『ひっさつわざ2』

じーわじーわじーわ…
 どこか遠くでセミの声が聞こえる気がする。いや、これは熱気が奏でる街の音。石畳を立ち昇る歪んだ空気が、人の視界を耳を惑わせる。
「暑いねぇ、アリスちゃん」
「はい」
 遠くに蜃気楼が眺める、海の近くで灯里とアリスは佇んでいた。コンクリートの建物が作り出す日陰にいるが、それでも熱気から逃げられるものではない。更に言えば、今日のとことんまでの風のなさは、二人のけだるさに拍車をかけるには十分であった。
「もうくたくただねぇ」
「…はい」
 手団扇でかすかな風を起こす。しかしそれも、熱気を顔に送るだけにしかならず、しかも体を動かしているがために体温の上昇を促せる。気休めに済むどころの騒ぎではなかった。
「こんな暑い中、藍華ちゃん何の用事だろうね」
「それです!」
 びしっ、と、アリスは人差し指を立てた。手袋から半分除いたそれにも、うっすらと汗がにじんで見える。
「どうしたの?」
「こんな暑い中、わざわざ人を呼び出してしかも待たせるなんて、絶対藍華先輩はでっかいよからぬことをたくらんでるに違いないです」
 うんうん、と頷きながら灯里にもそれを強要させるかの視線を送る。アリスの目は真剣そのもの。うっかり頷きそうになった灯里であったが、暑さに流れた額の汗をハンカチで拭いながら、かろうじて苦笑を浮かべる程度にやり過ごした。
 呼び出しがあったのは今朝。灯里そしてアリスは、藍華からの電話によりこんな暑いさなか街中に立って待ちぼうけをくらっているのだった。是非見せたいものがある、とのことであったが、わくわくの灯里とは対照的に、アリスの顔は不審の雲でいっぱいであった。あと少しでもきっかけがあれば、たちまち文句の雨が降り出しそうである。
「まあまあ。多分藍華ちゃんは私達を驚かせようとしてるんじゃないかな」
「どういうことですか?」
「たとえば、可愛いお洋服だったり、素敵な髪飾りだったり……」
「そんなの、普段の合同練習で見せればいいことです。わざわざオフの日に呼び出すなんて、でっかいわがままってもんです」
「はひぃ……」
 厳しい意見を次々と返してくるアリスに、灯里はなすすべもなかった。こりゃ参った、と何気なく天を見上げる。憎たらしいまでに照りつける太陽が、広大な青空の中に眩しく輝いている。もちろん直視できるはずもないので、灯里は掌を額に当てて目を細めていた。
「はれ?」
 と、灯里は空を舞う一つの影を見つけた。いや、舞うと表現するよりは落ちているような――と思っている刹那、ものの1,2秒も待たない間に、その影の主は姿を現した。

