前回までのあらすじ:アリスがでっかいひっさつわざ“アリスちょっぷ”を編み出し…
対抗して藍華はドロップキックを編み出したが、
「でっかいウンディーネのはじさらし」という一言のもとやぶれさった。
かつ、かつ、と石畳を歩く一人のウンディーネ。隣にはいつもいるはずの、ぽこてんぽこてん、と足音を立てるでっかい白猫の姿は無い。ただの買い物だろうか、それともただの散歩だろうか。いずれにせよ、その表情は暗かった。
「ふぅ……」
さりげないながらも、重いため息が吐かれる。灯里の心中は穏やかではあったが、相当に沈んでいた。というのも、ここ最近は"ひっさつわざ"という言葉の元荒れ放題やられ放題。実際灯里自身が直接の被害にあっているわけではないのだが、同期と後輩のそら恐ろしい紛争に巻き込まれていれば、ため息の一つや二つつきたくなるものだ。
更に言えば、灯里自身には"ひっさつわざ"が無い。これは由々しき事態。ひとたび二人に襲われてしまえばひとたまりもないのだ。
不意に、アリスちょっぷと藍華ちゃんきっくを同時に受けておろおろしている自分を想像する。が、灯里は即刻そんな情景を頭からかき消した。
「じゃなくてっ……!」
ぶんぶん、と頭を降ると、灯里は何に対して今不安なのかを今一度整理した。
「えーっと、とりあえずひっさつわざっていう事について相談して……」
「おーい、灯里ちゃーん!」
「ほへっ? あっ、ウッディーさん!」
ぶんぶん、と手を振るウッディーの姿がそこにあった。お返しにといわんばかりに、灯里も慌てて手を振る。いつものエアバイクでの配達だが空を泳いでる最中ではなく、地上で佇んでいるところであった。丁度道に降り立って休めているところであったのだろう。急いで灯里は傍に駆け寄った。
「どうしたんですか? こんなところで」
「いやぁ、ちょっと迷っちゃってね。地図を確認がてら休憩しているところなのだ」
「そうだったんですか……」
「? どうしたんだい灯里ちゃん? 何かあったのかい?」
いつもながらに表情は明るいウッディー。対照的に灯里の顔は少々曇りがち。そんな彼女の様子を彼は見逃さなかった。普段の灯里から受ける印象のギャップを感じ取ったのだろう。あっという間に心中を察され、灯里はあたふたと作り笑いを浮かべた。
「な、なんでもないです」
「そうは見えないのだ。何か悩み事がありそうな表情をしていたのだが……よかったら話してもらえないかい? 私でよければ力になるのだ」
「ウッディーさん……ありがとうございます。実は――」
不思議と、灯里は事情をつとつとと自然に語り始めていた。彼の表情には、緊張を和らげる魔力のようなものが備わっているのかもしれない。または、灯里自身誰でもいいから話を聞いて欲しかったのかもしれない。ひっさつわざというものの脅威について。今後の荒れ模様の不安ついて。
……そして半刻後。時は十分に流れた。思いのたけを話した灯里は、やや疲れたのか息を大きく吐き出している。事情を聞いたウッディーは、うんうんと頷いていたかと思うと、にこっと笑った。
「心配することは無いのだ灯里ちゃん。今のままでも大丈夫なのだ」
「ええっ!?」
心配することはないといいながら、現状維持。何かを期待していた灯里は思わず大声を上げてしまう。瞬間、知らず知らずにウッディーに頼り切っていた自身の心に恥ずかしくなる。が、やはり天秤は依頼心へと傾くのである。ひっさつわざブーム(?)をなんとかする方法はないのか、と。
「で、でもっ、ひっさつわざって……物騒じゃないですか」
「それはそうなのだが」
「せめて、ひっすてきわざ、とかだったらよかったのに……」
「必素敵技? ……そんな考えに至る灯里ちゃんはさすがなのだ」
半分こけそうになりながらも、やはりウッディーは頷く。更に何かを言おうとした灯里に対し、手で待ったをかけた。そして、徐に道端に落ちていたやや大きめの石を拾う。
「たとえば灯里ちゃん、これを拳で割ると言ったらすごいと思うかい?」
「そりゃあ……でも、それがどうしたんですか?」
「実は、私はこれを拳で割ることが出来るのだ。そう、これが私のひっさつわざなのだ」
「えええっ!?」
二度目、灯里は大きな声を上げた。まさか、ウッディーの口からそのような言葉が飛び出そうとは思ってもみなかったからだ。
「まあまあ落ち着くのだ。たとえば大道芸人も、こういう人に見せる技を持っている。それと同じだと思えばいいのだ」
なるほど、それならば殺伐とした雰囲気は消えうせる。ひっさつわざが大道芸だという、似つかわしくなくそれでいてしゃれの聞いたものへとはやがわり。
「でもそれだったら、ひっさつわざなんて呼ばないんじゃ……」
「だから灯里ちゃん。これはしゃれだと思えばいいのだ。ひっさつ!いわくだき!」
がんっ!
