし。)
「見なおしたわよ、離珠。こりゃもう、ゴミチビなんて言ってられないわね。」
(その通りでし。これからはちゃんと名前で呼ぶようにするでしよ。)
「良かったわね、離珠。これもキリュウさんのおかげですね、ありがとうございます。」
ごきげんのシャオと離珠。しかしキリュウは暗い表情で答えた。
「・・・そんな言葉は要らぬ。ご飯を食べさせてくれ。」
「あれー?まだ大皿におかずがいっぱい残ってるなあ。瓠瓜。」
「ぐえ・・・。」
「遠慮するなって、全部瓠瓜の物なんだからさ。」
「!!!翔子殿、なんという事を。ちょっと待った瓠瓜殿!!」
あわてて瓠瓜にストップをかけようとするキリュウ。
しかしルーアンが素早く対応策を発した。
「むっ!シャオリン、離珠。キリュウを押さえるのよ!!」
「は、はいっ!」
(任せるでし!)
「や、やめてくれー!!私はまだ・・・」
必死に抵抗するキリュウだったが、“ばくっ!”という瓠瓜が食べる音を止められなかった。
「!!!!」
「おっ、綺麗にたいらげたな、瓠瓜。えらいえらい。」
「ぐえぇ。」
「そんな・・・。あんまりだ・・・。」
瓠瓜にたいらげられた皿を見つめながら、愕然とするキリュウ。
それを見た乎一郎は、慰めるように話しかけた。
「あの、キリュウちゃん。僕の分で良かったら残ってるけど・・・」
「遠藤君!!甘やかしちゃだめなの!こんな物、あたしが食べてやるわ!!」
「ああ、ちょっとルーアン先生・・・あーあ、食べちゃった。」
乎一郎のそんな様子に、キリュウはあきらめたように言った。
「もうよい・・・。後でおやつか何かを・・・」
「キリュウ、あたしの報酬が終わるまでそんなのは無しだぞ。
シャオ、部屋には何も持ってこなくていいからな。」
「はい、分かりましたわ。」
「ああ、それからシャオリン。夜もばっちりやるからちゃんと協力してよ。」
「ルーアン先生、何もそこまでしなくても・・・。」
「何言っての、これも試練よ。頼んだわよ、シャオリン、離珠。」
(はいでし。)
「任せてください。」
シャオの返事を確かめた後、翔子はすっと立ち上がった。
「さてと、それじゃあ昼ご飯も終わったし、報酬の続きをやるとするか。
いこうぜ、瓠瓜、キリュウ。」
「ぐえっ。」
「・・・・・・。」
しかしキリュウは、黙って座ったままであった。
「キリュウ?」
「・・・嫌だ。」
「へ?」
「嫌だと言っているのだ!!何が試練だ、これは明らかに嫌がらせだ!
もう私は何もせぬからな!!」
「キリュウ・・・。」
キリュウの大声に座りなおす翔子。
そして他の皆は、ぽかんとキリュウを見つめていた。

そのまま何分経ったろうか。翔子が口を開いた。
「ちぇ、ここまでだな。瓠瓜。」
「ぐえ。」
そして瓠瓜が吐き出したのは、おかずの入ったお皿、ご飯の入ったお茶碗、お茶の入った湯のみ。
一つのお盆に、綺麗にそれらが乗っかっている。太助の朝食の時のように。
「ほら、キリュウの分を別に取っといたんだ。これを食べなよ。」
いきなりの出来事に唖然とするキリュウ。
「なんだ、そんなものを用意していたのか・・・。」
「もう、甘いんだから。まあ、報酬がかかってるんなら仕方ないか。
キリュウ、あたしの分の報酬は夜にもらうから、ちゃんと覚えといてよ。」
そして立ち上がるルーアン。慌てて乎一郎もそれに続く。
「あ、ルーアン先生。もし良かったら、ぼぼぼ、僕とどこかへ出掛けませんか?」
「はあ?・・・まあいいわ、付き合ったげる。たー様がいないんじゃしょうがないし。」
「じゃあ、さっそく出掛けましょう!ごちそうさま!!」
「ちょ、ちょっと、遠藤君!」
乎一郎はルーアンを引っ張って外へ出ていった。
それを見送った後、シャオが立ちあがる。
「それじゃあ私は後片付けをしますね。キリュウさんは座って食べててください。
離珠は軒轅と出かけるんだったわよね。」
(そうでし。シャオしゃまの後片付けを手伝った後に出かけるでし。)
そして空になった食器を持ってキッチンへ向かう二人。
リビングには、キリュウ、翔子、瓠瓜が残された。
「どうしたんだよキリュウ、食べないのか?」