「おりゃー!!」

「うわっ、わーっ!?」
「!!?」
 威勢のいい掛け声と共に、しなやかな体がまっすぐにこちらへ飛び掛ってくる。あたふたしながらも灯里は手近な壁へと体をよけ、アリスは彼女とはまったく反対方向へと、転がるように自身を移動。態勢を立て直した彼女が素早くきっ、と睨む頃、遅れてその飛び主はずざざざーと派手な砂煙を巻き上げながら地面へと着地した。攻撃的な姿勢だったそれは、華麗に態勢を立て直すと凛として腰に手を当てた。きらめく汗の雫、夏の光を背にした姿がなおも眩しい。その主とは……。
「藍華ちゃん!」
「藍華先輩!」
「ふっ、上手くよけたわね」
 びっくりして声をかける二人とは対照的に、実に余裕のある笑みを浮かべている。というより、不敵そのものだ。そして、挑戦的な視線はアリスへと向けられている。
「いきなりどうしたの藍華ちゃん」
「人を待たせまくったと思ったら蹴りをかまして登場なんて、でっかい失礼です」
 事情を尋ねる二人に、藍華は乱れかけたおさげをぱさっとかきあげた。三つ編のそれが、ぶっきらぼうに主張する。
「以前、後輩ちゃんにひっさつわざを食らわされたことがあったでしょ? 今回はそのリベンジってやつよ」
「り、りべんじ?」
「そうよ、灯里。後輩ちゃんがアリスちょっぷなら、こっちはドロップキックで対抗よ。足は手よりも長い、攻撃力も勝る。そういうことよ」
「ほ、ほへ〜……」
 ふふん、と笑う藍華だが、灯里にはわけがわからなかった。そういえば以前アリスがでっかいひっさつわざを編み出したとか言って、藍華にそれをくらわして散々な事態に陥ったことがあった。結局どう収拾をつけたのかもはや記憶の彼方だが、当時のことを憂いた藍華が仕返しを思い立っても不思議ではない。
「でも藍華ちゃん、いくらなんでもやりすぎだよ。飛び降りてドロップキックなんて……」
「飛び降りた? ふ、甘いわね灯里。あまあまのあんまみーやよ。あれは、私のジャンプよ」
「えっ、うそ!?」
「ただ飛び降りるだけでドロップキックなんてしょぼいでしょ? この時のために猛特訓したんだから。それこそ一日にあっという間に伸びる草を植えて、一日に何回も飛び越えたりして……」
「へ、へー……」
 やってることは凄いし身に付けたそれもすごいのだが、どうにも灯里にはそれが無駄な努力としか思えてならなかった。そもそもウンディーネの修行に、強大なジャンプ力は必要ないはずである。それこそ、よく晃に何も言われなかったものだ。いや、言われても意地をはって修行を続けたのかもしれないが……一体何が藍華をそうさせたのか。そんなにアリスちょっぷが悔しかったのか。なら名前を藍華きっくとかにすればいいのに、と灯里はそんな事を考えていた。
「ちょっと灯里、何しらじらしい目で見てるのよ」
「へ?」
「あんたのことだからどうせ、“わーひっ、藍華ちゃんきっくだぁ〜”とかって技名思いついてはしゃいでたんでしょ? まったくしょうがないわね」
「そんなこと、ない、けど……」
 よくわからないが藍華は絶好調のようだ。そう灯里は感じ取っていた。が、しかしいい気分というのはそう長く続くものではない。それを示すように、今まで沈黙を守っていたアリスが口を開いたのだ。
「藍華先輩、たしかに藍華先輩のドロップキックは強力でしょうが、一つ欠点をお教えしましょう」
「なぁに、負け惜しみ? いいわ、聞いてあげるから。そしてすぐにドロップキックをお見舞いしてやるわ。さっきはサービスして声出して予告してあげたから避けられたんでしょうけど、覚悟しなさいね」
 ぶんぶん、と腕を軽く回すと、体を斜に構えた。キックの準備万端である。たしかに藍華の言うとおり、声がなければ確実にヒットに至っていたであろう。ごくりとつばを飲み込む灯里が見守るなか、それを気にもとめずアリスは口を開いた。
「キックの最中にですね……」
「はいはい、キックの最中に?」
 余裕綽綽の藍華。だが、アリスも負けてはいない。冷静な面持ちのまま、ただ彼女は一言告げた。

「でっかい、パンツ丸見せです」

「ぬなっ!?」
「そもそも、姫屋の制服でやる事自体どうかしてるかと」
「ぐ、ぐぬぬぬ……」
 言われてみれば、と灯里は三人の服装を確認する。灯里自身も以前ウッディーのバイクに乗せてもらって空を駆け巡ったことがあったが、パンツについての話は藍華からも聞いたことがあった。たしかに藍華のようなドロップキックをお見舞いしようとすれば、どうぞ見てくださいと言っているも同じなのであった。
 盲点だった、といわんばかりに後ずさり。かつ頭を抱える藍華。当然ながら、さっきまでとっていたキックの準備などは取り消しされている。今ならいくらでもアリスちょっぷを叩き込めそうなほど隙だらけ。が、そんな彼女に、アリスはちょっぷではなくとどめの一言をお見舞いした。

「ウンディーネのでっかいはじさらしです」

「!! う、うわーん! 先輩をばかにするなぁー!!」
「ああっ、藍華ちゃん!」
 相当効いたのだろうか、でっかい叫びをあげながら、そして半べそをかきながら藍華は走り去っていった。慌てて呼び止めようとした灯里の声も届かないままに。
「藍華ちゃーん! ……あーあ、行っちゃった」
 ぽつねん、とその場に取り残されてしまった灯里。と、その原因を作った張本人であるアリスを見やると、きらんと目を光らせてピースサインを送っていた。
「これで二連勝です」
「ほへ……」
 不敵に笑みを浮かべる油断ないアリスに困惑する灯里。たらりと流れる一滴の汗。そして、さっきまで意識していなかった熱気が舞い戻ってきた。こんな暑い中、一体自分達は何をやっているんだろう、という不思議な面持ちにかられながら、改めて眩しい青空を見上げたのであった。

<納得いかないまま終わり>


あとがき:はいっ、突発的に書きたいと思っていたARIA、二次創作第二作でございます。
知ってる人にしかわからない声優ネタパート2です。
 斉藤千和さんしかネタ絡んでませんが…。吉永さんちのガーゴイル、より、双葉ちゃんのドロップキックを混ぜてみました。
 ……とまぁ、ただそれだけです。前置きが無駄に長いし、だいたいドロップキックに特徴的な掛け声なんてなかったはずだし、なんか藍華ちゃんがアブない人になりかけてるし(っていうかもうなってる?)特筆すべきはアリスちゃんのでっかい反撃の一言なんでしょうかね(っていうか個人的にはこっちがメインです<それでいいのか)
 あいかわらずツッコミどころは満載でしょう。社長いないし(っていうかそういう問題じゃない)
 ってか、夜中(これ書いた時には午前三時)に私は一体何を書いてるんだ(爆)
2006・6・29

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