『ひっさつわざ』

「灯里先輩、藍華先輩、最近私はでっかいひっさつわざを編み出しました」
 きらーん、とアリスの目が光る。
 その日は三人そろっての、いつもの合同練習。休憩時間の雑談において、突如飛び出した話である。ネオヴェネツィアは今日も天気良好。練習場となったARIAカンパニー近辺に流れる穏やかな空気に、怪しげな雰囲気が混じる。デッキに腰掛けた三人と一匹(アリア社長)の時間が、何故か一部止まって見えた。
 不敵な笑いを含みがちな彼女の表情に、藍華は訝しげに髪をかきあげた。
「あんたねぇ、唐突に何よ」
「藍華先輩、でっかい試練です。見事受けて耐えてみてください」
 二度目、きらーん、とアリスの目が光った。体全体もうずうずと落ち着かない。それは、秘密にしていた事柄を明かして自慢したい、幼い子供の動きに近しい。
「アリスちゃん、ひっさつわざの試練……ってどんななの?」
「灯里先輩、それはぜひともごらんになってからにしてください」
 三度目、きらーん、とアリスの目が光った。灯里の頭上にはクエスチョンマークが相変わらず浮かんでいる。
 質問の答えは、実行してからだということは譲られないらしい。それを察してか、諦めたように藍華はため息を吐き出した。
「わかったわよ、やりたそうだからあたしが実験台になってあげる」
「ほへっ、藍華ちゃん……」
「だーいじょーぶよ。後輩ちゃんの必殺技くらい受けられなくて先輩やってられないって。あははは」
 余裕綽々の笑顔を浮かべ、藍華は“さあこい”とアリスに体を向けた。どっしと地面にあぐらをかいて、準備は万端のようだ。“ひっさつわざ”とのみ聞いただけなのに、しかも怪しい目が光っているというのに、随分と気前がいい。というよりは、単に軽く考えていただけなのかもしれないが。
 ともかく、藍華の言葉を受けて、アリスはすっくと立ち上がった。
「ではいきますよ。はあぁー……」
 左手を振り上げ、声と共に気合を入れていく。ただならぬ気配を察知してか、灯里がおろおろし始めたその時であった。

「アリスちょぉーっぷ!」

 豪快な掛け声と同時に、藍華の脳天めがけて手が振り下ろされる……。

ごすっ

 にぶく、それでいて激しさ満載の音が辺りに響いた。
 そばにいた灯里およびアリア社長は当然びっくり。が、一番びっくりしたのは藍華だ。隕石でも当たったのかと思うくらいに強烈な打撃が頭に食らわされたのだ。これは本人にとっても予想外。が、痛みが前提条件を凌駕したのか、耐えるといった事などは藍華の中からはすっかり消え去っていた。半分涙目になりながら、斜め上をキッと睨む。
「つぅ……あんたねえ!」
「……ひっさつわざなのに一発で沈みませんでした。さすが藍華先輩です……もう一度」
「へ?」

「アリスちょぉーっぷ!」

ごすっ

「がふっ……」
 二度目の鈍い音。そして藍華はそこに沈んだ。沈んだとは言っても頭を抱えてうずくまるレベル。が、そこは先輩、必死に痛みに耐えている……と思いきや、一瞬の隙(?)をついて、すばやく壁の陰へと身を隠した。まさにかまいたちの如く、である。
 “ほへ…”と“あれ…”と見守るウンディーネ二人に対し、藍華はか細い視線を投げた。
「はぅはぅはぅ……シングルなんだぞー! 先輩だから敬わなきゃならないんだぞー!」
 先ほどとは比較にならないほどの涙目でこちらを見、訴えている。偉そうな台詞ではあるが、それはあまりにも弱く目に映る。どこぞのちびっこ天才先生と似たりよったりだ。
 それを挑戦状と受け取ったのかどうかは分からないが、アリスは静かに歩みを進める。このままでは藍華の身が本気で危ないと思ったのか、灯里は慌ててアリスの前に立ちふさがった。
「お、落ち着いてアリスちゃん、ね? ね?」
「ぷいにゅ〜」
 一緒になってアリア社長もしっかとアリスの足にしがみついている。もちろんその瞳は潤んでおり、灯里と同じく必死であるのが見てとれた。
「灯里先輩、アリア社長、とめないでください。このでっかい試練を乗り越えてこそ、何かがつかめるんです」
「何かがって……わっ、わっ、ちょっと!」
 灯里の制止などもはやもろともしない。どこにそんな力があるのか、普段の彼女からは想像もできないくらいだ。
「そ、そうだアリスちゃん。どうやってそんなに左手強くなったのかな? やっぱり日ごろの練習の成果?」
「どうやら、以前の左手おしおきキャンペーンで鍛えられたようです」
「ほへ〜……」
 話をそらそうとする灯里の問いにもあっさりと切り返す。時間稼ぎにもならないし、アリア社長の足止めもそんなに効果がない。もはや時間の問題だ。
「灯里ぃー! 助けを呼んでー! アリシアさん呼んできてー!」
 このままではダメだと思ったのか、藍華は別の方法を案じることにした。今自分は痛みでそうそう遠くへは逃げられない。ならば別の人を増やすしかない。
「う、うん! アリア社長、あとをお願いします!」
「ぷいにゅ!」
 慌てて灯里がかけてゆく。その場に残ったアリア社長が抑えの頼りだ。ここで、まぁ社長がこの場に居なかったのは不幸中の幸いだ。あっという間に彼のもちもちぽんぽんが攻撃され、箍が外れていたに違いない。が、ヒメ社長も居なかったのは彼にとっては不幸の要素であった。社員(別会社だが)のために体を張って頑張っている姿を見せ、ポイントを上げるいいチャンスだったのに。
「アリシアさーん!」
 それはそれとして、灯里は急いだ。いつも以上に歩調はもつれ気味。建物の扉を開け、アリシアがいるはずであろうフロアに駆け足。と、すぐに彼女の姿を見つけたのだが……テーブルに額をうつ伏せていたのであった。
「あ、アリシアさん!?」
「……ごめんなさい、灯里ちゃん。今二日酔いなの……」
「ほへ?」
「あー、昨日飲みすぎるんじゃなかったわー……」
「ちょ、ちょっとアリシアさんー!!」
 少し顔を上げたアリシアはすぐに机へ突っ伏した。動く気力もなさそうである。
もちろん、灯里は慌てて彼女の体をゆするのであった。
「藍華ちゃんがアリスちゃんが大変なんですー! アリシアさん止めてくださいー!」
「うーん……また明日にしてー……」
「アリシアさんってばー!!」
 必死な灯里の呼びかけにも、アリシアはただぐでっと返事をかえすのが精一杯。で……。結局、その後どうなったかは……推して計るべし。

<ぐだぐだにおわり>


あとがき:はいっ、何か書きたい書きたいと思っていたARIA、初の二次創作でございます。
知ってる人にしかわからない声優ネタです。
『ぱにぽにだっしゅ!』に登場する同一の声優さんのキャラを、
ARIA(TVアニメ版)メンバーにそれぞれやらせてみました、と。そんな内容です。
はうはうはカーテンじゃないとダメとか、
そもそもアリシアさんは二日酔いしねーんじゃねーかとか、突っ込みどころは満載だと思いますがね。
でもなぁ……単純にアリスちょっぷをやりたかっただけなんだけどなぁ……(汗)
……っていうかすいません。ARIA初の二次創作がこんなのですいません。
と、反省をひとしきりしたところで……自身の作風が果たして変わってくれるかどうかは……(爆)
2006・1・3

戻る