「なあ翔子殿、ひょっとして私は遊ばれていたのか?」
「いいや、試練だよ。まあ、半分遊びでもあったけど。」
「・・・いまいち分からぬ。誰がこんな試練を考え出したのだ?」
「原案はルーアン先生。改良はあたしってとこかな。
どこまでキリュウが無表情でいられるかって事を試したんだよ。」
そこでキリュウは、ふうとため息をついて反論した。
「それは試練というのか?第一、私は何度も抗議したはずだぞ。
決して無表情ではなかった。」
「あれで抗議してたってのは分かるけどさ、
本当にキリュウが怒るところまでやってみたかったんだよ。
というのがあたしの考え。ルーアン先生は本当に遊んでたんじゃないかな。」
「まったく・・・。頼むから夕食はそういう事はしないでもらいたいものだな。
とりあえずは私の分をいただくとしよう。瓠瓜殿、ありがとう。」
そしてもくもくとご飯を食べるキリュウ。翔子と瓠瓜は、ただじっとキリュウを見つめていた。
その時、キリュウの足元に絡み付く何かがあった。
気持ち悪くなったキリュウは、思わずそれを蹴飛ばす。
「翔子殿!嫌がらせはもう十分ではなかったのか!?」
「へ?なんだよいきなり。あたしが何したって言うのさ。」
「とぼけるな!さっき私の足元で何かやったではないか!」
「足元ぉー?」
キリュウに言われて、翔子がテーブルの下を覗きこむ。
しかし、怪しい物は何一つ見つからなかった。
「何にも無いよ。第一、この位置でキリュウに何か出来るわけ無いだろ。」
「それもそうか・・・いや、何か仕掛けがあるに違いない・・・。」
疑いを晴らそうとしないキリュウ。それを見た翔子は、キッチンに向かって大声で叫ぶ。
「おーい、シャオ!」
シャオがひょっこりと顔を出した。
「どうしたんですか、翔子さん?」
「いやー、キリュウが辛さに耐える試練がしたいなんて言うからさ、トウバンジャン持ってきてくれ。」
その言葉に、料理を吹き出しそうになるキリュウ。当然弁解し始めた。
「ち、ちがう、シャオ殿。私はそんな事は一言も言っていない。」
「でも試練なんだろ、耐えなきゃいけないって。頼むよ、シャオ。」
「はい、ちょっと待って下さいね。」
“ああー”と手を伸ばすキリュウに気付かず、シャオはキッチンへ引っ込んだ。
そして瓶詰めのトウバンジャンを持って戻ってくる。
「はい、翔子さん。」
「いや、シャオが入れてくれ。その方がいい。」
「分かりましたわ。キリュウさん、すみませんね気付かなくて。じゃあ入れますよ。」
そしてシャオがそれを入れようとしたとたん、慌ててキリュウが皿を持ち上げた。
「キリュウさん?わがままはいけませんわ、自分で言ったのならしっかりしないと。」
「だから私はそんな事は言っておらぬというのに。なあ、翔子殿。」
しかし翔子はにやりともせずにこう言った。
「シャオ、キリュウはこうも言ったんだ。後で自分が言い訳しそうになったら、
力ずくでもやってくれって。根性あるよなあ。」
「そうなんですか?来々・・・」
「わああ!!待ったシャオ殿!!翔子殿!謝る、疑って悪かった。この通りだ、勘弁してくれー!!」」
涙目のキリュウを見てようやく翔子がにやりと笑い、シャオの手を止めた。
「とまあ、そうは言ったけど、やっぱり食事くらいは普通に食べないといけないな。
そう思うだろ、シャオ。」
「・・・そうですね。キリュウさん、これからは食事中は、
あまり試練をなさらないようにしてくださいね。」
「う、うむ、分かった・・・。」
シャオに怒られて、なぜ私が・・・とぶつぶつ小声で文句を言いながら座るキリュウ。
そして再び黙々とご飯を食べ始めた。
シャオもキッチンへ戻り、翔子は見る態勢に入る。
実は翔子は、キリュウをジーっと見つめる事によって、
少しでもキリュウで遊ぼうかと考えていたのだが、
今のキリュウには、とてもそんな事を気にする余裕はなかったようだ。
キリュウは、とにかく邪魔をされないうちに食べてしまおうと必死だったのだから。

所変わってキッチンでは、一通りの片づけを終えた離珠とシャオが椅子に座ってくつろいでいた。
(シャオしゃま、さっきリビングの方で何かあったんでしか?)