言うが早いか、ウッディーは地面に置いた石に拳をヒットさせた。鈍い音。そして、石のかけらがわずかながら周囲に飛び散った。
「! う、ウッディーさん?」
「……あいたたたた!!」
「うわわわわっ、だ、大丈夫ですか!? ほ、包帯、絆創膏!」
真っ赤に腫れ上がった手をぶんぶん振りながらウッディーの目からは涙がこぼれる。慌てて灯里はあたふたと治療用具を用意しようとしたが、それをやはりウッディーは制した。
「た、た、た……だ、大丈夫、なのだ。これくらい耐えなくてシルフは務まらないのだ」
「それ、関係あるんですか?」
「さ、さすがこの石は手ごわいのだ。このウッディーのひっさつわざ、岩砕きをもってしても割れぬとは……」
「……ぷっ。ウッディーさん、岩砕きって言いながら、石も砕けてないじゃないですか」
一応欠片は飛んではいたが、たしかに砕くと表現するには程遠い。そのギャップに、僅かに笑いを飛ばす灯里。それを見て、ウッディーはぽりぽりと頭をかきながら、“それだ”と指差した。
「灯里ちゃん、それなのだ」
「ほへ?」
「今、ひっさつわざと聞きながらも、灯里ちゃんは笑ったのだ」
「あ、そういえば……」
「ね。大道芸っていうのはそういうものなのだ。どんな名前でも、面白おかしく。そう、観客を笑わせ、沸かせ、注目させるのが腕なのだ」
「ウッディーさん……」
ようやく、灯里はことの次第を理解した。最初にウッディーが今のままでも大丈夫と言ったのはこの事に間違いないのである。アリスや藍華のひっさつわざも大道芸と思えば……。
「……うーん、やっぱり難しいような」
納得しかけて、灯里はやはり考え込んだ。チョップとキックは笑いをとるには状況をもっと練らないと難しい。いや、無理に笑いをとる必要は無いのだが、和やかにいるにはあまりにも威力絶大だ。
「だったら灯里ちゃん。参考にはならないだろうけど、私の超ひっさつわざを見せてあげるのだ」
「ほへ? ちょうひっさつわざ、ですか?」
「ああ。さて、今さっきくだきそこねた石がここにあるけど……」
言いながら、ウッディーは改めるように石を指さした。何の変哲も無い、ウッディーの手を痛めつけた石が地面に健在している。
「さっきみたいに石を普通に割ろうとすると、粉々にならず欠片がぱらぱらと飛ぶだけ、というのはわかるかい?」
「あ、そうですね。ウッディーさんが一部分くだきましたけど、たしかそんな感じでした」
小さいながらも、粉々とは表現できない欠片が、辺りに散ったのを灯里は目で見ていたのだ。
「本当に粉々に割るためには、実はコツがいるのだ。石を割ろうと最初に加えた力が返ってくるより先に、更に追撃を……」
「???」
「……まぁ、今からやってみるからよく見ているのだ」
「は、はひっ」
そっこーで頭上にクエスチョンマークを浮かべ始めた灯里に微笑を浮かべながら、ウッディーは手に力を込めた。そして、ある程度のところで一気に石めがけてそれを振り下ろす。
「二重の極み!」
ドォッ!