「うん、キリュウさんの試練でね。でも夕食はもうそういう事はしなくなるみたいだわ。
だから離珠も普通に食べなさいね。」
(分かったでし、シャオしゃま。)
半信半疑ながらも離珠は納得した。
そしてしばらくの後、シャオが立ちあがる。
「さてと、いつまでも座っていてもしょうがないでしょ。せっかくなんだからもう出掛けてらっしゃい。
後の家の用事は私が済ませておくから。」
(でも、シャオしゃま・・・。)
離珠としては、シャオの手伝いを少しでもしておきたかったのだろう。
申し訳なさそうに見つめる。しかしシャオは、
「遠慮しなくていいのよ。離珠は離珠で楽しんでらっしゃい。ね?」
と、うながした。それに離珠は、
(ありがとうでし、シャオしゃま。)
と笑顔で答える。そしてシャオは支天輪を取り出した。
「それじゃあ呼ぶわね。天明らかにして星来れ、朱雀の星は召臨を厭わず、月天は心を帰せたり・・・。
来々、『軒轅』!!」
シャオの支天輪から軒轅が呼び出される。
そしてキッチンのテーブルの少し上空に漂う軒轅。
「軒轅、離珠と一緒にお出かけしてらっしゃい。どこでも好きな所へ。」
軒轅は快くうなずいたが、肝心の離珠の姿を見つけられなくてきょろきょろしていた。
しばらくして大きくなった離珠と目が合う。
(軒轅しゃん、よろしく頼むでし。)
数秒間の沈黙。その後、軒轅の顔が驚きの顔へと変わる。
“こ、この人が離珠?”とでも思っているに違いなかった。
(キリュウしゃんの力で大きくなったんでしよ。それじゃあ、乗せて欲しいでし。)
今だ驚きの顔のまま、離珠を乗せる軒轅。
「それじゃあ行ってらっしゃい。事故に遭わないように気をつけるんですよ。」
(はいでし。軒轅しゃん、レッツゴーでし!!)
離珠に言われて勝手口から飛び出す軒轅。シャオはそれをにこやかに見送った。
ちょうどその時、ご飯を食べ終えたキリュウが、食器を持ってキッチンにやって来た。
「あらキリュウさん。お食事は済んだんですね。」
「ああ、すまぬが後片付けを頼まれてくれぬか?早くしろと翔子殿に言われているものだから。」
「分かりましたわ。試練頑張ってくださいね。」
にっこりとして食器を受け取るシャオ。
キリュウは首を傾げていたが、少し頷くとキッチンを後にして、自分の部屋へ向かっていった。
「さあてと、洗い物をして・・・そういえば何しようかな。
皆出かけちゃって、掃除も昨日しちゃったし・・・。たまにはお昼寝しようかな。」
そして鼻歌混じりに食器を洗いだすシャオ。
かくして食事が終了し、それぞれの午後が始まった。

『それぞれの午後』に続く。

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