少なくとも灯里にとっては初めて聞いたであろう音が辺りを響かせていた。瞬間、ぱらぱらと周囲に舞い散る石の欠片……いや、粉。
「す、凄い……ほ、本当に粉々です!」
「いたたたたたたた!!」
「ま、またですか……」
感激に浸るヒマもなく、ウッディーの弱音が聞こえてくる。刹那に辺りを埋め尽くした石の粉と音は、本当に一瞬の芸術だったようである。あっけにとられながらも治療に奔走しようとする灯里を、またもウッディーは片手で制止した。
「うーん、すまないのだ。本当にこれは痛くてねぇ、手に負担もかかるのだ。会得した私も、一月に一回が限界というひっさつわざなのだ」
「あの、手、大丈夫……ですか?」
先に繰り出したひっさつわざ、いわくだきとは比べるまでも無いくらいに赤く腫れ上がっている手。見るからに大丈夫そうではないのだが、ウッディーは涙を目にためながらこくりと頷いた。
「これくらいはどうって事ないのだ」
「はあ。それにしても、ほんとこれはすごいですね……」
さっきウッディーが見せたはったりのいわくだきと合わせれば、大道芸性はもうばっちりである。はったりで微妙にがっかりさせ、その後にこの芸術性の技を見せられれば、観客はとりこ間違い無し。もっとも、直後に痛がる声が上がってしまうのと、あまりにも使用頻度を低くしないといけないのが難点であるが……。
しかも、この技は破壊力も十分であろう。これならばアリスちょっぷやどろっぷきっくもものともしない、けん制ともなりえる。二人を諌めるに足る技であるのは間違いない。
「そうかっ。これを私も獲得して、ひっさつわざは皆で楽しむものなんだよって言えば!」
「いやいやいや、灯里ちゃん。これを会得するには血のにじむような努力が必要なのだ。灯里ちゃんが無理に身に付けてどうこうしなくても、もっと別の方法で説得すればいいと思うのだ。それに……」
「それに?」
「多分こんなことをしていると、オールが持てなくなってしまうのだ」
「ほへ……」
たしかに、手に相当の負担がかかるこのひっさつわざは、オールを持つ大事な手をいためてしまうこと間違いなかった。ウンディーネたるもの、ひっさつわざとウンディーネ道どちらをとるかと言われれば、当然ウンディーネ道であろう。
がっくりと肩を落として、灯里は頭を下げた。
「すいません、もう失礼します」
「そんなに気を落とさずに。きっと灯里ちゃんならではのいい案が見つかるのだ」
「そう、そうですよね。はひっ、ありがとうございます」
励ましの言葉をかけられて、灯里はぱっと顔を上げた。そう、落ち込んでいるだけだと物事は解決はしない。前向きに何でも考えてゆかねば。
「それじゃあウッディーさん。いいものを見せてくださり、ありがとうございました」
「いやいや、どういたしましてなのだ」
ぺこりとお辞儀。そして出会った時と同じようにぶんぶんと手を振って別れの挨拶。灯里は石畳の町を悠々と歩き出していた。澄んだ青い空のように心もいくばくか晴れ晴れ。今回の情事を晴らさんべく、意識を燃やす。
やがて、それを見送ったウッディーも地図を懐にしまい終わった後、エアバイクを発進させて空へと繰り出した。風追配達人のお仕事開始、である。
<適度な失敗のまま終わり>